SSピクニック再び
第216話 SSピクニック再び
メイプルもといメッサリアシロップの衝撃から数日の間。
朝から夕方まで役場に縛り付けられる。
私がそこからようやく解放さると、やっと家族全員が待ちかねたピクニックの日がやって来た。
朝食後、みんなでいそいそと準備を整える。
私とマリーとリーファ先生はそれぞれ、エリス、コハク、フィリエに乗って移動。
ドーラさんとシェリー、メル、ローズとうちの子達は馬車に乗り、馭者はズン爺さんが務めてくれた。
ちなみに、馬車は2頭立て。
家には1頭しか馬がいないので、前日、ギルドから1頭借りてきた。
その日、コハクとエリスがその借りてきた方の馬に何やら言っていたようだが、きっと諸注意でもしてくれていたのだろう。
馬車を曳く様子を見る限り、ずいぶんと素直に言うことを聞いてくれている。
そんなこともあって馬車も順調に進む。
今回のピクニック会場も前回と同じ果樹園の脇の草地。
どうやらマリーはあの場所が気に入ったらしい。
リーズとミーファの姉妹とはあの後も一緒に遊ぶ機会があったそうで、とっても仲良しになったといって喜んでいたから、きっとそれもあって、この場所が好きになったんだろう。
私は、マリーがこの村に好きな場所を見つけてくれたことを嬉しく思う。
(これから、もっと好きな場所が増えてくれればいいが…)
そう思うと、ますます、
(この村をもっと楽しい村にしていかなければ)
という思いが湧いてきた。
「やっぱりお外は気持ちがいいですね」
そう言って、マリーは夏の日差しに手をかざし、遠くの空を眺める。
「ああ。お日様は元気の源だからな」
私も同じように遠くの空を見上げながらそう言った。
「はっはっは。実にいいピクニック日和じゃないかい」
リーファ先生の笑顔がいつもより明るく見えるのは気のせいだろうか?
夏の日差しを浴びてキラキラと輝いている。
「今日はから揚げサンドをリクエストしておいたからね!」
と言って、リーファ先生はすぐにその輝く笑顔の理由を教えてくれた。
「まぁ。リーファちゃんったら」
いつものようにマリーが笑い、
「ははは。いや、気持ちはわかるがな」
と私も笑顔で続く。
そんな楽しいおしゃべりをしながら進んでいると、私たちは、あっと言う間に目的地に到着してしまった。
「あっと言う間でしたわね」
どうやらマリーも私と同じようなことを思ったらしい。
これから始まるピクニックへの期待にほんの少しの寂しさを交えて微笑む。
「ああ。楽しい時間はあっと言う間だ。美味い飯ほど早く無くなる」
私が、冗談でそう言うと、マリーは、
「もう。バン様ったら」
と言って、いかにも楽しそうに笑ってくれた。
「さぁ、さっそく準備に取り掛かろう」
私が笑顔でそう言うと、メルとローズが敷物を敷き、マリーも手伝ってお茶の用意を始める。
ドーラさんとシェリーはさっそく肉や野菜の準備を始めリーファ先生は、果樹園に桃ことチールをもらいに行ってくれた。
私とズン爺さんは簡単な焼き台を設える。
大きさ的には七輪程度の小さなものだが、コンロで焼くよりもバーベキューらしい雰囲気を味わえるんじゃないかと思って用意してみた。
きっとマリーも楽しんで肉や野菜を焼いてくれるだろう。
そんなことを考えるとまた、自然と顔がほころんでしまう。
(今回も楽しくなりそうだな)
そんな予感、いや、確信を抱きつつ、素早く準備を終わらせた。
「いったんお茶にいたしましょう」
そんなメルの声でひとまずみんなが敷物の上に座る。
今日は薬草茶。
ほんのり甘苦いいつもの味にほっと一息吐いて、ゆったりと空を流れる雲を見上げた。
ほどよい風に、木々が葉を煌めかす。
小川のせせらぎのリズムに合わせてどこかで鳥が鳴くと、ほのかに花の香りがしてきた。
足下にちらほらと咲く花に目をやる。
「綺麗ですわね」
とマリーが微笑みながらつぶやいた。
「ああ、綺麗だ」
私も同じ言葉を返す。
「前回は夏を過ぎた頃でしたわね」
「ああ、そうだったな」
「じゃぁ、次は春ですわね」
「そうだな…。今年の秋は忙しくなりそうだからそうなるかもしれん」
私がそう言うと、マリーは少し頬を染めて、
「うふふ。今から楽しみです」
と照れたような顔で目を伏せた。
秋が近くなれば伯爵家からの迎えが来る。
マリーと行く初めての旅行、というと少し語弊があるが、初めての遠出に少し浮かれてしまう気持ちは隠せない。
私はそんな気持ちを隠さずに、
「これからも一緒にいろんな景色を見に行こう」
と言って、マリーを見つめた。
「はい!」
私のそんな言葉に、マリーは明るい笑顔で答えてくれる。
なんだかおかしくなって私たちは見つめ合ったままクスクスと笑い合った。
夏の日差しに照らされたマリーの笑顔はいつも以上に明るく見える。
(これからどんなことがあるかわからないが、この人と一緒ならきっと大丈夫だろう)
何の根拠も無いが、私はそう感じた。
「さぁ、そろそろお弁当にしようじゃないか!」
というリーファ先生の声がかかる。
その声にみんなが笑顔で立ち上がると、さっそく、弁当の準備が始まった。
私は炭を熾し、肉を焼く。
そんな私の目の前にはサファイアがお行儀よく座っているが、
「はっはっ」
と舌を出して興奮しているから、きっと肉が待ちきれないのだろう。
ルビーとリーファ先生はから揚げサンドとミートボールに釘付けだ。
みんなそれぞれに楽しそうな表情で笑っている。
(これからはこの光景が当たり前になる…)
私はそう思って、この幸せな光景を笑顔で見つめた。
その後、ドーラさんがユカリ用に用意してくれた小さなオムライスおにぎりに反応して目を輝かせるという一幕を挟みつつも弁当の時間は楽しく進む。
弁当の後は、また水撃ちもしたし、ズン爺さんがいろんなおもちゃを持ってきてくれたから、うちの子達みんなと遊んだ。
ユカリが竹トンボを追いかけて飛び、落ちてきた竹トンボをジャンプしながら華麗に咥えたサファイアが私に向かって胸を張る。
竹のボールを転がすのに夢中になっているルビーに、小川で水遊びをしていたコハクがちょこっと水をかけてイタズラすると、そこから楽しい追いかけっこが始まった。
最終的にはどちらが追いかけていて、どちらが追いかけられているのかわからなくなっていたが、みんな楽しそうに笑っているからきっとそれが正解だったのだろう。
遊び疲れたうちの子達が、戻って来きたところでおやつにする。
もぎたてのチールを食べて楽しくおしゃべりをしていたら、いつの間にか陽は西に傾き始めていた。
「あっと言う間でしたわね」
と言うマリーに、
「ああ。楽しい時間はあっと言う間だ。美味い飯ほど早く無くなる」
と、また同じことを言ってまた微笑み合う。
さやさやと流れる小川を渡る風が、優しくマリーの髪を撫で、美しく揺らした。
「また来ましょうね」
と言うマリーに、
「ああ。約束だ」
と言って小指を差し出す。
この世界にそんな風習は無いが、マリーはそっと私の小指に自分の小指を絡め、
「約束ですわよ」
と嬉しそうに微笑んだ。
トーミ村の夏空が穏やかな朱に染まり始めている。
「さぁ。お家に帰るまでがピクニックだよ!」
と言うリーファ先生の明るい声に、みんなの笑顔がはじけた。
夏の夕日に優しく照らされるその笑顔には、今日の楽しさと一抹の寂しさ、そして次への期待が入り混じっている。
私はその笑顔にも約束した。
絶対にまた来よう、と。
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