第209話 村長、営業に行く04

実家は農家だというエレンにさっそく、

「この辺りは椿がたくさん生えているらしいが、油を取ったりしたことはないか?」

と聞いてみる。

すると、エレンは驚いて、

「村長さん、よくご存じですねぇ。ありゃぁ失敗しちまいましたけどね」

と言い、苦笑いの表情になった。

「何?やっていたのか!?」

私がそう勢い込んで聞くと、エレンは少し引きながらも、

「え、ええ。私が商会を立ち上げた時、昔はランプの油用に少し取ってたって話を聞いたんで…。それで試しに私もやってみたんですがね、食用としてはちょっと…あと、量もとれませんでしたし」

と、遠慮気味にそう言った。

私は、そんな答えに満足して、

「そろそろ種の時期なんじゃないか?」

と確認してみる。

「ええ、あと2か月もすればそうですが…」

そう言って、不思議そうな顔をするエレンに、

「よし、とりあえず試作用の金は出す。金貨3枚くらいでどうだ?なに、量は小瓶に2、3本分でいいんだ。頼めないだろうか?」

と試作を頼んでみた。


「え、ええ。それくらいなら…。ああ、試作ってことならそんなに料金はいりません。手間賃でせいぜい金貨1枚って所です」

そう言ってくれるエレンに私は大きくうなずき、

「よし、じゃぁそれで頼む」

と言って、まずは握手をする。

そして、ついでのように、

「ああ、それと明日、ノーブル子爵と面会する予定がある。そこで街道の整備を打診するつもりだ。もし、あの街道が整備されれば、うちの村からは紙や炭、竹細工、木工品なんかを出せるから、ノーブル子爵領からは北の辺境伯領経由で入って来る物品を頼みたいと思っているがどうだ?」

と誘ってみた。

するとエレンはさっそくその話に目を輝かせ、

「そいつぁいいですね!ぜひ乗らせてください。なに、少しだけですが北の辺境伯領にもなんとか、伝手があります。そいつをこれから広げて準備しておきますよ」

と勢い込んでそう言ってくる。

私は、苦笑いで、

「後日、結論を伝えにくる」

と言うと、また、握手をして、町の視察に戻っていった。


翌朝。

私の正装にびっくりした様子の女将に、

「もしかしたら、今夜も泊まりに来るかもしれん。確実ではないが、1部屋くらいなら余裕がありそうか?」

と訊ねる。

「え、ええ。それはもちろん」

と、ややしどろもどろに答えてくれる女将の返事に安心すると、さっそくノーブル子爵の屋敷へと向かった。


子爵の屋敷に着くと、さっそく執事が応接間に案内してくれる。

ほんの少し待っただけでノーブル子爵が応接間にやって来たので、

「お初にお目にかかります。トーミ村で村長をしております。バンドール・エデルシュタットでございます。本日はお時間をいただき感謝申し上げます」

と、かしこまって挨拶をした。

「こちらこそ、お初にお目にかかる。パトリック・ノーブルです。お会いできてうれしく思っておりますよ」

そう言って、挨拶をしてきたノーブル子爵は見るからに温和そうな人で、歳は50半ばくらいに見える。

ノーブル子爵は先に腰掛けると、すぐに、

「どうぞ」

と言って、私に席を勧め、

「昨今の、トーミ村の話は聞いております。それでぜひともそのお話を伺ってみたいと前々から思っていたのですよ」

と話を切り出した。

「いえ。それほどたいしたことはありません。私は、少しばかり生産性の向上を図っただけで、あとは村が本来持っていた実力が発揮されただけのことですから」

と私はあくまでも遠慮気味にそう答える。

「いえいえ。その生産性の向上の図り方というのが素晴らしいのです。どうです、詳しくお聞かせ願えませんか?」

そう言うノーブル子爵の求めに応じて、私はこれまでのことをかいつまんで話した。


やがて、話が一段落すると、ノーブル子爵は、

「なるほど、参考にさせていただきます。特に、事務処理の仕方は大変勉強になりました。元は冒険者をされていたと伺っていたので、どんな方かと思っておりましたが、いやはや、さすがはエデル子爵家の方ですな」

と言ってニコニコと笑うので、私は少しだけ苦笑いをしながら、

「恐れ入ります」

と答える。

すると、ノーブル子爵は、

「ああ、そうそう。交易の話でしたな」

と言って、話を本来の目的に戻してくれた。


「はい。昨日、イーリスの町へ向かう途中、自分の目でも見てきましたが、ご存じの通り、トーミ村とこのイーリスの街を結ぶ街道は、現在、一部の区間が馬では通れても馬車は通れないという状況になっております」

私がそう言うと、ノーブル子爵はうなずいて、話の続きを促がしてくる。

「我がトーミ村としては、街道を整備することによって、紙や炭、木工製品などの既存の特産品の他に最近作り始めたアップルブランデーなどの大量輸送を実現し販路をさらに東まで広げたいと考えております」

私がそう話すとノーブル子爵は、

「なるほど、壮大な計画ですな。で、私たちから何をお買い求めいただけますかな?」

と聞いてきた。

さすがは、老練の子爵だ。

交易はお互いに利が無いと成り立たないことを熟知している。

その言葉に私は、

「もちろん将来的には穀物や工芸品などの行き来も考えております。ただ、当面の間は椿油などがいいかと思っております」

と話した。


「椿…ですか?」

ノーブル子爵は怪訝な顔になる。

「ええ。昔学院で読んだ本に椿の油は肌や髪に良いと書いてありました。上手くいけばこちらの領の名産にできるかと。わが村としては、それを村内で使ってもらうのはもちろん、村で生産している櫛などに滲みこませることで品質を上げる効果も期待できると考えております」

私はひと息にそう言うと、

「いかがでしょう。街道の整備には数年かかるでしょうから、その間、こちらとは椿油とアップルブランデーの取引をさせていただけませんか?」

とノーブル子爵の目を真っすぐに見つめながらそう提案した。


ノーブル子爵は、しばらく考え、

「なるほど、いい計画ですな。しかし、そこで生まれる利益だけでは街道の整備にかかる費用は賄えないと思いますが?」

と、鋭い質問を投げかけてくる。

私もその質問に対して、

「確かに、当面の利益は微々たるものでしょう。しかし、将来的には西の公爵領への新たな交易路を得ることによって販路が広がり、さらに経済の独自性を得られるかと」

と答えた。

「経済の独自性…ですか?」

ノーブル子爵は、そう言って首をひねる。

「ええ。実は少し前にひょんなことからエルリッツ商会との伝手ができたのですが、その際、大手商会に流通網を独占されることの利益と不利益について考える機会がありました。その時、トーミ村のような小さな村は、独自の流通網を築いておかないと、大手商会の言いなりになってしまう危険があると気が付いたのです。そこで、村には高品質な特産品があるという強みを活かしつつ、販路が限られるという弱みを克服しておかないといけないと考えたわけです」

私がそう言うと、ノーブル子爵は、ひとつ「ほう」とつぶやいて私の目を見てきた。


私はそんな視線を受け止めて続ける。

「昨日、イーリスの町で一番目立つ商会に入ってきましたが、新たな取引には消極的な様子でした。失礼ながら、こちらの領の販路は大手の商会の影響で頭打ちになっているのではありませんか?だとすれば、この街道の整備はお互いにとって利益のある話になると思いますが」

私も真っすぐ目を見てそう答えると、ノーブル子爵は、目を見開いて、

「ご慧眼恐れ入りました」

と言って軽く頭を下げた。


「とんでもない。少し言い過ぎてしまいました」

と言って、私も頭を下げる。

しかし、ノーブル子爵は、そんな私に対して、

「いや。実に素晴らしいお考えだ。たしかに、我が領の収支は頭打ちです。エデルシュタット卿が行かれた一番目立つ商会というのは、おそらくトリル商会のことでしょうが、そこは北の辺境伯領にある大手の商会とつながっています。そこで十分な利益が出ているせいか、なかなか商売の手を広げようとしてくれません。それでは領内に新たな産業が生まれにくい環境になってしまう。その問題は常々考えていたところです。いや。本当にいいお話を持ってきてくださいました」

と言って、また頭を下げてくれた。

私は、

(また人に恵まれたな…)

と感じつつ、とりあえず頭を上げてもらい、笑顔でノーブル子爵と握手を交わす。

そうやって、この商談は無事にまとまった。


その後、ノーブル子爵と昼食を共にする。

先ほどの商談が上手くいったせいだろうか?

お互いに和やかな雰囲気で世間話に花を咲かせるなかで、ノーブル子爵が、

「ところで、エデルシュタット卿は、料理にも造詣が深いと聞きましたが」

と何気なく聞いてきた。

私は、

「それほどでもありませんが…。最近ではいくつかの料理を我が家の家政婦と一緒に考え出しました」

と正直に答える。

すると、ノーブル子爵は、

「なんでもご実家のエデル子爵領の料理が美味しいと専らの評判でして、どうやらその元がエデルシュタット卿であるとの噂を聞いたものですから、少し興味がありましてね」

とにこやかな顔でそう言った。

「ははは。それは、恥ずかしい噂ですね。しかし、実家の領内にレシピを広めたのはたしかに私です。よろしければ次に訪問させていただく際には、いろんなレシピをお持ちしましょう。できれば無料で領内に広めていただければ嬉しいのですが」

私がそう言うと、ノーブル子爵は、

「無料で、ですか?」

と驚いたような顔を見せる。

そんなノーブル子爵に私は、

「ええ。ぜひそうしていただきたいのです。そうすれば、私がこちらを訪れる度に美味い飯が食えるようになりますから」

と冗談っぽく本心を言った。

「はっはっは。聞きしに勝るお方ですな。さすがはエデル子爵家のお方だけあって懐が深い。いや、感服いたしました」

そう言って笑うノーブル子爵と一緒に私も笑う。

そうして、食後のお茶の時間も楽しく会話をし、その日の会談は無事に終わった。


私は、さっそくエレン商会に話を持って行って打ち合わせをしてくると言ってその場で辞すると申し出る。

そんな、せっかちな私に、ノーブル子爵は、

「次に訪れた際は是非泊まっていってください」

と笑いながら非礼を許してくれた。

私は、頭を掻きながら苦笑いして、

「次は是非、ご一緒にアップルブランデーを」

と言い、さっそくエレン商会に向かう。

上手い具合にエレンがいたので、街道の整備が正式に決まったと告げ、さっそく椿油の試作にかかる代金を支払い、宿に戻った。


「お帰りなさいませ。お待ち申し上げておりました」

と、ぎこちなく礼をする娘さんに向かって、

「私はただの冒険者のおっさんだ。かしこまらんでくれ」

と笑顔で伝えて、さっそく部屋へ案内してもらう。

部屋に入ると、さっそく正装を脱ぎ捨てて今後の計画について、あれこれ考え始めた。


やがて、窓の外が夕焼けに染まっていることに気づいて食堂へ向かう。

まだ緊張気味の娘さんの態度に苦笑いしながらも、昨日同様、家庭的な飯に心を温かくし、明日の朝は早めに発つから弁当を頼むと言伝して、部屋に戻った。


(今回は、いい営業になったな。明日からもまた忙しくなりそうだ)

そんなことを思って部屋で一人苦笑いする。

(ああ、でもまずはみんなと熊狩りだな…)

そう思うと、急に家族の顔が浮かんできた。

みんなが待っている。

そのことがどんなに嬉しいことだろうか。

私は改めて、その幸せと今日の会談が上手く行ったことの満足感をかみしめ、実に穏やかな気持ちで眠りに落ちていった。

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