SSメリーベル
第217話 SSメリーベル
マルグレーテお嬢様がお生まれになった頃。
私はまだおしめをしていたらしい。
私のおしめがやっと取れたころ、初めてお会いしたお嬢様はすぐに、私に向かって、「お友達」とおっしゃったという。
残念ながら私はそのことを覚えていないが、絵本の中のお姫様みたいにお可愛らしいと思ったことは覚えている。
そんな大好きなマリーお嬢様が臥せりがちになられたのは奥方様がお亡くなりになったすぐあとくらいからだっただろうか。
みんな、母親を亡くしたのだからきっとそのせいだろうと思っていた。
でも違った。
徐々に病状が悪化していくお嬢様。
小さいながらも懸命にご病気と闘い、常に微笑みを絶やさないお嬢様。
そんなお嬢様の役に立ちたい。
そう思ったけど、どうしていいかわからず悩んでいる私を助けてくれたのは、母の言葉だった。
「お嬢様のお好きな紅茶を上手に淹れられるようになったら、きっと喜んでもらえるわよ。それにお嬢様の大好きなクッキーの焼き方も覚えましょう?そうしたらきっと素敵なお茶会が開けるわ」
母のその言葉に励まされて、私はそれから一生懸命、お茶やお花、家事を覚え始める。
ずっと、お嬢様のお側にいられるように。
そうやって、何もかもを、人生の全てをお嬢様に捧げようと思っていた私は、一つだけお嬢様に申し訳ないことをしてしまった。
恋だ。
お相手は、1つ歳上で、騎士団長様の次男、ジュリアン様。
苦しんでいるお嬢様のことを思うと申し訳ない。
こんな気持ちを抱くことはいけない。
でも、その気持ちをどうしても止められない。
そんな自分を責める日々が続く。
そんな日々はどのくらい続いただろうか。
きっと何年か続いていたはずだ。
ある日、ジュリアン様に声を掛けられた。
まじめなジュリアン様もさんざん悩んだそうだ。
でも、諦めきれないと言って真摯な眼差しを向けてくるジュリアン様に私は改めて恋をしてしまう。
苦しかった。
私ばかりこんなにも嬉しい気持ちを持っていいのだろうか。
私はあまりにも卑しく、自己中心的だ。
そんな気持ちを抱えて、また悶々とする毎日。
そんな私はまた母の一言に救われる。
「人を愛することは悪いことじゃないわ。お嬢様やジュリアンを愛するように自分のことも愛しなさい」
私は、そう言ってくれる母の胸でたくさん泣いた。
それから、私の考えが少しだけ変わる。
私はお嬢様と一緒に幸せになるのだと心に決めて、お嬢様のために全力を尽くした。
ジュリアン様もそんな私を応援してくる。
本当に真面目でお優しい方。
そんな人を好きになれた私は幸せ者だ。
お嬢様にもこの幸せな気持ちを味わってもらいたい。
時々、ほんの少しだけ、弱気になるお嬢様を励ますことが出来たのは、誰かに恋をすることを、誰かと愛を語り合うことができるようになる日がくることを諦めないでもらいたい。
そんな気持ちがあったからかもしれない。
しかし、状況はどんどん悪化していった。
そして、ついにお医者様が匙を投げる。
諦めるより他ない、とおっしゃった。
なんとかならないか、と詰め寄るお館様。
しかし、お医者様は、可能性があるとすれば転地療養くらいだろう。
それ以外には思いつかない、と眉間にしわを寄せながらおっしゃる。
お医者様曰く、魔素の濃い地域でゆっくり療養すれば存えた例もあるらしい。
それでも、あくまでも存えるだけ。
そう言うお医者様も悲しそうなお顔をされていた。
それから旦那様は方々を当たられ、トーミ村を見つけられる。
そして当然、私も願い出て同行させてもらうことにした。
道中、お嬢様は一進一退の状況で、果たしてトーミ村まで耐えられるか、という状態だったが、なんとか耐えられ、無事、トーミ村に着く。
まずはお嬢様を用意されていた離れにお連れして、無事にお眠りになったのを見届けたあと、そっとジュリアン様とお会いした。
ほんの数分だけ手を握り合う。
そして、それぞれの仕事を懸命に果たす約束をしてそれぞれの場所に戻って行った。
村長とリーファ先生、ドーラさんとズンさんには本当に感謝している。
トーミ村に来られたことは本当に良かった。
村長もリーファ先生も本当にお優しい方々で、お嬢様のことを一番に考えてくださる。
危険な森に薬草を採りに行ってくださったし、治療法も見つけてくださった。
ドーラさんもズンさんも、いつも私たちを気遣ってくれる。
本当に嬉しかった。
そして、お嬢様が少し回復して、お館様がお嬢様に会いに来られるということになった時。
私の頭に、ほんの一瞬だけ、このまま領に戻れるかもしれないという思いがよぎる。
私はそんな自分を激しく責めた。
お嬢様にはまだ療養が必要だというのに…。
私はなんと浅ましい…。
そう思ったから、私は、自戒の念を込めて決心する。
一生、お嬢様のお側を絶対に離れない、この一生をお嬢様のお幸せのために捧げよう、と。
お嬢様は素敵な方だ。
その笑顔で私にたくさんの喜びをくださった。
だから、今度はお嬢様の喜びを側でお支えするのが私の使命なんだ。
そう思い極めた私は、再びお館様と一緒に来られたジュリアン様に告げる。
別のお幸せを見つけてください、と。
しかし、ジュリアン様は「諦めない」とおっしゃった。
私は嬉しかった、けど、苦しかった。
当然、私も諦めたくなどない。
でも、お嬢様のことを思えば…。
そんな考えで、揺れ動く私をまた救ってくれたのは、お館様に同行してきた母の言葉。
「ジュリアンの性格はよく知っているでしょう?それにお嬢様のことも。大丈夫よ、きっと上手くいくわ」
そう言って、母は父との話をしてくれた。
父と母は大恋愛だったらしい。
でも、父は騎士の家系で伯爵家に仕える男爵。
母は貧しい農家の出。
当然、無理だと思っていたらしい。
当時は2人で駆け落ちすることまで考えていたのだとか。
でも、蓋を開けてみれば誰も反対する人なんていなかったのだそうだ。
当時のお館様もおじい様もおばあ様も、誰も。
その時おばあ様に言われた言葉が、
「人を愛することは素晴らしいことよ。私の息子に愛を教えてくれてありがとう」
という言葉だったらしい。
だから私にもあの一言を言えたのだとか。
そんな話を聞いて、私は涙してしまう。
そして、あっという間に訪れたお館様の帰還の日。
ジュリアン様は再び「諦めない」とおっしゃってくださった。
だから私も、「諦めません」と告げる。
そして、私たちは初めての口づけを交わした。
それから、2年ほど。
また、お館様がやって来ることになる。
ジュリアン様は来てくださるだろうか。
少し不安になったが、ジュリアン様は来てくださった。
お嬢様はすっかり回復されている。
そのことがどんなに嬉しかったことか。
お嬢様のお幸せが私の幸せ。
そう思う気持ちは嘘じゃない。
でも、心のどこかで自分の幸せも欲しいという気持ちも日に日に大きくなっていた。
そんな引け目を感じる私に、母はまた、
「人を愛することを止めてはいけないわ」
と言って励ましてくれる。
そして、ジュリアン様も、再び、
「諦めない」
とおっしゃってくださった。
私も、
「諦めたくない」
と告げてまた口づけを交わす。
もしかしたら、一生結ばれないかもしれない。
でも、一生諦めない。
そんな覚悟が私に生まれた瞬間だった。
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