第229話 結婚式再び03

翌朝。

やはりいつものように木刀を振る。

しかし、少し早めに切り上げた。

式は午後からと聞いていたが、私とマリーは午前中にもなにかやらされるらしい。

いつもより念入りに汗を拭い、バタバタと朝食を取る。

そして、さっそく2人とも伯爵家で拵えてもらった礼服とドレスに着替えさせられると、外へと促され、玄関先でコハクとエリスに乗せられた。

なにやら2人ともやる気に満ちている。

みんなに見送られ、コハクとエリスが歩き出すと、ルビーとサファイアとユカリはフィリエに乗って、楽しそうに後ろからついてきた。

田畑のあちこちから「おめでとうごぜぇやす」という声がかかる。

そんな声に手を振りながらコハクとエリスに行先を任せて進んでいると、やがて村の目抜き通りへと入っていった。


私は目の前の広がる光景に驚く。

横を見ると、マリーも同じく目を見開いていた。

(ぱ、パレードか!?)

通りの両側には大勢の村人たちや冒険者連中が通りの脇に並んでいて、

一斉に拍手と歓声を贈ってくれる。

屋根の上からは紙吹雪も撒かれた。

その祝福の嵐の中を照れたり感動したりしながら手を振り通り抜ける。

そして、通りの端まで来ると、なんとそこで折り返して、またやんやと歓声を浴びせられた。

コハクとエリスは誇らしげに歩き、うちの子達はまるで歌でも歌うように楽しく鳴いている。

私はそんな歓声の道を往復し終えると、

「みんな、ありがとう!後で式があるらしいから思う存分飲み食いしてくれ!」

と大声で叫び、より一層大きな歓声を浴びた。


みんなに手を振りながら、今度は村を一周するように練り歩く。

やはり先ほどと同じように方々から声がかけられた。

そうして、屋敷に戻って来ると、今度はメルとジュリアンも交えて会場へ向かう。

会場は「狼祭り」でも使った広場。

たくさんの椅子や机が並べられ、新郎新婦が座る壇まで設えてあった。

すでに多くの村人が集まってきている。

当然うちの家族もみんな。

仕事着の者もいるから、きっと交代で来てくれるのだろう。

忙しい時期に申し訳ないことだと思いながらも、そのありがたさが身に沁みた。


私たち4人が壇に上がると、ジョッキを持ったアイザックがやってきて、

「よっしゃ!始めるぞ!」

とお得意の大声で宣言する。

「バン。マリー様。メルの嬢ちゃん。そして、初めましてのやつが多いかもしれねぇが、このジュリアンってのは元騎士様だ。…まぁ、村に来ちまえば関係ねぇけどな。性格はよく知らねぇがこのバンが連れてきて、メルの嬢ちゃんが選んだんだ。きっといい奴なんだろう。とりあえず、『ようこそトーミ村へ!』」

アイザックがそう言ってざっくり適当にジュリアンを紹介をすると、ジュリアンは立ち上がって、

「これからよろしくお願いします」

と頭を下げた。


「よろしく」

という声が方々から飛ぶ。

「よし、じゃぁ紹介も終わったところで、まずは盃だな」

と言ってアイザックがなにやら合図をすると、ドーラさんが白い盃を4つ持ってきた。

この辺りの風習で、新郎新婦は結婚式の時に、それぞれの盃から交互にひと口ずつ酒を飲むというのがある。

そんな盃が配られるとさっそくドーラさんがみんなの盃に蕎麦酒をついでくれた。

私は小さく、

「アイザックの合図があったら、まず自分の盃の酒をひと口飲んで、次に盃を交換してまたひと口飲むんだ。そのあと祝い唄が始まるから聞いてくれ」

と作法…というよりもやり方を説明する。

その説明が終わって、アイザックに軽くうなずくと、アイザックも軽くうなずいて、

「盃を!」

と掛け声をかけた。


まずは手元の盃からほんのひと口飲む。

マリーは初めて飲む酒にびっくりして、ちょっと顔をしかめていた。

たぶん酒精の刺激に驚いたんだろう。

「真似だけでもいいぞ」

と言うと、少し苦笑いで、コクンとうなずく。

そして、今度は互いに盃を取り換えると、またひと口飲んだ。

それを見届けたアイザックが、パンっ!とひとつ柏手を打ち、

「いやさぁ~、あ~、え~」

と民謡のように朗々とした声を発する。

すると、会場にいたみんながそれに、

「めーでーたぁ、めでーぇたぁぁのぉ」

と続き、そこから祝い唄が始まった。

日本的な記憶で言えば「高砂」といったところだろうか?

もしくは、「木遣」に近いかもしれない。

ともかくその素朴な歌は、朗々と続き、最後に、アイザックが、

「いよぉお!」

と掛け声をかけると、みんなが一斉に「パンッ!」と柏手を打って一丁締めでその唄は終わった。


一斉に拍手が起こる。

「よし、続いて乾杯だ。酒は行き渡ってるか?」

そう言うと、みんなが一斉にジョッキやコップを掲げた。

「よし、よさそうだな。バン、音頭をとってくれ」

アイザックの言葉に私は立ち上がる。

私はまず、真剣な顔で、

「あー、みんな。今日は本当にありがとう。心の底から感動している。私は、これからも村のために働き、みんなの笑顔を守る。ただ、それにはみんなの協力も必要だ。これからもよろしく頼む」

と言って頭を下げた。

みんなが一瞬静まり返った。

きっと次の言葉を待っているんだろう。

私は顔を上げ、手元にあったジョッキを手に取り、今度は笑顔を浮かべると、

「これからもみんな笑顔で暮らして行こう。そして、みんなで美味い飯を食うぞ!乾杯!」

と大声で宣誓して、ジョッキを思いっきり高く掲げた。


そんな私の言葉で、一斉に、乾杯の声が響き、拍手とおめでとうの声がかかる。

すると、何人かの冒険者が一抱えくらいの肉の塊が乗った皿をいくつか持ってきて会場の中央に設えられていたテーブルに置いた。

さっそくドーラさんと何人かのご婦人方かテキパキと取り分けてそれぞの席に配っていく。

それがいったい何なのか気になりつつも、マリーに目を向けて、

「どうだ。辺境の結婚式は」

と、声を掛けた。

「うふふ。とっても素敵です」

と、マリーは嬉しそうに答えてくれる。

そんな言葉に私はこの上なく嬉しくなったが、ついつい照れ隠しで、

「ところで、あの肉はなんだろうな?」

と言ってしまった。

「あら。バン様ったら。相変わらずですのね」

と言ってマリーが笑う。

私がさら照れて、

「ははは」

と笑っていると、横でメルとジュリアンも微笑んでくれていた。


やがてリーファ先生とドーラさんがその肉を持ってきてくれる。

「やたらデカいように見えたが、なんの肉なんだ?」

と聞く私に、リーファ先生は、

「ふっふっふ。聞いておどろかないでくれよ。ゴルの特殊個体さ」

と、少しニヤケたようなドヤ顔でそう言った。


「なっ!?」

驚く私に、ややきょとんとするマリー。

そして、メルは引き気味の苦笑いで、ジュリアンはきっちりと固まっている。

「いやぁ、苦労したよ。なにせ、大規模魔法が使えなかったからね。ああ、シェリーも手伝ってくれたから、野営飯は美味いし、解体は楽だし、肉も大量に持って帰って来られて万々歳さ」

と言って「はっはっは!」と豪快に笑うリーファ先生。

「まぁ。みんなで頑張ってくれたのね?ありがとうリーファちゃん」

と言って、嬉しそうに笑うマリーの顔を見ていると、私はなんだかもうどうでもよくなって、

「ははは。そいつは村人全員で心して食わなきゃな」

と、何かを諦めて笑った。


そこから次々と料理が出され、式は和やかに進む。

結婚式だけあって、狼祭りの時よりもややかしこまった感じではあるが、どれも辺境らしい素朴な料理だ。

ヤナの卵は子孫繁栄。

ニンジンこと赤根と大根ことデースの煮物は長寿。

蕎麦は細く長くで、様々な具が詰め込まれた鳥焼きは家庭円満。

たわわに実って実が黄色いリンゴは金運、と言った具合に、いわゆる縁起担ぎの料理が少量ずつ出された。


村の結婚式はどちらかと言うと親睦会といったかんじだろうか。

派手なことはせず、時々のど自慢が歌い、みんなが明るく飲んで、食べてというふうに、穏やかな時間が流れていく。

暖かい空気の中、私もみんなの輪の中に加わり楽しく飲んだ。


ふと見ると、マリーもメルもジュリアンもすっかり村人の輪の中に溶け込んでいる。

私が、そんな様子を見て、

(良かった…)

と、心の中で安心していると、

「お前もついに年貢の納め時ってやつだな。まったく、いい歳まで滞納しやがって」

と、アイザックにからかわれる。

そんなアイザックに向かって、私が、

「うっせー」

と、いつもとは逆に笑顔で悪態を吐く。

そんな楽しいやり取りを何人と交わしただろうか?

そろそろ日が西に傾き始めたころ、

「よっしゃ、ここら辺りで新郎新婦様方は解放だ!」

というアイザックの声がかかった。


これもこの辺りの伝統だ。

新郎新婦は先に帰して、あとは出席者で宴会をする。

そんな伝統にのっとって、私たち4人は屋敷へと戻った。


とりあえず、メルがお茶を淹れてくれる。

4人でお茶を飲みながら、今後のことを少しだけ話した。

「とりあえず、メルとジュリアンは離れで暮らさないか?家は使ってないと傷みが早くなるらしいから、その手入れついでだと思ってくれ。ああ、飯は食いに来ればいいし、来年にはちゃんとした家を用意する」

私がそう言うと、2人は、

「それはあまりにも」

とか、

「長屋でかまいません」

と言って、遠慮する。

しかし、私が、

「家族なんだ、近くに住む方が便利だろう」

と言うと、最終的にはうなずいてくれた。


その後、それぞれが礼服を脱ぎに部屋に戻る。

そして、ちょうど着替えが終わった頃、家族のみんなが帰ってきた。

あれだけたっぷり食べたので、夜は簡単にスープとパンで済ませる。

そして、ゆっくりとお茶を飲みながら、静かに時を過ごした。


結婚式の興奮は冷めていない。

ただ、その幸せを誰もゆっくりとかみしめて微笑ましい気持ちでお茶をすすっている。

「明日からは、お引越しですねぇ」

というドーラさんに、私が、

「ああ。さっきメルとジュリアンには話しておいたよ」

と言うと、ドーラさんから不思議そうな顔で、

「あら、村長もお引越しなさらないと」

と言われた。

私は一瞬分からなかったが、

「ご夫婦になられたんですから」

と言われて気づく。

(ああ、明日からはともに寝起きするのか…)

そんな当たり前のことに少し、いや、かなり照れてしまった。

マリーも恥ずかしそうに顔を赤くしてうつむいてしまう。

「おいおい…」

とリーファ先生が呆れたようにつぶやいた。

「そうだな…」

私は意を決するようにそうつぶやく。

そして、そっとマリーの肩に手を置いた。


ハッとするマリーに優しく微笑む。

「温かい家庭を作ろう」

そんな私の言葉に顔を赤らめて、うつむきながらも、

「はい…」

と言うマリーをとても可愛らしく、愛おしいと思った。


ふと窓の外に目をやる。

空はすっかり暗くなっているが、遠くにぼんやりと灯りが見えた。

宴会はまだ続いているらしい。

この温かい村で温かい家庭を作る。

私は、そんな幸せが目の前にあることに心から感謝した。

秋の澄み渡る夜空には雲がたゆたい、明るい星が瞬いている。

私がそんな光景をぼんやり眺めていると、柔らかな夜風に乗って、どこからか祝い唄が聞こえてきた。

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