23章 父、再び来る

第160話 父、再び来る01

私が毎朝の稽古に15分ほどダンスの稽古を取り入れてから少し経ち、トーミ村の夏もそろそろ盛りを過ぎてきた頃。

私は、

(なかなか上手くいかんな…。しかし、こういうのは地道な努力が肝心だ)

と自分に言い聞かせて日々慣れない動きの習得に汗を流していた。


少し焦っている。

なにせ、マリーの回復がすごい。

どうやらあの魔力循環をしながら運動をするというのが、マリーにはものすごく効果的だったらしく、今ではいくつかのステップを覚え、ゆっくりとならリーファ先生と踊れるようになっていた。

「うふふ。もう少し歩けるようになったら村をお散歩したいと思っていますのよ」

と言って喜ぶマリーの顔を思い出す。

(私もマリーの頑張りに応えなければ)

そう思って、もう一度ダンスの型に取り組むが、また、慣れない動きに四苦八苦する羽目になった。


いつものように勝手口をくぐった途端に漂い始めたみそ汁の良い匂いに心をときめかせながら食堂へ向かう。

本日の朝食は鮭に似たソルの身も入った具沢山のみそ汁に卵焼き。

それに、肉じゃがに似た野菜と肉の煮物と漬物が付くという完璧な取り合わせ。

(漬物でもいいが、ここに梅干しでもあれば完璧だな。あれは口がさっぱりしてさらに食が進む…。森のどこかに生えていないだろうか?森の生態は謎が多い。もしかしたら、奥の方には似たようなものがあるかもしれんな…。そのうちギルドに依頼でも出すか)

と思いつつ、

(ふっ…。ズン爺さんは美味い梅干しを漬けそうだ)

と思って美味しくいただき、今日も元気に役場へと向かった。


「おはようございます。村長」

アレックスの素っ気ない挨拶を合図にいつも通り仕事を始める。

やはり今年の夏は少し涼しい日が続き、米の収量は少し落ちる見込みとなった。

それでも、足りないということはないから、ある程度は備蓄に回せるだろう。

アレックスに再度イモと蕎麦の状況は注意深く見てくれと指示を出す。

その代わりと言っては何だが、カボチャことツルウリの収穫は順調のようだ。

それに、試験的に植えていたブロッコリーことモコも順調に根付いているという。

好調とは言えないが、それなりになんとかなるだろうという結果に一応は安心して、次の書類に手を付けていると、玄関先でおとないを告げる声がした。


アレックスがさっと席を立って対応に出る。

(いつもの伝令役の騎士がエインズベル伯爵の手紙を届けに来たんだろう。休憩がてら茶飲み話でもするか)

と思って、ちょうど切りの良い所まで終わっていた書類を綴じ、席を立ちかけると、アレックスがその顔なじみの伝令役の騎士を伴って執務室に戻ってきた。


顔なじみの騎士は、

「エデルシュタット男爵様、主クルシウス・ド・エインズベルから書状を預かってまいりました。恐れ入りますが、急ぎお目通しの上ご返信願います」

といつもよりやや硬い口調でそう言って書状を差し出してくる。

なにやら重要な書類のようだ。

私は、大きくうなずくと、

「しばし待たれよ。急ぎしたためる」

とこちらもまじめな口調で返し、とりあえず伝令騎士をその場に待たせて、その書状を開いた。


なんとなく、予想はしていたが、要するに、

「マリーに会いに行きたいがいいか?」

と書いてある。

きっと、マリーの手紙を読んで居ても立っても居られない気持ちになられたのだろう。

そんな親心を微笑ましく思いつつ、読み進めると、

「今回は長女ルシエールも同行させたい」

とも書いてあった。


一瞬だけ、「ほぅ」と思ったが、私としては何の問題もない。

ないどころかマリーのことを思えば大歓迎だ。

そう思って、火急のため略式で失礼する、とひと言断りの挨拶を書いた後のあと、

「当然、歓迎いたします。人数や日程などがわかれば知らせていただきたい」

という旨の返信を手早くしたため、伝令役の騎士に渡す。

「ご多忙の所申し訳ございませんでした。急ぎ主に届けさせていただきます」

と言い、騎士はさっそく発つというので、せめてこのくらいは持って行ってくれと、いつも役場に置いてある飴をいくつか包んで持たせた。


「ああ、この飴好きなんですよ」

と言って、騎士はいつもの気軽な感じに戻ったが、「こほん」と咳払いをして、

「失礼いたしました」

と苦笑する。

こちらも同じように苦笑いしながら、

「よろしく頼む」

とひと言添えて玄関先まで見送りに出た。


騎士の背中が見えなくなると、私は、

「さて。忙しくなるな」

とアレックスに向かって笑顔を向ける。

アレックスは苦笑いで、

「ええそうですね」

と答えたが、なんとなく嬉しそうな顔をしているように見えた。


私はさっそくマリーにこのことを知らせてやりたいと思って、アレックスに断りを入れると屋敷に戻り、ドーラさんにマリーへの伝言を頼む。

(きっと喜んでくれることだろう)

そう思うと、私にまで嬉しさが込み上げてきた。


その日、昼を済ませると、少し仕事の続きをしたいから先に行っておいてくれ、とリーファ先生に言われたので、私1人で離れに向かう。

予想通りマリーは、ものすごくうれしそうな笑顔で出迎えてくれた。


「ルシエールお姉様にもお会いできるなんて…」

と感極まったような表情でそう言うマリーの目元は少し赤い。

きっと一報を聞いて涙したのだろう。

また詳しいことが決まったらすぐに連絡すると約束すると、そこからはルシエール殿をはじめとするマリーの兄弟たちの話題になった。


「ルシエールお姉様とは15も年が離れておりますから、最後にお会いしたのは私が15歳の時のユーリエスお姉様の嫁がれる前の晩餐の時でしたわ。その時、お母さまの琥珀のブローチを持ってきてくださって、『これはマリーが結婚するときに引き継ぐからきっと元気になるのよ』とおっしゃってくださったのを覚えておりますわ」

そう言ってマリーはしみじみと微笑む。

きっと、姉のその励ましの言葉にほんの少しだけ諦めの気持ちがあったのを何となく感じてしまったのだろう。

そんな言葉に励まされながらも、マリー自身も自分の将来に希望が持てないと思った時期もあるに違いない。

しかし、マリーは生きているし、元気にダンスまで習えるようになった。

この姿を早く見てもらいたい。

心の底からそう思った。


「うふふ。いつも私のことを気にかけてくださる優しいお姉様なんですの。お父様と一緒になってお薬を探してくれたりしたと聞いておりますわ」

そう言うマリーの瞳にはこの上ない喜びが表れている。

「あと、エルシードお兄様はよくご本を送ってくださったんですけど、それが冒険小説ばかりで、しかも小さな子供が読むような絵物語ばかりでしたの。きっと私が小さい頃そういうご本が好きだったのを覚えてくれていてくださったんですわ。うふふ。エルシードお兄様の中で私はずっと小さな子供のままだったんでしょうね」

私にもその気持ちはなんとなくわかった。

きっとエルシード殿は中等学校あたりから王都か公爵領辺りの学校へ通われたのだろうから、なかなかマリーに会えない日々が続いたのではなかろうか。

エルシード殿にとってマリーはいつまでも一番下の小さな妹のままだったのだろう。

私はそんな話を微笑みながら、うんうんとうなずいて聞く。


「マーカスお兄様は無口でちょっと険しいお顔をしてらっしゃるんですけど、実は照れ屋さんで、東の侯爵領の学校にお入りになる前に大きなぬいぐるみを持ってきてくださいましたの。うふふ。ご自分で買いに行かれたんですって。とっても恥ずかしかったとおっしゃっていましたわ」

なるほど、マーカス殿は無骨な人らしい。

そんな性格で年頃の男性が女性向けの店に入るのは勇気がいっただろう。

しかし、マリーのことを思って勇気を出された。

優しい方だ。


「ユーリエスお姉様はとっても穏やかな人でお母様がお亡くなりになった後、お裁縫を教えてくださったのはユーリエスお姉様なんですの。お嫁に行かれたあとも、きれいな布をたくさん送ってくださいましたわ」

私が、

「みなさん、お優しい方々なんだな」

と言うと、マリーは、

「ええ!」

と、とても嬉しそうに笑う。

私は、この笑顔を見るために生まれてきたのではないかと錯覚してしまうほど、その笑顔を愛おしいと思った。


それからもマリーの話は尽きない。

私もそれを嬉しそうに聞いていると、中庭にうちの子達を連れてリーファ先生がやって来た。


メルがすかさず中庭に続く窓を開けると、

「やぁ、ちょっと薬草の処理に時間がかかってしまったよ。うれしい報せがあったんだってね。マリー」

とリーファ先生が優しく微笑みながらマリーに声を掛ける。

「ええ。今度お父様と一緒に、ルシエールお姉様が、来てくださることになったんですのよ。それでね、今バン様に小さい頃の思い出をお話してたの」

「ほう。そいつはいいね。どうだい、外でみんなと一緒にお菓子でも食べながら話さないかい?」

と言って、リーファ先生は、みんなと一緒に話せる中庭のテーブルに視線を向けた。


するとマリーは胸の前で手を合わせて、

「まぁ、それは素敵ね。そうしましょう」

と目を輝かせながら、

「うふふ。今日のおやつはなにかしら」

と言って、微笑む。

「ああ、今日はチールのパイだね。さっきドーラさんが持ってきてくれたよ。この村のチールは少し固いけど、型崩れしにくいからパイにはもってこいさ。それに火を通すと驚くほど甘くなるんだ」

とリーファ先生が今日のおやつの解説をし、ついでに私も、

「そのまま食べても甘さは控えめだが、さっぱりしていて歯切れのいい食感がなかなかに美味い。この村のチールは他の所とは少し品種が違うからな。トーミ村ならではの味だな」

と付け加えた。


「まぁ、そうなんですの?うふふ。楽しみですわね」

と言ってマリーが笑う。

そんな笑顔に、私もリーファ先生も、うちの子達も微笑んで、楽しいお茶会が始まった。

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