32章 親睦会は熊狩りで

第210話 親睦会は熊狩りで

ノーブル伯爵領からの帰り、抹茶の存在を思い出す。

(あれがあれば料理の幅が一気に広がるな…)

そう考えると、一気にいろいろな物が思い起こされた。

茶そば、抹茶プリン、抹茶羊羹、抹茶ラテ…。

そして、

(ああ、抹茶カステラもいいな…)

と思った時、

(ん?カステラは村にあるもので作れないか?)

という可能性に気が付く。

しかしすぐに、

(…いや、蜂蜜が無いか。蜂蜜は村まで運ぶとなると高くなり過ぎる…)

と思い出して落ち込んでしまった。


(蜂蜜の代わりにメイプルシロップでもあればいいが…)

と思うが、そちらはこの世界には存在しない。

(今度リーファ先生に、甘い樹液が出る木がないか聞いてみるか…)

と思いつつ、その後も、

(水ようかんがあるなら本練り羊羹だって作れるじゃないか)

とか、

(そう言えば、フレンチトーストやホットケーキは作って無かったな)

というようなことが頭に浮かんできて、なんとも幸せな気持ちで楽しく歩を進める。

(まぁ、とりあえずは抹茶か。今の時期から玉露は無理だとしても、碾茶(てんちゃ)を試作するだけならいけるんじゃないか?…また、村の食い物が美味くなるな)

と、そんなことを思って、ウキウキし過ぎたせいだろうか?

帰りは予定よりも少し早く、昼過ぎにはトーミ村に帰り着いてしまった。


みんなに迎えられたあと、ひとまず厩へ向かう。

頑張ってくれた馬をズン爺さんと一緒に労って、コハクとエリスとフィリエに向かって、時間が取れたら約束通り、親睦会を兼ねて熊を狩りに行こうと告げた。

「「ひひん!」」

と鳴いて喜ぶコハクとエリスに続いて、

「…ぶるる」

とフィリエが照れて控えめながらも嬉しそうに鳴く。

コハクもエリスはそんなフィリエを優しく見つめ、頬ずりし始めた。

どうやら、もうずいぶんと仲良くなっているらしい。

あとはユカリだな。

と思ってさっそく勝手口から屋敷に戻る。

さっそくリビングへ入ると、3人は仲良く竹を編んで作ったボールで遊んでいた。

器用に玉の上で飛び跳ねるユカリとそのボールを優しく転がすルビーとサファイア。

みんな楽しそうな表情できゃっきゃと遊んでいる。

一瞬、

(親睦会なんて必要なかったか?)

とも思ったが、それはそれ、これはこれだ。

そんな3人を優しく見守るマリーに、

「時間ができたらみんなの親睦会を兼ねて森で熊でも狩って来る」

と告げると、マリーはちょっとうらやましそうな顔をした。

マリーには申し訳ないが、さすがに冒険には連れて行けない。

私が、そんな風に申し訳なく思いながら、

「また、機会があったら家族みんなでピクニックに行こう」

と言うと、マリーは一転、嬉しそうに微笑んでくれた。


(よかった…)

そう思いながら、リーファ先生に都合を聞く。

「うーん…そうだね。特に急ぎの仕事はないから、バン君に任せるよ。どうせ3、4日だろ?」

というので、

「アレックス次第だが、おそらく2、3日後には行けるはずだ」

と答えて、さっそく遊びに夢中になっていたうちの子達にそのことを伝えると、喜んでじゃれてくる3人と戯れながら、夕飯時を待った。


その日の夕飯はイノシシの味噌漬け。

米がもりもり進む至高の逸品に、私とリーファ先生はガツガツと米を掻き込む。

そんな様子をみんなに微笑ましく見つめられながら楽しい夕食を堪能した。


翌日、たまった仕事を片付けると、その翌日は午後からボーラさんと打ち合わせをする。

工事の開始は来年の春、雪が溶けてからになるだろうとのことだったので、ギルドへ出向いて人員を募集してもらい、ついでに実家へもノーブル子爵領訪問の報告と人員の募集依頼を兼ねて手紙を出しておいた。


そしてまたその翌日。

アレックスに確認すると明日から休んで構わないとのことだったので、昼、屋敷に戻るとさっそくみんなにそのことを伝える。

その翌朝。

親睦会を兼ねた熊狩りにみんなでウキウキと出発した。


私はエリス、リーファ先生はフィリエに乗り、うちの子3人はコハクに乗って歩を進めていく。

5人が楽しそうにおしゃべりをし、フィリエも時々遠慮がちに尻尾を振っているから、きっと楽しんでくれているのだろう。

コハクもエリスもちょっと引っ込み思案だけど、可愛い妹ができたように思っているらしく、そんなフィリエの様子を微笑ましそうに見ていた。

ルビーもユカリというちょっとおしゃまな妹が出来たことで、私がちょっと留守をしている間に、少しお姉さんっぽく成長したような気がする。

おそらく私の留守中に友情を深める機会があったのだろう。

私は、そんな想像をしながら、うちの子達の成長を微笑ましく見つめた。


森に入ってからも、

「きゃん!」

「にぃ!」

「ぴぃ!」

「「「ぶるる!」」」

と、まるで鼻歌を歌うように楽しげに鳴くみんなと一緒に順調に歩を進める。

やがて、適当な場所を見つけると、そこで、少し早めに晩飯の支度にとりかかった。


私とリーファ先生はトマトとベーコンのショートパスタ。

ルビーとサファイアは少しだけ持ってきたイノシシ肉をかじり、ユカリはドライトマト、コハクとエリスとフィリエは途中で摘んだバンポやムシカと、それぞれの好きな物をみんなで楽しく食べる。

食後のお茶の時間。

リーファ先生から、亜竜退治の帰りに摘んだ薬草、エリオという名の殺菌作用があるものが村で順調に根付いているという報告を受けた。

村の公衆衛生に役立ちそうな報告に嬉しくなる。

また、乾燥と煮込みの魔道具をエルフィエルに発注しておいてくれたらしく、おそらく来年の春には届くのではないかとのこと。

これで、やっとコンソメの素が製造できると思うとこちらも嬉しくなって、ついついニヤけてしまった。


それからほんの少しみんなと戯れる。

ユカリ曰く、今ルビーとサファイアはもっと的確に言葉を伝えられるように練習しているのだとか。

その辺りはユカリが長けているらしく、3人で練習しているらしい。

「くー…。きゃん!きゃきゃん!」(はやくおしゃべりたくさんしたい!)

「んにぃー!」(バンとおしゃべり!)

とまだまだたどたどしいが、これまでよりも長い文章が言えるようになった所を披露してくれた。

いつの間にか子は育っていく。

きっと世の中のお父さんもそんな感動を日々味わっているのだろう。

そんなことを思うと、思わず涙ぐんでしまった。

そんな一幕を経てその日はみんなで寄り集まって寝る。

夏のことで、少し暑かったが、その暑苦しさもまた幸せだと感じた。


翌日も昼過ぎまで順調に進む。

しかし、その途中、コハクが足を止めて、

「ぶるる」

と小さく鳴いた。

コハク曰く、少し大きいらしい。

一瞬だけ迷ったが、リーファ先生もいるなら大丈夫だろうと思って、その気配を追いかけることにする。

みんな、そこからは真剣な表情で進んで行った。


しばらく進むと私もその気配をつかみ、エリスから降りて、静かに気を練りながら進んでいく。

どうやら相手も感づいたらしい。

一気に殺気が濃くなってきた。

近い。

そう思った私は、いったんみんなの足を止めて、リーファ先生に視線を向ける。

するとリーファ先生が力強くうなずき返してくれたので、私はひとり、静かにその気配がする方へと近づいていった。


やがて目の前に明らかに普通よりもやや大きな個体が現れる。

「グオォォ!」

と無駄に叫びながら突進してくるヤツに合わせて少し踏み込むとまずはヤツの一撃目を軽く右にかわし、左側を一閃した。

浅い。

そう感じた瞬間すばやく飛び退さる。

怒り狂ってがむしゃらに突っ込んでくるのを今度は左にかわしながら右側を一閃。

今度はやや深い。

しかし、致命傷には至っていないだろう。

またしても素早く飛び退さると、すぐに振り向いて前脚を叩きつけてくるのをさらに後ろにかわして、引き気味にまた一閃した。

また浅い。

しかしそれでいい。

肩口を斬られたヤツが一瞬ひるんだ。

すかさず一歩踏み込むと今度こそ確実に右前脚を斬る。

ヤツがバランスを崩した瞬間を狙ってやや引き気味に首筋を袈裟懸けに一閃した。

飛びし去って残心を取る。

ヤツはしばらくの間ビクビクっと痙攣していたが、やがて完全に動きを止めた。


「ふぅ…」

とひと息吐いて、刀に拭いをかけてから、鞘に納める。

なんとなく気配がして振り返ると、みんながいた。

「きゃん!」

「にぃ!」

((お肉!))

とはしゃぎながら駆け寄って来るルビーとサファイアを抱き上げ、

「はっはっは」

と笑いながら撫でまわす。

他の4人と近づいてきたリーファ先生に、

「ありがとう」

と言って、念のため弓を構えていてくれた礼を言い、

「さて、とりあえず解体だな」

と言って、さっそくルビーとサファイアのために心臓を取り出し、今にもかじりつきそうな2人をなだめながら、肉を剥ぎ取った。


その日はその場で野営にする。

まずは米を炊き、どうせ3、4日くらいだろうと思って持ってきた生の野菜を切り、獲ったばかりの熊肉と一緒に鍋に入れて熊鍋を作った。

私たちは砂糖と醤油を使って、何となくスキ焼き風に仕立てた熊鍋をつつき、ルビーとサファイアは心臓の肉に食らいつく。

ユカリはコハクやエリス、フィリエと一緒に果物や野菜をついばみ、

「ぴぃぴぴぃ!」(お外でみんなで食べるのって美味しいね!)

と言って喜んでくれた。

他のみんなもそれぞれに美味しそうに食べている。

いつもの食卓のような笑顔があふれる夕食が楽しかったせいだろう。

冒険中にも関わらず、ついつい食べ過ぎてしまった。


満腹の腹をさすり、食後のお茶を飲んで、また、みんなで寄り集まって寝る。

ふと見上げた星空にひとつ星が流れた。

(この短時間に願い事を3回唱えるのは無理があるよな)

と、しょうもないことを考えて苦笑する。

それでも私は、遅ればせながらにも心の中で願った。

(我が家の食卓が、トーミ村の食卓がいつまでも平和でありますように)

と。

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