第208話 村長、営業に行く03
翌日。
無事トーミ村に帰りつき、リーファ先生にから揚げサンドを自慢する。
すると、リーファ先生は悔しそうな顔をしたあと、すぐ、ドーラさんにリクエストを出した。
笑顔でそれを受けるドーラさんに、マヨネーズを炒め油の代わりに使う手法を伝授する。
「あら、まぁ…」
と驚き、かなりの衝撃を受けていたようだ。
世間は広い。
時にドーラさんの魔法の隙をついて攻撃してくる人間も出てくるだろう。
しかし、ドーラさんならきっとその試練を乗り越えられるはずだ。
私はそう固く信じている。
そんなバカなことを思いつつ、それぞれに土産を渡した。
マリーはさっそく髪にかんざしを挿して、
「うふふ。いかがですか?」
と言ってくるので、私は当然、
「よく似合う」
と答えたが、少しキザすぎたかと思って照れてしまう。
そして、聞いてきた当人のマリーも、
「まぁ…」
と言って照れ、そんな状況に2人してはにかみあった。
他のみんなも一様に喜んでくれる。
特にフィリエは、
「ひひん!」(おそろいだね!)
というコハクの言葉にはにかんだような表情を見せたが、ずいぶんと喜んでくれた。
エリスも照れたような表情で尻尾を揺らしているから、喜んでくれたのだろう。
贈ったこちらまで嬉しい気持ちになる。
そして、これから3人はもっと仲良くなるんだろうな、と想像するとなんとも微笑ましい気持ちになった。
それから5日。
いつものように役場で仕事をしていると、玄関から聞き覚えの無いおとないの声がしたので、アレックスが対応に出る。
声の主は隣のノーブル子爵から遣わされた衛兵だった。
さっそく書状の内容を見る。
貴族らしく、様々な形容詞が使われているが、内容は、
いつでも歓迎する。
という物。
書状を届けてくれた衛兵に、
「明日には、トーミ村を出て3日後には参上仕る」
という返事を持たせた。
トーミ村からノーブル子爵領の中心イーリスの町へは馬で行けばおおよそ8時間ほど。
行きは街道の状況なんかをこの目で確認しながらいくので、到着するのは夕方遅くになるだろう。
次の日はイーリスの町を視察して回るつもりだ。
午後、屋敷に戻ると、さっそく家族にそのことを伝え、出発の準備に取り掛かった。
準備と言っても、いつもとほとんど変わらない。
違いがあるとすれば、お土産に持って行く上等なアップルブランデ―が3本ほどと、礼服を入れた箱があるくらい。
今回は普通の馬で行くことになるので、森馬たちに挨拶に行く。
エリスは少し寂しそうにしていたが、
「帰ってきたら、フィリエとユカリの親睦会を兼ねてみんなで熊でも狩りに行こう」
と言うと、なんとか機嫌を直してくれた。
翌朝。
寂しそうにしているマリーのことをリーファ先生に頼み、いつものようにみんなに見送られて出発する。
いつもとは違う道を通って東へ。
何度か通ったことはあるが、どことなく新鮮な感じがした。
これまで隣のノーブル子爵領との交易がほとんどなかったのにはいくつか訳がある。
まず、トーミ村と隣領の西の端の村とで産物が似通っていること。
私が着任する前のトーミ村はあまり豊かではなく、交易をする体力が無かったこと。
私が着任する5年ほど前、ちょっとした土砂崩れで道が半分ほどふさがれ、馬車が通れなくなったことなどが、主な原因だ。
寄り親が違うという事情は、それほど影響していない。
ただし、今回のように本格的な交易に乗り出すのであれば、兄上が手紙を出してくれたように、寄り親である北の辺境伯に挨拶くらいはしておかなければならない、という程度。
そんな諸々の事情で交易や交流はほとんど無い状態がずっと続いている。
(まぁ、最初は細々と少量の取引からだろうが…。さて、椿油とアップルブランデーは上手くいくだろうか…)
そんなことを考えながら、街道をゆっくりと進んで行った。
やがて、道が荒れてくる。
やはり道の状態はあまりよくない。
草が生えているし、小さな倒木もいくつかある。
しかし、街道のうち、本格的な整備が必要なのはおおよそ2キロメートルほど。
後は、凹凸を少し均せばとりあえずはいいはずだ。
そんな状況を確認しながら、問題の土砂崩れのあった場所に差し掛かった。
(ボーラさんの見積もりの通りだな)
そこまでの難工事にはならなさそうな状況を改めて確認してひとまずは安心する。
計画の素案を思い出しながら、簡単にメモを取り先に進んだ。
また少し進み適当な場所で、ドーラさんの弁当を食う。
今日の弁当は塩むすびとコッコのつくね。
にぎり飯はあえてシンプルにしてもらった。
なんとなくそういう気分だったというだけで、たいした理由はない。
(しかし、ドーラさんのにぎった握り飯はなぜこんなにも美味いのだろうか)
そんなことを思いつつ、自然の中で食う飯はやはり美味いと思いながらのんびりと食った。
その後も道の状態を確認しながらゆっくりと進む。
やはり荒れていたのは隣領との境目にある林の中だけで、人が住む地域の道は全く荒れていなかった。
(うん。見積もりも計画案も無理はなさそうだ。むしろ少し余裕を持たせてくれている。ありがたいことだ)
ボーラさんの仕事に、改めて感謝する。
そして、夕日がそろそろ最後の時を迎えようかという時間になって、ようやくイーリスの町に着いた。
門番の衛兵に宿について聞いてみる。
残念ながらその衛兵は飯が美味いかどうかはわからないと言い、この町に何軒かある宿の中で一番古くからやっている所ではどうかと言ってきた。
私が念のため、一番新しいところは?
と聞くと、5年ほど前に新しく出来た小さな宿屋があると言う。
なんでも、家族で始めた小さな宿らしく、場所も表通りから少し入った所にあるからあまり流行っていないのだそうだ。
その話を聞いて、少し迷ったが、私はその小さい宿に行くことにした。
大きな宿の料理はだいたい想像がつくが、小さい宿の料理は想像がつかないところがある。
そうなれば、やはり冒険者としては冒険してみなくてはならないだろう。
(さて、どんな宿だろうか?)
期待と不安を抱えて教えてもらった道を進んでいき、その小さな宿「金の兎亭」にたどり着いた。
「いらっしゃいませ!」
そう元気に挨拶をしてくれたのは、15歳くらいの女の子。
家族でやっているという話からすればこの宿の娘さんだろうか?
「やぁ、空いているか?」
と聞くと、
「はい!どうぞ」
とまた明るい返事を返してくれる。
(飯はともかく、雰囲気はいい宿だな)
と微笑ましく思いながら、まずは案内された部屋に入った。
「ご飯の用意はできてますから、いつでも食堂へ降りてきてください」
と言って、ペコリとお辞儀をして下がっていく、女の子に、
「ああ、すぐに行く」
と答えて、手早く旅装を解く。
そして、
(こういう所の飯はたいてい美味い)
そんな期待を抱きながら、さっそく食堂へと降りて行った。
出てきた飯は、ベーコンと茸のチーズリゾットにこの辺りでも良く食べられているコッコのトマト煮、それと野菜のスープと夏野菜のサラダというシンプルなもの。
ちょっとお洒落な田舎料理といったところだろうか。
食ってみると、これがなかなかに美味い。
もちろんドーラさんの料理や雷亭なんかの料理とは比べ物にならないが、丁寧に作られているのが十分に伝わってくる。
スープや煮物の味に角が無いのはじっくりと煮込まれているからだろう。
普通の家庭の味と言えば家庭の味だが、そのひとつひとつを丁寧に作ることによって、なんともいえない温もりが感じられた。
(ああ、ここにも温かい食卓があるんだろうな…)
ふと、そんなことを感じてしまう。
(早くも郷愁を誘われてしまったな)
と、我が家の食卓を思い出している自分に苦笑いしながら、こちらのご家庭の味をじっくりと堪能した。
翌朝。
「うちのお母さんのパンは美味しいですよ」
とにこやかに言う娘さんの言葉通り、焼き立ての柔らかいパンとシチューというこれまた家庭的だが美味い朝食を食い、さっそくイーリスの町へ散策に出掛ける。
町の第一印象としては、アレスの町とそう変わらないか、それよりもほんの少しだけ大きいかという程度。
特に目立った違いはないという感想を持った。
さっそくメインストリートで一番目立っている商会を覗いてみる。
「いらっしゃいませ」
最初に声を掛けてきた店員らしき人物に、
「トーミ村の役場の者だが、取り扱っている産物なんかを教えてくれないか?」
と聞くと、露骨にいやな顔をされた。
おそらく、偵察に来たとでも思われたのだろう。
「いや、今後交易を考えていてな。それで、話を聞いてみたいんだ」
と説明すると、一応手代らしい人物に案内を代わってくれた。
そこでもまた、同じように言うが、
「あいにく、利益になりそうにありませんので、少し考えてしまいますな」
と冷たく言われてしまったので、
「そうか。すまんな」
と言って早々に店を出た。
次に、少し裏手に入った所で見つけた中くらいの商会を覗いてみる。
すると、私に最初に気が付いた、歳の頃なら30歳前後だろうか、爽やかな感じの青年が
「いらっしゃい!」
と明るく声を掛けてきた。
先程と同じように説明する。
すると、その青年は、
「ほう。そいつぁ面白そうですね。ちょいと詳しく話を聞かせてください。ああ、私はこの商会の代表でエレンと言います」
と、自己紹介をすると、
「おーい。お客様にお茶を持ってきてくれ!」
と奥に声を掛け、さっそく店の隅にある簡単な応接へ私を案内してくれた。
私も改めて自己紹介する。
「トーミ村の村長でバンドール・エデルシュタットだ。ああ、貴族うんぬんは構わん。元はただの冒険者だからな。さっきまでと同じようにしてくれ」
私がそう言うと、エレンと名乗った青年は驚いていたようだが、
「そいつは助かります。商人のくせしてそういうのは少し苦手なもので」
と苦笑いで頭を掻きながらそう言った。
話を聞くとなんでも、実家は農家らしい。
今は周辺の農家を取りまとめて農産物を近隣の領に出荷するのを主にしているとのこと。
大手の商会と違って北の辺境伯とのつながりは薄いからあまりお役に立てないかもしれないが、とにかく話は聞かせて欲しい。
と真っすぐな目でそう言うエレンに、私はなんとなく好感を持った。
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