38章 村長、再び仕事に追われる

第234話 村長、再び仕事に追われる01

マリーとメルの妊娠がわかってから数か月。

暦の上では春がきて、トーミ村の雪もずいぶん薄くなってきた頃。

村人の活動は徐々に活発になり、私の仕事も動き出す。

本音を言えば、仕事なんてせず、ずっとマリーのそばにいたいが、そんなわけにもいかない。

私は生まれてくる子のためにも、この村をもっと楽しい村にすると誓った。

だからこそ、毎日毎日、後ろ髪を引かれつつ仕事に出掛けている。

なにせ、今はトーミ村にとって重要な時期。

隣のノーブル子爵領との間の交易を実のあるものにするためにも、トーミ村自身が体力をつけておかねばならない。

そんな責任と覚悟を自覚しつつも、やはりマリーのことばかり考えながら、今日もジュリアンと一緒に役場に向かった。


今日もいつもの通り、すでにアレックスは来ている。

なにやら書類をめくりながら、

「おはようございます」

といつものように淡々と挨拶をするアレックスに、私たち2人は苦笑して、自分たちの席についた。

ジュリアンとメルは離れで暮らしてもらっていたが、妊娠がわかったのを契機に、また屋敷に住んでもらっている。

何度も引っ越しをさせて申し訳なくも思ったが、妊婦に家事は辛かろうと思って、遠慮に遠慮を重ねるメルとジュリアンをなんとか説得して、そうしてもらった。


今日はとりあえず、街道の整備にあたる労働者の人数配分や賃金など、事前にギルドも含めて打ち合わせをした内容を確認する。

今のところ予算内に十分収まっているが、こういう物には不測の事態が付き物だ。

慎重に、やや余裕を持って、しかし、余裕を持たせ過ぎない計画にするのは意外と難しい。

そんなことを考えながら微調整し、決裁のサインをした。


昼。

やはり食欲がなさそうなマリーとメルを心配しつつも、飯を食い、午後は、ギルドへ向かう。

街道整備の作業員と警備の確認などに向かったのだが、話の大半は妊娠中の女性にどう接したらいいのか、という質問時間になってしまった。

そんな私たちの質問にアイザックは、苦笑いする。

しかし、それでもやや真剣な顔で、

「『触らぬ神に祟りなし』ってのはちょっと違うかもしれんが、とにかく我慢が必要だ」

と答えてくれた。

どうやら、妊婦はやたらイライラする場合もあるらしい。

そんな時は、「この人が悪い訳じゃない、一時的なものだ」と心にしっかり言い聞かせて優しく我慢することが必要だということを教えてもらう。

私は、もっといろんなことを聞きたかったが、アイザックはひと言、

「今からいちいち考えても始まらん。腹を括れ。まぁ、たいていのことは愛があればなんとかなる」

とやや乱雑なのか真理なのかわからないような事を言い、私たち2人をさっさと追い出しにかかった。


なんとも言えないもやもやとした気持ちを引きずりながらも、役場に戻り書類に向かう。

生産計画の中に玉露やポロックが入っていることを嬉しく思いながら、承認していると、玄関先から微かに声が聞こえた。

どうやら荷物を届けに来たというおとないの声らしい。

アレックスが対応に出る。

しかし、アレックスはすぐに、

「魔道具のようですが、どちらに持って行かせましょう?」

と聞きに戻ってきた。


待ちに待った瞬間の到来に、一瞬言葉を失ってしまう。

立ち上がって目を見開いたまま、一瞬固まる私に、

「村長?」

とやや訝しげにアレックスが声を掛けてきた。


「あ、ああ。すまん。共同作業場だ。私が案内する」

そう言うと、私はすぐに執務室を飛び出し、玄関先にいた商人と護衛の冒険者に声を掛ける。

「すまん。待たせた。案内するからついてきてくれ」

そう言って、さっさと案内しようとする私に、商人が、

「あ、あのー。一応村長の男爵様に中身を確認していただけないでしょうか?」

と遠慮がちに声を掛けてきた。

「ん?ああ、そうだな。見せてくれ」

と言うと、その商人は、

「えっと、村長様は…?」

と聞いてくる。

私は、一瞬意味が分からなかったが、

(ああ。そういうことか)

と気が付いて、

「ああ、すまん。自己紹介が遅れたな。私がトーミ村の村長、バンドール・エデルシュタットだ」

と名乗った。


「え!?あ、あの、大変、その、失礼いたしました」

と言って、頭を下げる商人に、

「あー、かまわん、気にするな。それより中身だが、現場に設置しながら確認してもいいか?」

と言って、頭を上げさせながら聞く。

「は、はい。もちろんでございます」

そう言うとその商人は私に、

「狭い所ですが、お乗りになりますか?」

と、馭者台の横の席を勧めてくれた。


「おお。ありがたい。少し離れたところにあるから、助かる」

そう言って、馬車に乗らせてもらい共同作業場まで案内する。

道々聞けば、その商人は北の辺境伯領で小さな商会を営んでいるんだとか。

普段の取り扱いは小間物なんかが多いが、最近思い切って大型の馬車を買ったので、こうして運送の仕事も引き受けるようになったという。

これからはもっと販路を広げたいと言うので、

「隣のノーブル子爵領のイーリスの町にエレンという商人がいる。トーミ村のバンドール・エデルシュタットに聞いたと言えば話は早いだろう。うちは今後その商会と取引する予定だから、よかったら挨拶にでも行ってくれ。うちも小間物なんかの取引をしたいし、街道の整備も予定しているから、よろしく頼む」

と言うと、その商人は喜んで、

「ぜひ伺わせていただきます!」

と言ってくれた。


そんな話をしているうちに共同作業場に着く。

設置場所はおおよその寸法を聞いて前々から準備していた。

さっそく、遠慮する商人を手で制して、護衛の冒険者と一緒に魔道具を設置する。

乾燥の魔道具の大きさは日本的感覚で言えば冷蔵庫くらいだろうか?

中には棚が何段か付いていて、10センチくらい深さのバットに乾燥させたいものを入れてスイッチを押すと液体なら5、6時間で粉状に乾燥できるらしい。

乾燥時間はものによって変わるから、最初は様子を見ながら使って欲しいとのこと。

使用する魔石は大きさにもよるが、熊や鹿なら毎日使っても1年弱は持つだろうという話だった。


(そのくらいなら散歩ついでにどうにでもなるな…)

と考えながら、

「ちなみに、ゴルの魔石も入るか?」

と聞いてみる。

すると、商人は少し驚いて、

「ええ。入りますが…」

と答えたあと、

「しかし…、おそらくですが、5年くらいしか動きませんから、収支が合わなくなってしまうと思います」

と正直に答えてくれた。


そう言われてみれば、一般的なゴルの魔石の価格は熊の10倍くらいはする。

こちらの労力はともかく、だったら熊を10頭狩ってきた方が効率はいいだろう。

「なるほど。わかった。ありがとう」

私は納得してそう答えると、次に大鍋の魔道具の設置に取り掛かった。

こちらは先ほどの乾燥の魔道具よりもほんの少し幅が大きく、直径1メートルほどだろうか?

こちらも動力源となる魔石は乾燥の魔道具とさして変わらないらしい。

ただし、クズ魔石を大量に詰め込んでも動かせるという特徴があるとのこと。

それなら、冒険者になりたての初心者の懐を多少潤してやることもできる。

そんなまじめなことを考えつつも、私の頭にはケチャップ、コンソメ、餡子に羊羹…いろいろなものが浮かんできた。


ありがたいことにその商人は明後日まで村に残って実際に使い方を教えてくれると言う。

感謝しつつ、受け取りにサインをすると、役場に戻って、為替20枚おおよそ2,000万円ほどの料金を支払った。

(やはりニッチな分野の特注品は高い…。しかし十分に元は取れる。それに、これによってもたらされる幸福の量は計り知れないのだから考えようによっては安い買い物だ)

そんなことを考えながら、宿屋に向かう商人を見送る。

そして、いったん屋敷に戻ると、ズン爺さんと手分けをして、世話役の家々へ、明日と明後日の説明会にご婦人方を寄こしてくれるよう頼みに出かけた。


屋敷に戻ってさっそくみんなにその報告をする。

明日の講習会にはドーラさんが、明後日はシェリーが出るという。

2人ともまるで子供のように目を輝かせて、うれしそうにきゃっきゃと話をしていた。

(さて、これから忙しくなるぞ)

そんなことを思って喜ぶみんなを見つめる私の手にそっとマリーの手が添えられる。

「よかったですわね」

「ああ、よかった」

微笑むマリーに私も微笑み返し、マリーの手をそっと握り返した。

気が付けば、太陽は西の空に半分ほど身を隠し、溶け残った雪を赤く染めている。

トーミ村は今日も平穏に一日を終えたようだ。

(さて、明日も頑張らねばな)

そんなことを思って眺める夕日はいつもよりほんの少し明るく見えた。

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