第222話 村長、挨拶に行く05
暖かい雰囲気で始まった家族のお茶会は楽しく進む。
主な話題は当然マリーのこと。
そして、村のことや私のこと。
マリーがリーファ先生という友達が出来たことを楽しげに話すと、そのことを知らなかったご兄弟の3人は一同は少し驚きつつも、良かったねと微笑み、そのリーファ先生がどういう人物なのかというマリーの話に耳を傾けた。
そして、マリーが我が家の食事情の話を始めると、今度は私への質問が始まる。
私がそのことについて一通り話し、最後にゴル肉の話をしようとすると、その討伐自体に興味を持たれたマーカス殿を中心に剣の話になった。
魔獣とはどんなものなのか、対策はどうしているんだとか、やはりイルベルトーナ侯爵領で騎士をされているだけあって、具体的な質問を次々に投げかけられる。
エルシード殿も兵站を担うだけあって、そろそろ王国の騎士団にも魔獣討伐の訓練をさせた方がいいのだろうか?とか、その際はどんなものが必要になるだろうか?という質問を投げかけてこられた。
「もう。エルシードもマーカスも仕事の話は後になさい」
というルシエール殿の言葉に、男子2人が軽く咳ばらいをしつつ縮こまる。
どうやら兄弟間の力関係的にはルシエール殿が頂点に立っているようだ。
「で、エデルシュタット様。ゴル肉の味と言うのはどんな味なんですの?」
というユーリエス殿の質問にまた話題は食事の方へと向かい、その場にいた全員が息を呑んで…いや、正確には唾を飲み込みながら私とマリーの話に耳を傾けた。
最終的にうちの子達のかわいらしさが話題にのぼると、ルシエール殿が、
「先日はコハクちゃん以外の子とはお目に掛かれませんでしたから、次に伺った時にはぜひ紹介してくださいな」
と意外にも真剣な目で訴えてくる。
いかにも女傑といった雰囲気の方だが、意外とペット好きらしい。
そんな話を聞くとこれまで以上に親近感が湧いてくるから不思議なものだ。
「ええ。ぜひまたおいでください」
私が親しみを込めてそう言うと、
「ええ。お仕事のお話もありますから、時間が取れ次第是非うかがわせていただきますわ」
と言って、少しだけ商人の顔をのぞかせてきた。
私は、
(やはり、油断してはいけない相手だな)
と冗談っぽく思いながら私は苦笑いでその言葉を受け止める。
そして、ひとしきり会話が弾んだところで、
「旦那様、晩餐の準備が整ってございます」
とユリウスさんが声をかけてきた。
「ああ、そうだな。すみませんな、エデルシュタット男爵。ついつい話に夢中になってしまいました」
と言って苦笑いする伯爵に、
「いえ。こうしてご家族のお話をうかがえてとても楽しい時間でした。ぜひ続きを晩餐の場で」
とにこやかに答える。
「はっはっは。貴家ほど美味しい料理は出せませんが、そこはご容赦願いたい」
という伯爵の冗談にその場にいた全員が笑い、私たちはさっそく食堂へと移った。
当然私は、そんな伯爵の冗談を真に受けるつもりは全く無く、期待に胸を膨らませつつ、食堂へと入る。
その日の晩餐は、前菜に始まり、スープ、魚、肉、チーズ、しかもそれぞれに合うワインが提供されるという、本格的なコース料理だった。
どれも一級品の美味さで、ドーラさんの料理とはまた違った趣がある。
残念なのはガツガツ食えないことくらいか。
また、楽しい会話を続けながら食事は優雅に、楽しく進んで行った。
そして、デザートにだされたのは小さなケーキが3種類とプリン。
さっそく伯爵にレシピを渡しておいた成果が出たようだ。
マリーは嬉々として食べている。
伯爵とルシエール殿、そして、エルシード殿はおそらく何度か食べているのだろう。
他の兄弟たちの反応を見て、少しドヤ顔をしていた。
「いかがでしたかな?エデルシュタット男爵。実は、当家の料理人に貴家の料理の話をし、レシピを見せた所、なにやら料理人の魂に火が付いたようでしてな。それ以来、毎日、味の感想を求められて困っているのです」
と言って苦笑いする。
私は、そんな伯爵の言葉に恐縮しながら、
「格別の料理でした。特に私から申し上げることなどあろうはずがございません」
と遠慮気味に答えた。
「はっはっは。それならばよいのですが、是非忌憚の無いご意見を」
そう促がされてみても、特に言うべき点など見当たらない。
強いて言えば、ハンバーグの食感が少し悪かったくらいだがそれは致し方ないだろう。
なにせ、この料理に使われている肉や野菜はドーラさんが切っていない。
その技術の壁を超えるのは至難の業だ。
私はそう思ったものだから、
「剣の道もそうですが、料理の道というのも結局は修行です。自分の道を見つけるために毎日を懸命に生きていれば必ず『答え』は出るものだと私は信じております。どうぞ料理人の方にもそうお伝えください」
と、正直な思いを伝えた。
「はっはっは。なんともエデルシュタット男爵らしいお言葉ですな」
そうおっしゃって伯爵が笑うと、
「うふふ。相変わらず素敵ですわ、バン様」
と言ってマリーも笑う。
「おいおい。さっそく惚気かい?」
という、エルシード殿のいたずらっぽい指摘に、マリーが顔を赤くしながら、
「もう、エルシードお兄様ったら…」
と言って、少し拗ねたような顔をエルシード殿に向けた。
続けて、ユーリエス殿が、
「ふふふ。素敵な旦那様と巡り合えてよかったわね、マリー」
と、優しく微笑みながらそう言うと、マリーはますます顔を赤くして、うつむいてしまう。
そんな様子に私も照れてしまい、何も無い斜め上を見上げて頭を掻いた。
「はっはっは」
マーカス殿の笑い声をきっかけにみんなが笑い出す。
私とマリーも、まだ頬を赤くしながらも、見つめ合って小さく笑い合った。
私は、照れ隠しについでに、まだ温かい紅茶に手を伸ばす。
マリーが好きな紅茶から、いつものように立ち上る爽やかな香りが心地いい。
伯爵たちがマリーに向けるどこまでも優しい視線を眺めながら、
(マリーは良い人達に囲まれて育ったんだな…)
と思うと、ついつい私までうれしくなってしまった。
いつの間にか食堂には灯りがともされ、食卓を暖かいオレンジ色で包み込んでいる。
私はその明るい光に目を細め、まばゆい団欒の光景をそっと微笑みながら見つめた。
翌朝。
裏庭の片隅で木刀を振る。
昨日のうちに伯爵の許可は得ておいた。
途中、誰かの視線を感じたが、構わず型の稽古を続け、最後の一閃を終えたあとその視線の方向へと振り返る。
そこにはマーカス殿がいた。
パチパチパチ…。
拍手をしているマーカス殿は稽古着姿で腰には木剣を刷いている。
「恐縮です」
私がそう言って、頭を下げると、
「いや、こちらこそ恐れ入った」
とあちらからも頭を下げられた。
ややあって、
「剣術の達人だと伺ったので、一手ご指南を、と思ったが、どうやら私にはまだ早かったようですな…」
と言うマーカス殿に、
「そんなことはございません。私で良ければいつでも」
と答えるが、マーカス殿は首を振り、
「冒険者の剣というのは凄まじいものですな。騎士の剣とはまるで違う」
とつぶやくようにそう言うと、私に真っすぐな目を向けてくる。
おそらく、私の見解を聞いてみたいのだろう。
私はそう思ったので、
「たしかに、騎士の剣とは違っています。以前エルフィエルの騎士の方と手合わせをしたことがありますが、その時如実に感じました。…冒険者の剣は戦う剣。問答無用で直線的、かつ、もっとも効率的に攻撃してくる魔獣を斬り伏せるための剣です。しかし騎士の剣は違う。どちらかと言えば護る剣とでも言えばいいのでしょうか?誰かを傷つけさせないためにある剣だと感じました」
私のそんな言葉にマーカス殿は深くうなずくと、
「ご慧眼恐れ入る」
とまた軽く頭を下げたあと、
「…どちらも、守りたいものがあって振るう剣に違いはないのでしょうがな」
と少し達観したようにそう言った。
(なるほど、この人は強い)
剣の腕はわからないが、佇まいからその実直さと覚悟が見えてくる。
こういう人は、いざという時迷わずに剣を振るえる人だ。
そう感じた。
(ローズにもその辺りのことがわかるようになるだろうか)
ふと、そんなことを思う。
すると、マーカス殿は、
「確か、マリーと同じくらいの歳の子でローゼリアという少女がいたと思うが、あれは元気にしておりますかな?」
と、まるで私の心を読んだようにそう言った。
私は一瞬驚いてしまうが、
「はい。今では私と一緒に毎朝剣を振っております」
と答える。
「ほう。それは羨ましい。あれは、小さい頃から剣が好きだったようで今は引退したうちの元騎士団長によく習っておりました。マリーのために強くなると言っていたあの真っすぐな目には、幼いながらなにかしら覚悟があったように思っておりましたが…。もしかしたら、私よりも強くなっているかもしれませんな」
そう言って、笑うマーカス殿に向かって私は、
「いえ。私が言うのもなんですが、まだまだ未熟です。将来、騎士としての覚悟を覚えさせなければと思っていますが、冒険者でしかない私がどう教えたものかと、私も日々悩みながら一緒に稽古をしております」
と、現状を正直に話した。
すると、マーカス殿は目を細め、
「いい師匠に巡り会えましたな」
と言って、微笑む。
そんな言葉に私は恐縮してしまって、ただ一言、
「恐れ入ります」
と答えて、
「もう一度見せていただけますかな?」
というマーカス殿の求めに応じて、再び無心で木刀を振った。
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