37章 冬は春の使者

第232話 冬は春の使者01

トーミ村で収穫の最盛期がなんとか終わった頃。

今度は冬支度に追われる。

今年も忙しく朝から晩まで役場に縛り付けられ、各所を応援に駆けずり回るという日々に変わりはなかったが、ジュリアンという新戦力のおかげで幾分余裕のある対応ができた。


ジュリアンはなかなかに優秀で、アレックスより3つほど年下らしいが、騎士団で副団長をしていただけあって、統率能力がある。

人を効率よく配置するという点では私より上手いかもしれない。

さらに、事務仕事もそつなくこなしてくれた。

ただ、事務仕事に関しては真面目にこなすが、総合的な判断というところではアレックスにはかなわない。

組織運営をするうえで必要な調整や根回しは不得意のようだ。

そんな一長一短はあるが、それぞれの長所を活かして仕事をしてもらっている。

そのおかげか、冬至の前には税金の処理を終われる見込みが立った。


そして、順調に月日は流れ、無事、税金の処理が終わり、冬もそろそろ後半戦に差し掛かろうかと言う頃。

落ち着いたところで、来年の計画について3人で話し合う。

ジュリアンにとっては初めてのことだから、とりあえず今回はオブザーバー的な位置で話を聞いていてもらうことにした。

議題は、

いつもの生産計画、

村内のインフラ設備の修繕、

人口動態を踏まえた教育、経済の指針作り、

隣のノーブル子爵領との間にある街道整備、

について。


生産計画については、野菜や穀物は例年通り。

その他の製品についてはやや増産するが、人的に無理はないだろうとのこと。

くれぐれも無理だけはさせないようにと念を押して、計画を承認する。

そして、次に生産計画のうち、隣領との取引に係る部分についての話になった。


隣のノーブル子爵領との間で取引が始まれば村の主要な輸出品は当面の間、アップルブランデーになる。

しかし、仕込みの量を増やすにしても、リンゴの作付けを増やすにしても、当然ながら短期間にできるものじゃない。

それに来年あたりからは栗ことミルの栽培地も確保しなければならないだろう。

そこで今年は、村の食糧事情に影響が出ない範囲でリンゴを酒に回す程度に留めることにし、本格的な増産は見送ることにした。

もちろん将来を見越して、果樹園の拡張に供せる土地を確保し、整備もしておくが、それは今後の動向をさらに見極めてから本格化させることにしても遅くはないだろう。


インフラの状況については、用水路に傷みがある箇所が数か所報告されている。

今のところ生活に支障は無いようだが、こういうことは早めに手を打っておくべきだ。

私は、少し考えて、

「現在はさほど問題になっていない箇所の総点検を含め、時間をかけてもいいから丁寧に状況を把握してくれるよう世話役に頼んでくれ」

と言い、さらに、

「応急処置でいい箇所と本格的な整備が必要な場所の洗い出しが終わったら、整備計画の策定に入ろう。もちろん早急に対応が必要なところは暫定予算から支出する。もし大規模修繕になりそうな場合は繰越金を充てればなんとかなるはずだから、世話役たちには安全第一を心がけて、遠慮なく報告するよう伝えてくれ」

と指示した。


教育に関しては今まで通り、やはり教員が足りないという問題は残っている。

(どこかにいい人材は転がっていないだろうか?)

と考えても、そんな都合のいいことがあるわけもなく、こちらは引き続き要検討という形にせざるをえなかった。


経済の指針については、今までとは少し違って来る。

村の人口も増え、経済が発展したのはいいが、それに見合う職の確保が課題になってくる可能性が出てきた。

冒険者を引退しても村に居残りたいという男衆には、農家や建築、木工品なんかの製造の仕事があるし、なんなら今度新たに創設しようとしている自主防災組織に入ってもらうということもできる。

しかし、女性を中心とした力仕事が不得手な者のことを考えると、農産品の加工や紙の製造、なんかの手工業以外の産業が無いと少し厳しくなってくるだろう。

村には三次産業が少ない。

そんな問題解決の第一歩として、まずは小規模な商店を出す人材を募集して商店街機能を強化してみてはどうか?という考えを話してみた。


私から提案したのは、小間物や服飾なんかを扱う雑貨屋。

現在のトーミ村にはちょっとした物が欲しい時、気軽に買い物ができる店がない。

欲しい物がある時はギルドを介してコッツに注文を出し、取り寄せてもらうより他ないのが現状だ。

そう考えて、どうだろうかと聞いてみると、アレックスは良いだろうという意見を示した後、自分の考えとして、喫茶店という案を出してきた。


私は一瞬考えてみる。

村の寄り合いは世話役の家でやるし、お茶会なんかもたいていどこかの家でやっているから今のところ村に喫茶店の需要はそれほど多くないだろう。

しかし、現在村で外食ができるのは宿屋のみ。

それで、十分に足りてはいるが、やはりどこか寂しい印象はある。

喫茶店ならば村の憩いの場になるし、ファミリーレストランのような感覚で、村人がちょっと背伸びをしていくお店が増えれば、小さい子にとっても大きな楽しみにもなるかもしれない。

その場合、宿屋との競合はあまり考えなくてもよさそうだ。

なにせターゲットにする客層が違う。

人手についても、村がそれなりの店舗なんかを準備をしてやれば、移住してきた若者や引退した冒険者に引き受け手はいそうだ。

そう思った私は、アレックスの案も採用し、さっそく村の体制の整備を指示した。


そして、隣のノーブル子爵領との交易について。

まず、春になったらがけ崩れで溢れた土砂の撤去に取り掛かる。

これは冬が来る前には終わらせたい。

そうすれば、軽い荷物を積んだ小型の馬車なら通れるようになるから、翌年の春からは荷物の行き来がより多くなるはずだ。

その次の年には道を均す作業に入り、最後に街道の脇に、馬車がすれ違ったり、ちょっとした休憩にも使える場所の整備をして事業完了。

現段階ではそういう3年計画になっている。

一応、余裕を持った計画にしてあるようだし、私自身の目で現場を確かめているから、おそらく問題は無いだろう。

アレックスにはボーラさんとの間で必要な物資の最終確認を依頼し、ジュリアンにはギルドと協力して警備を手伝って欲しいと頼むと、来年の大まかな計画とその方針が決まった。


なお、椿油は秋の終わりに届き、現在我が家で試用している。

うちの女性陣、なかでもドーラさんとシェリーは「手が荒れにくくなった」と言って喜んでくれていた。

ちなみに、使い方は、リーファ先生考案の雑草化粧水と合わせて使うのが良いそうだ。

森の浅い所に生えている雑草数種類を使ってリーファ先生が作り出した化粧水は、いまや共同作業場で定期的に生産して、村中のご婦人方の必需品となっている。

その化粧水を塗った後、数滴の椿油を伸ばすように上から塗るといいのだとか。

期待していた通りの結果が出た。

これなら、村中に広めてもいいだろう。

双方にとっていい結果になりそうなことに、安心する。

そして、私たち3人はさっそくそれぞれの仕事に取り掛かった。


私とアレックスは今話し合ったことに必要な場所や予算の算段をつける。

ジュリアンにはコッツと実家に協力を要請する手紙を届けてもらうことにした。

(兄上が誰か教員の一人でも紹介してくれればいいが…。そうそう上手くはいかんだろうな。まずは、村の商業規模のちょっとした拡大からだ)

と思いつつ、手紙をしたためる。

(さて、来年は忙しくなる…)

そんなことを思って、ほんの少しの疲れとたくさんの喜びに満ちたため息を吐くと、その日の仕事を終え、屋敷へと戻って行った。

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