33章 真夏の大冒険
第211話 真夏の大冒険01
コハク、エリス、フィリエの協力で、大量の熊肉を持って帰ってきた日から10日。
トーミ村は夏の盛りを少し過ぎた頃。
ついに、伯爵からの手紙が届く。
いつもの伝令役の騎士を待たせて、さっそく中身を確認した。
内容はごく簡単で、
娘を頼む。
仕事の関係で、訪問は秋の1月にしてほしい。
夏の終わりにはジュリアンたちを迎えに行かせる。
そちらが忙しい時期なのはわかっているが、どうしてもそこしか空きがない。
楽しみにしている。
と書いてある。
私はその書状を見て、喜びが爆発しそうになるのをなんとか抑えつつ、急いで「かしこましりました」と返信をしたためた。
昼。
急いで屋敷に戻ると、すでに食堂にいるというマリーにそのことを伝える。
「まぁ…!」
涙ぐむマリーに、
「よかったね」
と言ってリーファ先生は微笑みながらマリーの肩を抱きそう言った。
メルとローズも涙する。
ルビーとサファイアは「きゃん!」「にぃ!」と鳴きながらその場でくるくると回りだした。
そんな2人を、
「おいおい。気持ちはわかるけんども、はしゃぎ過ぎると危ねぇぞ」
と、言ってズン爺さんが微笑みながら窘める。
すると、そこへ料理の乗ったカートを押してドーラさんとシェリーがやって来た。
2人からも改めてお祝いの言葉をもらい、さっそく昼食になる。
きっと私は浮かれていたのだろう。
ついつい、蕎麦を3杯も食べてしまった。
食後。
いつものお茶の時間。
そう言えば、と思い出して、抹茶や本練り羊羹の話をする。
ドーラさんとシェリーが目を輝かせ、質問攻めになっている私の横で、リーファ先生が、
「そろそろ、ミルとポロックが届くと思うんだがねぇ…」
とつぶやいた。
「そう言えば、どっちも馴染みのない名前だが、2つともどういうものなんだ?」
と私が聞くと、リーファ先生は、
「まず、ポロックは蔓性の一年草で、見た目は小さな薄い緑色のミズウリみたいなものだね」
と答える。
私は、
(未熟な甜瓜(まくわうり)といったところか…)
となんとなく想像しながら、リーファ先生の話の続きを聞いていると、リーファ先生は、
「ミルは木の実なんだけどね、トゲトゲの殻に覆われて生る変な植物なんだよ」
と言った。
私の全身に衝撃が走る。
リーファ先生は笑いながら、
「実はこう…三角というか、何というか、おむすび型でね。外の色はまるでフィリエみたいに艶々した茶色なんだ。だから、最初にフィリエにあった時、『ミル』って名を付けようとしたんだけどね。ずいぶんしょんぼりされてしまったよ。はっはっは」
と言うが、私の見開かれた目と真剣な眼差しに気が付いたようで、一瞬で真顔に戻ると、
「…おい、バン君。なにか思い当たるふしでもあるのかい?」
と真剣な表情でそう聞いてきた。
私も、真剣な表情で、
「なぁ、リーファ先生。そのミルってのの中身は黄色くて甘みがあって「ほくほく」していないか?」
と念のため聞いてみる。
「ああ、知っていたのか…。その通りだよ。なに、国に帰った時おやつに出されたんだけどね、これは餡子に合うんじゃないかとふと気が付いてね」
と、ややドヤ顔で言うリーファ先生に、私は息を吞み、
「ああ、おそらく間違いない。そして、そいつは菓子だけじゃなく、米に入れたり煮物にしたりもできるはずだ!」
と、そのあまりにも素晴らしい報せに興奮を抑えきれず、少し大きな声でそう言った。
「よし、さっそく植える場所の検討に入ろう。ミルは…やや陽当たりのいい所が良いだろう。果樹園の脇にでも試験栽培地を確保するか。あとはポロック用の畑だな。こちらは村の畑ならどこでも大丈夫だろう。…ああ、連作障害には気を付けなければいかんな。しかし、その辺りは農家のおっちゃん連中に任せれば大丈夫そうだ。よし、さっそく世話役の所へ行って来る。ああ、そうか、抹茶もあったな。よし、それも一緒に相談してこよう」
と、徐々に早口になりながら、ひと息にそう言うと、さっそく目の前のお茶を飲み干して、食堂を飛び出して行く。
そんな私の後ろから、笑い声と共に、いつもの、
「相変わらず」
というセリフが聞こえてきた。
さっそく関係各所を駆けずり回り、その場所ごとで熱弁を振るう。
果樹園や田畑を管理している世話役からは、微笑ましい目を向けられたが、茶畑を管理している世話役には真剣な目を向けられた。
どうやら、抹茶や碾茶(てんちゃ)の他にも、玉露の栽培が気になったらしい。
藁なんかで日照量を調整しながら甘味の強い茶を作るという製法は衝撃的だったらしく、抹茶に関しては、これからの収穫分でさっそく試作してみるが、本当に満足いく出来になるのは早くとも数年かかるだろう。
しかし是非とも挑戦してみたい。
と、やる気を見せてくれた。
そんな世話役のおっちゃんと固い握手を交わして、何かあればいつでも相談に来て欲しいと伝えて、夕暮れのあぜ道を屋敷へ戻る。
(この世界で当てはまるかどうかはわからないが、桃栗3年柿8年と言うから3年後に栗…もといミルが実をつけるとするなら、ちょうど街道が整備された頃になるな…。玉露もそのくらいはかかるだろうと言っていた…。これは上手くいけばトーミ村独自の交易品になるぞ)
そんな夢のあることを考えると、自然と足が軽くなり、ウキウキとした気持ちで屋敷の門をくぐった。
その日の夕食。
ナスことポロと鹿肉が入ったグラタンを堪能し、食後のお茶の時間。
ミルとポロック、抹茶の話でまた盛り上がる。
抹茶の香りとほろ苦さが加わると、これまで甘いだけだったお菓子が一気に大人の味になる、という説明にズン爺さんがほんの一瞬だが目を輝かせ、ミルはクリームにしてプリンに乗せてもいいと話すと、女性陣、特にマリーの目が大きく見開かれキラキラと輝いた。
「あーっ!そんな話を聞くと待ち遠しくてたまらなくなるねっ!」
とリーファ先生が頭を抱えながら叫ぶ。
私も、
「そうだな。実に待ち遠しい」
と、リーファ先生の意見に賛同しつつも私は、
「しかし、どちらも上手く根付いてくれればいいが…」
と、やや不安な面持ちそう言った。
「そうだね…。おそらく大丈夫だと思うが、心配は心配だね」
とリーファ先生も思案顔でつぶやく。
すると、そんな話を横で聞いていたマリーが、
「農業のことも植物のこともよくわかりませんけど、なんとなく大丈夫なような気がしますわ」
と笑顔で言った。
そんなマリーの発言にリーファ先生と私はお互いに顔を見合わせ、
「はははっ。なんだかマリーにそう言われると、大丈夫なような気がしてくるね」
「そうだな。それに今から変に緊張していたってしょうがない。こればっかりはなるようにしかならんからな」
と言って、少し肩の力を抜く。
マリーは、本当に素敵な人だ。
いつでも人を惹きつけ、みんなに勇気や希望、安らぎを与えてくれる。
そんな素敵な人と一緒にいられる私はなんと幸せ者なのだろうか、と考えると、自然と顔がほころんでしまった。
そんな私の緩んだ顔を見たマリーも、ちょっと恥ずかしそうにうつむきながら微笑み、2人してくすくすと笑い合う。
そしてなんとも言えない青臭い空気がいつもの食卓を包み込んだ。
そんな空気の中、シェリーが、
「しかし、村長の想像力はすごいですね…」
と無邪気につぶやく。
そんなつぶやきに、ドーラさんが、
「えぇ。そうね。でも、きっとこれからもっと驚かされるわよ」
と言って、「うふふ」と笑い、
「まだ何か隠してるんじゃありませんか?」
と私にいたずらっぽい笑顔を向けてきた。
ドーラさんのそんなお茶目な視線に、私は、
「はっはっは。そう簡単にポンポンと出てくるものじゃないさ。今思いついているのはさっきも言った通り、抹茶を使ったお菓子やミルのクリームくらいで、あとはまだちょっとした思いつきの段階だ」
と、笑いながらほんの少しだけ先のことをばらす。
「あら。やっぱり隠してらっしゃったんですね!?」
とドーラさんが驚きの表情を浮かべ、シェリーは、
「今すぐ教えてください!」
と言ってどこからかメモを取り出してキラキラとした目を私に向けてきた。
そんなシェリーの熱い視線を、私が、
(ちゃんと思い出したらすぐに教えるから待っていてくれ)
と心の中で密かに思いながら、
「はっはっは。まだ、もう少し待っていてくれ」
と言って、曖昧にかわすと、シェリーは、
「むぅ…」
と言って、少しすねたような顔をする。
私はそんな光景を微笑ましくも、申し訳ないような顔で見ながら、そう言えば、カステラを思い出した時にふと気になったことがあったなと思って、何気ない感じでリーファ先生に、
「そう言えばリーファ先生、甘い樹液を出す木なんて知らないか?」
と聞いてみた。
「ん?ずいぶん唐突だね…。まぁ、あると言えばあるが…」
そんな何気ない感じのリーファ先生の言葉に驚愕する。
「あるのかっ!?」
余りにも衝撃的だったからか、思わず強く叫んでしまった。
そんな私の言動に驚いているリーファ先生を見て、
「す、すまん。つい興奮してしまった」
と謝る。
「いや、いいよ。ただ、申し訳ないけど、たぶん期待はできないよ。よく味わえばほんのり甘いって程度のやつだからね」
とリーファ先生は私の謝罪を受け入れてくれたうえで、若干申し訳なさそうにそう言った。
その発言に私の興奮はさらに上がる。
「それだっ!」
今度こそ我を忘れて叫ぶ私に、またみんなの視線が集まった。
そんな視線にハッとして、恥ずかしさで我に返る。
私は照れ隠しに、一度咳払いをし、
「…あー、度々すまん。しかし、リーファ先生それはどんな木でどこにあるんだ?」
と聞くと、リーファ先生は、
「ん?こう、葉っぱが掌みたいな形で大きくて…。ああ、樹液はどんどんあふれてくる感じだったから、きっとため込む性質でもあるんだろうね。薬効はまるでなかったから無視していたが…。バン君も森の奥でたまに見かけてはずだよ?」
と何気なくそう言った。
私は、愕然とする。
「いや、なに。ずいぶん前に発見してたんだけどね。いくら研究のためとはいえ、樹液を舐めるなんてよくやったものだと自分でもそう思うよ」
そう言って、懐かしそうに苦笑するリーファ先生に向かって私は、
「…なぜ、煮詰めてみなかった…」
と、この世界のすべての後悔を詰め込んだような顔でそう言った。
「え?」
私の発言にきょとんとするリーファ先生。
そんなリーファ先生に、私は、
「ほのかに甘いなら煮詰めればもっと甘くなると思わんか?」
と指摘する。
そんな私の問いにリーファ先生は、先ほどの私同様、愕然とした表情で、
「…いや、その発想は無かった」
と、いかにも料理をしない人らしい答えを返してきた。
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