第153話 村長、仕事に追われる07

その後、ルビーがワサビに興味を示したが、サファイアが必死に止めるという一幕を挟んでお茶の時間になる。

サファイアはきっと匂いで危険性を察知したのだろう。

しかし、猫もそれなりに鼻が利くはずだが、なぜルビーは興味を示したのだろうか?

ルビーはあくまでも猫だが、普通の猫とはどうやら少し違うようだから、もしかしたら、ルビーにとっては美味しそうな匂いがしたのかもしれない。

一瞬だけそんな考えが頭によぎったが、すぐに、

(いや、ルビーは以前、渋柿にかじりついて悶絶したことがあったな…)

と思い直した。


(好奇心旺盛なのはいいことだが、お腹を壊さない程度にしてくれよ)

と苦笑いしながら、まだちょっとだけすねているルビーを撫で、薬草茶をすする。

すると、リーファ先生が、

「ああ。そう言えばバン君。君の師匠の件だがね、もう少し待ってくれないかい?」

と声を掛けてきた。


もちろん、師匠のことは気になる。

だが、一方で師匠があのまじないをかけたということは、自分のことや刀のことについてはあまり気にするな、そのうち知る日がくるだろう、というメッセージなのかもしれないという思いもあったものだから、

「ああ。それは構わんが、なにかあったのか?」

と気軽に答えた。


「いや、特に何かあるわけじゃないんだけどね。あの手紙には現在判明している君の師匠、ユーエリファルク・ロブリストロイ氏の生い立ちなんかが書いてあったんだけどね。あの、カタナとかいう剣についてや、例のまじないに関することは全く分からないらしい。今、冒険者時代の記録なんかを当たっているからもう少し待ってくれと書いてあったよ」

とリーファ先生は手紙の概要を言い、

「ああ。ちなみに、現在わかっていることは、ユーエリファルク・ロブリストロイ氏つまりユーク氏はエルフィエル西部の兵士長の子で母親はヒトの冒険者だったらしい。エリアンヌという名前だったようだね。記録ではユーク氏が40歳くらいの時に母親は天寿を全うして、その数年後くらいには父親のアラリアリドル氏も亡くなっている。殉職だったらしい」

そう言うとリーファ先生はいったん言葉を切って一口茶を飲んでから話を続ける。


「ユーク氏は若くして剣で頭角を現し、近衛入りも期待されるほどの腕前だったらしい。この辺りはジークがなんとなく記憶していたよ。若くて活きのいい少年がいるらしいという話を聞いていた程度だけどね。だが、当時カタナなんてものは使っていなかったらしい。まぁ、あれだけ特殊な得物を使っていれば記憶にも記録にも残っているはずだろうから、その辺は間違いないと思うよ」

そこでまたリーファ先生はいったん言葉を切り、少し喉を潤すと、

「そして、50歳くらいの時に騎士団をやめてしまったらしい。もしかしたらご両親のことがあったからかもしれないし、そうじゃないかもしれない。理由までは記録に残っていなかったし、当時を知る関係者も理由はさっぱりだそうだ。で、その後は行方知れず、というわけさ。もしかしたら諜報関係の部署にでも行って、素性を消したのかもしれないと思って父上が調べてくれたけど、それも無かったらしい。エルフィエルの記録に残っているのはそこまでさ。その後は、たしかに冒険者をしていたらしいことまでは調べがついたらしいけど、各地を転々としていたらしくてね…。なにせヒトの感覚でいえば古文書を見つけだすような作業だから、追いかけるのに苦労しているみたいだよ」

と少しだけため息交じりにそう教えてくれた。


「そうか…。すまんな、手数をかけて。しかし…、こう言っちゃなんだが、なんというか…そこまでして、無理に知る必要は無いのかもしれないという気持ちもあるんだ…。どう説明すればいいのかわからんが、師匠ならきっと、あまり気にするなと言いそうな気がしてな…」

私は懸命に調べてくれたリーファ先生やジードさんをはじめとするエルフィエルの人たちに申し訳ないという思いを持ちつつも、自分の気持ちを素直に伝える。

だが、リーファ先生は、

「まぁ、なんとなくその気持ちもわからんではないがね。しかし、これはエルフィエルにとっても調べてみたいことなんだよ…。たぶん、だけどね」

と意外なことを言った。


その言葉に私が、疑問符を浮かべていると、リーファ先生は、

「まじないについては謎だらけだからひとまず置いておくけど、カタナの方はもしかしたらいわゆる魔剣の可能性があると思ってるんじゃないかな?」

そこに出てきた魔剣という知らない単語に私はまた疑問符を浮かべる。

すると、リーファ先生は、やや苦笑いしながら、

「ああ。魔剣っていうのはね。いわゆる名剣の総称のことさ。それこそ、おとぎ話に出てくるような英雄とか勇者とかそう言う伝説的な人物が使っていたとされる想像上の武器もそう呼ぶし、眉唾物の曰くが付いた骨董品もそう呼ばれるね。あとは、製法がわからないものとか、理論的な製法はわかるけど、技術的に再現が難しい剣なんかもその仲間に入るかな。まぁ、ともかく貴重品ってことだよ」

と言って、その言葉の概要を解説してくれた。


「まさか。あれはそんなに貴重な物なのか?」

と私が驚いていると、リーファ先生は、

「はっはっは。あくまでも可能性の話さ。まぁ、そのカタナっていうのは、技術的な問題で再現が難しい物というのに当たるのかもしれないね。あのやたらとよく斬れる性能はどう見ても特殊だし、壊れたことがないっていうのも何かしらの術式なんだろうと思うが、単純に技術的な見地からだけでもどんなものか知りたいと思うのは当然さ」

と、いかにも気楽な感じであっけらかんと話す。

そして、少し肩をすくめながら苦笑いのような表情を浮かべると、

「それに、それを持っているのがバン君だからね。その腕前も併せてどの程度の戦力になるのかってのはぜひ知っておきたいと思っても不思議じゃないと思わないかい?」

と言って少しいたずらっぽいような顔でニヤリと笑った。


私は、

(なるほど…腕前はともかく、ジードさんたちは私がそれなりの戦力を保持していると思っていたのか…)

と思い至る。

そしてふと、

「もしかして、その戦力ってのが確実に欲しくて、辺境伯様は突然婿に行けとか言ったのか?」

と少し前のあの出来事を思い出してそうつぶやいた。


「いや。それはないだろう」

とリーファ先生は即座に否定する。

「あれは、単純に政治的な何かなんじゃないかい?王国では魔剣の存在はあまり知られてないし、知っていたにしてもちょっとした骨董品くらいに考えられているはずだよ。実際、エルフィエルだって、工芸的な価値はともかく、バン君が持っていなければ戦力として気にすることはなかっただろうしね」

と困ったような顔でそう言い、

「まぁ、知られれば面倒かもしれないけど、だからと言って、武力が必要な時代でも無かろうし、単にお飾り的な扱いをされるのが関の山さ」

と苦笑いとため息を足して2で割ったような表情でそう言った。


そんな言葉を聞いて、私は、

「そうか…。だとしても面倒なことに変わりはないな」

とつぶやく。

すると、リーファ先生は、

「バン君はあの辺境伯をずいぶん煙たがっているようだけど、なにかあったのかい?」

と半ばどうでもいいがという感じで聞いてきた。


そんな軽い感じの質問に私は、

「ん?ああ、あのお方は昔から面倒くさくてな…。まぁ悪人じゃないのはわかっているが、どうにも人を駒扱いするところがあって…。昔から苦手なんだ」

と、ため息交じりに言うと、さらにため息を吐きながら、

「なにせ逐一、他人の人生に指図をしてくる…。最初はやんわり断っていたが、一度、実家を盾に取るようなことを言ってきたから少し怒ってしまったんだ。今思えば若気の至りで、少し恥ずかしいんだが…。まぁそんな風にうかつにも怒ってしまって、つい、『実家はああ見えて古参の貴族で、政治的にも地政学的にも特殊な位置にあるから、辺境伯様とはいえ下手に手を出せないはずだ。もし、いやがらせでもしようものなら、実家は寄親を変えて辺境伯様は貴族社会で恥をかくことになりますよ』と正面切って言ってしまった」

と正直に経緯を語る。

すると、それを聞いたリーファ先生は、

「はっはっは。いかにもバン君らしいね。寄親に向かってその態度はなかなか取れるものじゃないよ。ご実家には相当怒られたんじゃないかい?」

と大口を開けて笑いながらそう言った。


「いや。それがそうでもない。実は兄も昔から時々愚痴を言っていたからな。少し呆れられたが、最終的には、笑って許してくれたよ」

と、私も困ったような顔で笑いながらそう言うと、リーファ先生は、

「はっはっは。バン君の肝の据わり方はエデル子爵家の伝統というわけだったのか。私はてっきりバン君ならではのものだと思っていたがね。いやぁ、恐れ入ったよ」

と言い、ついには腹を抱えて笑い出す。

そんな会話をしていると、私の膝の上にいたルビーが、

「にぃ!」

と鳴いて、頭を擦り付けてきた。


「はっはっは。すまん、すまん。そうだな、退屈な話だったな」

私がルビーをわしゃわしゃと撫でてやると、サファイアも膝の上に乗ってきて、同じように頭を擦り付けてくる。

私はサファイアもわしゃわしゃと撫で、

「よし、今日は一緒に寝るか」

と言うと、2人は、元気よく

((うん!))

と言ってくれた。


社会で生きていくというのはいろいろと大変なものだ。

柵からどうしても逃げられないことだって多々ある。

貴族社会をあざ笑うつもりはないが、もう少し楽に生きればいいものをと思うのは私の愚かさだろうか。

結局、人生は自由が一番だし、こうして家族と楽しく過ごすのが一番だ。

幸運なことに私はそれを謳歌できている。

理想論だとわかってはいるが、みんながこうして日々の幸せを感じながらのんびり生きていけるような社会になって欲しいものだと思わずにいられない。


ぼんやりとだが、そんなことを考えて、

(ああ、そうか。私はこのトーミ村をそんな村にしていきたいんだな)

という思いに、改めて気づく。

(そうだ。いいじゃないか甘い理想論で。理想の無い人生より、理想の有る人生の方がよほどいい。とりあえず私は信じて進むだけだ。間違ったらきっとみんなが止めてくれる)

私はそんな考えに行きつき、膝の上でじゃれ合い出した2人を微笑ましく眺めた。


そんな私の視線に気が付いた2人が、「?」(どうしたの?)という顔で私を見上げる。

私は気恥ずかしいようなおかしいような、しかしとても幸せな気持ちになって、

「はっはっは。明日もご飯が美味しいといいな」

と笑って言った。

「きゃん!」

「にぃ!」

また元気な返事が返ってくる。

なぜだかわからないが、私にはその声の中にすべての答えが詰まっているように思えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る