第156話 マリーからのサプライズ02

仕事も終わり、さっそく屋敷に戻る。

リーファ先生にも子供たちの絵を見せてやると、驚いたり少し照れたりしながらも、

「よく描けてるじゃないか」

と嬉しそうにしていた。

ルビーとサファイアにも見せたが、

「きゃん?」

「にぃ?」

と不思議そうにその絵を見ている。

私が、

「みんなと遊んで楽しかったからお礼に絵を描いてくれたんだよ」

と教えてやると、

「きゃん!」

「にぃ!」

と鳴いてはしゃぎだした。

「はっはっは。そうだな。2人も、いや、コハクとエリスもだから4人も楽しかったよな。またみんなで遊ぼう」

私がそう言うと、

((うん!))

と笑顔で返してくれる。

結局みんなが集まってきて、その日の昼食の時間は少し遅れて始まった。


「さて。マリーはどんな顔をするだろうね」

食後のお茶を飲みながらリーファ先生が「ふふふ」と笑い、

「きっと、喜んでくれるんだろう。もしかしたら泣いてしまうかもしれん。ハンカチ…はメルが持っているな」

と、私も余計な心配をしつつ「ふっ」と短く笑う。

「さて、行こうか。きっと驚くよ」

とニカっと子供のように笑うリーファ先生につられて私も笑いながら、

「ああ」

と応えてさっそく離れへと向かった。


いつもの短い離れへの道をもどかしく感じてしまう。

よほど心が浮き立っているのだろう。

しかし、同時に緊張感も増してくる。

(ああ、そうか。これがいわゆる胸のときめきというやつか…)

と、正解か不正解かわからない答えを出しつつ歩いているといつの間にか離れの玄関に到着していた。


いつものようにローズに迎えられ、庭へと向かう。

そして庭の直前で深呼吸をすると、この「ときめき」だと思われる気持ちをいったん落ち着かせた。

そして、なるべく平静を装って庭へと入って行く。

しかし、私は庭の入り口で固まったしまった。


庭には日除けのついたガーデンテーブルが置いてあり、紅茶を乗せたカートがある。

そして、マリーが立っていた。

そう。

立っていた。

「うふふ。いらっしゃいませ」

と微笑むマリーの笑顔は誇らしげでもあり、いたずらっぽくもある。

2,3歩動いただろうか、しかし、私の足はそこで止まってしまった。

もう、なにも言葉が出てこない。

今、自分がどんな顔をしているかもわからない。

いや、息をしているかどうかさえ怪しい。

ただただ、頭が真っ白になる。

いろいろな感情が湧き上がってきているのだろうが整理ができない。

そうやって私が固まってしまっていると、マリーが動いた。


歩いている。

私はまた驚いた。

メルが付き添ってはいるが、マリーはその手を借りず一人で歩いている。

ゆっくりと、慎重に、しかし確実に私に向かってマリーが歩いてきている。

きっと、「大丈夫か」といって慌てて手助けをしたり、大げさに喜んだりした方が良かったのかもしれないが、私は、そっとあの箱を地面に置くと、無言で手を広げた。

すると、マリーは一瞬だけ歩みを止めたが、かすかに微笑むとまたゆっくりと歩きだす。

そして、ついに私の元へたどり着くと、すとんと私の胸に納まって、私を見上げ、

「うふふ」

とはにかむように微笑んだ。


そんなマリーの肩に優しく手を添える。

初めて受け止めたマリーの体は羽のように軽く、そして、陽だまりのように暖かかった。

ふいにマリーの手が私の顔に向かって伸びてくる。

そして、私の目元を拭った。

どうやら私は泣いてしまっていたらしい。

「私、やっと…」

と言うマリーの瞳からも涙がこぼれる。

「ああ…」

とつぶやいて私もマリーの頬に手をやり、そっと涙を拭った。


どのくらいの時間そうしていたのだろうか?

やがてどちらともなく、「「ふふふ」」と笑い、

「やっと捕まえましたわ」

とマリーがいたずらっぽく微笑む。

私はその言葉を自然に受け取り、

「ああ。捕まってしまったな」

と微笑んだ。


そうやってまた笑い合っていると、

「ひひん!」

というコハクの声がしてうちの子たちが近寄って来る。

「うふふ。お待たせしちゃったみたいね」

とマリーが言うと、さっそくコハクが近づいてきて頬ずりをしてきた。

「ええ。次はコハクちゃんに乗る練習ですわね」

と言いってマリーもコハクの首元を撫でる。

「うふふ。ピクニックが楽しみね」

とマリーが皆に優しく語りかけると、その言葉でルビーとサファイアがマリーの周りではしゃぎだした。

エリスが、

「…ぶるる」

とため息らしきものを吐きながらも、尻尾を揺らす。

ふと気が付いて周りを見ると、メルもローズもリーファ先生も目を細めて4人とじゃれ合うマリーを見守っていた。


(家族が増えたな…)

今更なのかもしれないが、改めて実感する。

私もみんなの元に歩み寄ると、足元にじゃれついてくるルビーとサファイアを抱き上げた。

(ずいぶんと重くなったな)

そんなことを思って、「きゃん」「にぃ」と嬉しそうに鳴きながらクシクシと頭を擦り付けてくる2人を、片腕に抱えなおすと、もう片方の手をエリスの首元に持って行く。

「ぶるる」

と鳴くエリスの声はどこまでも優しい。

そんな光景を楽しみながら、

(これからもっと楽しい家になるな)

と思って頬を緩め、そこでふと思い付いた。


「…新しい食卓を作ってもらわないとな」

と私がつぶやくと、みんなの目が私に集まる。

メルとローズとマリーはきょとんとした顔を私に向けた。

しかし、リーファ先生だけはニカッと笑って、

「そうだね!」

と嬉しそうに言う。

私はまだ、きょとんとしている3人に向かって、

「これから飯はみんなで食おう。きっとその方が美味しい」

と笑顔でそう宣言した。


「まぁ!素敵!」

最初にマリーが反応する。

私は、

「ああ、ただ、今の我が家の食卓は6人掛けだからな。2つ足りない。ああ、そうだ。どうせだから10人くらい座れるものを作ってもらおう。もしかしたらルビーとサファイアも一緒に食えるように何か工夫してもらえるかもしれん。よし、そうと決まればさっそく…」

と言ってさっそく大工のボーラさんに頼みに行こうとしたが、

「おいおい。焦り過ぎだよ、バン君」

とリーファ先生にたしなめられてしまった。


「ああ、すまん。そうだな。つい浮かれてしまった」

と頭を掻きながら恥ずかしそうに言う私に、マリーが、

「うふふ。バン様ったら、相変わらずですのね」

と言うと、みんなも笑い出す。

「はっはっは。とりあえずお茶にしようじゃないか」

というリーファ先生の声でやっとみんなが席についてお茶の時間が始まった。


私は席に着き、メルの淹れてくれた紅茶をひと口すする。

心なしかいつもより優しい味だと感じた。

「ああ、そうだ。ローズ、すまんがあの箱をくれるか。マリーにも見せたい」

と頼んで例の箱を持ってきてもらう。

「学問所の子供たちが描いてくれたんだ。髪飾りのお礼も入っているぞ」

と言って、さっそく何枚かの絵を渡す。

おそらく小さい子が描いたのであろうその拙い絵には、手をつないで笑う何人かの女の子が描いてあった。

髪にはリボンらしきものが付いている。

「まぁ…」

うっとりとその絵を眺めながらマリーは嬉しそうにそう漏らし、

「うふふ…」

と笑うと、愛おしそうにその絵の女の子を撫でるようにその絵に触れた。


そして、しばらくその絵を眺めていたマリーは、

「お父様に頼んで額を送っていただきませんと」

とつぶやく。

「はっはっは。やっぱり親子だな。伯爵の執務室にもマリーが刺繍を送るたびに額が増えているそうだから、すぐにでも送ってくれるだろう」

私が思わず笑いながらそう言うと、マリーも笑って、

「うふふ。そうおっしゃられると、なんだかお父様の気持ちがわかったような気がしますわ」

と嬉しそう言った。


そんな会話でふと、気が付く。

「ああ。もう歩けるようになったと伯爵にご報告差し上げなければな」

と、私は、いつもマリーの身を案じている伯爵にご報告申し上げなければならいないこと思い出し、自分ばかり浮かれていたことを少し恥じながらマリーにそう言った。


「そうですわね。あとでお手紙を書きますから、お送りくださいますか?うふふ。村のお祭りのこととか、あの『しゃぶしゃぶ』でしたか?私が初めてお料理をしたこととか…。たくさん書きたいことがあって、困ってしまいますわ。でもお父様もきっと喜んでくださいますわね。うふふ。それに今度の刺繍はとってもよくできましたから、きっとまた額に入れてくださいますわよ」

とマリーが嬉しそうに笑う。

私が、そんな様子を微笑ましくみていると、マリーは、

「ああ。そうですわ。せっかくですもの、お姉様方にもお手紙を書きましょう。いつもお父様が伝えてくださっているとは思いますが、やっぱりこういうことは自分の言葉でしっかりと伝えたいですもの」

と言って、他の家族にも手紙を書くと言った。

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