閑話 リーファとシェリーの大冒険

第230話 リーファ先生とシェリーの大冒険

村長が、マリー様のご実家へ挨拶に行かれてから10日ほど。

トーミ村のみんなは今、「悪だくみ」に夢中になっています。

私と師匠も村のご婦人方と料理の準備をしたり、会場を準備している人たちに炊き出しをしたりしてワイワイと準備に励んでいましたが、そんな中、リーファ先生から、

「シェリー。ちょっと森に行こうと思っているんだけど、ついてきてくれないかい?」

と声を掛けられました。


「もちろんです!」

私は、

「ふんすっ!」

と鼻息も荒くそう答えたのですが、今ではちょっとだけ後悔しています。

何故なら、今、私とリーファ先生が見上げる空には、大きなゴルがいるからです。


それまでの道のりは順調そのもの。

私を乗せてくれているエリスちゃんはとってもお利巧で、私はほとんど乗っているだけ。

水場も勝手に見つけてくれるし、魔獣の気配も避けてくれます。

村長たちはいつも、こんなに楽しい冒険をしているんだなって思ったら少しだけ羨ましくなりました。


今は、師匠の手元を見ることだけに集中してよそ見はしないようにしている私ですが、いつかはこんな風に自分で森の中に入って行って、自分で食材を調達して、自分で料理できる素敵な料理人になりたいという目標を持っています。

(いつか、ゴルみたいな大きな魔獣も狩れるようになっちゃったりして…)

なんて、考えていたのがいけなかったんでしょうか?

本当に出くわしてしまいました。


森に入って4日目の朝。

今日の朝食は、昨日適当に狩った小さめのアウルとドライトマトのチーズリゾットです。

とっても簡単な食事ですが、リーファ先生はとっても美味しそうに食べてくれます。

それを私も嬉しい思いで眺めつつ、

(やっぱり師匠特製のハーブ塩は美味しいなぁ。なんでこんなにうまく調合できるんだろう…)

と、師匠の素晴らしさに感動しながら美味しくいただきました。


そして、私たちが食事を終え、食後のお茶の準備をしようと思ったその時。

急にコハクちゃんが、

「ぶるるっ!」(近いよ!)

と言って、遠くへ目を向けます。

私が、なんだろう?と思って緊張感を高めていると、リーファ先生は、

「よしっ!」

と言って、さっそく荷物をまとめ始めました。

「急いでくれ!」

というリーファ先生の声に、私もよくわからないまま、

「はい!」

と、とりあえず元気に答えて荷物をまとめだします。

しばらくして、私が荷物をまとめ終えると、

「よし。準備出来たみたいだね。行こう!コハク、頼んだよ」

と言ってフィリエちゃんに跨り、さっさと出発するリーファ先生の後を、私はまた、

「はい!」

と、元気よく返事をしてエリスちゃんと一緒に追いかけました。


進むこと1時間ほどだったでしょうか?

私もやっとその気配に気が付きます。

(えっと…)

しかし、私は、その感じたことのない気配に戸惑ってしまいました。

ふと見ると、リーファ先生もエリスちゃんも落ち着いています。

そんな様子に私は、

(けっこう大丈夫なのかな?)

と思いつつも、

(いや、でもこの気配の大きさは…)

と思い直して軽く頭を振り、油断を消して、緊張感を高めていきました。


そして、現在。

私は唖然としています。

(え?えぇ!?)

と、焦ることしかできない私に、リーファ先生は、

「牽制とかく乱だけでいい。無理に突っ込むな!」

と言ってくれます。

でも、その牽制とかく乱が難しいのは、誰の目にも明らかです。

突っ込むなんてとんでもありません。

私は慌てて近くの岩陰に飛び込みました。


間一髪、ゴルの爪を交わせましたが、動悸が止まりません。

私が、息を荒らげ、冷や汗を流していると、今度は後方からとんでもない魔法の圧力が迫ってきます。

(なにっ!?)

と思って、私が思わず身をすくめると、その濃密な魔法は私のすぐそばを通り過ぎて、ゴルの翼を見事に突き破りました。

どうやらリーファ先生の矢だったようです。


私はまた唖然としてしまいますが、

(驚いている場合じゃない!)

と気が付いて、すぐに次の岩陰まで走ります。

そしてまたぎりぎりでゴルの爪を交わすことに成功すると、また同じようにリーファ先生のものすごい魔力が私のそばを飛んでいきました。


(はぁ…はぁ…)

上がる息をなんとか整えようと必死で呼吸をしながら、また次の岩陰を目指します。

今度はさっきよりも少しだけ余裕を持ってゴルの爪を交わすことができました。

きっと、リーファ先生の矢が確実に相手を削っているんでしょう。

そんな状況に私はようやく少し落ち着きを取り戻します。

(油断はだめ。村長を見習って常に気配に気を配って…)

そんなことを考えながら、私は毎朝、村長に習っている魔力操作をし始めました。


おへその下に魔力を集めて、徐々に全身に広げていきます。

すると、段々呼吸が落ち着いて、相手の動きが見えるようになってきました。

(よしっ!)

私は意を決して、岩陰を飛び出すと剣を抜き、ゴルを引き付けるように動き出します。

またぎりぎりで詰めをかわして、岩陰へ。

そして、またリーファ先生の魔法の気配を感じたら、ゴルを誘うように飛び出す。

そんな動きを何回繰り返したのでしょうか?

最終的には、ずいぶんと遅くなったゴルの攻撃をほんの少し余裕を持ってかわせるようになってきました。

またリーファ先生の矢がゴルの翼を突き破ります。

そんな一撃でゴルが突き刺さるように地面に落ちました。


私は、直感的に、

(ここだ!)

と思って一気に駆け出し、ゴルの首元に剣を突き刺します。

しかし、

(まだ…!)

と思って飛び退さり、また岩陰に飛び込もうとしたところで、今度はリーファ先生の矢がゴルの首元に突き刺さりました。


私は構えを取ったまま、村長が、「魔獣は死に際が一番厄介だ」と言っていたのを思い出し、慎重にゴルから距離をとります。

そして、ゴルが動かなくなっているのを確認すると、思わずその場に尻もちをついてへたり込んでしまいました。


やがて私の側にやって来たリーファ先生の、

「とりあえず、お茶にしないかい?」

という言葉にハッとして、

『いいですか、シェリー。あなたの一番の任務は調理見習いですが、一応は、メイドとしても務めるのですから、いついかなる時でも美味しくお茶を淹れて差し上げられるくらいのことはできるようにならなければいけませんよ』

という、エルフィエルを出る時、侍女長様から言われた言葉を思い出すと、さっそくお茶の準備に取り掛かります。


その後、

「いやぁ、特殊個体だってのはなんとなく想像してたけど、意外としぶとかったね。はっはっは」

と笑いながら、私が作ったバンポの皮を練り込みアップルブランデ―で風味付けした行動食を美味しそうに食べ、お茶を飲むリーファ先生から、村長と一緒にゴルを倒した時の話を聞かせてもらいました。

そんな話を聞いて私が、

(エルフィエルの騎士団は、2人を相手にどこまで持ちこたえることができるでしょう…)

と思ったのはここだけの話です。


やがてお2人とも茶を飲み終えると、リーファ先生は立ち上がり、

「さて、ここからが本番だよ」

と言って、背嚢から解体用のナイフを取り出し始めます。

私も慌てて自分の背嚢から、村長にいただいた聖銀製の解体ナイフを取り出すと、さっそくゴルを捌き始めました。


当然、ゴルを捌くのは初めてでしたが、リーファ先生から体の構造を聞きながらやってみます。

そして、本当に村の人達全員に行き渡らせてもまだ残るんじゃないかっていうくらいお肉を切り出し終えたころ、リーファ先生がやって来て、

「さて、今夜は冒険者特権の発動といこうじゃないか。シェリー。首元の『霜降り』肉をステーキ丼にしてみてくれ。あれは持ってきてあるからね」

と、ちょっと悪そうな笑顔でそう言いました。


気が付けばもう夕方。

私は「設営は任せてくれ」というリーファ先生のお言葉に甘えて、さっそく調理に取り掛かります。

村長からいただいた、聖銀製の包丁を持ち、いつものように、

「ふぅ…」

と短く息を吐くと、一気に集中力を高めて、ゴルのお肉に刃を入れました。


今日はステーキ丼なので、お肉はやや厚めに切ります。

しっかりとお肉の筋を見極めて包丁を入れるのがポイントなのだと師匠から習いました。

そして、お米を炊き、スキレットの温度を見極めると、いよいよお肉を焼きにかかります。

ここが一番の勝負所です。

私はまた一段と集中力を高め、その極上のお肉に挑みかかりました。


師匠特製のハーブ塩を、肉の味を消さない程度に軽く振って、表面にさっと焼き色を付けたら、いったん寝かせます。

その間にご飯を盛り、お肉とタレの準備。

今回は、師匠特製の万能タレを持ってきました。

ニンニクや香味野菜、スパイスが絶妙に配合された至高の逸品です。

まずはゴルの脂が溶けだしたスキレットにタレを入れ、焦げすぎないように、でも、香ばしく、という頃合いを見計らって温めます。

そしてまずはお米の上にそのタレを少量。

お肉は、食べやすく、でも、食べ応えを感じられるくらいの厚さに切りました。

それを豪快、かつ、繊細に丼の上へ。

そして、そこへタレを回しかけたら、普通はここで完成です。


しかし、今日は「あれ」があります。

コブシタケです。

今回はあえて少し薄目にスライスしてみました。

その方が、香りがふんわりとして、お肉の甘い脂の香りをより引き立ててくれます。

そんな、お肉とコブシタケ、そしてあのタレの香ばしい匂いがいっぱいに詰まったステーキ丼が出来上がると、さっそく、さきほどから待ちきれない様子で私を見つめているリーファ先生にお出ししました。


そんなステーキ丼をひと口食べ、

「むっふーっ!これだよ、これ!なぜか人を勝ち誇ったような気分にさせてくれるこの味だよ!うん。これこそまさに勝利の味だね」

と、よくわからないけどよくわかるようなことを言いながら美味しそうに食べるリーファ先生の姿に、私も嬉しい気持ちでさっそくひと口いただきます。

一瞬で消えるお肉。

そして、いつまでも残り続けるコブシタケの香り。

私も思わずリーファ先生と同じように、

「むっふーっ!」

と叫ぶと、夢中でお米を掻き込みました。


「ああ、至福だ…」

「ええ、至福ですねぇ…」

私たちの口からはそんな言葉しか出てきません。

夜の森の空気は、さっきまであんなに大きなゴルがいたとは思えないほど爽やかで、リンリンと鳴く秋の虫たちの声が静かに響き渡っています。

「至福ですねぇ…」

「ああ、至福だ…」

私たちはまたそうつぶやくと、しばらくの間ひと言も発することなく、ただただ夜空を見上げ続けました。

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