第161話 父、再び来る02

翌日から、さっそく準備に取り掛かり、待つこと6日。

伯爵から再度書状が届いた。

到着予定は10日後。

同行者は、伯爵の護衛騎士が4名、メイドが2名。

ルシエール殿の護衛は3名でメイドが2名、とのこと。

滞在予定は3泊4日。

ルシエール殿は1日長く滞在されるらしい。

到着はおそらく夕方になるだろうし、帰りの出立は朝になるだろうから伯爵は実質2日の滞在ということになる。

追伸として、ルシエール殿から、当方の護衛は滞在中、自由にさせたいので宿の手配を頼む。

と書かれていた。


(相変わらずご多忙だな)

そんな感想を持ちつつ、アレックスに確認すると、宿は3部屋押さえられるとのこと。

念のために長屋が空いているか確認したら、1つ空いているとのことだったので、いざという時のために、そちらも使えるようにしておくよう指示する。

母屋の空いている部屋は客室が4と私室が1。

離れは2部屋空いている。

そこで、迷ったのは、ルシエール殿も離れに泊まっていただいた方がよいだろうか?という点だった。

もしそうするなら護衛の騎士か伯爵のメイドが離れを空けることになってしまう。

それはよろしくないだろうから、

離れの2部屋を伯爵と騎士、またはメイド、

母屋の客室をルシエール殿、ルシエール殿のメイド2名、伯爵家メイド2名、伯爵家騎士のための予備、

として使っていただくことを提案する書状をしたためた。


それから5日後。

いつもの騎士が持ってきた書状によると、意外にも、離れの2部屋は伯爵とルシエール殿が使い、護衛は不要と書いてあった。

メイドは伯爵家のメイド長がメルとローズの部屋に宿泊し、両名の世話をするという。

なので、母屋の客室には、伯爵家の騎士2名に1部屋ずつ、

双方のメイド3名に1部屋、

の3部屋で良いとのこと。

それはいかにも申し訳ないと思ったが、追伸の欄に、ジュリアンの名で、

(主とその長女ルシエールはマルグレーテも含め、久しぶりに親子で過ごすことを楽しみにしている。また、メイド長のマーサはメリーベルとローゼリアの母であるから同室の方が良い。滞在中の警護はトーミ村の現状に鑑みれば最低限で良いだろうとのお考えだ。お心遣いを無下にする形となってしまうかもしれないが、よろしくお頼み申し上げる)

と書いてある。

(なるほど、そうだったのか。そちらも親子水入らずというわけだな)

と思い、こちらこそお気遣い感謝申し上げる。

伯爵ご一行が最もくつろげるのであればそのようにいたしましょう。

という旨の返信をいつもの騎士に渡した。


翌日からも通常業務の合間を縫って、準備を進めていく。

そうしてバタバタしていると、いよいよ明後日には伯爵が到着するという日になった。

アレックスと一緒に準備状況の最終確認をする。

部屋の準備状況は昨日確認した。

手伝いに来てくれるご婦人方の予定に少し変更があるようだが、問題ないだろう。

世話役の一人がぎっくり腰になってしまったらしく、その看護で奥方が来られなくなってしまったそうだ。

あとで、シップを届けてやってくれとアレックスに苦笑いで伝えておく。

あれは、痛い。

しかも、安静にしておくより他に手だてがないのだから余計に始末が悪い。

早期回復を祈りつつ、次にコッツが届けてくれた物品の納品書を確認。

どうやら不足はないようだし、予算内に収まっている。

問題なく決裁してとりあえず安心してひとつ息を吐いた。


それから、食料は十分だったが、昨日アイザックから『黒猫』と『青薔薇』がディーラを狩ってきたがいるか?と伝言があったとのことで、アレックスに2塊ほど取り寄せてくれと頼む。

そして、当日の行動予定などの詳細を再確認すると、他にもいくつかの書類に目を通し、いったん昼を食いに屋敷に戻った。


今日のメニューは、最近シェリーが覚えたというかしわおにぎりにドーラさんの蕎麦と茸汁。

最近は忙しくしている私に合わせて手早く食べられるものが多い。

(美味い。時間と気持ちに余裕があればもっと美味いんだろうな…)

と思いつつも勢いよく蕎麦をすする。

私の隣ではリーファ先生とシェリーが「むっふーっ!」と似たような奇声を発していた。

どうやら蕎麦とワサビの組み合わせに感動したらしい。


午後、また役場に戻る。

あとは伯爵からの伝令を待つばかりだが、なんとなく落ち着かず、その辺にあった書類をパラパラと眺めていると、いつもの騎士がやって来た。

伯爵は予定通り明日の夕刻前には到着する見込みだという。

私は、

歓迎の準備は整っている。

滞在中はマルグレーテ嬢との時間を最優先にしていただきたいが、1度は晩餐に招待したい。

その時は、ぜひルシエール殿もご同席いただければ幸いだ。

と簡単な書状を手早くしたため、騎士に渡すと、さっそく離れへと向かった。

(マリーはどんな顔で喜んでくれるだろうか)

そんなことを思いながら離れに着くと、ローズはリビングではなく庭に案内してくれる。

どうやらみんなが来ているようだ。

最近、マリーが歩けるようになってから、うちの子たちはよく離れの庭でマリーと遊んでいる。

きっと歩く練習に付き合ってくれているのだろう。

そんなことを思い出しながら庭に入ると、うちの子たちは仲良く昼寝をしていた。


そんな光景を、

「うふふ」

と微笑んで愛おしそうに見つめるマリー。

その姿があまりにも美しく、私は、一瞬見惚れてしまった。

そんな私の存在に気が付いてこちらに「しーっ」と合図を送るマリーに苦笑いを返し、みんなを起こさないように静かに近寄る。

「明日の夕刻前にはいらっしゃる」

私がそう短く伝えると、マリーはこくんとうなずいて、

「うふふ」

と微笑んだ。

私はその笑顔を一生忘れないだろう。

その小さな表情の中にはマリーの気持ちがすべて込められていた。

私も笑顔で小さくうなずき返すと、静かにその場を離れる。

(…よかった)

私もすべての気持ちを込めてそう思った。


そして翌日。

昼からは1着しかない礼服に着替えて伯爵の到着を待つ。

ほどなく先ぶれの騎士がやってきたので、離れへ向かうよう伝えた。

さっそく離れに向かいローズに伝えて屋敷に戻る。

いよいよか、という思いで、少し緊張しながらリビングに入ると、リーファ先生が薬草茶を飲みながらくつろいでいた。

「やぁ、バン君。そろそろかい?」

「ああ。あと数時間だそうだ」

私も腰掛けて自分で適当に薬草茶を淹れてすする。

しばらく静かな時間が過ぎたあと、ふと思い出したかのようにリーファ先生が話しかけてきた。


「そうそう。例のゴルの鱗だけどね。加工が終わったよ。今のところ仕方がないから漬物用の壺に入れているけど、そのうちコッツ氏に薬瓶を発注しておいてくれないかい?」

「ああ。それはいいが、どのくらい必要なんだ?」

「5…、いや、600は必要だね」

「そ、そんなにか…」

驚く私にリーファ先生は、いかにもあっけらかんといった具合に、

「そりゃ、村人全員に行き渡る量の3、4倍の数なんだ。そのくらいにはなるさ」

と言う。

(そうだよな。薬があるなら瓶は必要だ…。少し考えが足りなかった…。いや、村人のことを思えば…しかし、予算的に大丈夫だろうか?)

と一瞬悩み、

(何回森に入ればいいだろうか…)

と考えつつも、とりあえず、

「…ああ、わかった。あとでコッツに頼んでおこう」

と答えた。


すると、リーファ先生が、笑いながら、

「はっはっは。瓶は陶器で充分だから一部は村でも作れるんじゃないかい?だいたいの大きさをそろえてくれればそれで十分さ」

と言ってくれたので一安心する。

それならなんとかなりそうだ。

そんな会話のおかげだろうか、私の緊張はいつの間にかほぐれていた。


その後もリーファ先生と世間話をし、いつの間にかやって来たルビーとサファイアを撫でさらに心を落ち着ける。

すると、シェリーが、リビングに入ってきて、

「到着されたようです」

と教えてくれたので、

「さて、じゃぁ行ってくる」

と言って、2人をリーファ先生に預けると、私は離れに向かった。

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