第157話 マリーからのサプライズ03

そこで、ふと、

(そう言えば、マリーの兄弟については聞いたことが無かったな…)

と思って、私は、

「そう言えば、マリーのご兄弟はどんな人たちなんだ?」

と聞いてみる。

「あら。そういえばそんなお話はしたことがございませんでしたね」

「ああ、そうだな。そういう私も家族の話はあまりしたことがなかった」

「うふふ。じゃぁおあいこですわね」

と言ってマリーは微笑むと、

「じゃぁ、今日は兄弟のお話ですね」

と言って今日の主な議題を提案してきた。


「えっと、私には兄が2人と姉が2人おりますわ。一番上が長女で次が長男、次男、次女の順ですわね。一番上のお姉様、ルシエールお姉様は私とは15歳離れておりますから、今38歳かしら。とっても…なんというか、豪快な人らしいですわ」

と言ってマリーはおかしそうに笑うと、

「お父様は本気で家を継がせるおつもりだったようですし、みんなそうなんだろうと思ってらっしゃったくらい優秀な方ですのよ」

と少し自慢げにそう言った。

「ほう。確かに女性当主という例が過去に無いわけじゃない…。しかし、かなり稀だ。伯爵のみならず家族が皆そう思うというなら、よほど優秀な方だったんだろうな」

私が驚いてそう聞くと、マリーは、

「ええ。でも、自由奔放な性格でしたから、今は西の公爵領のエルリッツ商会という所に嫁いでおられますの」

と今度は少し苦笑いしつつもやはり自慢げにそう答える。

私はさらに驚いて、

「それはすごいな…。伯爵はさぞ…なんというか…驚かれたというか、反対なさったりしたんじゃないか?」

とさらに聞いた。


「うふふ。最初はなんとか説得しようとしたらしいですわ。それにお相手のお家もずいぶんとお困りになったらしいですし。でも、大恋愛だったからお父様もお相手のお家の方も結局は折れるしかなかったんですって。うふふ。お姉様ったらお父様相手に啖呵を切ったり、家を飛び出されたりしたらしくって…それはもう、大騒動だったんですってよ」

と言うと、マリーはものすごくおかしそうだ。

顔をに下を向けて顔を赤くしながら「うふふふふっ」といつもより大げさに笑っている。

「…それはすごいな…。エルリッツ商会と言えば大店中の大店だから、庶民や下級貴族からすれば玉の輿になるが、伯爵家からすると降嫁って話になるからな…。伯爵もさぞ悩まれただろう…」

と言って、私は、あの、人のいい伯爵が頭を悩ませる姿をなんとなく想像してみるが、

(…大変だっただろうな)

そんな言葉しか浮かばない。

いろいろと言葉を探ってみたが、結局は、

(いろんな意味で大変だったんだろうな…)

と、明後日の方の空を見ながら改めてそう思うしかなかった。


「うふふ。でもそのおかげ…と言ったら違うのかもしれませんけど、エルシードお兄様は家を継ぐお覚悟をお決めになられて、それまで以上に勉学に打ち込まれるようになったんですってよ」

と言うマリーの声で視線を戻す。

「それは良かった…と言っていいのかどうかわからんが…。ご長男は今どちらに?」

「えっと…。たしか、軍のお仕事についていらっしゃったかと思いますわ」

「ほう。兄上は軍人でいらしたか」

とこれまた驚きながらそう聞いたが、

「いえ。お兄様は文官ですわ。ええと…たしか、騎士様たちのお食事や道具を用意するお役目だとお父様から聞いたのですが、その、聞いてもよくわからなくって…」

とマリーは少し恥ずかしそうにそう言った。


私はそんなマリーをかばうように、

「いや、軍の仕事なんてマリーがわからなくても当然だ。気にしなくていい。…騎士の食事や道具というと兵站か?だとしたら重要なお役目だな。文官というならおそらく物資の調達やら管理やらの仕事をしているだろう」

と説明する。

「まぁ。そうなんですの?なんだか聞きなれない言葉ばっかりでよくわからなかったのですけれど、大変そうですわね…。でも、重要なお仕事をされているというのは少しうれしいですわ」

そう言って、微笑むマリーに、

「ああ。誇らしい仕事だ」

と言うと、マリーは微笑んで、

「ありがとうございます」

となぜか礼を言った。


なぜ礼を言われたのかはよく分からなかったが、ここでなぜだと聞くのもおかしいかと思って、とりあえず私も微笑む。

それからも家族の話は続いた。

次男のマーカス殿は、なんとあのオルバの産地イルベルトーナ侯爵領で騎士をされているのだそうだ。

きっと何度も食べているに違いない…。

そう思うと、なぜか羨ましいと思うのと同時に少しだけ悔しさを覚えてしまう。

私はまだまだ未熟だ。


そして、次女のユーリエス殿はルクロイ伯爵夫人らしい。

あそこは肉と乳製品が美味い。

これまた、羨ましい限りだ。

マリーの話を聞きながらそんなことを考えていると、

「ユーリエスお姉様はとってもお優しくって、ダンスもお上手なんですのよ」

とマリーが言った。


すると、これまで黙ってうちの子達を撫でていたリーファ先生が、

「ほう。ダンスか。それはいいね。簡単なステップからゆっくりやればそこまで体の負担にはならないだろうし、いい運動になる。どうだいバン君。練習相手になってやらないか?」

と、とんでもない爆弾を落としてくる。

もちろん、マリーの助けにはなりたいが、私にはいろんな意味で荷が重い。

そう感じたものだから、私は、

「いや。それは…。ああ、もちろん協力するのが嫌なわけじゃないが…。やったことがないというか…。おそらく、できん…」

と正直に事実を告げたが、

「あら。バン様。ダンスができないのは私も一緒ですわ。ご一緒に練習いたしましょう?」

と今度はマリーが私の退路を断ってきた。


「あ、ああ…。だがしかし…」

と言って私はメルの方を見る。

すると、メルは、

「私も経験がございません」

と言い、次にローズも、

「私も…」

と言ってうつむいてしまった。

「ああ。いや。すまん。そうだな…。うん。いや、もちろん協力はしたいんだ。したいんだが、先生がいないことには…」

と申し訳ないような、助かったというような表情でマリーを見ると、マリーは寂しそうにうつむく。

(…ああ、子供の頃、きちんと授業を受けていれば…。いや、受けていたとしても、今はまだマリーとダンスをするなどいくら何でもハードルが高すぎる…)

そう思って、私もうつむいてしまう。

すると、

「おいおい。先生ならここにいるじゃないか」

とリーファ先生が呆れたような顔でそう言った。


「え?」

私は思わず間抜けな返事をして、きょとんとしてしまう。

「…はぁ、バン君。私を誰だと思っているんだい?ダンスくらい一般教養として身に着けているに決まってるじゃないか」

とリーファ先生は先ほどの呆れたような顔に今度はため息を交えてそう言った。


「まぁ!リーファちゃんはダンスができるの?」

と手を胸の前で合わせ、目を輝かせながらリーファ先生を見つめるマリーに、リーファ先生は、

「まぁ、基本くらいはね。なんならエフィールだって弾けるぞ」

と少し自慢げに言う。

「エフィール?」

と言って首をひねるマリーに私が、

「ああ。エフィールと言うのはエルフィエルの楽器でいわゆる竪琴のことだ。王国の物より少し大きくて、座った状態で膝の上に乗せて弾く楽器だな。王国でも嗜んでいる貴族はけっこういるんじゃないか?」

大まかな説明をすると、マリーは、興味を引かれたのか、

「まぁ、それもなんだか楽しそうですわね。うふふ。今日一日でやってみたいことがたくさんできてしまいましたわ」

と言って、私にキラキラとした目を向けてきた。


そう言われると、もう苦笑いをするしかない。

「…ははは。一緒に頑張るか」

私がなんとなく諦めをつけて、マリーを見ると、

「はい!」

という何とも嬉しそうな返事が返ってきた。


そんな話のあと、また立ち上がって見送ってくれるマリーに感動しつつも離れを後にする。

「はっはっは。さっそくエフィールを取り寄せないとね。辺境伯領の楽器屋でも普通に扱っているだろうから、コッツ氏に依頼を掛けておいてくれないかい?在庫があれば1か月もあれば届くかな?まぁ、取り寄せになっても2か月見ていれば十分だね。ああ、そうか。マリーの練習用もだから2台必要だね。なに、金のことなら心配ないよ。友達の喜ぶ顔を見るためなら安いものさ」

と嬉しそうにはしゃぐリーファ先生を見て、私は、

「お手柔らかに頼むよ」

とまた苦笑いするしかなかった。


夏に向かうトーミ村の日はまだ高い。

(この勢いならさっそく明日からでも授業がはじまりそうだな)

と思ってそっとため息を吐く。

しかし、

(マリーが喜んでくれるんだ。なんとでもするさ)

と、苦笑いをしながらも腹を括り、これから暮れようとしている空と遠くに浮かぶ入道雲を見上げた。

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