第220話 村長、挨拶に行く03
翌日。
宿の主人から弁当をもらい、少しの保存食を買い足してから出発する。
実はジュリアンたちも私の野営飯には興味があるということだったので、味見程度になってしまうかもしれないが、騎士たちの分も作ることにした。
当然のように行程は順調に進み、昼の休憩に寄る予定だった村の空き地を借りてさっそく飯にする。
メニューはいつもの茸リゾットとドライトマトのスープ。
せっかくのマリーのリクエストなんだから、いつも通りが良いだろうと思って、定番を選んでみた。
慣れた手つきでスープを作りながら米を炒める。
ただ、いつもと違うのはその様子をみんなに見られていること。
なんとも言えない緊張感の中、とりあえず私は調理に集中した。
(よし、こんなものか)
そう思った所で、周りを見渡す。
そこには、目を輝かせるマリーと、やたらと感心したり驚いたりしている騎士たちの顔があった。
苦笑いで、
「できたぞ」
と言って、私とマリーの分を取り分け、残りおおよそ2人前ほどを騎士たちに配る。
「いただきます」
そう言って、さっそく食べ始める騎士たちに再び苦笑いしながら私たちもさっそく食べ始めた。
「んーっ!とっても美味しいですわ、バン様」
そう言って、嬉しそうにふーふーとしながらリゾットを食べるマリーを見ていると、こちらまで嬉しくなる。
そんな嬉しい気持ちで食ういつもの野営飯は、やはりいつもより美味しく感じた。
「エデルシュタット男爵様はいつも野営中にこのような物を作ってらっしゃるのですか?」
そう聞いてくるジュリアンに、
「魔獣の肉でもあればもっと凝ったものもできるが、簡単に済ませたい時はだいたいこんなものだな」
と答えると、
「これが簡単に…!?」
と驚かれたので、普段の騎士の行動食について聞いてみる。
そんな質問にジュリアンは、
「おそらくですが、質的には冒険者とあまり変わりありません。ただし、兵站が確保されている分材料的には多少はマシかもしれませんが…。定番はパスタが入ったドロドロで塩味しかしないスープです」
と困ったような泣きそうな、そんな複雑な表情で、悲しそうに答えた。
なるほど。
騎士の場合、材料はある程度確保できても調理技術が今ひとつということらしい。
野営中にパスタを茹でる場合、面倒なのでスープで煮てしまうことはよくあることだが、加減さえ間違えなければそのとろみが、それはそれで独特の美味しさになる。
その辺りの加減は自分で覚えてもらうより他ないが、塩味しかしないというのは、おそらく出汁という概念が不足している、または、そういう材料が無いということなんだろう。
(…やはり、コンソメの開発と普及は急務だな…)
私はそう改めて決心した。
「とっても美味しかったですわ。バン様。私、帰ったらお料理のお勉強をします」
とやる気に満ちた顔で言う、マリーに、
「ああ。それはいいことだ。ドーラさんとシェリーに習うといい。そして、いつか一緒に飯を作って食おう」
と笑顔で答える。
「はい!うふふ。そうなったらピクニックがもっと楽しくなりそうですわね」
と言って、楽しそうに笑うマリーの姿を見て、
(ああ、この人がいれば私の人生はこれからもっと楽しくなる)
と、心の底からそう思って、
「ああ。もっともっと楽しくなるな」
と、私も笑顔でそう言った。
その後も旅は順調に進む。
辺境伯領からエインズベル伯爵領のすぐ北にある伯爵領に入る頃には景色も変わり始めた。
この辺りは牧畜が盛んで、なだらかな丘陵地帯に広い牧草地が広がっている。
牧場の脇を借りて休憩を取っていると、牧羊犬が羊を追っている光景が目に入ってきた。
「まぁ、わんちゃんが羊さんを追いかけていますわ!大変。喧嘩でもしたのかしら?」
と言うマリーに、あれはああいう仕事をしているんだ、と教える。
「まぁ、わんちゃんも働くんですの!?」
といって、驚くマリーに、
「ああ。ペットとして飼われている犬もいるが、ああやって仕事を任せるために飼われている犬もいる。聞いた話だが、犬も仕事が楽しいと思っているらしいぞ?」
と補足情報を伝えると、
「まぁ、そうなんですの?…人間と一緒にお仕事ができるなんて、立派ですわね」
と言って感心していた。
私は、
(うちの子達も立派に癒し係という仕事をしているんだがな)
と思って苦笑いしながらも、そんな牧羊犬の仕事ぶりをどこか羨ましそうに見ているマリーに、
「マリーにもそのうちやりたいことが見つかるさ。その時は相談してくれ。全力で応援しよう」
と言って、微笑みかける。
「まぁ!じゃぁ私も村のためにお仕事ができるんですのね!」
そう言うマリーの目はまるで将来の目標を書いた作文を読む小学生のように輝いていた。
「ああ、きっと楽しい仕事が見つかる。…でも、無理はしなくていい。自分の心に正直に生きるのが一番だからな」
私のそんな言葉にマリーは笑いながら、
「うふふ。私もバン様を見習って自由に生きますわね」
と返してくる。
「はっはっは。あんまり自由に生き過ぎてどっかに行ってしまったりしないでくれよ」
と言う私の冗談に、マリーは、
「あら。ご安心くださいませ。嫌だと言われても一生離れませんわ」
と返してきた。
私は、そんな可愛らしい宣言に思わず照れてしまう。
気が付けば周囲からは、生温かい目が注がれていた。
そんな楽しい旅もやがては終わりに近づく。
私たち一行の目の前にはエインズベル伯爵領の領都、エインシリアの町が見えてきた。
私の緊張が高まる。
その緊張が馬にも伝わってしまったのか、馬が少し歩調を乱した。
私が慌てて、
「ああ。すまん、すまん。大丈夫だ」
と声を掛けながら馬の首筋を撫でてやると馬はなんとか落ち着いてくれたが、私は、
(いかんな。馬に心配されるようじゃこの先が思いやられるぞ)
と心の中で苦笑いしながら、一度深呼吸をする。
そんな様子を車窓越しに見ていたマリーが微笑みながら、
「大丈夫ですわ」
とひと言声を掛けてくれた。
私の実家に立ち寄った時とは全く逆の状況に、苦笑いをこぼしつつ、
「ありがとう」
とひと言マリーの言葉に応える。
そして、私は目の前に見えてきたエインシリアの町をまっすぐに見つめ、
(いよいよだ)
と、心の中でつぶやいて、もう一度深呼吸をした。
エインシリアの町は、アレスの町と比べ物にならないほどにぎやかで、町並みも整然としている。
しかし、活気に満ち、人々の笑顔が印象的な明るい町だと感じた。
(これも、伯爵のお人柄か…)
そんなことを思いながら、初めて訪れるその町を眺める。
そうやって進むこと1時間ほどだったろうか。
目の前にエインズベル伯爵の館が見えてきた。
当たり前だが、その館は、実家とは比べ物にならず、辺境伯様の館と比べてみてもそん色ないほど立派なものに見える。
私はその威容に少し気圧されながらも、
(自分の気持ちを素直に、真摯に伝えることが何よりも肝心だ。気持ちを落ち着けて正直に向き合え)
と改めて自分に言い聞かせた。
そうして自分に何かを言い聞かせては、その度に深呼吸をするという行為を何度繰り返しただろうか。
そうこうしている間に、私はついにその館の門前へと到着してしまった。
立派な門をくぐり、これまた立派な庭を通って、玄関の前に到着する。
私は馬から降り、マリーが馬車から降りるのを手伝うと、やがてジュリアンたちがおとないを告げ、館の玄関扉が開かれた。
「お待ち申し上げておりました、バンドール・エデルシュタット男爵様。マルグレーテお嬢様。どうぞ中へ」
という執事の声に導かれて玄関をくぐる。
小さく、
「大丈夫ですわ」
という声が聞こえた。
玄関をくぐるとすぐに別の執事らしき壮年の男性が応対に出て、
「お待ちしておりました。バンドール・エデルシュタット男爵様。マルグレーテお嬢様。まずは旅装を解かれてください。すぐに主のもとへご案内させていただきます」
と言って、部屋へと案内してくれる。
私はそこでいったん旅装を解き、正装に着替えた。
そして、まるで頃合いを見計らったかのように迎えに来てくれた執事の案内を受けて、伯爵が待つと言うリビングへ向かう。
(いよいよだ…)
私はそう思って、またひとつ深呼吸をした。
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