第151話 村長、仕事に追われる05

時刻は夕方。

急いで野営の準備に取り掛かる。

お互いに慣れたもので、手早く設営を終えると、私はさっそく調理に取り掛かった。


まずは米を炊く。

焚きあがるのを待っている間に肉を切った。

さすがに、ドーラさんのように見事に薄くは切れないが、なるべく薄く切っていく。

待つことしばし。

待ちに待った米が焚きあがる。

そして、私は満を持してスキレットにゴルから取った脂を引くと、さっそく焼いて砂糖と醤油を投入した。


得も言われぬ香りが辺りに漂う。

2人とも、うっとりとしてまずはその香りを楽しむと、さっそく肉に手を付けた。


極上の脂をまとった柔らかい肉が砂糖と醤油でさらにドレスアップして私たちの口の中へと入ってくる。

そして、その余韻を十分に堪能したあと、米を放り込むといよいよ舞踏会の幕が上がった。

脂と肉のうま味が華麗な音楽を奏で米が踊る。

そこへ砂糖と醤油という名の宝石が花を添え、その舞踏会をさらに煌びやかなものにした。


卵も無い。

野菜も無い。

しかし、それでも十分に美味い。

むしろ、肉の美味さのみを存分に味わえるこのスキ焼きは、逆に贅沢の極みだ。

冒険者になってよかった。

この森があるトーミ村に来てよかった。

私は心の底から感謝して、無言でその味をかみしめた。


しばし、幸せな表情に満ちた無言の時間が続く。

そして、盛大に惜しまれつつもその舞踏会に幕が下ろされた。

私たちはしばし、祭りの後の寂しさとこの味に出会えたことの幸せを心の中で噛みしめる。

やがて、なんとかその余韻から先に立ち直った私は、とりあえず薬草茶を淹れた。


「いやぁ、やっぱり…」

「ああ。そうだな…」

そんな会話とも言えない会話をしながら、2人で薬草茶をすする。

コハクとエリスはいつの間にか眠っていた。

「バン君。明日からはどうする?」

「…そうだな。まっすぐ帰りたいところだが、一応イノシシとかアウルに出くわしたら狩っていこう」

「そうだね。バン君がどのくらい狩ったか知らないけど、そろそろ十分なんじゃないかい?」

「ああ。そうだな。少し前『黒猫』も帰ってきてくれたし、ほかの連中もそろそろだろう。たしか3、40は狩ったから間引きには十分だな」

「…相変わらずだねぇ」

そんな会話でなんとなく今日を締めくくると、私たちもさっそくコハクとエリスにもたれかかるようにして眠りについた。


翌朝。

いつものように夜明け前に目を覚ます。

薬草茶をすすっていると、リーファ先生も起きてきた。

「おはよう、バン君。私にももらえるかい?」

「ああ、おはよう」

と簡単に挨拶を交わし2人で茶をすすりながら夜明けを待つ。

「ああ、そうだ。昨日は肉のせいですっかり忘れていたが、鱗を何枚か剥ぎ取っていってもいいかい?」

と聞いてくるリーファ先生に、

「ああ。もちろん構わんが、あれは何に使うんだ?」

私は素朴な疑問をぶつけてみた。


「ん?知らなかったのかい?けっこういい薬になるんだよ。まぁ、たまにナイフなんかに加工することもあるみたいだけどね」

そう言うリーファ先生に、私は、

「ほう。そうなのか。いったいなんの薬になるんだ?」

と、軽く聞いてみる。

「ああ。一部のバカが精力剤に使ったりしているが、本来の使い方は高熱やひどい腹痛の薬だよ。あれには人間が本来持っている、病気と闘う力を高めてくれる効果がある。加工に手間はかかるけど、なかなかに優秀な材料さ」

私はそんなリーファ先生の話を聞いてハッとし、

「なぁ、リーファ先生。村人全員にその薬を行き渡る量を確保しようと思ったらどのくらい必要になる?」

とやや勢い込んでそう聞いた。

「ん?ああ、そうだな…。村人は今どのくらいだい?」

「ああ、定住人口が500に届かないくらいだな。冒険者なんかの流動人口を入れても…550か600には届かないといったところか」

そんな答えを聞いてリーファ先生は顎に手を当てて考え込む。

そして、

「そうだねぇ。その量となると、状態の良いヤツが20くらいかな。あのゴルだと50…もしかしたら70は取れそうだから十分に足りるよ」

と言ってくれた。


「そうなのか。よし、出来るだけ剥ぎ取っていこう。なんなら全部でもかまわん。話を聞く限り、その薬ってのは流感や人に移る腹痛なんかに効きそうだ。最近は村に人の出入りが増えてきたからな。いつそういうのが流行ってもおかしくない」

と私が真剣な表情でそう言うと、リーファ先生は、

「おいおい。それじゃぁ肉を一袋くらい犠牲にすることになってしまうぞ?」

といかにも冗談っぽい、ニタっとした笑顔で私を試すように言ってくる。

「ああ。村人の命と健康がかかっているからな」

と、私がまた真剣な表情でリーファ先生を見つめながらそう言うと、

「はっはっは。なんとも君らしいね」

とリーファ先生は嬉しそうに笑った。


「はっはっは。私は一応村長らしいからな」

私も同じように私も笑う。

「まったく、帰ったら大変な作業になってしまうな」

と、相変わらず嬉しそうな顔でわざとぼやくような言い方をするリーファ先生に、

「すまんが頼む」

と笑顔で礼を言い、簡単な行動食ですませると、私たちはさっそく剥ぎ取りにかかった。


午前中のうちに剥ぎ取りを終えると、コハクとエリスに肉を背負ってもらってさっそく帰路に就く。

重たい荷物を背負ったコハクとエリスを気遣い、ゆっくり進んだのと、意外と魔獣に出くわしたこともあって、村にたどりついたのは、それから5日後の午後になった。

とりあえず、ドーラさんに戦利品を渡す。

戦利品は、首元の霜降りと胸辺りの赤身、そして、足の付け根にあったその中間くらの肉とアバラ、ついでに尻尾の部分だ。

ルビーとサファイア用にハツも持ってきた。


さっそく我が家の分を取り分けてもらうと残りを荷車に積んでさっそくギルドへ向かう。

ギルドに着くと、肉と魔石をドン爺に預け、

「肉の買い取りはいらん。その代わり村人に行き渡るように手配してくれ」

と頼んだ。

ドン爺は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにニヤリと笑って、

「まったく、お偉い村長様だな。まぁ、任せとけ、宿屋と肉屋にはよく言い聞かせておいてやる。まぁ、あいつらのことだ、心配はいらんがな」

と言って、「がはは」と笑った。


私は、なんとも照れくさいような気持ちになって、ドン爺に向かって後ろ手に手を振りながら次はギルマスの執務室へと上がっていく。

部屋に入るなり、なにやら書類を眺めていたアイザックに、

「よう。暇か?」

といつものずいぶんな挨拶をすると、

「はっ。誰かさんが一気に何十個も魔石を持ち込んできやがったおかげで大忙しだよ」

と悪態を吐かれた。


私はいつものそんな悪態を笑顔で受け流しつつ、

「で、状況はどうだ?」

と例の北の辺境伯領の様子を聞く。

「ああ、そっちは無事に片付いたみたいだな。なんでも150くらい出てきたそうだ。途中からは騎士様たちも森に入ったらしいぜ。…まぁ、あんまり役には立たなかったみたいだがよ」

というアイザックに、

「ほう…。それは災難だったな。しかし、無事に片付いてよかった」

と言うと、

「ああ、そうだな。こっちにも冒険者が戻ってきたし、あとは大丈夫だ。すまんな。礼を言っとくぜ」

と言って、アイザックは軽く頭を下げた。


「はっはっは。似合わんことはするな。明日、雪が降ってしまう」

と私が冗談で返すと、

「うっせー」

といういつもの悪態が返って来る。

私は、

(はっはっは。今日も村は平和だな)

と心の中で思いつつ、

「さっきドン爺にゴルの肉を渡してきた。村中に行き渡るように頼んできたから、帰ったらリーサに焼いてもらってくれ」

と言うと、

「は!?なんだそれ!」

と言って驚くアイザックを無視してさっさとギルマスの執務室を後にした。


今度は役場へ向かう。

役場では、アレックスがなにごともなかったように、いつも通り淡々と出迎えてくれた。

私は、

(これは、明日から地獄だな…)

と机の上に詰まれた書類の量をみて笑顔をひきつらせながらも、

「迷惑をかけてすまんかったな。ありがとう」

と一応、礼を言う。

すると、アレックスは、

「いえ」

と短くひとこと言った後、

「村長が森へ行かれた翌日、大公国から手紙と荷物が届きましたよ。とりあえず、2階の書庫に保管しておきましたので、取ってまいります。ああ、箱が少し大きめなので、応接の方へ持って行きます。そちらでお待ちください」

と言って、席を立っていった。


(手紙はともかく、荷物?またリーファ先生へのプレゼントだろうか?)

などと考えながら応接へ移動する。

するとすぐに、なにやら無垢の木箱を抱えてアレックスが部屋へ入ってきた。

箱の大きさは、ちょうど着物をしまう桐箱くらいの大きさで、重たそうな感じではない。

その箱はとりあえず、机の上に置いてもらい、まずは私宛の書状を開封してみた。


その書状の内容を要約すると、

シェリーを受け入れてくれたことへの礼に、エルフィエルで取れる白光(びゃっこう)という木で木刀を作ってみたから使ってくれ。今使っているものと強度的にはそん色ないだろう。予備にしてもいいし、将来弟子ができたらあげてもいい。

と記してある。

(なるほど、私宛の物だったのか)

と思いさっそくその箱を開けてみると、白木の木刀が3本入っていた。

手に取って軽く振ってみるが、振り心地も悪くない。

(これはいいものをもらったな…。ローズは今の木剣が手になじんでいるみたいだからあまり必要ではなさそうだが、シェリーは興味を持つかもしれんな。まぁ、2人に聞いて欲しいというならあげよう)

そう考えて、ありがたく頂戴することにし、執務室に戻って礼状をしたためてから役場を後にした。

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