第214話 真夏の大冒険04

コハクの合図を受けて、素早く周りを観察する。

すると、少し先に倒木があって、少し開けた場所が見えた。

(少し狭いが…)

そう感じつつもやや足早にその空き地へと向かう。

少しでも、遠距離のリーファ先生にとって不利な状況は避けたかった。

出来るだけみんなを守りやすい環境に身を置いた方がいい。

瞬時にそう判断する。

しかし、ヤツらもそれに気が付いたのだろう、一気に気配が動き、間合いを詰めてくるのがわかった。


「急げ!」

殿を務めながら皆を先に行かせる。

幸い囲まれてはいない。

どうやら、ヤツらもまだ十分に準備が整っていなかったらしい。

そこは不幸中の幸いだった。

私は、

(少し焦り過ぎたか?)

と反省しつつも、

(それは後だ)

と切り替えて、先陣を切ってうちの子達へ突っ込んで行こうとするヤツを叩き斬る。

その後もみんなを逃がしつつ、突っ込んでくるヤツを斬っていると、私のすぐ横をリーファ先生の弓が通って行った。

(間に合った)

そう思って私も空き地に入る。

やはりリーファ先生は皆を守りながら油断なく弓を構えていた。

杖もしっかり準備してある。

(よし、遠慮なくいける)

そう判断した私は、そこからさらに速度を上げて狼たちを引き付けに掛かった。


いつものように周りの景色がゆっくりと流れていく。

空気の揺らぎを感じ取ると、そちらへ刀を振り降ろした。

手応えを感じる。

余韻に浸っている暇など無い。

私はまた次の気配へ向かって走った。

右から袈裟懸けに刀を振り降ろして返す刀で横なぎに一閃。

音が消え、やがて景色もぼやけていく。

ぼんやりとした視界の中で、気配はより濃くなり、ついには止まる寸前まで速度を落としていった。

…ぽちゃん…。

静かな湖面に一滴のしずくが波紋を広げるような感覚で、私の心に何かが響いた。

(…これはなんだろうか?よくわからないが、刀も体もよく動く)

そんな静かな感覚に身をゆだね、気配に向かって自然に刀を向け続ける。

気が付けばヤツらの気配は消えていた。


「ふぅ…」

と息を吐き、虚空を見上げる。

気合を解いた瞬間、思わず、

「…腹が減った」

とつぶやいてしまった。


「おいおい。なんだいそれは」

という声がして振り向くと、苦笑いのリーファ先生がいる。

「きゃん!」

「にぃ!」

「「ひひん!」」

と4人が鳴いて、

「…ぴぃ…」

「…ぶるる…」

と2人が鳴いた。


拭いをかけて刀を納める。

「魔石はやっておくよ。バン君は遠慮なく飯を作ってくれ」

「はっはっは」と笑いながら言うリーファ先生の言葉に苦笑いしつつも、その言葉に甘えてさっそく飯の準備に取り掛かった。


狼は食えない。

(せめて熊か鹿だったら…)

そんなバカなことを考えつつ、スープを作りパスタを茹でる。

やがて飯が出来上がる頃、魔石を取り終えて戻ってきたリーファ先生に、

「とりあえず食おう」

と言って、みんなにもそれぞれ肉とドライトマトを渡してさっそく食べ始めた。


「ああ、私が4だから、バン君は23だね」

とパスタを口に運びながらそう言うリーファ先生の言葉に、

(…ああ、数か)

と思いつつ、

「燃やすのが大変だな」

と私もパスタを口に運びながら、何気なくつぶやく。

すると、リーファ先生に、

「はっはっは。相変わらずだねぇ」

と、いつものように笑われた。


そして、食後。

狼を集めて積み上げる作業を手伝うと、燃やすのはリーファ先生に任せる。

そして、私はさっそく今回の一番重要な仕事に取り掛かった。

(たしか、ある程度太さのある木から取るんだったな…)

そんなことを思い出しながら、手頃な木を探す。

そして、幹の直径が2,30センチはありそうな木を見つけると、さっそくズン爺さんから借りてきた道具で深さ10センチくらいの穴を開け、導管になる細い竹筒を中に突っ込み、樹液を溜めるための竹筒もその下に紐で括りつけた。

(さて、どのくらい出てくるのか…)

しばらくじっと観察していたい気持ちを抑えて、次の木を探す。

そうして、最終的には持ってきた竹筒10本を設置し終わり、とりあえず最初の竹筒の所へ戻った。

しばらくじっと見ていたが、思ったよりも量が出てきている。

4、5秒に1滴くらいだろうか?

(念のために大き目の樽を持ってきておいて正解だったな)

と、その嬉しい誤算に目を細めつつしずくが落ちるのをじっと眺めた。


気が付けばリーファ先生もうちの子達も近くに寄ってその様子を見守っている。

「試しに舐めてみるか?」

とリーファ先生に聞くと、

「いや、知っているからいいよ」

と苦笑いされたので、その味を知らない私だけが一滴指にとって舐めてみた。

ほんのり甘いかもしれない、という程度の液体。

そんな感想しか出てこない。

持ってきた樽にはおおよそ10リットルと少し入るが、いったいそれからどのくらいの量のシロップが作れるだろうか?

おそらく、カップ1杯くらいになってしまうだろう。

この世界のこの木から出る樹液が元の世界のものとくらべて多いのか少ないのかは比較できないが、この採取に掛かる時間と、うっすらとした甘さのものを煮詰めてあの濃厚な甘さにするまでにかかる手間や、現在トーミ村でしか生産できないことからすれば、かなりの高値で売れはずだ。

何年後かはわからないが、村に持続可能な名産品ができる喜びを感じつつも、

「さて、本体を採取しよう」

と、リーファ先生に声を掛けて、さっそく林の中へと入っていった。


予想通り、この季節には種が無く、採取出来たのは若木が10本ほど。

(とりあえず、今はこれくらいでいいだろう。後は、ちゃんとシロップが取れるか、村に近い場所でも根付くかどうかの試験結果を見て、ギルドに依頼をかければいい)

リーファ先生にお願いして、慎重に梱包してもらう。

私はそんなリーファ先生の丁寧な仕事をみつめながら、その甘い味と村人の笑顔を思い出して、なんとも言えない満足感を覚え、ひとり微笑んだ。


そして、夕飯時。

また、心の中で食えない狼たちに軽く舌打ちをしながら干し肉と茸のリゾットを食べる。

そして、食後のお茶の時間。

将来村で親しまれるであろうメイプルシロップを使ったお菓子の数々を思い浮かべていて、ふと、

(そういえば、お菓子作りにはメレンゲなんかを泡立てるという作業が付き物だ。あれはきつい。いくらドーラさんとはいえ、あれは辛くないのだろうか?)

ということに思い至った。

そう思うと、今まで気軽にお菓子を頼んでいた自分を恥じる気持ちが湧いてくる。

私はそれをどうにかできないものかと思い、リーファ先生に、

「なぁ、リーファ先生。薬を作る時の魔道具で液体を撹拌する道具はないのか?」

と聞いてみた。


「ん?また唐突だね…。まぁ、あるけど?」

そういうリーファ先生にまるで詰め寄るようにして、その物の詳細を聞く。

すると、私が想像するハンドミキサーを大きくしたもので、その先が泡立て器ではなく、スクリューのように液体を混ぜることに特化したようなものだと言うことが分かった。

遠心分離のようなことをするのだろうか?

それはともかく、残念ながらそのままでは使えないだろう。

しかし、ほんの少し改造すれば十分に使える物になる。

そう思った私はすぐさまリーファ先生に、

「その魔道具で、卵や生クリームを泡立てられるようになれば、村のお菓子作りに生産革命が起きる!」

と、その有用性を説き、帰ったらすぐに乾燥や鍋の魔道具と一緒に作ってくれるよう注文してくれとお願いした。


「帰ったらすぐに手紙を送ろう」

と言ってくれるリーファ先生と固い握手を交わし、有意義にその日を終える。

そして翌朝。

竹筒からあふれんばかりにたまった樹液を無事に回収し、簡単な朝食を済ませると、

「さぁ、おうちに帰るまでが冒険だ」

と言って、みんなで我が家を目指し、その場を発った。


完全に顔を出した夏の太陽が清々しくも力強く辺りを照らし、朝露を煌めかせている。

だからだろうか?

足下から立ち上る草いきれも今朝はなぜだか清々しい。

(さて、帰りは肉を狩らねばな)

そんなことを考えながらエリスの首をそっと撫で、

「楽しかったな」

とひと言声を掛けた。

エリスの

「ぶるる」

という鳴き声に続いて、

(楽しかった!)

(また来ようね!)

という声が次々と聞こえてくる。

「はっはっは。そうだな。また来よう。しかし、その前に帰ったらピクニックだ」

と私が笑いながら答えると、

「じゃぁ、弁当のから揚げサンド用にアウルを狩って行こう!」

とリーファ先生が目を輝かせながらそう言った。

ルビーが

(から揚げ大好き!)

と叫んでみんなが笑い声をあげる。

そんな楽しい会話とみんなの笑顔も梢の間をすり抜けてきた夏の日差しを浴びて、キラキラと輝いていた。

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