お正月SS 冬至祭りの夜に
第205話 お正月SS「冬至祭りの夜に」
謹んで初春のお慶びを申し上げます。
本年もどうぞ本作をよろしくお願いいたします。
設定時期は、リーファ先生がいない冬の間となっております。
この世界の1年は春に始まり、冬に終わる。
都会には春に町中に花を飾る祭りがあるが、農村にそういう祭りはない。
通常、農村の祭りと言えば秋祭り。
いわゆる収穫祭を年に一回やるのが一般的だ。
春にも「狼祭り」をやるトーミ村は珍しい例だろう。
そんな中にあって、全ての地域で共通しているのが冬至祭り。
これも祝い方は地域によって違い、王都なんかの都会ではやはり少し派手で、商店が安売りをしたり、宴会を開いたりする。
しかし、トーミ村を含む王国北西部の辺境ではだいたい、玄関先に稲わらだったり植物の蔓だったり、要するにその地域にある材料で作った豊作祈願の飾りつけ、ちょっとしたご馳走を作って、冬至の前後1日、つまり3日間の休みを取って家族団らんの時間を過ごすというのが普通だ。
実家でもそうしていた。
日本的な感覚で言えば、古き良き正月という感じだろうか?
我がトーミ村でも、その期間は、今年も家族全員が無事に過ごせたことに感謝して、静かに時を過ごす。
そんな冬至の前日。
我が家は忙しくしていた。
なにせ、村中に配るツルウリ団子の製作という作業がある。
私が着任してから広まったツルウリ団子は、すっかり冬至祭りのご馳走のひとつとして村に定着していた。
各家庭でももちろん多く作るが、一応、村長からの祝いの品として、ここ数年、毎年、村の各家庭に配って回っている。
その数おおよそ700個。
自分のちょっとした思いつきで初めてしまったことをほんの少しだけ後悔しつつも、楽しそうに働くみんなの笑顔に支えられて私も笑顔で働いた。
村の共同作業場を借り、せっせと団子を作り、出来上がっては配りに行くという作業に家族総出であたる。
ツルウリを切るとの、餡子を練るのは前日までに済ませておいた。
今日は、
ドーラさんとシェリーが団子を作る係。
私が出来あがった団子を蒸し上げる係で、マリーとメルは蒸しあがった団子を木箱に詰める係。
そして、ローズとズン爺さんは配って回る係をしてくれている。
配るのは、コハクとエリスも手伝ってくれるし、ルビーとサファイアは一生懸命応援してくれていた。
私たちがこれだけ大量に作っても、村人1人に1個行き渡るくらいの量なので、当然各家庭でも自分たち用にたくさん作る。
ならばなにも私たちがこうして作らなくてもいいのではないかと思いもするが、そこは気持ちの問題だ。
この1年みんなのがんばりに支えられてこの村を運営することが出来たという感謝の気持ちを伝えたい、そんな気持ちを込めてみんなでツルウリ団子を作り続けた。
朝から始めたそんな作業も夕方前には終わる。
やっと我が家に戻り、その日の夕食は毎年恒例の鍋にした。
ちなみに、私が作る。
といっても、材料を切るだけだが、それでも、年に一度くらいは家族にも感謝の気持ちを伝えたい、そう思って、ドーラさんとシェリーが作るのとは比べ物にならない、ごく普通の鍋を食卓へと運んだ。
「今年もみんなありがとう。いただきます」
そんな言葉で今日の夕食が始まる。
なんということもない普通のイノシシ鍋と、少しみずっぽくなってしまった白米をみんなが美味しそうに食べてくれる姿がなんとも嬉しい。
「バン様のお料理は初めてですわね。美味しいです」
と言って、嬉しそうに鍋をつつくマリーの姿に、
(ああ、そうだったな…。これからは毎年、こうして冬至を迎えられる)
そう思うと嬉しさが込み上げてきた。
「にぃ!」(バンの味!)
と言って、肉に食らいつくルビーに、
「きゃん!」(おいしいね!)
と言って微笑みかけるサファイア。
「うふふ。こうして、村長のお鍋をいただくと、なんでかわかりませんけど、今年も終りって感じがしてしまいますねぇ」
と言うドーラさんは、きっと大晦日的な感覚を抱いてくれているのだろう。
そんなドーラさんに、シェリーも、
「あ、それなんかわかります!」
と言って、2人して微笑んでいる。
今年も無事でよかった。
そんな感慨に浸る。
暖炉と食事の温かさで曇る窓ガラスの向こうを見ると、また今日も、ちらちらと雪が舞っているのが見えた。
食後のお茶の時間。
お茶請けは当然、ツルウリ団子。
今日はみんなでリビングに移動して、のんびりとお茶にする。
「コハクちゃんとエリスちゃんも美味しく食べてくれたかしら」
そんなマリーのつぶやきに、私は、
「ああ。エリスはそのままの方が好きらしいが、コハクの分は蒸して甘くしたからきっと喜んでくれただろう」
と、なんとなく2人が美味しく食べる様子を想像して、微笑みながらそう答えた。
「みんなでいっしょのものを食べるのっていいですわね」
とマリーがしみじみとつぶやく。
きっと、小さい頃や、離れにいた時のことを思い出しているんだろう。
マリーがこうして私たちと一緒の物を食べられるようになったのは奇跡に近い。
そんな感慨を込めて、私も、
「ああ。みんなで一緒に食う飯は美味い」
と、しみじみつぶやいた。
「ええ。そうですわね」
と言って嬉しそうに微笑むマリーが窓の外に視線を向ける。
私も同じように窓の外に視線を向けると、いつの間にか雪は止んでいた。
「リーファちゃんはどうしているかしら」
そんな少し寂しそうなつぶやきに、私は、
「きっと元気に仕事をしているさ」
と、重要な仕事に向かったリーファ先生のことを思って一応まじめにそう答える。
しかし、すぐにくすっと笑って、
「あと、確実にケチャップとプリンのことを考えているだろうな」
と付け加えた。
「まぁ、バン様ったら…。でもそうですわね」
と言ってマリーもくすくすと笑う。
そんな会話をしている私たちのもとへルビーとサファイアが抱っこをねだりにやってきた。
今日は私がルビーを、マリーがサファイアを膝の上に乗せる。
「きゃん…」(リーファ元気かな…)
と言って、私たちの会話の続きをするサファイアに、マリーが、
「うふふ。きっと元気よ」
と答え、
「にぃ…?」(リーファなに食べてるかな?)
と言うルビーに、私が、
「美味しい鳥かもしれんな」
と答える。
すぐさま、
「にぃ!」(鳥さん!)
と言って無邪気に反応するルビーに今度はその場にいたみんなの顔に笑顔が浮かんだ。
「うふふ」
マリーもルビーを撫でながら、微笑み、
「バン様。来年もお鍋、楽しみにしておりますわ」
と私にもその微笑みを向けながら楽しそうにそう言った。
私も、微笑んだまま、
「ふっ」
と少し笑って、
「ああ。もちろんだ」
と答える。
雪が止んだトーミ村の夜空にはちらちらと星が瞬いている。
「綺麗ですわね」
と、また窓の外に視線を向け、うっとりとした表情でマリーがつぶやいた。
「ああ。綺麗だ」
私も、同じく夜空に視線を向けながらつぶやき返す。
静かな夜、静かなリビングには、静かな家族の微笑みが、冬空の星のように瞬いていた。
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