34章 村長、挨拶に行く
第218話 村長、挨拶に行く01
楽しいピクニックから1か月ほど経った頃。
暦の上では夏だが、トーミ村には秋の気配が近づいてきている。
陽は徐々に短くなり、空が高くなってきた。
いつものように朝食を食べ終わるとすぐに「今日はどこに遊びに行こうか?」と話しているうちの子達を微笑ましく思いながら、私もいつものように役場へ向かう。
午前中、ご婦人方からの「来年はケチャップにいくつか新しい香辛料を試してみたいから冬が来る前に調達してくれないか?」
という要望書に喜んでサインをしていると、いつもの伝令役の騎士が伯爵からの書状を持ってやって来た。
書状の内容は、予想通り。
都合が良ければすぐに迎えを出す。
準備はいいだろうか?
というもの。
当然、「もちろん、よろこんで」という返信を書いて伝令役の騎士に渡す。
私はアレックスにひと言断ると、いったん屋敷へと戻った。
リビングで編み物をしていたマリーにさっそく伯爵から書状が届いたこをと伝える。
マリーは、少し興奮したような笑顔で目を輝かせ、ひと言、
「まぁ…」
と言って、胸の前で手を合わせて喜びを表現してくれた。
さっそくそばにいたメルと、
「さっそく準備をしなくちゃいけないわね。あら。でも、何を持って行けばいいのかしら?」
と嬉しそうに話しだす。
私はそんな様子を微笑ましく眺め、後ろ髪を引かれながらもまた役場へと戻って行った。
昼。
みんなにもそのことを伝える。
「おそらく8日から10日の間には伯爵から迎えが来るだろう。出掛ける期間はおそらく1か月(20日)くらいになる。すまんが、頼む」
そんな私の言葉に、みんなは、
「安心したまえ、バン君。村と森の安全は任せてもらっていい」
「はい。なんなら私もお手伝いします!」
「あらあら。頼もしいのね、シェリーちゃん。うふふ。お台所と離れのお手入れはお任せくださいね」
「へへっ。あっしはアレックスの手伝いでもしてやりますよ」
と頼もしく応えてくれた。
うちの子達も、
「きゃきゃん!」(ルビーとユカリのことは任せてね!)
「にぃ…。んにぃ!」(むぅ…。私もお手伝いできるもん!)
「ぴぃ!」(リーファのお手伝い頑張る!)
と、それぞれに頼もしい返事を返してくれる。
そして、次の日から我が家には、なんとなくそわそわしたような空気が流れ始めた。
そんな慌ただしくも楽しい時間はあっと言う間に過ぎていく。
その日が近づいてくる中、私が、
(そろそろか…)
と思いつつも出立前に出来るだけ仕事を片付けておこうと、執務机で書類に目を通していると、ついに、いつもの伝令役の騎士が、明日来る迎えの先ぶれにやって来た。
「いよいよか…」
私は思わずそうつぶやく。
そんなつぶやきにその伝令役の騎士は、
「主を始め、家臣一同、歓迎の準備を整えてございます。どうぞ道中お気を付けて」
と笑顔で答えてくれた。
私も笑顔で、
「ああ。伯爵にはくれぐれもよろしく伝えてくれ」
と返信を頼む。
私は伝令役の騎士を見送ると、さっそくアレックスと今後のことについて話した。
「留守の期間はおおよそ1か月程度だろう。秋の初めの忙しい時期にすまんが、頼む。あとでギルドに寄ってサナさんにでも応援を頼んでおこう」
という私の言葉に、アレックスは、
「それなら先に頼んでありますからご安心ください。緊急時は、仮の決裁権で対応いたしますので、そちらもどうぞご安心を」
と、いつも通り淡々とした口調ながらも、頼もしい答えを返してきてくれる。
いつの間にか、自立して行動してくれるようになった部下を頼もしく思いつつも、
(そろそろ本当に人を入れんといかんなぁ)
などと考え、少し苦笑いで、
「ありがとう」
とひと言伝えて、残りの事務に取り掛かった。
いろいろと書類を片付けていると、ノーブル子爵領との間の街道整備に関する資料を見つける。
(そう言えば、最近慌ただしくて後回しにしてしまっていたな…)
と自分のうっかりさ加減を反省しつつも、アレックスに、
「ああ、例のノーブル子爵領との取引の件だが、もし、私の留守中にエレンから油が届いたら試供品のアップルブランデーを3本ほど渡しておいて欲しい。あと、油の試用は帰ってから私がやるから少し待って欲しいと伝えてくれ」
と伝えた。
「かしこまりました」
と、また淡々と答えるアレックスに、苦笑しながら私はまた残りの書類に目を落とす。
(いよいよ明日か…)
そう思うと、さすがに緊張もしてきたが、それでも、
(大丈夫。なるようになるさ)
と開き直って、村の共同作業場で使う漬物樽の新調を希望する要望書にサインをした。
翌朝。
朝食を取った後、マリーと2人で厩に挨拶に行く。
エインズベル伯爵領へ行くことは伝えていたものの、やはり1か月という長い期間離れるのは寂しいものだ。
いつも以上に甘えてくるコハクとエリスを私たちも惜しみなく撫で、フィリエも交えてみんなで玄関先へ向かった。
玄関先で主に女性陣の荷物の積み込み準備をする。
私の荷物はいつもの背嚢と礼服、それに暇があったら振ろうと思っている木刀だけ。
そんな準備をしていると、先ぶれの騎士に続いて、ジュリアンたちがやって来た。
迎えに来てくれたのは、ジュリアンを含め護衛の騎士が4人と馬車が2台。
1台は私たちを乗せるためのもので、もう1台は荷物を乗せるためのものだろう。
「ご無沙汰しております。バンドール・エデルシュタット男爵様。主の命によりお迎えにあがりました」
と、礼をとるジュリアンに、
「すまんな」
うなずきながらひと言返し、
「私はアレスの町からは馬に乗って行こうと思っているんだが、構わんか?」
と聞いてみる。
「ええ、もちろんそれはかまいませんが…」
と言ってジュリアンはマリーの方へ視線を送ると、マリーは困ったような顔で微笑みながら、コクンとひとつうなずいた。
一応、事前に話しておいたが、やはりどこか寂しそうにしているマリーに、私は、頭を掻きながら、
「すまんな。どうも、時々運動しないと肩が凝ってかなわん。冒険者の悪い癖だ。許してくれ」
とこちらも困ったような笑顔で謝る。
そんな私たちの様子にジュリアンも控えめに苦笑いを浮かべながら、
「かしこまりました。今日はアレスの町でエデル子爵邸に泊めていただく予定ですので、そちらで馬をお借りしましょう。途中にも何頭か予備の馬を配置しておりますのでご安心ください」
と言ってくれた。
うちの馬は農耕馬の系統で、力も強いしスタミナもあるが、足はあまり速くないから長距離の移動には向いていない。
良い馬なんだが、今回は留守番してもらうことにした。
ちなみに名はタロー。
私と同じおっさんだ。
そんな一幕を経て、みんなにそれぞれしばしの別れを告げ、出発する。
動き出した馬車の車窓から村の景色を眺めた。
田んぼの稲はまだ青々として、たおやかな風に揺れている。
そんな長閑な景色を見て、
(帰って来る頃には少し穂が大きくなっているんだろうな)
と思いつつ、まずはアレスの町を目指して進んでゆく馬車の振動に身を委ねた。
~悪だくみ その1~
一方、バン一行を見送ったエデルシュタット家の玄関で、ズン爺さんが、
「さて、あっしはちょいとギルドに顔を出してくるかいねぇ」
とつぶやき、ドーラさんも、
「じゃぁ、私は作業場にいるご婦人方の所に顔を出してきますよ」
と言って、それぞれの場所に向かっていく。
リーファ先生は、
「はっはっは。今日の昼は頼んだよ、シェリー」
と少しきょとんとした顔のシェリーに声を掛けると、
「さて、悪だくみの始まりだね」
とつぶやきながら屋敷へ入って行った。
やがてギルドに着いたズン爺さんは、まずサナに、
「よぉ。アイザックの旦那は空いてるかい?」
と、声を掛ける。
「…はい。お…ズンさん」
突然やってきて、ギルドマスターに面会を求めてきたズン爺さんに、サナは少し怪訝な顔でそう返事をするが、とりあえずズン爺さんを2階のギルドマスターの執務室へと案内した。
「相変わらずお忙しそうですなぁ、アイザックの旦那」
執務室に入るなり、そう声を掛けるズン爺さんに、
「はっ。バンの真似か?」
とアイザックもいつもの悪態で返す。
「へへっ。まぁそんなこたぁともかく。出発されやしたぜ」
「お。そうか。じゃぁさっそく会議だな」
「ええ。今頃ドーラさんが世話役連中の奥様方に声を掛けてるでやしょうから、こっちは男衆に声をかけときやすよ。冒険者の方は頼みましたぜ、旦那」
「おう。で、バンのやつはいつ頃帰って来るんだ?」
「おおよそ、ひと月って所でさぁ。日があるようで無ぇから、ちょいと急いがねぇといけやせんぜ」
「はっ。言われなくてもわかってるよ。肉の方はリーファ先生にも声を?」
「えぇ。もちろんでさぁ。大乗り気でしたぜ」
「そうか。そいつは心強い。ってことは、お馬さんたちも乗り気なのかい?」
「えぇ。大張り切りでさぁ」
「はっはっは。相変わらず賢い連中だな。まぁ、助かるけどよ」
「へへっ。楽しみですなぁ」
「ああ。バンのやつの驚く顔が今から楽しみだ」
「へへっ。そうですなぁ」
「ああ。いつもはあいつに驚かされてばっかりだからな。たまにはこっちが驚かしてやんねぇと釣り合わねぇ」
「へへっ。そいつぁちげぇねぇ」
「はっはっは」
「へっへっへ」
そんな2人の会話でその悪だくみは、村中を巻き込んで始まった。
~悪だくみ その2~
バンドールたちがトーミ村を発った数日後。
エインズベル伯爵邸に1人の騎士が駆け込み執事に何事か告げる。
その伝令にうなずいた執事は淡々と主の執務室へ向かって行った。
「お館様。一行が無事アレスの町に入ったとの伝令がきました。予定通りならあと3日ほどかと」
「おお、そうか。…いよいよだな。…ルー、準備はどうだい?」
「ええ。どちらも抜かりございませんわ、お父様」
「そうか…。ユリウス、ノルドには?」
「はい。そちらも抜かりございません。お館様のご厚誼に改めて感謝申し上げます」
「いや。むしろ私は謝らなければならないくらいだ。待たせてすまなかった」
「めっそうもございません。どうか、使用人に謝罪など…」
そんな2人のやり取りをルシエールは微笑ましく眺めながら、
「うふふ。腕の見せ所ですわね…」
と言って少し不敵な笑みを浮かべる。
そんなルシエールに、エインズベル伯爵は、
「ルー…。お手柔らかに頼むよ」
と少し困ったような顔でそう言うが、ルシエールは、
「あら。こういうことは思いっきりが大切なんですのよ、お父様」
と平然とした顔でそう答えた。
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