22章 村長、ダンスを習う

第158話 村長、ダンスを習う

マリーが立って歩いた翌日。

仕事と昼を済ませると、まずは大工のボーラさんに新しい食卓を頼みに行く。

大工の事務所に行くとボーラさんは、事務所の横に併設された資材置き場で何やら材木に印をつけたりする作業をしていた。


「やぁ、ボーラさん。ちょっと頼みがあるんだが、今ちょっといいか?」

「ええ。こんにちは村長。構いませんが、なんです?」

「ああ、実は新しい食卓を頼みたいんだが、かまわんか?」

と言って、簡単に依頼内容を伝えると、ボーラさんは、

「へぇ。それは構いませんが、今のが壊れたりしたんですかい?」

と少し心配そうな顔でそう言うので、

「いやいや、違うんだ。もう少し大きいのが欲しくてな。10人掛けくらいのものを頼みたい。食堂の広さ的には十分だと思うんだがどうだ?」

と、一応確認してみる。

「へぇ。あそこは元々、そのくらいの食卓を置けるように作っていたと思いやすから、広さ的には十分でさぁ。お急ぎですかい?」

「あー…。できれば早い方がいいが、仕事の都合もあるだろうから、その合間で構わん。そのあたりは先に入っている仕事を優先してくれ」

と私が伝えると、

「いえ。その辺りは大丈夫でさぁ。ちょうどいい一枚板もありやすし、細かい細工が無けりゃぁ2か月もあればできやす」

と、ボーラさんはおおよその見積もりを教えてくれた。


私が、

「そうだな…。細かい細工はいい。ただ、少しいい材料を使って欲しいのと、角をきっちりと丸くして欲しいってくらいだ。ああそうだ。あと、椅子も追加で作ってくれ」

と言うと、ボーラさんは、

「へい。そのくらいならお安い御用で。ちょうどどこに出しても恥ずかしくないってくらい良いのが使い頃になってますから、材料は心配いりやせん。他にはなにかありませんかい?」

と言って、細かい点を確認してくれる。

私は、

「少し難しいかもしれんが、できればうちの犬と猫も一緒に食べられるような工夫はできないか?」

と聞いてみた。


すると、ボーラさんは、

「ああ。あの犬と猫ですかい?」

と言ったあと、顎に手を当てながら考え込む。

(少し無茶を言ってしまっただろうか?)

とそんなボーラさんを少し申し訳なさそうに見ていると、ボーラさんは、

「そうですねぇ。あの子たちが乗りやすいように食卓自体を広げるってのは少し材料的にも部屋の広さ的にも厳しいかもしれやせんが、食卓と同じくらいの高さの椅子を拵えるってのはどうです?それならお客さんが来た時には椅子をどかせばいいだけのことですし、手すりというか低い柵みたいなものをつければ落っこちもしないでしょう」

と、即座に提案しれてくれた。


「なるほど。それはいいな。よし、それで頼む。ああ。金は多少高くなっても構わないからな」

と即決しつつ、一応村長らしいひと言を付け加えると、ボーラさんは、

「はっはっは。安心してくだせぇ。仕事の分はきっちりいただきますよ」

と豪快に笑う。

そんなことを言いつつも、なんだかんだで安くしてくれるのだから、

(本当に、いい村人に恵まれたものだ)

と思い、

(あとで、ズン爺さんにお願いしてシードルを何本か差し入れよう)

と考えながら屋敷へと戻って行った。


屋敷に戻ると、リビングにはすでにリーファ先生がいて、

「やぁ、バン君。準備はいいかい?」

と声を掛けてくる。

「…ああ」

私は覚悟を決めたつもりだったが、やはりいざ本番となると緊張するもので、おそらくなんとも言えない表情をしていたのであろう。

そんな表情を見てリーファ先生は、

「はっはっは。ダンスは楽しむものだよ」

と、さもおかしそうに笑った。


さっそく離れへ向かう。

私は離れに近づくごとに緊張してきた。

「はっはっは。ひとつ深呼吸でもしてみたまえ」

と言ってリーファ先生にまた笑われる。

きっと、またなんとも言えない表情をしていたのだろう。

「あ、ああ…」

と答えて、言われた通り深呼吸をしてみた。

多少は落ち着いたようにも感じたが、それでもまだどこか決まらない覚悟で揺れる気持ちがある。

私はそれを振り払うかのように、両手で頬をパチンと叩くと、

「よし!」

と気合を入れた。


いつものようにリビングに向かう。

リビングのドアをくぐるとそこには、ドレス、とまではいかないが普段よりも少しだけ余所行きの服を着たマリーが立って微笑んでいた。

私が一瞬見惚れていると、マリーが、

「こんにちは、リーファ先生。本日はよろしくお願いしますわ」

と少しいたずらっぽい言い方でリーファ先生に挨拶をし、

「うむ。私の稽古は厳しいが、ついてこられるかな?マリー君」

とリーファ先生も冗談を返して、お互いに「うふふ」「はっはっは」と笑い合う。

そんな和やかな光景に私も少しは落ち着きを取り戻して、

「はっはっは。こっちもお手柔らかに頼むよ、リーファ先生」

とこれまた冗談っぽく言い、さっそくダンスの稽古に入った。


まずは、結論から言おう。

かなりの難易度だった。


「最初は私とゆっくりやってみよう」

というリーファ先生とそれぞれが踊ってみる。

マリーは最初こそ苦戦していたものの、2,3度基本動作を繰り返すとすぐに覚えて、ゆっくりとだが、確実に踊れるようになった。

一方、私は何度やってみても、とにかく足を踏まないように動くのが精一杯で、どうやってもタイミングを合わせられない。

しまいには、

「うーん…。ステップを理解していないわけじゃないから後はリズムに合わせてタイミングを取るだけなんだが…」

とリーファ先生もどうしたものやらという顔で悩み始めてしまった。


「すまん。どうにも足の運び方の加減がわからん。どうすればよくなるだろうか?」

私が、しょんぼりしながらそう聞くと、リーファ先生は、

「うーん…。ダンスと言うのは結局お互いに呼吸を合わせることが重要なんだ。そうすれば自然とタイミングも合うし、足運びの加減もわかってくるはずなんだけどねぇ…」

と顎に手を当てて悩みだす。

そんな言葉を聞いて私は、

(そうか…。私は自分の型を作ることに必死で相手に合わせるということまで考えが及んでいなかった…。くっ!やはり私は未熟だ…)

と自分の不甲斐なさに思い至った。

しかし、私は、

(いや、未熟だったことは仕方がない。これから取り戻せばいい…。しかし、どうする?)

と思い直し、こちらも顎に手を当てて必死に考える。

そして、しばらくするとハッとしてリーファ先生に顔を向け、

「少しやってみたいことがある。もう一度頼めないか?」

と願い出た。


「ああ、いいけど…。なにか思いついたのかい?」

と、戸惑いながら聞いてくるリーファ先生に、私は、

「魔力操作だ」

と自信を持って、真剣な目で答える。

「え?…えっと、魔力操作かい?」

と困惑するリーファ先生に、私は大きくうなずき、

「ああ。そうだ。要するに相手の呼吸を読んで動きを合わせればいいのなら、魔獣の動きを空気の流れで察知するのと同じだ。おそらくいける!」

と言うと、リーファ先生は、なぜか少し笑顔をひきつらせながら、

「ま、まぁ…、とりあえず、やってみようか…」

と何とも曖昧な言葉を返してきた。


「ふぅ…」

といつもの稽古の時のように一度呼吸を整えると、丹田に気を溜め集中を高めていく。

そして、おもむろに両手を差し出し、まだ少しひきつった顔のリーファ先生がその手を取ると、最初に教わった始まりの型を取ってリーファ先生に向かって小さくうなずいた。

「よし…。じゃぁ始めよう…」

と言うリーファ先生の声をきっかけにゆっくりと動き始める。

(集中しろ。深く、広く、静かに魔力を練り上げろ…)

心の中でそう唱えて、私はゆっくりといつもの稽古で型を反復するように先ほど習ったステップを繰り返し始めた。


やがて音が消え、周りの空気と自分体が一体化したような感覚になる。

(よし。空気の流れ、リーファ先生の魔力の流れを的確に読めている…。もう少しだ…)

そう感じて、さらに魔力を静かに広げていくと、やがてリーファ先生の魔力と私の魔力の流れが互いに循環し始めるのがわかってきた。


すると、リーファ先生の魔力の流れに小さな滞りがあるのが見えてくる。

(ん?これは流れるようにした方がいいのか?ダンスには関係なさそうだが…。いや、ここの流れを良くしたらもっと魔力の流れを感じ取りやすくなる気がする。よし、やってみよう…)

そう考えて私はさらに丹田に気を集めると、より深くリーファ先生の魔力と自分の魔力を循環させていった。

(よし、これでいい。呼吸もだんだんと合ってきた。このままさらにこの感じを強くさせて行けば…)

そう考え、さらに集中を高めようとしたところで、ふいに手を離される。

私が慌てて集中を解くと、目の前のリーファ先生は手を膝につけ、肩で息をしていた。


「大丈夫か!?」

私が勢い込んでそう聞くと、

「…バン君。…、もう少し…、お手柔らかに…、頼むよ…」

と息を切らしながらリーファ先生が答える。

とりあえず、リーファ先生にはソファに座ってもらうと、ローズが急いで水を取りに行ってくれた。


リーファ先生はまずメルが差し出してくれた手ぬぐいで汗を拭き、しばらく息を整える。

そして、ローズが持ってきてくれた水を一気に飲み干すと、

「とりあえず、バン君。ダンスは楽しむものだよ…」

と困ったような顔でそう言った。


「す、すまん。少し真剣になり過ぎたか?」

と聞いてみたが、どうやらその質問は少し的を外していたらしい。

リーファ先生は、あからさまに呆れた顔をして、

「いやいや。そういう問題じゃないよ。なんというか…ダンスは武術じゃないってことさ」

と言うと、「ははは…」と力なく笑った。


私はその言葉でハッとする。

「そ、そうか…。つまりやり過ぎてしまったということだな…」

と、自分の間違いに気が付くと、急に恥ずかしいような気持ちになってしまった。

「はっはっは…。まずは私が相手をしてみて、正解だったね。魔力循環を通り越して、魔力の同調なんて…きっとマリーだったら耐えられなかったぞ?」

とリーファ先生はいたずらっぽく私をのぞき込みながら追い打ちをかけてくる。

「す、すまん…」

私はうなだれるしかなかった。


なにせ、一歩間違えばマリーを危険にさらしてしまう所だったと言われてしまったのだから立つ瀬がない。

「はっはっは。まぁそれは冗談さ。ちょっと薬が効きすぎたかな?まぁいい。ともかく、バン君は相当な修行が必要だね。ああ、そうだ。バン君は毎朝剣の型の稽古をしているんだったね。ついでにダンスの型も稽古してみたらどうだい?」

おそらくリーファ先生は冗談半分で言ったのだろうが、私は、

「ああ、しばらくの間はそうしてみよう。とにかく、このままではマリーに申し訳ない。きっとこのダンスの型を物にしてみせよう。すまんが時々指南を頼む」

とリーファ先生に願い出て、今度はマリーに顔を向けると、

「すまん、マリー。どうやら私にはダンスの才能が無かったようだ…。しかし、安心してくれ。これからきっちりと修行して、きっとこの型を自分の物にして見せる。申し訳ないが、それまで待っていてくれないか?」

と言って、2人に頭を下げた。


そんな私をみて、2人は一瞬顔を見合わせると、まずはリーファ先生が、

「はっはっは!いいよ。いくらでも教えてあげるさ。なんならダンスの教本も取り寄せておいてくれ。たいていの楽器屋は取り扱っているはずだよ。きっとエフィールと一緒に持ってきてくれるさ」

と目元を抑えながら笑う。

次にマリーが、

「うふふ。バン様ったら…」

と、言葉にならないながらも、やはり目元を抑えて笑い、

ついには、2人で時々お互いに顔を見合わせながら大きく笑い始めた。


私もなんとも気まずくなってとりあえず笑う。

メルとローズも苦笑いだ。

こうして、初日のダンスの稽古はうまくいかずに終わり、翌日から私の日課にダンスの型の稽古が加わった。

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