第207話 村長、営業に行く02

宿に戻る途中、コッツの店に寄る。

コッツは奥で帳面を付けていたらしく、すぐに出てきてくれた。

「よう。相変わらず忙しそうだな」

と声を掛けると、

「ああ、おかげ様でな。で、どうした?」

と苦笑いで用件を聞いてくる。

「ああ、そのことだが…。今、村の隣のノーブル子爵領との間で交易をしようという計画が持ち上がっている」

私がそう告げると、コッツは、少し驚いたような顔をしたあと、真顔になって、

「ほう…。ってことは、うちもうかうかしてられねぇな」

と言った。

「ああ。しかし、好機でもあるんじゃないか?」

私のそんな問いかけに、

「向こうさんの特産はなんだったかな?」

と言って頭を捻る。

「紙や炭はうちの方が上質で量も多い。竹もそうだな。あとはうちとたいしてかわらんはずだ。ただし、北の辺境伯領経由で装飾品なんかの小物は手に入りやすい。それに…、まだわからんが、なにか掘り出し物もあるかもしれん」

私の言葉にコッツはパッと反応して、

「掘り出し物というのが気になるな」

と聞いてきた。


コッツは、私がなにか目星をつけているものがあると思ったのだろう。

「いったい何を考えている?」

と言って、即座に商人の顔になる。

そんなコッツに私は、

(隣の領の椿油はおそらく大きな収入源になるはずだ…。ここでコッツに深入りさせてはトーミ村でもますますコッツの存在が大きくなる…。ここは公正に競争してもらおう)

と思って、

「いや、まだわからんから探してくるってだけだ。あんまり期待するな」

とだけ言っておいた。


するとコッツはやや怪訝な顔ながらも、

「まぁ、お前のことだ。おそらく何か心当たりくらいはあるんだろう。しかし、すぐに話せねぇってんなら、それなりに理由があるってのもわかる。…まぁ、その時はひとつかませてもらえればうれしいがね」

と言って、苦笑いで肩をすくめる。

「心配するな。損はさせん」

私も苦笑いでそう言うと、

「ああ、我が家に土産の一つでも買って帰りたいんだが、なにかいい物がないか?ご婦人方が喜びそうな…小間物があれば見せてもらいたい」

と言って、話題を変えた。


「ん?ああ、うちにも無いわけじゃないが、それならルミナ姐さんの店に行ったらどうだ?」

と、コッツは他の店を勧めてくる。

「ルミナ?」

私がそう聞くと、

「ああ、ここからちょっと行った住宅街の中に小間物屋があるんだ。あんまり目立たない場所にあるから、ちょっと道順を書いてやるよ」

と言って、コッツは奥から古い書類かなにかの切れ端を持ってきて、さっと何やら書きつけると、

「ここだ」

と渡してくれた。

(ここはまさか…)

その簡単な案内図を見て驚く。

その紙に記されていたのは、マリーへの初めて贈り物、あのブローチを買った店だった。


「なんとなくわかるか?」

と聞くコッツに、

「ああ、助かる」

と、簡単に答えると、コッツの店を出てルミナという女性が営むというあの小間物屋へと向かった。


「じゃまをする」

そう声をかけてその懐かしい店の入り口をくぐる。

「いらっしゃいまし」

あの時と同じ女性が挨拶をしてきた。

「ああ、ちょっとご婦人への土産をさがしていてな」

私がそう言うと、

「あら、お客様。お久しぶりでございますねぇ」

声をかけてくる。

「覚えていたのか?」

私が少し驚きながらそういうと、おそらくルミナさんであろうその女性は、

「ええ。お客様は特に印象深かったですから」

と微笑みながらそう言った。


「そ、そうか…」

なにやら不思議な気恥ずかしさが沸き上がって来る。

「うふふ。あのブローチはいかがでしたか?」

そう聞いてくルミナさんに、私は「こほん」とっひとつ咳払いをしてから、

「ああ…。喜んでもらえたようだ」

と、照れくささを隠しながらそう言った。


「うふふ。それはようございました。本日も装飾品がよろしいですか?」

さっそくそう聞いてくるルミナさんに、

「あ、ああ。そうだな。ただ、あまり高いものじゃない方がいい。日常で気軽に使えるものがいいんだが、何かないか?」

という私が問いかけると、ルミナさんは一瞬考えてから、

「少々お待ちくださいまし」

と言って奥へと下がっていく。

そして、しばらくすると、

「お待たせいたしました」

と、一抱えほどの平たい木箱を持ってきた。


さっそく開けられた箱の中を見てみるとかなりの数の髪飾りやブローチが入っている。

「どれも北の辺境伯領の若手職人が作ったものです。物はそれなりですが、お手頃ですし、作りが丁寧なものを選んできておりますから、日常使いにはちょうどいいと思いますよ」

と言うルミナさんの言葉を聞きながら改めてその品々をよく見てみると、たしかに高級品という雰囲気の物ではないように思えた。

いくつか手に取って見てみる。

すると、少し気になるものを見つけた。

「これは?」

私がそう聞くと、ルミナさんは、

「ああ、簪(かんざし)ですね。東方ではよく使われている髪飾りなんですけど、それを真似て作ってみたそうです。ただこちらの国ではなじみがないので売れなかったんですよ。ほんの少しですが、聖銀を混ぜてありますから、物はいいですよ」

と説明してくれる。

なるほど、よく見てみるとそれらしい輝きが見える。

先端に緑色の色石が埋め込まれた小さな花の装飾があって、いかにも楚々とした雰囲気と、その色がマリーの柔らかい色の髪に良く映えそうだと思った。


「いくらだ?」

私がそう聞くと、ルミナさんは銀貨20枚だと言う。

てっきりその倍くらいはするだろうと思っていた私は少々面食らってしまった。

思わず、

「…安すぎないか?」

と聞いてしまう。

日本円で2万円ほどの価格だが、おそらく原材料費に少し足したくらいにしかならないはずだ。

私がそう考えてルミナさんに疑問の表情を向けると、ルミナさんは

「ご安心ください。いわく付きではありませんから」

と言って困ったような顔に苦笑いを浮かべると、

「仕入れたのが10年も前ですの」

と言って、肩をすくめた。


そして、みんなにもお土産にいくつかの小間物を買う。

リーファ先生には飾り彫りが少し入った丈夫そうな木製のカップを選んだ。

野営で便利そうなものだ。

ユカリには、透かし彫りが見事な、菓子鉢。

マリーに頼んでクッションでも敷いてもらえば、いい寝床になるに違いない。

シェリーとドーラさんにはお揃いのエプロン。

メルとローズには丈夫そうなハサミを選んだ。

竹細工にも庭木の剪定にも使えるだろう。

ズン爺さんにはあとで干し果物を買っていけば酒に使うかおやつに食べてくれるはずだ。

ルビーには今、我が家で使っているものよりも少しだけ大き目の湯桶、サファイアには飾り彫りがされた楕円形の置物にした。

楕円形だからきっと面白い転がり方をして、いいおもちゃになるだろう。

そして、コハクとエリスとフィリエには色違いのリボンを選ぶ。

コハクが茶色でエリスが緑、フィリエは水色にした。

それぞれの目の色だ。

たてがみに付けてあげたら喜んでくれるだろう。

こうして、みんなのことを考えながら土産物を選ぶのは楽しい。

家族を思ってそれぞれの事を考えるという作業はとても幸せな作業だ。

そんなことを思って、ルミナさんに礼を言い雷亭へ向かった。


その日の晩。

兄上の雷亭の飯が美味くなっているという言葉を受けて、期待に胸を膨らませながら食堂へと降りる。

昼に満月亭で食ったから揚げサンドも素晴らしかった。

さてどんな料理が出てくるのか。

ワクワクしながら配膳されるのを待つ。

そして、目の前に置かれたのは夏野菜のパスタとコッコの手羽元のトマト煮込み、そしてシンプルなスープだった。

以前からあるようなシンプルな料理に一瞬期待をそがれたような気持ちになったが、「いやいや」と思い直して、さっそくいただく。

まずは、パスタから。

(むっ!)

普通のパスタに見えたそれは、意外にも濃厚な味がした。

そして、ほのかに香る爽やかな酸味が、全体にコクを出している。

(マヨネーズか!?)

このコク深い味わいはマヨネーズを炒め油の代わりに使ったものに違いない。

ニンニクのほのかな香りが効いた濃厚な味のマヨネーズが全体に絡んで野菜の甘みと程よい炒め加減だからこそ出てくる瑞々しさをより引き立てている。

(これは期待以上だった…)

食べる前の自分の失礼さを猛省しながら、次に手羽元のトマト煮込みをひと口食べた。


(やはり…。ケチャップだ。しかし、それだけではない。生のトマトの酸味に嫌味がない。きっとじっくりと炒めたんだろう。そして、この程よいとろみは、片栗粉か。おそらく先に肉に付けてから焼いている。肉の表面の食感が程よくパリっとしているところがたまらん。それにとろみのあるソースが肉に良く絡んでコッコの肉のパサパサした感じを完全に消している。これは後引くな…)

トマトだけでは出ないケチャップ独特の酸味と甘味のバランスの良さに加えて、奥にはほんの少しの辛味もある。

なかなか憎い演出だ。


(しかし、これではこってりし過ぎているな…)

と少し残念に思いながらスープをすする。

(しょうが!)

そのシンプルな見た目の具の無いスープにはしょうがのしぼり汁が入れてあるらしい。

爽やかな辛味が口の中をさっぱりとさせてくれる。

それが私の心に火をつけた。

また、パスタを食い、肉にかじりつく。

そして、あとは夢中で食い進め、気が付けば腹をさすっていた。


(ああ、こうしてこの世界の飯が私の想像を超えて美味くなっていくんだな…)

そんな感動を覚えて、私が、

「今回も美味かった」

宿屋の主人にそう告げると、主人は照れくさそうにはにかんだ。

その日は幸せな気持ちで床に就く。

しかし、あまりの幸せで逆に興奮してしまったのか、ほんの少しだけ寝つきが悪かった。

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