第225話 結婚式02

宣誓の儀が終わるとそれぞれの家族のもとへと挨拶に向かう。

まず、花嫁の家族のもとへ向かう途中、兄上と目が合うが、苦笑いでうなずかれただけだった。

おそらくすぐに式場を出て食事の会場へ向かうのだろう。

下手をしたら帰ってしまうかもしれない。

我が家はいつものそんなものだし、そんなものだと思われている。


メルは家族と抱き合い、ジュリアンは騎士団長だという兄と話をしている。

何やらお小言でも言われているように見えたのは気のせいだろうか。

そんなジュリアンをよそ目に、私はエインズベル伯爵家一同の元へ向かった。


ハンカチを片手ににこやかに涙を流される伯爵。

「よい宣誓でした…。どうか、マリーに温かい食卓を」

と言う伯爵に、

「全身全霊を懸けて」

と応えて頭を下げる。

「ふふっ。『らしい』宣誓でしたわね。でも、お素敵でしたわ」

とルシエール殿が言うと、

「ええ、少し珍しい宣誓でしたね」

「そうですな」

「うふふ。うちの人の驚く顔なんて久しぶりにみました」

そう言って、兄弟の方々はくすくすと笑いながらも、

「マリーを頼みます」

「幸せにしてやってください」

と、それぞれの言葉で祝辞を述べてくれた。


その後も、結婚祝いは何がいいかしら?という話題でも盛り上がる義姉2人に、

「ほどほどで頼みます」

と苦笑いで答え、いつかイルベルトーナ侯爵領にも遊びに来て欲しいというマーカス殿の言葉に、

「ええ、必ず。オルバの時期に」

と応えて、マリーから笑われたりしながら、歓談する。

ひとしきり話が落ち着いたところで、

「ではそろそろ食事に向かいましょうか」

という伯爵の声で移動しようとした時、ふと視線を感じて振り返ると、ユリウスさんから、遠慮がちに軽く頭を下げられた。

後ろには、ジュリアンの父君もおられる。

「失礼」

と伯爵に断って快く許しを得たところで、そちらへ足を向けた。


「この度はおめでとうございます」

まずはそんな型通りの挨拶から入り、ユリウスさんの隣にいた、体格のいい男性から、

「お初にお目にかかります。エデルシュタット男爵様。ジュリアンの父、ノルドと申します」

と自己紹介をされた。

「こちらこそお初にお目にかかる。トーミ村、村長のバンドール・エデルシュタットです」

私も自己紹介をすると、ノルドさんは、

「ジュリアンのバカをよろしくお願いいたします」

と言って、深々と頭を下げる。

私は、そんな父の想いに感動しながら、

「礼を言うのは私の方です。ジュリアンのようなまじめな人物が村に来てくれるのは私たちにとっても良いことなのですから、どうぞ頭をお上げください」

という私の言葉に、

「恐れ入ります」

と言ってノルドさんが頭を上げると、今度はユリウスさんが、

「これまで同様メリーベルのことをお頼み申し上げます」

と言って、頭を下げてきた。

今度もまた、

「メリーベルにはいつも助けられています。トーミ村に縛り付けることになるのは申し訳ないが、ジュリアンともどもきっと幸せになってもらいましょう」

と言うと、ユリウスさんはまた一段と深く頭を下げる。

私は、そんなユリウスさんの態度に恐縮して、頭を掻きつつ、

「マリーも喜んでいると思います。こちらこそ、これからもよろしくお頼み申し上げます」

と言って、頭を上げてくれるよう促した。


恐縮する2人に遅ればせながらも、

「この度はおめでとうございます」

と言って軽く頭を下げると、照れくささを感じながらさっそく食事の場へと向かう。

メイドが案内してくれたのは大広間。

両家の家族は同じ食卓を囲み食事をするのが習わしだと言うが、兄上夫婦はいない。

私がそのことを謝ると、

「それはかまいませんよ。むしろそうした方がいいのかもしれません。エデル子爵なりに気を遣われたのでしょう」

と言って、エインズベル伯爵は許してくださった。

兄弟の方々もルクロイ伯爵も軽くうなずいている。

私は改めて実家の特殊な立ち位置を認識しつつも、もう一度、軽く謝罪をして席に着いた。


その後、和やかな食事会が始まる。

緊張と興奮と幸福感で、腹が減っているのか満腹なのかわからなかった私だが、前菜をひと口食べた瞬間、やはり腹が減っていたということに気づかされた。

到着した初日同様、豪華な食事を美味しくいただく。

特にラムチョップのコンフィが絶品だった。


美味しい食事で話が弾み、話題は私の冒険者時代のことに及ぶ。

たしか、ルクロイ伯爵領ではエイクの特殊個体と狼の群れを討伐したことがあると話すと、ルクロイ伯爵は、

「我が領に特殊個体が…」

と言って驚かれた。

たしかに、滅多にあることじゃない。

そんな希少な場面に遭遇してしまったのだから、私は運がいいのか悪いのか。

そんなことを思いながら次に、イルベルトーナ侯爵領についてマーカス殿から話を聞く。

もちろん、オルバについても聞いた。


マーカス殿曰く、オルバの見た目はやや小ぶりなソルといった所だが、よく見ると、尾びれの先が白くなっており、また、エラの部分にも小さく白い斑点があるのだとか。

身は、まるでミルクのような色をしており、卵も同様とのこと。

味は、濃厚だが、意外とクドい感じは無いと言う。

魚のうま味と貝のうま味を足して2で割ったようなうま味に、なめらかな食感が特徴的らしい。

「残念ながら、塩漬けにしたら味が落ちるどころか不味くなってしまうから、他領へ販売することができないのが難点だ」

というマーカス殿に、先ほど食べたコンフィを思い出しながら、

「油漬けにはなさらないのか?」

と聞いてみた。

すると、マーカス殿とついでにルシエール殿の目の色が変わる。

2人は顔を合わせてうなずき合い、なにやら通じ合ったようだ。

どうやら、そのうちオルバの油漬けが市場に出てくることになるらしい。

(それはそれで楽しみだが、できれば本場で食ってみたいものだ)

そんなことを思いつつ、その後も食事を楽しんだ。


楽しいまま食事は終わり、その後は夫婦2人でゆっくり過ごしていいとのことだったので、いったん自室に戻り、いつもの礼服に着替える。

(さて、どうしたものか…。いったい何をすればいいのだろうか?)

と思っていると、やはり普段着のドレスに着替えた マリーが私の部屋を訪ねてきた。

「少しお庭を歩きませんか?」

と言うマリーの誘いで庭に出る。

空はまだ明るいが、じきに暮れかけてくるだろうという頃。

マリーは庭の外れにある広い花壇で花を見たいというので、ゆっくりとそちらへと向かった。


聞けば、あの結婚式の時に舞っていた花は、その花壇で育てられているものだという。

ちょうどこの時期に満開を迎えるのだとか。

庭の外れにある、普段は家族くらいしか立ち入らない場所にあるというその花壇に着くと、そこは花壇というよりもむしろ畑のような所だった。


暮れ行く午後に陽に照らされ、どことなく秋の気配を感じる風に一面の花がそよそよと揺れている。

「このお花、お母様がお好きだったお花なんですの…」

そう言ってマリーは、その場にしゃがみ込み、花を愛でながら、昔を懐かしむように微笑んだ。

「うふふ。私驚いたんですのよ」

と、マリーはしゃがんで花を愛でながらそう言う。

私がいったい何に驚いたんだろうか?と首をひねっていると、マリーはまた、

「うふふ」

と微笑んで、

「似ておりませんか?」

と言った。

さすがの私もそこでようやく気が付く。

「ああ、あの…」

「ええ。ですから、最初にあのブローチをいただいた時、驚いてしまって…。お母さまが大好きだったお花。私も大好きなお花にそっくりだったんですもの。それで、私は運命だって思ったんです。諦めなければ、この恋はきっと叶うって」

そう言ってマリーは立ち上がり、嬉しさになのか、恥ずかしさになのか、それともその両方になのか、まるで、一面に咲くこの花のように可愛らしい笑顔で、はにかみながら私を真っすぐに見つめてきた。


そんな笑顔に向かって私も正直に自分のことを語る。

「私も似たようなものだ。初めて会った時…覚えているか?あの変な挨拶をした時だ…。可愛らしく微笑む人だ思った。今にして思えばおそらくその瞬間、恋に落ちていたんだと思う」

私のそんな言葉に、マリーは、

「まぁ…!」

と言って胸の前で手を合わせ、目を見開くと、次に目を細めて、

「うふふ。同じですわね」

と言って微笑むと、

「私も、その、うふふ。その、『変な挨拶』をされるバン様を見て、なんだかとっても正直でお心の素敵な方だなって思いましたのよ」

と、心の底から嬉しそうにそう言った。


私はそんな微笑みに、見惚れてしまう。

そして、頭をかきながら、

「…ははは。礼法が苦手なのもたまには役に立つものだな」

と照れ隠しに冗談を言って、笑った。


やがて、照れ笑いを浮かべ合う私たちを西日が包む。

ややあって、

「バン様。もう少しよろしくて?」

と言うマリーに、

「ああ」

と短く応えると、マリーは、

「こちらへ」

と言って、花畑の中にある細い道を先に立って歩き始めた。

ゆっくり歩くマリーの背中についていくと、ふとマリーが立ち止まり、膝をつくようにしゃがみ込む。

そこには石板があった。

「お母さま。私、今日結婚したんですのよ」

と言って、その石板を撫でるマリー。

その石板には十数年前の日付とセシリア・ド・エインズベルという名前が刻んである。

私もそこに跪き、

「お初にお目にかかる。バンドール・エデルシュタットと申します」

と自己紹介をする。

「見てらっしゃいますか、お母さま。うふふ。とっても素敵な方でしょ?」

そう言って、少し自慢げな口調で、しかし、どこまでも優しく言葉をかけるマリー。

私はその石板に向かって、

「私はマルグレーテ嬢を、命の続く限り命を懸け、誰よりも永く愛し、家族と共に温かい食卓を囲むことをここに誓わせていただく」

と、もう一度誓った。

「まぁ…」

と言って、驚いたマリーだったが、やがて自分自身もその石板に向かい、

「私もバンドール・エデルシュタット様を末永く愛し、愛され、支え合いながら家族と共に温かい食卓を囲むことを誓いますわ」

と言って、微笑みながもう一度誓いの言葉を述べる。

すると、マリーの瞳から涙がこぼれた。


(悲しいことを思い出させてしまった…)

一瞬そう思ったが、マリーの顔は嬉しそうに微笑んでいる。

そして、マリーは立ち上がると涙を拭い、私に向かって、

「バン様。このお花はセシリアっていう名前のお花なんですのよ」

と、微笑みながら、花の名前を教えてくれた。


私も立ち上がり、

「美しい花だな」

と言って、辺りに咲き乱れる花を眺める。

(ああ、だから伯爵はこの時期に来いとおっしゃったのか…)

今ようやくわかった。

きっと、セシリア殿にもマリーの晴れ姿を見せてやりたかったのだろう。

そんな美しい愛が私の決意をいっそう強くした。


「この世界で一番幸せな家族になろう」

「はい。この世界で一番幸せな家族になります」

そう誓い合う私たちを秋の夕日が優しく照らす。

全てがオレンジ色に染められた満開の花畑の中で、私たちは再び誓いの口づけを交わした。

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