第228話 結婚式再び02

「はぁっ!?」

私は、そんなリーファ先生の発言に驚いて、マリーの方へと顔を向ける。

マリーも、口を両手で覆い、

「まぁ…」

と言って私を見てきたから、おそらくこちらも私と同じくらい驚いているのだろう。

メルとジュリアンは困惑して、どうしたらいいのかわからないという表情をしていた。


そんな中、

「私も全力でお手伝いします!」

とローズが力強く宣言する。

そんな言葉にリーファ先生が、

「そいつは助かる。…そうだね、とりあえず共同作業場でご婦人方の手伝いを頼めるかい?」

と言うと、ドーラさんが、

「私も作業場でお手伝いしてまいります。ローズちゃん、一緒にいきましょう」

と言ってローズと一緒に食堂を出て行った。

リーファ先生も、

「そういう訳だから、私もギルドへ行って来るよ。ああ、今日の晩御飯はあれの豪華版だからね」

と慌ただしく言って、食堂を出て行く。

残された私たち4人は顔を見合わせ、呆然としたまま、とりあえずお茶をすすった。


その日の晩御飯はやはり「家族セット」だったが、その豪華さにおもわず目を見張る。

トリュフことコブシタケの乗ったハンバーグ、ちょっとお洒落に盛られた大人風のナポリタン、トロトロのオムライスに、いつもの棒状ではなく櫛切りにされたサクサクのフライドポテト。

そこに、から揚げではなく、ラタトゥイユのような野菜たっぷりのソースをかけられ、彩り豊かになった鶏ことコッコのカツまでついていた。


私の横と斜め前から、

「ぬぉーっ!」

とか、

「むっふーっ!」

という声が聞こえてくる。

私も感動しながら美味しく食べたが、その感動は、果たしてその大人過ぎるお子様ランチに対する感動なのか、それとも家族や村のみんなの心意気に対する感動なのか、もしくはそのどちらともなのか、どうにも区別が出来なかった。


ちなみに、うちの子達にはお誕生日席に座ってジュリアンに席を譲ってあげてくれている。

そうやって、席を空けてくれたルビーとサファイアにまで頭を下げるジュリアンに、

「きゃん!」(いいよ!)

「にぃ!」(鳥さんがおいしいよ!)

と言って快く席を譲ってあげているうちの子達の成長にもおもわず感動してしまった。

(きっとこのまま優しい大人になってくれるんだろうな…)

そんなことを考えて、微笑ましい気持ちで2人を見つめる。

そのうちメルとジュリアンは、自分たちの新しい食卓を築くことになるのかもしれない。

しかし、頻繁にこうして一緒に食卓を囲むことになるだろう。

(また賑やかになったな)

そんなことを思って私は、いつものように笑顔あふれる食堂の光景を、目を細めながら見つめた。


私の横で、

「楽しくて美味しいですわね」

と言うマリーに私も、

「ああ。楽しくて美味いな」

と笑顔を向ける。

こうして今日、我が家の食卓にまたひとつ新しい笑顔が刻まれた。


そして食後のデザートの時間。

ジュリアンがまた衝撃を受けている。

あの豪勢な「家族セット」の後に、これまたいつもより豪華なプリンアラモードの攻撃を受けたのだから、無理もない。

そんなジュリアンと少しだけ今後の話をする。

「なぁ、ジュリアン。希望の職種はあるか?」

という私の問いに、ジュリアンは、なんとか我に返って、

「ご命令とあればなんでも」

と、私の目を真っすぐに見つめながらそう答えた。


私はそんなジュリアンの真剣な眼差しにうなずき、

「伯爵は事務仕事もこなせると言っていたが、騎士であるジュリアンを常に役場に縛り付けておくのは気が引ける。…というか、もったいないような気がする。そこで春から秋、交易や村の活動が活発な時期は街道の警備や村の防災を担ってもらって、冬場は税金関係の事務の手伝いをしてもらいたいと思っているんだがどうだろうか?」

と、私の希望を伝えてみる。

するとジュリアンは、

「それは願っても無いことです!」

と、そのまっすぐな目を輝かせてそう答えた。

「正直に申し上げると、私は剣を捨てる覚悟でここへ参りました。しかし、そんな私に、この村で1振りの剣として生きろとおっしゃっていただけたのです。感謝より他に申し上げることなどございません」

そう言って、頭を下げるジュリアンの横でメルも頭を下げる。

私はそんな2人の態度に少し照れながらも、

「いや、こちらこそ助かる。これから村の経済がさらに成長するとなると、どうしてもその辺りの手当てをしなければならなくなるからな。私もどうしたものかと思っていたところだ。今回の話はずいぶん急で驚いたが、おそらく伯爵はその辺りのことも考えた上で今回、このようなことをなさってくださったんだろう。当面の間は役場で事務仕事を覚えてもらうことになるが、ギルドとも相談して、そういう体制が整ったらそちらに集中してくれ。これから村のことをよろしく頼む」

と言って、こちらも頭を下げた。


なんだか少しよそよそしくなってしまった空気に、マリーが、

「よかったわね、ジュリアン、メル」

とひと言声を掛ける。

たったそれだけのことで、一気にその場の空気が和らいだ。

やはり、マリーは不思議な魅力を持っている。

周囲の人の心を明るく優しく照らす力。

かく言う私もそんな魅力に取りつかれてしまった1人だ。

そんな素敵な人と結婚出来たことを嬉しく思う。

私は改めて自分の幸せに感謝し、その美しい人をまばゆく見つめた。


翌朝。

いつものように裏庭に出て木刀を振る。

昨日の驚き半分嬉しさ半分といった気持ちは完全に嬉しさに代わっていた。

伯爵家でも思ったが、自分はこんなにも多くの人に支えられているという事実。

それが実感できるということがなんと素晴らしいことだろうか。

思えば、人は誰しも誰かに支えられて生きている。

それにも関わらず、それを実感できる機会は意外と少ない。

ただでさえ貴重なその機会をこの短い期間に、しかも、これほど大きな感動と共に実感できたということを幸せと言わずして何と言おうか。

そんな感動を静かに淡々とかみしめるように木刀を振った。


その日。

役場に出向くと、

「明日に備えて、のんびりしていてください。ちなみに私も忙しいです」

というアレックスの淡々としたツッコミを受ける。

屋敷に帰ると、こちらでもみんなバタバタと動いていた。

こちらにも手伝おうと申し出る。

しかし、

「どこの世界に、自分の結婚式の準備をする新郎がいるんだい?」

とリーファ先生からやや呆れ気味のツッコミを受けてしまった。

先程、ジュリアンにも同じことを言ったらしい。

仕方ないとあきらめて、マリーとうちの子達をつれて厩へと向かう。

厩に近づくと、

「ぴぃ!」(遊ぼう!)

と言って飛んでいくユカリを先頭に、うちの子達が駆け出し、厩から出てきた3人と合流すると、みんなで仲良くじゃれ合い始めた。


私たちは適当な所に腰掛けてその様子をのんびりと眺める。

「楽しそうですわね」

「ああ。楽しそうだな」

「なんだかいつもより嬉しそう」

「ああ。みんな元気だ」

そんなぽつぽつとした会話をしていると、みんながこちらにやって来た。


「きゃん!きゃん!」(あのね、私たち「まりょくそうさ」ができるようになったんだよ!)

「んにゃぁ!」(あれ、あったかいから気持ちいいね!)

「ひひん!ぶるる」(ルビーちゃんが一番上手なんだよ。すごいよね)

「ぴぃ!」(リーファと練習したの!)

「きゃん!」(もっと練習したら魔法が使えるようになるんだって)

「にぃ!」(できるようになったら見てね!)


(え?今魔法って言ったか?)

私が、皆の言葉に驚いて唖然としていると、マリーが、

「まぁ!みんなすごいのね。うふふ。ちゃんとできるようになったら見せてね。ああ、でも。無理はいけないわ。ゆっくり練習するのよ?」

と言って、みんなを順番に撫でる。

私もハッと我に返って、

「そうか…。いつの間にか大きくなったんだなぁ…」

と、つぶやいた。

そして、エリスとフィリエが少し羨ましそうな目で4人を見ているのに気が付くと、

「エリスは面倒見がいいし、フィリエは気遣いができる。みんなそれぞれ違うけど、それぞれみんなが可愛いうちの子だ。」

と言って2人を撫でてやる。

嬉しそうな顔で頬ずりしてくる2人も合わせてそれからはみんなでじゃれ合った。


今日の昼はバタバタと働くみんなに合わせて弁当。

各々が好きな時間に好きな場所で食べるそうだ。

私たちは、みんなと一緒に外で食べる。

「うふふ。まるでピクニックですわね」

と嬉しそうに笑うマリーの横で、

(やっぱりみんなと一緒に外で食う飯は美味い)

私はそんなことを思いながら、幸せな気分でにぎりめしを頬張った。


その後も、楽しい裏庭ピクニックは続く。

使い古しの竹籠の中に入って転がしてもらうのが好きなルビーを竹籠に入れてみんなで転がしてやったり、サファイアに魔獣の骨を投げてやったり。

乗馬もしたし、追いかけっこもした。


ひとしきり遊び終えると、みんなは昼寝の時間。

(これからはこんな日々が日常になる。でも、当たり前にあるものほど貴重なものはない。これからはこの日常を家族みんなで守っていかねば…)

そんなことを考えながら、すやすやと気持ちよさそうに寝るうちの子達を見つめ、マリーと一緒に穏やかな時を過ごす。

秋の柔らかい陽射しが差し込む裏庭の光景をぼんやりと眺めながら、私とマリーはまた、ぽつぽつと会話を交わした。


「明日が楽しみだな」

「ええ。とっても楽しみです」

「マリーと2回も結婚式ができる私は幸せ者だ」

「まぁ、バン様ったら…。うふふ。私も幸せですわ」

微笑み合う私たちの横で、

「…んみゃぁ…」(…おにくぅ…)

と言う、ルビーの幸せな寝言が涼風に乗って空に溶けていく。

柔らかい秋の日差しに包まれた裏庭で、私たちのピクニックは夕方まで穏やかに続いた。

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