第212話 真夏の大冒険02
「で、どの辺りにあるんだ?」
やや冷静さを取り戻した私はリーファ先生のその甘い樹液を出すという木の生息域を聞く。
「そうだねぇ…。3日くらいかな?たしか、密集している林があったと思うよ」
と答えるリーファ先生に、私は、
「道案内を頼めるか?」
とものすごく真剣な表情で返した。
「あ、ああ…。もちろんだとも」
そう言うリーファ先生だが、まだ今一つピンと来ていないように思える。
そこで私は、
「上手くいけば香りのいいシロップが取れる。村のお菓子に革命が起きるぞ」
とその可能性の一端を言って聞かせた。
私のそんな言葉を聞いたリーファ先生はその可能性にさっそく気が付いたのだろう。
途端に目を輝かせ、
「なにっ!?よし、明日にでも行こう!」
と勢い込んでそう言ってくる。
しかし、私が、
「…そうしたいところだが、一応アレックスの許可を待ってくれ」
と、至極残念そうに答えると、リーファ先生も残念そうな顔になって、
「…そうだね。そればっかりは仕方ない。だが、早めに頼むよ」
としょんぼりしながらも、真剣な眼差しでそう言った。
すると、横でマリーが、
「また、お留守番なんですのね…」
と寂しそうにつぶやく。
ハッとした。
私は、自分のことばかり考えていた自身を浅ましく思って唇をかみしめる。
しかし、これは村のため、ひいてはマリーに美味い物を食ってもらうためだ。
そう考えた私は、心を鬼にして、
「すまん。だが、わかってくれ。これが成功すれば、近い将来、村のお菓子が数倍美味くなる…。私はそれをマリーにも食べてもらいたい」
と自分の心の内を正直にマリーに打ち明けた。
すると、マリーが笑いながら、
「うふふ。バン様ったら、相変わらずですのね」
と、いつもの冗談っぽくそう言う。
しかし、その表情にはまだ寂しさが残っているように見えた。
そんなマリーの少し無理をした笑顔に私も寂しくなってしまう。
しかし、これも村長の務めだし、マリーの笑顔のためなんだ、と思い直し、なるべく優しい笑顔で、
「帰ってきたらみんなで一緒に散歩をしよう。なんなら、またピクニックでもいいな。ドーラさんとシェリーにとびっきり美味い弁当を作ってもらってみんなで食べよう」
と伝えた。
するとマリーは、
「はいっ。楽しみにしておりますわ」
と言って無邪気に微笑んでくれる。
やはり、この人は愛おしい人だ、と改めてそう思った。
翌日。
アレックスの
「明日からでもどうぞ」
という許可を得ると、さっそく午後から準備にかかる。
とはいえ、試しに樹液を採取するのに使う竹の細い管と樹液を溜める竹筒を何本か竹細工が得意なおっちゃんに頼みいく以外は、いつもの準備を整えるだけ。
道具は簡単にできたらしく、夕方には無事屋敷に届いた。
ついでにズン爺さんから手回し式のドリルのような道具も借りる。
リーファ先生の準備は、昨日のうちに済ませていたというから、並々ならぬ気合の入れ様だ。
準備も終わり、夕食の時間。
「今回はフィリエもいる。たぶん肉も大量に持って帰って来られる」
私がそう言うと、ドーラさんとシェリーが目を輝かせる。
そんな中、
「ぴぃ!」(一緒に行く!)
と、ユカリが声を上げた。
「いや、しかし…」
私は少し躊躇する。
しかし、リーファ先生は、
「いいんじゃないか?小さいから邪魔にもならないし、いざという時は飛んで逃げられるからね」
と言っていかにも気軽に同行を許可した。
「ぴぃ!ぴぴぃ!」(見つけるの得意だよ!)
と言うユカリの言葉に、
(なるほど、確かにそうだな)
と思い、
「よし、一緒に行こう」
と笑顔で答える。
そして、ルビーとサファイアの方を見ると、
「きゃん!」(じゃぁ私も!)
「にぃ!」(なまのお肉!)
と言って、2人ともキラキラした目で訴えてきた。
「はっはっは。そうだな。今回は厄介なのを相手にするわけじゃないし、いざとなったらコハクとエリスとフィリエに乗って逃げればいいから大丈夫だろう。よし、みんなで一緒に樹液を取りに行こう」
私はそう言って、ふと、マリーに視線を向ける。
すると、マリーは困ったような笑顔を私に向けて、
「帰ってきたらピクニックですわよ?」
と言った。
「ああ、もちろんだ」
私がそう言うと、みんなも、
「うふふ。それは楽しみでございますねぇ」
「へへっ。また水撃ちでも作りやすかい?」
「お弁当頑張ります!」
「お嬢様のことはお任せください」
「馬車の整備は万全にしておきます!」
と言って、笑顔を見せてくれる。
「はっはっは。そいつは楽しみだね」
「ああ。楽しみだ」
「きゃん!」
「にぃ!」
「ぴぃ!」
そんな笑顔に私たちも笑顔を返してその日の夜もみんなで楽しく食卓を囲んだ。
翌朝。
いつものように見送りを受けて8人という大所帯で出発する。
エリスの背にゆられながら、私はふと、
(そう言えば、みんなで奥地まで「冒険」に行くのは初めてだな)
と気が付くと、なぜだか妙に楽しい気持ちが湧いてきた。
リーファ先生も、
「こんな大人数で冒険に行くなんて、なんだかワクワクするね」
と楽しそうにしている。
「ああ、そうだな」
私は、
(リーファ先生も同じことを考えていたか…)
と思って、苦笑いし、楽しそうにおしゃべりをしているうちの子達の様子を微笑ましく見ながら、いつものように森に入って行った。
途中、炭焼きの連中に声を掛ける。
リーファ先生からベンさんにその木の概要を伝えてもらって、私が、どの辺りなら育つだろうか?と聞くと、ベンさんは、
「ああ、あの紅葉が綺麗な木ですな。いくつか種類があるようですから、なんとも言えやせんが、おそらく村の北側のちょっと入ったところを少しだけ拓いてやればうまく育つと思いやすよ」
と、頼もしい言葉をくれた。
(村の近くで育つなら、春に山菜採りをしているご婦人方に頼めば冬の時期には樹液を採ってきてもらえるな…。人員的にも無理はない)
そう思って、まだまだ先のことなのについつい微笑んでしまう。
そんな私の表情をベンさんは不思議な顔で見ていたが、
「村長のことですから、きっと美味いものにつながるんでしょうなぁ」
と、ニコニコ微笑みながらそう言ってくれた。
その日はそのまま順調に進み、適当な場所で野営にする。
いつもの簡単な野営飯を食ってお茶にしていると、うちの子達はユカリ先生指導のもと、お話の練習を始めた。
お題として出している文章が、
「お替りは大盛でちょうだい」
とか、
「プリンのクリームは多めがいいな」
というのはどうかと思ったが、それはともかく。
(もっと、こう、体の中でグーっとまとめてスーッと出す感じ!)
と言うユカリ先生の言葉に、
(ユカリは理論よりも感覚派なんだな…)
と思いつつも、
(…もしかして、魔力操作のことを言っているのか?)
とふと思いつく。
そこで試しにサファイアを呼んで、
「私が毎朝やってるあれをやってみるか?上手くいくかもしれんぞ?」
と言ってみた。
「きゃん?」
不思議そうな顔をするサファイアをとりあえず膝に乗せる。
そして撫でながら、
「ほら、お腹に魔力を溜めて…ってやつだ。わかるか?」
と言うと、サファイアは、
「きゃん!」(知ってる!)
と答えた。
私は「うん」と一つうなずき、
「どうも、さっきのユカリの話が、あの魔力操作と似ているような気がしてな…。試しにやってみないか?」
ともう一度提案してみる。
「きゃん!」(やる!)
と元気よく言うサファイアを笑顔で撫でてやってから、私は、
「最初は軽くな。いいか?お腹のおへそのした辺りに魔力を溜めて、全身に広げていく感じでやってみてくれ」
と言うと、サファイアの背中に手を当てて、そっと魔力を流し始めた。
すると、なぜかすぐに引き込まれるような感覚に陥る。
気が付けば、目の前にはあの青白い線がいくつも複雑に絡み合っているのが見えた。
そして、私がその線をたどろうとすると、驚くほどの速度でその線が後ろに流れるように過ぎていく。
どうやら、ものすごい速さでその線をたどっているらしい。
そして、到着したその先には、マリーと同じように黒い渦のような何かがあった。
私は驚いて、その黒い渦に集中する。
しかし、マリーの時とは何かが違い、あまり悪い物のようには感じられなかった。
(…はて?)
不思議に思い、一瞬戸惑う。
しかし、これが見えたということは何かした方がいいような気もしたので、ゆっくりとその黒い渦の表面に私の魔力を少しだけ流し込んでみた。
すると、その渦が少しだけほぐれる。
一瞬このまま一気に、と思わなくもなかったが、なぜか
(私が手を出すのはここまででいい)
という気がしてきた。
ふっと、集中を切って目を開ける。
すると、サファイアは私の膝の上で気持ちよさそうに尻尾を振りながらうとうとし始めていた。
「にぃ!」(わたしも!)
と言って、ルビーも私の膝の上に飛び乗ってくる。
ユカリも、
「ぴぃ!」(リーファやって!)
と言って、リーファ先生の肩にとまった。
ふとコハクに目をやると、
「ぶるる」(私はマリーがいい)
と少しだけ困ったような顔で言う。
私は、
「そうか。よし、帰ったらマリーに伝えてやってもらおう」
と笑顔でコハクにそう言うと、さっそくルビーに、
「よし。じゃぁいくぞ?」
と声を掛けて、先ほどと同じようにそっと魔力を流し始めた。
結果は先ほどと同じで、私が目を開けるとルビーも気持ちよさそうにうとうとしている。
リーファ先生の方を見ると、やはり同じだったようで、2人して顔を見合わせ、首をひねりながら、「ははは…」と苦笑した。
「詳しいことは後日だね」
と、自分の手の中でスヤスヤと眠るユカリを撫でながらリーファ先生がそうつぶやく。
「ああ。そうだな」
私も、自分の膝の上で気持ちよさそうに眠る2人を見て、
(何があったのかわからんが、ともかく、幸せそうにしているからいいんだろうな)
と思って、2人を優しく撫でると、そっとブランケットを取り出していつものようにみんなで固まって眠りについた。
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