第203話 リーファ先生の帰還03
その日の夕食は、予想通り「家族セット」。
デザートはおそらく、というよりも、確実にプリンアラモードだろう。
目玉焼きの乗ったハンバーグ、オムライス、ナポリタン、から揚げ、フライドポテト。
そして、夏野菜のサラダにはマヨネーズベースの甘いドレッシング。
相対性理論よりも宇宙の真理に近づいているのではないかという完璧な取り合わせだ。
リーファ先生は、そんなケチャップオールスターズを次々と口に放り込み、
「ぬぉ!これだよ、これ!んー、たまらん!ハンバーグにかかっているやつには、ほんの少しフォンドボーを入れてあるのかな?甘味の奥にあるほのかな苦みが、たまらないコクを生み出しているね。そして、オムライスにかかっているのは甘さと酸味のバランスがちょうどいい。バターの濃厚さとのバランスが最高だ。より重層的な美味さを感じるよ。そして、ナポリタン。これは絶品だ。炒めることで酸味が飛んで甘みがより強調されているが、その炒め具合が絶妙だ。香ばしさを加えつつも、ケチャップ本来の魅力である香りをまったく損なっていない。まさに完璧な炒め加減だね」
と、いつもの調子で嬉しそうに感想を述べる。
私は、そんなリーファ先生を笑顔で見守りつつも、負けじと飯を頬張った。
ちなみに、ユカリはその隣でほんの少量小皿に盛られたケチャップライスを食べ、大はしゃぎしている。
最初、ドーラさんは、ユカリには何を出したものかと悩んでいたが、リーファ先生が、
「旅の途中はずっとドライトマトをあげていたよ。肉も食えなくは無いようだけど、あまり好みではない感じだったね」
と言うので、とりあえず、チキンライス、もとい、コッコライスの肉抜きを出してみた。
「ぴぃ!ぴぴぴぴぴぃ!!」
(なにこれ!美味しい。美味しすぎて止まんないの!!)
と、羽をバタバタさせながら、ご満悦の様子でケチャップライスをつついている。
どうやら、うちの他の子と比べるとずいぶん言語が達者らしい。
そんな様子に、うちの子達も、
「きゃん!」(よかったね!)
「にぃ!」(おいしいよね!)
と言って、ニコニコしている。
私は、こうして新しい家族が増え、さらにたくさんの笑顔がこぼれるようになった食卓を眺めて微笑んだ。
そして、当然のように出されたプリンアラモードに、リーファ先生とユカリはまた大はしゃぎしている。
どうやら、プリンはユカリにも衝撃を与えたようだ。
小さじに盛りつけられたプリンをこれでもかという勢いで食べている。
人間に換算してみれば、おそらく「バケツプリン」のような感覚に違いない。
そのことに気が付いたリーファ先生が、
「羨ましい…が、あまり食べ過ぎるなよ」
と苦笑いで注意していた。
もちろん、マリーもうっとりしながら久しぶりのプリンの甘さをかみしめている。
「うふふ。やっとですわ…」
そう言う顔は、この世の幸福を全て味わっているかのように蕩けきり、まるで夢を見ているようだ。
食卓の一番端でシェリーもこっそりそんな表情になっているのが面白い。
リーファ先生曰く、エルフィエルではケチャップが大人気になっているらしく、ジードさんも、他のご家族の皆さんもすっかりその虜になっているのだとか。
ケチャップはよほどエルフさんたちのお口にあったらしい。
「あの子達が元気になったら、是非食べてもらいたいね」
しみじみとそうつぶやくリーファ先生の言葉に、マリーも感慨深そうにうなずいていた。
そんな楽しい夕食が終わりいつものように、いや、いつも以上に腹をさすりながら食後のお茶になる。
その席で、いきなりリーファ先生が、
「ああ、そういえば、バン君。君はどのくらい給料をもらっているんだい?」
と聞いてきた。
私は特段隠す必要もないだろうから、
「禄は年間で金貨20枚ほどだな。あとは、村の収支が黒字の内は年に金貨40枚ほどが村から出ている」
日本的に言えば、年収600万円ほどというところだろうか。
私がそう言うと、私の懐事情を知っているドーラさんやズン爺さん以外のみんなは少しびっくりしたような表情になる。
ちなみにマリーは、「そうなんですのね」と言ってあまり実感が無いようだ。
その辺りの金銭感覚はこれから学んでいけばいいだろう。
「いや、あと冒険者として稼いでいる金がその倍くらいあるし、オークの代金もまだ残っているから、別に金には困ってないぞ?」
もしかして、この家の家計のことを心配されているのだろうか?
と、思って、一応私がそう弁解すると、リーファ先生が、
「うーん…。冒険者の収入を差し引いたら、辺境の男爵としても少ないね。しかも、村が黒字じゃなかったら王都の庶民並みじゃないか」
と言って、ため息を吐きつつ、
「父上が50年間、毎年、金貨200枚くださることになった。アレの報酬としてね。ああ、名目は私の生活費だし、私の研究費を除くから…。そうだね、それでも年に150枚くらいは受け取ってくれ。なに、家賃と食費だよ」
と、さらっと言った。
私はその額にびっくりして、
「いや、それはいくら何でも多すぎる」
と言って、さすがに遠慮した。
なにせ、不労所得が年に1,500万円だ。
田舎では持て余してしまう。
すると、リーファ先生は、
「いやいや。そのくらいの価値は十分にあるものだ。というか、伯爵からもそのくらいは出ているんじゃないかい?」
と聞いてきた。
確かに、伯爵からは村に年間金貨100枚くらいのお金は出ている。
マリーの生活費やメルとローズの給金とは別にだ。
一応、村として使うのはコッツの護衛代くらいだからそんなに必要ではないと言ってお断り申し上げた。
しかし、それでも是非使って欲しいと上位貴族から言われてしまえば、はねつけるわけにもいかず、余った分は繰越金として計上しているのが現状だ。
ぶっちゃけた話、身の丈に合わない予算はあまり歓迎できない。
そう思って私はその場で、
「うーん…」
と悩んだ結果、
「なぁ、リーファ先生。今更断るとは言わんが、エルフィエルに魔道具の開発をお願いすることはできんか?」
と聞いてみた。
リーファ先生は、きょとんとした顔になる。
私は、その発言の意味を、
「いや、なに。身の丈に合わない金は腐ってしまう。だったら、村の設備投資に使いたいと思ってな。エルフィエルは王国より魔道具が発展しているだろ?それなら、王国では作れないような魔道具も作れるんじゃないかと思ったんだ」
と、簡潔に答えた。
私のそんな発言を聞いてリーファ先生は、
「はっはっは。なんともバン君らしい意見だね。で、どんな魔道具が必要なんだい?」
と、笑いながら聞いてくる。
そんな質問に私は、
「一番欲しいのは、液体を乾燥させる魔道具だ。あとは、液体を一定の火力で加熱できる大鍋も欲しい」
と言って、コンソメの素の開発に使えそうな機械を念頭に置きながらそう言った。
そんな私の注文にリーファ先生は、またきょとんとした顔になる。
そして、
「どっちもあるよ?」
とさも当然のようにそう言った。
「なにっ!?」
私が驚いて、そう聞くと、リーファ先生は、やや引き気味に、
「ああ、どっちも薬剤を製造するのに使う物だが…」
と応える。
私は、さらに興奮して、
「液体を乾燥させる機械があれば、スープを粉状することができるし、一定の火力で加熱する大鍋があれば、ケチャップや餡子の製造がより簡単になる!」
と、勢い込んでそう言った。
そんな私の言葉にリーファ先生が目を見開き、
「ケチャップの方は、何となくわかるが、スープの方は…。その発想は無かった…」
とつぶやく。
そして、
「よし、すぐに注文しよう!…いや、詳しい使い方を教えてくれ、仕様を検討して特注しよう!」
そう言って、すぐに席を立とうとしたが、そこでドーラさんから、
「明日の午後になすってはいかがです?あんまり夜更かしすると、明日の朝ごはんに響きますよ?」
と優しくたしなめられてしまった。
私とリーファ先生は、あまりにも勢い込み過ぎた恥ずかしさで、「あはは」照れ笑いする。
「うふふ。バン様もリーファちゃんも相変わらずですのね」
と言ってマリーが笑い、みんなも笑った。
今日も、我が家の食卓にはいつもの笑顔がある。
私はその幸せに心の中で感謝しながら、トーミ村の夏の夜空を見上げた。
そこにはいつもと変わらない星空が広がっている。
私はそんな星空を見つめて、
(この村の飯がどんどん美味くなっていくように、人も社会もどんどん変わっていく。しかし、この星空は変わらない…。我が家の食卓もそうあって欲しいものだ)
と、心の底からそう思った。
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