35章 結婚式
第224話 結婚式01
結婚式当日の朝。
やはり夜明け前に目を覚ます。
前日、覚悟はしたものの、やはり落ち着かない気持ちは拭いきれず、そっと裏庭に出た。
自分でも、
(こんな日にまで)
と思わないことも無かったが、こんな日だからこそ、より真っ直ぐな気持ちでマリーに向き合いたいと思い、無心で木刀を振る。
やがて朝日が昇る頃、井戸で顔を洗い、部屋に戻ると、そこには数人のメイドが待ち構えていた。
さっそく部屋に入ると、手早く朝食を済ませるよう促され、礼服を着させられる。
それが終わると、ルシエール殿がトーミ村に来た際に連れてきていたあのメイドから、今日の大まかな流れを教えられた。
この国の慣例に従って、式は人前式。
立会人はルクロイ伯爵が務めるそうだ。
式はまず、メルとジュリアンの宣誓から始め、次が私たち、その後は花婿が花嫁の家族を始めとする関係者に挨拶をして、食事になるのとのこと。
改めて、なにもかも段取りされていることに苦笑する。
しかし同時に、鈍感で臆病で未熟な自分をこんなにも多くの人たちが支えてくれているのだと思ったら、感動と感謝の気持ちが胸の奥からじんわりと溢れ出してきた。
「では、こちらへ」
という、メイドの淡々とした声で控室に通される。
するとそこには兄上とその妻、つまり義姉上ルクレシアの姿があった。
「兄上っ!?」
思わず驚きに声を上げる。
「両親の代わりだ、気にするな」
淡々と言う兄上の代わりに、義姉上が、
「本日は誠におめでとうございます」
とにこやかに挨拶をしてくれた。
「ご存じだったのですか?」
と聞くと、
「当然だろう」
とまた淡々と言われるが、その顔はニヤケている。
義姉上の顔にも微笑みがあるから、さしずめこちらも「いたずら大成功」というところだろうか。
私は、
「…ははは」
と苦笑いするしかなった。
「それにしても、立派な礼服だな。まさに馬子にも衣裳というやつか」
と、まだニヤケながらそう言う兄上に、
「ははは。お貴族様にでも見えますか?」
と、冗談で返す。
すると兄上は、私に少し真剣な表情を向け、
「今日だけは『お貴族様』になってやれ。…なにせ、今日は王子様役だからな」
と最後は優しく微笑みながらそう言った。
そんな言葉につい笑ってしまう。
私が、笑いながら、
「辺境の村の王子様ですか」
と言うと、兄上も、
「ああ。トーミ村の王子様だな。いや、森の王子様か?」
と言って「はっはっは」と大声で笑う。
ひとしきり笑い合うと、兄上は、
「さて、お姫様がお待ちだ。行くぞ」
と声を掛けてくる。
そんな声に一瞬緊張が高まったが、一つ深呼吸をすると、
「かしこまりました」
と答えて、マリーを迎えるべく、結婚式会場である中庭へと向かった。
中庭に入ると、そこには、色とりどりの花、白いテーブル、立会人が立つのであろう壇が設えられてある。
本当に1日で準備したとは思えないほど立派、かつ、可憐な式場に思わず目を奪われた。
出席者はマリーの兄弟一同と今日はメイド服では無いマーサさんとローズ。
騎士の礼服を着ているのはおそらくジュリアンの父上と兄上だろう。
うちからは兄上と義姉上。
家族のみの小さな式。
その式場の周りを花籠を持った使用人たちが笑顔で取り囲み花嫁の到着を今か今かと待っている。
その光景に私は緊張感よりもむしろ嬉しさを感じた。
そしていったん壇の脇にある椅子に座る。
横にはカチカチに緊張したジュリアンがいた。
私の存在にすら気が付いていない、ジュリアンの肩を小さくポンポンと叩く。
と、一瞬ビクッとしたジュリアンが慌てて立ち上がり、礼を取ろうとするので、
「いや。礼はいらん。今日はこのいたずらの犠牲者同士だ」
と言って、ジュリアンに苦笑いを向けた。
そんな私のくだらない冗談にジュリアンもやっとぎこちなくだが笑みを浮かべる。
そして、メイドの一人がやって来ると、まずはジュリアンを壇上に促した。
ぎこちない足取りでジュリアンが壇上に上がると、ユリウスさんに手を引かれたメルが拍手ととともに式場に入って来た。
花弁が舞う。
その祝福の中を進むメル。
所々に花の刺繍をあしらった水色のドレスが、冷静な印象だが、どこかかわいらしいところのあるメルによく似合っていた。
一歩一歩、ほんの少しの涙で飾られた美しい微笑みを携えてジュリアンのもとへ。
壇の前で、マーサさんとローズに綺麗な礼を取り、ユリウスさんに導かれて壇上へと上がる姿に家族の微笑み注がれる。
そしてメルは壇上でまだカチカチになっているジュリアンの姿を見て、おかしそうに小さく「ふふふ」と微笑んだ。
ルクロイ伯爵の「こほん」という小さな咳払いで、宣誓の儀が始まる。
「新郎ジュリアン。誓いを述べよ」
ルクロイ伯爵の言葉に、
「は、はい」
と、返事をしたジュリアンはなぜか騎士の礼を取り、その場違いに気が付いて恥ずかしそうな顔をしながらも、その礼を解く機会を失い、そのまま、
「生涯をかけて、幸せに『なり』ます」
と誓いの言葉を述べた。
そんな新郎の言葉にルクロイ伯爵は、優しくうなずく。
そして、メルに視線を向けると、
「新婦メリーベル。誓いを述べよ」
と先ほどよりも優しく、メルに語り掛けた。
「はい、私も生涯をかけて幸せに『なり』ます」
というメルの答えに、その場にいた全員が微笑ましい気持ちになる。
伯爵の命を受けた、いかにも2人らしい誓いの言葉だ。
誰もがそう思ったのだろう。
「では、口づけを」
と言う言葉で向き直り、見つめ合った2人の唇が重なった瞬間、会場には優しい拍手が広がった。
そんな光景に私も拍手を送りながら心と目頭を熱くしていると、2人が壇を降り、壇の横に設けられた席に座る。
そして、私の前にメイドがやって来た。
促がされるまま、壇上の所定の位置につく。
そして、入り口の方を見つめていると、やがて、エインズベル伯爵に手を取られマリーが式場に入って来た。
ほんのりと染まった頬。
私をまっすぐ見つめる瞳。
はにかんだ口元。
白とオレンジの花冠。
小さな花模様が刺繍された白い可憐なドレス。
胸元には琥珀のブローチ。
花冠と同じ、オレンジ色の周りに白い花弁を付けた小さな花が無数に空へと舞いあげられた。
白く、明るく、小さな星々が秋晴れの空に煌めく。
そのあまりにも美しい光景に、私はただただ目を奪われた。
時が止まったかのような錯覚に陥る。
(…美しい)
私はそんな言葉しか思い浮かべられなかった。
やがて壇上に上がってきたマリーの微笑みが私の時間を再び動かす。
ルクロイ伯爵が微笑みながら、また「こほん」と小さな咳払いをすると、宣誓の儀が始まった。
「新郎バンドール・エデルシュタット男爵。誓いを述べよ」
先程と同じルクロイ伯爵の言葉に、私は、静かに丹田に気を溜めると、
「はっ。私バンドール・エデルシュタットは、命の続く限り命を懸け、誰よりも永く新婦マルグレーテを愛し、家族と共に温かい食卓を囲むことを誓う」
と誓いの言葉を述べた。
そんな私の言葉にルクロイ伯爵は少し驚いた顔をしたが、すぐに優しくうなずくき、今度はマリーに目を向ける。
「新婦マルグレーテ・ド・エインズベル。誓いを述べよ」
とその優しさに満ちた声掛けにマリーは、
「はい」
と返事をして、一瞬私に微笑みかけると、またルクロイ伯爵の方へと向き直り、
「私、マルグレーテ・ド・エインズベルは、新郎バンドール・エデルシュタット様を末永く愛し、愛され、支え合いながら家族と共に温かい食卓を囲むことを誓います」
と嬉しそうに誓いの言葉を述べた。
優しい空気が私たちを包み込む。
「では口づけを」
というルクロイ伯爵の言葉をきっかけに、私たちは初めての口づけを交わした。
私たち2人の顔には涙と微笑み。
そして、慈愛に満ちた拍手が私たちを優しく包み込む。
澄み渡る空。
花の香り。
優しい笑顔に囲まれて、私たちは夫婦になった。
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