第202話 リーファ先生の帰還02

「まぁ、積もる話は道々するとして、まずは屋敷に戻ろう。みんな待ってる」

私がそう言うと、

「ああ。そうだね。早くドーラさんに会いたいよ」

と冗談っぽくいうリーファ先生に、

「うふふ。リーファちゃんったら。晩ご飯はまだよ」

とマリーも冗談を返して、それぞれが馬に乗って、ゆっくりと屋敷へ向かう。

道々、エルフィエルでの話を聞いた。

治療は上手くいっているらしい。

そんな話にマリーが目を潤ませる。

亜竜の方は、深刻そうだが、大人の事情というものに関しては、村が巻き込まれる危険性はできる限り低くしてきたとのことで、村長としては安心した。

あとは、ミルという木の実を少しとその苗木、それにポロックという砂糖の原料になる植物の種を送ってもらう手はずになっているらしい。

今から楽しみで仕方ない。

そんな話をしながらのんびり進んでいると、やがて屋敷に到着した。


玄関先にはみんなが集まっている。

「おかえりなさいまし、リーファ先生」

と、ドーラさんが声を掛けると、みんながそれぞれにリーファ先生に声を掛けた。

その一つ一つに、

「ただいま」

と笑顔で応え、

「いやぁ、プリンとナポリタンが無い生活は大変だったよ」

と言ってリーファ先生が、

「はっはっは」

と笑う。

そんな「らしい」言葉にみんなも笑った。

私も大声で笑いながら、

(やっと我が家に本来のにぎやかさが戻ったな。…いや、フィリエと小鳥が増えたからさらににぎやかになるのか?)

と思って、そんな光景を微笑ましく見つめる。

そんな会話がひとしきり落ち着くと、リーファ先生は、

「ああ、この子はフィリエ。父上からいただいてね。まぁ、少し大人しいけど、いい子だからみんな仲良くしてやってくれ」

と言って、背中から荷物を降ろしてやりながら、みんなにフィリエを紹介した。

「…ぶるる」

フィリエは少し恥ずかしそうにそう鳴いて、おそらく、

(…よろしくお願いします)

とでも言ったのだろう。

まずは、ローズが、

「フィリエちゃん、よろしくね」

と言ってフィリエを撫でてやると、フィリエは気持ちよさそうな表情になり、

「ぶるる」

と鳴いた。


「まぁまぁ、立ち話しもなんですし、さっそくお茶にいたしましょう」

ドーラさんがそう言うと、ズン爺さんとローズはコハクとエリスとフィリエを厩の方へ連れて行く。

そんな様子を見送ったあと、私たちはさっそく屋敷へと入っていった。


リビングに入って、しばしお茶を飲み、ズン爺さんとローズが戻ってきてそこに加わると、

「さて、もう1人を紹介しなくちゃいけないね」

と言って、リーファ先生は、懐から例の小鳥を取り出して、みんなに見せる。

「さぁ、『ぴぃ』ご挨拶だよ」

と、リーファ先生が小鳥に声を掛けると、小鳥は、

「ぴぃ!」(よろしくね!)

と元気よく挨拶をした。


「あらあら、まぁまぁ…。可愛らしいこと。よろしくね、ぴぃちゃん」

とドーラさんが声を掛ける。

みんな一様に、

「ぴぃちゃん、よろしくね」

と声を掛けるが、リーファ先生は、少し困った顔で、

「いやぁ…実は、その『ぴぃ』というのは正式な名前じゃないんだ…。帰って来る途中もいろいろと考えたんだがね…。どれも気に入ってくれなかったんだよ…。なぁ、バン君。何か良い名前を思いつかないかい?」

と、突然私に名前を考えろと言ってきた。


私はびっくりして、

「いや、そう言われても…」

と言葉に詰まる。

しかし、名前が無いのは不便だし、かわいそうだと思ったものだから、とりあえず、

「ちなみにどんな名前を考えたんだ?」

と聞いてみた。

そんな質問にリーファ先生は、本当に困り果てたような顔で、

「うーん。最初がこの『ぴぃ』で次が『しろ』その他にも『鞠』とか『餅』とか…。ああ、一番反応が良かったけど結局ダメだったのは『雪』かな?」

と、答える。

私は、

(…それは、たしかに…)

と思いつつも、自分だってそれ以上にいい名前が思いつく自信が無いものだから、こちらも、

「うーん…」

と一つ唸ったきり黙り込んでしまった。

みんなも、それぞれに考えているのだろう。

結局、その場にいる全員が黙り込んでしまった。


「ああ、ちなみに女の子らしいよ」

というリーファ先生の言葉で、私は、

(ああ、そう言えばルビーの時もサファイアの時も、エリスの時も性別なんて気にしてなかったから、危うく男性っぽい名前を付けてしまうかもしれないところだったな…)

と、過去のことを思い出しつつ、

(やはりここは宝石の名前だろうか…)

と思いつく。

そして、その小鳥の瞳をよく見ていると、その瞳の色は紫色だった。


(紫…サファイアとかそう言う宝石にも紫色の物はあったと思うが…。他に紫色の宝石と言えばアメシストくらいしか知らない…。アメシストじゃぁなんだか女の子の名前っぽくないし…、いや、それ以前に名前っぽくないな…)

と思いながらも、一応、その小鳥に、

「アメシスト?」

と呼びかけてみる。

しかし、案の定、小鳥は、

「ぴぃ…」

と鳴いてうつむいてしまった。


(…まったくダメだったか。しかし、ほかに…)

と、少し落ち込みつつ、また、考え込むが全く思い浮かばない。

(これは万策尽きてしまったな…)

と思い、

(もう、家族の誰かがいい名前を思いつくほかないだろう)

と思って気を抜いた瞬間、ふと、頭に浮かんだ単語をつぶやいてしまった。

「ユカリ…」

「ぴぃ!ぴぴぴぃ!!」

と小鳥が突然、激しく鳴き始める。

(しまった!いくらなんでもそれはない)

と思って小鳥に謝って取り消させてもらおうとしたが、どうやら、ものすごくお気に召してしまったらしく、私の肩に乗ってきて、頬ずりまでしてきた。


そのくすぐったさに、戸惑う。

「おお!聞いたことのない響きだが、なんとも女の子らしい、いい名前じゃないか。さすがはバン君。名付け上手だ」

とリーファ先生が感心したようにそう言うと、

「ええ。なんだかとっても素敵なお名前ですわ、バン様」

と、マリーまで賛同してきた。

「へへっ。良い名じゃねぇですかい。さすが村長ですなぁ」

「ええ。ええ。まったくそうですねぇ」

「はい。とってもいいお名前だと思います!」

「そうですね。可愛らしいお名前です」

「さすがは師匠。御見それいたしました」

皆もそれぞれ、感心したような視線を私に向けてくる。

私は、そんなみんなの視線に、

「ははは…」

と、ひきつった笑いを浮かべるしかなかった。


私は、小鳥を含めたみんなが、笑顔で、

「よかったな、いい名前をつけてもらったじゃないか!」

とか、

「うふふ。可愛らしいお名前でよかったわね。ユカリちゃん」

と言って、微笑む隣で、

(まぁ、本人が良いと言うんだからいいだろう…。たしかに、あれは、まるで白いご飯の上に紫色の宝石をちりばめたかのような見事な煌めきを放つからなぁ。まぁ、宝石と言えば宝石か…)

と訳のわからない言い訳を頭の中で作りだす。

そして、とりあえず目の前にあったビワを一つつまむと、心の中でそっと、

(すまん)

とユカリに謝りながら、口に放り込んだ。


「いやぁ、安心したら急にお腹が空いてきたよ。ドーラさん、今日はケチャップをたっぷり使ってくれると嬉しいね」

と言ってリーファ先生はいかにもほっとしたように言って、ドーラさんに目を向ける。

「うふふ。ご安心くださいね。たっぷりご用意しておりますよ」

というドーラさんの言葉に、

「よし、すぐに用意してくれ!」

と勢い込むリーファ先生を、

「もう、リーファちゃんったら、ご飯はまだですよ」

とマリーが笑いながら窘めた。


「はっはっは。まずは風呂で旅の垢でも落としてくるといい。荷ほどきだってあるんだろ?焦らなくとも、ケチャップは逃げんさ」

と言って私が笑うと、みんなもそろって笑い出す。

そんな様子を見て私は、

(元に戻るどころか、さらににぎやかになったな)

と思って心の底から微笑ましい気持ちになった。


そして、そんな和やかな空気の中、マリーが、

「そうそう。リーファちゃん。ちょっと報告するのが遅くなったけど…」

と言って、私に視線を向けくる。

(…?)

私は一瞬なんだろうか、と思ったが、マリーがスッと自分の左手を上げたのを見て気が付いた。

「あ、ああ…。そうだったな」

私はそう前置きをして、「こほん」と一つ咳払いをして、静かに呼吸を整える。

そして、

「伯爵のお許しをもらったわけじゃないから、まだ、正式にではないが、昨日マリーに結婚を申し出て、快諾をもらった」

とリーファ先生に報告した。


すると、リーファ先生は、意外にも驚くではなく穏やかな表情になり、ひと言、

「おめでとう」

と言って、優しく微笑む。

「ああ、心配をかけたのかもしれんが、なんとかなった。ありがとう」

私がそう言うと、リーファ先生は、やれやれと言った表情を浮かべて、

「まったくだよ」

と言って、肩をすくめるが、

「まぁ、でもよかったよ。本当におめでとう」

と、また微笑んでそう言ってくれた。


「よし。そうとなれば、先に風呂に入って、さらにお腹を空かせてこよう。ああ、ドーラさん。私の分はケチャップ多めで頼むよ」

そう言うリーファ先生に続いて、私も、

「たしかに、いつもより腹が減ってしまったな…。ドーラさん私の分は大盛で頼む」

と言って、ついでにドーラさんに注文を出す。

「うふふ。ええ。かしこまりましたよ」

と言って、ドーラさんが笑い、

「相変わらずでごぜぇやすねぇ」

というズン爺さんの言葉でユカリも含めたみんなが笑う。

そんなみんなの笑顔に、私は、これからもこの家族はさらに楽しく暮らしていけるだろうという確信を得て、

「はっはっは。そうだな、相変わらずだな」

と大声で笑った。

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