30章 リーファ先生の帰還

第201話 リーファ先生の帰還01

ピクニックを終え、屋敷に戻ると、みんなから笑顔で出迎えられる。

薄々、というか、はっきりと感じていたが、色々とバレていたらしい。

「おめでとうございます。村長、マリー様」

「ご両人とも、おめでとうございやす」

「お2人とも、おめでとうございます!」

笑顔でそう言ってくれるドーラさん、ズン爺さん、シェリーに対して、

「村長、お嬢様、おめでとうございます…」

「おめでとうございます、師匠!お嬢様をよろしくお願いします」

メルとローズは泣き笑いだ。


私も、マリーも、それぞれの「おめでとう」に一つ一つ応える。

私は、これからもきっとこの家族で楽しく暮らしていくだろうことを思って、胸が熱くなった。

マリーもきっとそう思ったのだろう。

笑顔の端にほんの少しの涙が見える。

そんなマリーの肩にそっと手を置いて、

「これからも楽しい家庭を築いていこう」

と微笑みながらそう言った。

「はい」

私のそんな言葉にマリーも微笑みながらそう答えてくれる。

そんな微笑みに心を温かくしながらも、この家庭にまだ欠けている1人のことを思って、

「早く全員そろうといいな」

と、つぶやいて、夕暮れに染まり始めたトーミ村の空を眺めた。


「さぁ。飯にしよう」

私のそんなひと言にみんながクスッと笑って、食堂へ移る。

実は、今日の夕食は事前にドーラさんに頼んでおいた。

献立は、いつもの米と茸汁。

メインが鳥焼きとヤナの塩焼きで、付け合わせにキューカの酢の物とポロの煮びたし、そして漬物が付いている。

めでたいことがあった日の夕食としてはものすごく質素で地味だ。


「マリー。これはどれも辺境の飯で、昔はこんなものでも豪華な食事だった。鳥焼きは祝い事の席に出されたものだし、ヤナは魚の少ないこの辺りでは季節のご馳走だ。夏野菜も季節ならではのものだし、茸汁はこの村の名物だ」

私はそんなことを言った後、少し目を細めて、

「どれも私にとっては懐かしい味だ」

と言って、食卓に並んだ料理を懐かしそうに見つめる。

私の話をうなずきながら黙って聞いているマリーに、続けて私は、

「他にも、熊鍋や鳥鍋、イノシシ汁に鹿肉のシチューなんかも定番だな。…昔は、そのくらいしかなかった」

そう言って、またマリーを見つめ、

「今、我が家で出されて、村に広まりつつある料理は当たり前じゃない。だが、私はそれをこの村の当たり前にしたいと思っている」

と言うと、今度は皆にも目を向けて、

「この村をみんなでそういう村にしよう。そして、豊かになっていく村で楽しく暮らしていこう」

と、笑顔でそう言った。


パチパチパチパチ…。

誰からともなく拍手が起きる。

私は照れてしまって、頭を掻きながら、

「いや、そんなにたいそうなことじゃない。とにかく、毎日、美味い物を食いたいってだけだ」

と苦笑いでそう言った。

「へへっ。村長は相変わらずでやすねぇ」

「ええ。でも、素敵なお考えだと思いますよ」

「はい。美味しい物は人を笑顔にしますからね!」

「素晴らしい理想だと思います」

「そうだね、姉さん。とっても師匠らしくて素敵な理想です!」

「きゃん!」(バン、すごい)

「にぃ!」(おいしいのがいい!)

みんなからそんな声が上がる。

「バン様のその理想を隣で見させていただけるんですね。うふふ。とっても素敵」

マリーもそう言って微笑むと、みんなの笑顔が食卓にこぼれた。


「…さぁ!冷める前に美味しくいただこう」

また、私が照れ隠しにわざとらしく大きな声でそう言うと、

「いただきます!」

と、みんなの声がそろって今日もにぎやかな食事が始まる。

そして、いつものように我が家の食堂に笑い声が広がった。


翌朝。

いつものように楽しい朝食を取り、ウキウキとした気分で役場に向かう。

「昨日はすまんかったな。ありがとう」

アレックスにそう言うと、

「いえ。未処理の申請書はそこにあるだけです」

と、いつもの淡々とした返事が返ってきた。


苦笑いで、さっそくその業務に取り掛かる。

申請書は、問題なく処理出来た。

そして、隣の領との間の、街道の整備計画が書かれた書類に目を通す。

(そろそろ、動き始めなければな…。まずは実家を通して挨拶。その後、訪問して交渉、というよりも営業。そして話を詰めるとしても、実行は早くて来年の春くらいか?)

そんなことを考えながら、予算の状況を確認し始めた。


街道の整備と言っても、道を均す程度だから、それほど予算を食う訳じゃない。

問題は人手だが、数十人ほどの若い冒険者と、炭焼きの連中に少し手伝ってもらえば何とかなるだろう。

きちんと砂利なんかを敷いて整備するなら数年がかりの事業になるが、とりあえず馬車が通れるくらいまで均すのは半年もあればできるだろう。

なにせ、道幅は十分にある。

定期的な整備は財政に負担をかけることになるが、雇用が生まれて流通が活発になれば、将来的には十分元は取れるはずだ。

(その辺りをどう説明するか…)

そんなことを考えつつ、昼になると、仕事を終えて屋敷に戻った。


屋敷に戻って、いつものように美味い飯を食う。

ちなみに、献立は鴨ことクック南蛮蕎麦。

卵焼きとおにぎりも付いている。

いつものように満足した腹をさすり、食後のお茶を飲んでいると、ルビーとサファイアが、

「きゃん!」

「にぃ!」

と鳴いて、いきなり飛びついてきた。


「おいおい。いきなりどうしたんだ?」

と聞くと、声をそろえて、

((リーファ!))

と言う。

「おっ!そうか、帰ってきたか」

私が、笑顔でそう言うと、

「お迎えに行きましょう」

と言ってマリーは、

「私がコハクちゃんに乗ってお迎えに行ったらきっとびっくりしますわ」

と、いたずら顔でそう言った。


「と、いう訳だ。みんな、すまんが準備を頼む。ああ、ドーラさん…」

という、私の言葉の途中でドーラさんが、

「うふふ。ケチャップですわよね」

と言って微笑んだので、私も、

「ああ。それとプリンもだな」

と言って、微笑む。

「うふふ。やっとプリンが食べられますわ」

という、マリーの言葉に、私が、

「はっはっは。そうだな」

と、笑うと、みんなも笑顔になって、それぞれに出迎えの準備に取り掛かった。


さっそく厩へ向かう。

厩の中でそわそわしている2人にさっそく鞍を付け、笑顔で玄関まで回ると、そこにはマリーとルビーとサファイアが待っていた。

「お嬢様、お帽子をかぶりませんと」

と言って、慌てて帽子を被せるメルと、

「あら。そうでしたわね」

と言って、照れ笑いするマリーの様子を微笑ましく眺め、

「よし。さっそくリーファ先生を驚かせに行こう」

と声を掛けて、マリーをコハクに乗せる。

そして、ルビーを私の前に乗せ、

(はやく、はやく!)

とせかすサファイアに先導されて、さっそく私たちはリーファ先生のもとへと向かった。


私はてっきり街道の方へ向かうのかと思っていたが、サファイアは迷わず森の方へと進んで行く。

(ん?…ああ、そういえばジードさんたちも森の方から来ていたな。たしかに、森馬を使う前提ならその方が早いか…)

と思いながら、

「はっはっは。マリーもいるからな。ゆっくり頼むぞ」

と笑顔でサファイアに声を掛けた。


やがて、30分ほども行っただろうか?

あぜ道の向こうに小さく馬に乗った人の姿が見えてくる。

行きとは違って、茶色の森馬らしきものに乗ってはいるが、間違いなくリーファ先生だ。

リーファ先生もこちらに気が付いたんだろう、少し馬の足を速めて近づいてくる。

私たちは適当なところで足を止め、リーファ先生の到着を待ち構えた。


やがてリーファ先生の姿がはっきりと視認できるようになる。

「おーい、バン君!マリー!」

と大きな声で手を振るリーファ先生に、負けじと大きな声で、

「おう!」

「おかえりなさい!」

と言って、手を振り返した。


やがて、リーファ先生が私たちの側までやってくると、私はエリスから降り、マリーを手伝って、コハクから降ろしてやる。

リーファ先生も、勢いよく馬から降りると、こちらへ駆け寄ってきて、

「マリー!」

と、満面の笑顔でそう言いながら、マリーを抱きしめた。

2人はしばらく抱き合うと、やがて微笑んで見つめ合いながら、

「ただいま、マリー」

「おかえり、リーファちゃん」

と挨拶を交わして、お互いに「ふふふ」とおかしそうに笑う。

「まったく。驚いたよ…。すっかり元気なようだね」

そんなリーファ先生の言葉に、マリーは、

「うん。私頑張ったのよ」

と少しドヤ顔で冗談っぽくそう言った。


そんな2人の姿を微笑ましく見つめていた私も、

「おかえり、リーファ先生」

と、声を掛ける。

「ああ。ただいま帰ったよ、バン君」

「…いろいろ、あったようだな」

私はとりあえず、リーファ先生が乗ってきた森馬に目を向けてそう言うと、

「ああ、この子は父上にいただいたんだ。フィリエと名付けたんだが、みんな仲良くしてやってくれ」

リーファ先生のそんな声に、うちの子達はみんな元気に返事をして、フィリエに近づき、それぞれに挨拶を始めた。

どうやら、フィリエは大人しい性格らしく、少し緊張気味なのか、

「…ぶるる」

と小さく鳴いて返事をしている。

(なるほど、サファイアが言っていたお友達ってのはこの子のことだったのか…)

私がそんな風に思っていると、

「あー…。実はもう1人いるんだけどね」

と言ってリーファ先生は、なぜか胸元の辺りを小さくさすった。


すると、

「ぴぃ!」

と、鳥の鳴き声が聞こえ、

「きゃん!」

「にぃ!」

「ひひん!」

とうちの子達のうち、白い3人がそれに反応するように鳴く。

私がいったい何なんだろうか?

と思っていると、リーファ先生はローブの内側にあるポケットから、小さな毛玉…にしか見えないが、おそらく鳥だろうと思われるものを取り出した。


また、

「ぴぃ!」

と、その小鳥が鳴くと、うちの子達も、

「きゃん!」

「にぃ!」

「ひひん!」

と鳴き、今度はエリスも、

「ぶるる」

と鳴く。

おそらく挨拶をしているのだろう。

「あらあら。まぁまぁ」

と言って、フィリエを撫でてあげていたマリーがその小鳥をこちょこちょと撫で、

「うふふ。私はマリーっていうのよ。よろしくね」

と微笑みかけると、その小鳥は、

「ぴぃ!」(うん。よろしくね!)

と元気に、はっきりと挨拶をした。


(…なるほど。うん。たしかにお友達だな)

そんなことを思って苦笑いをする。

「ははは…。まぁなんだ。可愛い鳥じゃないか。私はバンドール・エデルシュタット…バンだ。よろしく頼む」

私がそう言って、人差し指をそっとその小鳥に近づけると、

「ぴぃ!」

と鳴いて、その小鳥は私の指をツンツンと何度かつつき、

「ぴぃ!」(よろしくね!)

と、私にも元気な挨拶を返してくれた。

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