21章 マリーからのサプライズ
第155話 マリーからのサプライズ01
翌日も、執務机の上には相変わらず山のように書類が積まれている。
しかし、昨日までのげんなりした気分は幾分か晴れていた。
きっと、この村をどういう村にしたいのか、改めて自分の中で確認することができたからなのだろう。
気持ちも新たに目の前の仕事に取り組むこと4日。
ようやく書類の終わりが見えてきた。
再度気合を入れて目の前の書類をいつものように片付けていく。
すると、交易に関する収支計算書が出てきた。
数字自体はアレックスがチェックしているからあまり問題は無いだろうが、一応、ざっくりと数量と単価を確認していく。
不当に安く買い叩かれているものは無さそうだ。
それにしても、アレスの町との交易は、以前に比べればずいぶんと数量が増えている。
おそらく物流が改善され村の産品の認知度が上がった影響だろう。
(そろそろ、村が負担している冒険者の護衛代をコッツに持たせてもいいかもしれない。後は、隣の子爵領に販路を伸ばせればもっといいのだが…。あの街道の広さは十分だが、道が悪くて馬車を走らせられないのが難点だ。隣の領との交渉も出てくるかもしれないが、見積次第ではこちらの負担が多少大きくなってもいい。将来的には十分に元が取れる)
と考え、アレックスに概算で構わないからある程度の見積もりを大工のボーラさんに頼んでくれと指示した。
(概算見積が出てきたら計画案づくりに交渉か…。また、仕事が増えるな)
そう思ったが、それもこの村に笑顔が増えるきっかけになってくれるなら楽しい仕事だと思ってニコニコしながら次の書類に取り掛かる。
次の書類は学問所の運営に関する要望書だった。
現在村の学問所、いわゆる小学校は2か所で児童数は合計で30人ほどいる。
中等学校は1か所で15人ほど。
教員は学問所の場合は子育てがひと段落したご婦人方に交代でお願いしていて、中等学校の方は元文官や商人などのご隠居達にお願いしている。
そんな状況の中、
今はまだ大丈夫だが将来的には人手が欲しい。
特に中等学校では能力の高い子供への教育が難しいこともあるから、それなりの知識がある教員を雇ってくれないか?
という要望が上がってきた。
着任以来、村の教育環境をもう少し充実させたいと思ってそれなりに力を入れてきた結果、ここにきてようやく少しずつだが成果が出始めている。
今年はついに2名、辺境伯領の高等学校まで進学する生徒が出た。
そうやって現状が改善されている今こそ、教育に追加投資すべきなのだろうが、と少し悩む。
私が腕を組んで考え込んでいると、アレックスが、
「どうかしましたか?」
と声をかけてきた。
「いや、なに。この学問所からの要望だが、どう思う?」
私がそう聞くと、
「すぐには難しいでしょうね。給与も月に金貨2枚程度が限界ですからそんな条件でこの辺境に来てくれる人材を探すとなると…。数年で解決できればいい方かと」
と条件面から、難しいという見立てを示す。
(なるほど、確かに厳しいな…。その条件は見栄えが悪い。辺境伯領ならこの倍とまではいかないまでも5割増しくらいの給与をもらっているはずだ。とすれば、この条件では、田舎勤務の上に安月給と映ってしまう。住まいはこちらで用意するから、独り身なら月に金貨1枚、家族連れなら1.5枚もあれば村での生活に不自由することはないし、なんなら貯金だって十分にできるんだがな…)
と考えて私は再び腕を組み、ため息を吐いて考え込んだ。
そうやって考え込んでばかりいても仕方がないので、
「…アレックス。差し当たって対処は難しいが、これは、いずれは解決しなければいけない問題だ。検討事項として世話役とも共有しておいてくれ。あと、当面の対策としてやる気のある子が自習できるように少し高度な参考書を何冊か学校に置こう。仕入れと代金は私に任せてくれ。王都に知ってる本屋がある。為替をつけて手紙を出せば送ってくれるはずだ。ああ、ついでに絵物語なんかもそろえて学問所にも置くか」
と、とりあえず、現状で思いついたことをアレックスに指示する。
「かしこまりました。世話役と学校には連絡しておきます」
とアレックスはいつものように淡々と答えつつも、すぐに取り掛かってくれた。
そんなやり取りのあと、いくつかの書類に目を通しているとふいにアレックスがどこか感心したような口調で、
「それにしても、村長は教育に熱心ですね。こう言ってはなんですが、辺境の村で全ての子供が月に十数日、しかも通年で学問所に通っているなんて珍しいことだと思いますよ」
と聞いてくる。
「そうなのか?他の村の事はよく知らないが、もう少し村の収支が安定すればもっと充実させるつもりだが」
と私が思い描いている将来のことを話すと、アレックスは、
「もっとですか?」
と言って驚いた。
「ああ。教育は子供たちの可能性を広げるからな。重要な事業だ。読み書きや算術、簡単な社会の仕組みだけじゃなく、もっと他の文化的な、例えば運動とか絵画とかそんな科目だって学ばせてやりたい。それにできれば昼飯も食わせてやりたいな」
私がそんな理想を語ると、アレックスは、
「科目はともかく、昼食ですか?」
と不思議そうな顔で聞いてくる。
この世界には給食の概念が無いからピンときていないのだろう。
そんなアレックスに向かって私が、
「ああ、飯は重要だ。美味い飯が食えるとなれば勉強が嫌いな子でも楽しく学問所に通ってくれるはずだからな」
と給食の意義を力説すると、アレックスは、
「いかにも村長らしいですね」
とちょっとだけシニカルに笑った。
午後、蕎麦をすすり込むとまた、役場へ戻る。
残りの書類は数冊だったからものの数時間で終わるだろう。
明日はマリーに会いに行ける。
そう思うと、自然とやる気が湧いてきた。
翌朝。
いつもの稽古の時、そう言えばと思って2人に例のジードさんから送られてきた木刀を見せてみる。
案の定、ローズは今使っている木剣に思い入れがあるし、この剣を極めたいと言って遠慮した。
一方でシェリーは興味津々な様子で受け取ってくれる。
なんでも、新しい剣術を学ぶことに興味もあるが、私独特の剣術を学ぶことであの魔力操作もより完璧にできるようになるのではないかと考えたらしい。
次は肉をもっとうまくさばけるようになりたいと意気込んでいた。
これは急いで聖銀製の包丁と解体用のナイフを用意してやらねばならんなと改めて苦笑しながら考える。
そんな一幕を交えつつ、いつものように楽しく稽古を終えた。
朝食を終えると、役場へ向かう。
昨日、たまった仕事は片付けた。
今日は久しぶりにのんびりと仕事ができる。
そう思うと気分も軽い。
ニヤケた表情を隠しもせずに役場に入ると、アレックスがいつもの淡々とした表情にほんの少し楽しそうな表情を浮かべて一抱えほどの箱を渡してきた。
一瞬、未消化の書類でも見つかったのか?と思って構えてしまう。
すると、アレックスは微かに苦笑いしながら、
「学問所の子供たちからです」
と言って机の上にその箱を置いた。
果たして何だろうかと思って箱を開けてみると、いったい何を描いたのかわからない絵が描かれた紙から、おそらく高学年の子が書いたのであろう割としっかりした手紙まで数十通の紙が入っている。
一つ手に取ってみると、「そんちょう、おにくありがとう」と拙い字で書かれていた。
(…ああ、ゴル肉の礼か。ということは、この丸や四角は肉の絵を描いてくれたのか)
と謎の絵画の正体を微笑ましく推察し、微笑みながら次の絵を見ると、今度は笑顔の人がたくさん描いてある。
(ああ、これは祭りの絵か…。もしかしてこの真ん中の人物はリーファ先生か?竹トンボみたいなものがあるからきっとそうだな)
と思って裏を見ると「上手になったよ」と書いてあった。
(そうか。たくさん練習したんだな。あとでリーファ先生に渡してやろう)
とこちらも微笑ましく見て、その他も次々と目を通していく。
うちの子たちと遊んだのが楽しかったという絵にピザらしき食べ物の絵、そしてリボンらしき絵も入っていた。
(ああ。これはマリーにも見せてあげなければ)
そう思って、すべての手紙に目を通し、最後に子供たちの面倒を頼んでいる世話役の奥様からの手紙を見ると、授業で身近な人に手紙を書いてみましょうと言ったら、小さな子が村長に書くと言ったのをきっかけにみんながそうしてくれたのだとか。
改めて誓う。
この子達が笑って暮らせる村にしなければ、と。
しばらく感動を味わったのち、気合を入れなおして今日の仕事に取り掛かった。
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