第150話 村長、仕事に追われる04
数日後、村に戻り、またギルドでドン爺とアイザックに、
「相変わらずだなぁ」
と言われたあと、役場でたまった仕事の量を確かめつつ、ほんの少し手を付けて屋敷に戻る。
夕食の席でリーファ先生にゴルの状況を伝えると、
「よし。準備に取り掛かろう。出発はいつにする」
とやたらと前のめりに聞かれた。
当然、他のみんなからも期待している気配しか伝わってこない。
「そうだな…。今日確認してきた仕事の量だと、おそらく4日くらいだ。順調にいけば5日後、予定が狂ったとしてもその翌日には出発できるだろう」
と私が現状の見立てを言うと、
「わかった。もちろん最優先はマリーの体調だ。当然、万全を尽くすが、もうそこまで心配しなくてもいいだろう。なにせ、最近は…」
とリーファ先生は何事か言いかけて、不自然に途中で言葉を止めた。
「最近、どうしたんだ?」
と私が怪訝な顔を向けると、リーファ先生は、
「いや。最近はやたらと甘いものを欲しがってね。食欲が出てきたのはいいことだが、注意しないと逆に体に良くないぞ、と言っていた所なんだ。まぁ、総じて順調だということだよ」
と少しぎこちないような感じでそう言う。
私は、
(おそらく、何か隠しているんだろうが、別に悪いことじゃ無さそうだし、あまり追及するのも野暮というものだろうな)
と思って、苦笑いしながら、
「そうか。それは良かった」
とだけ答えておいた。
なんとなくほっとしたような表情を浮かべたリーファ先生が、ところで、と言って話題を変えてくる。
「今度はどんな料理にするんだい?」
そう聞くリーファ先生の顔はまるで子供のようだ。
私は苦笑いしながら、
「量があるなら何パターンもできるだろう。この間みたいにステーキやスキ焼きもいいし、ローストにして米の上に半熟卵と一緒に乗せて食ってもいい。シチューならマリーも食えるだろうし、あとは…、しゃぶしゃぶなんかもいいな」
と頭に浮かんだものをいくつか提案してみる。
すると、リーファ先生が、
「しゃぶしゃぶ?」
と言って、首をひねった。
(あ。この世界には無かったな…)
と思って少し焦りつつも、
「ああ、私が勝手につけた名前なんだ…。冒険者時代にたまにイノシシなんかでやってた調理法で、スキ焼きみたいに薄く切った肉を沸いた出汁に、こう、短時間、ジャブジャブよりも軽い感じで、しゃぶしゃぶ、とくぐらせるんだ。そして、少し赤みが残るくらいに火を通したあと、醤油と出汁と酸っぱい柑橘の汁を合わせたタレにつけて食う。薄く切るし、さっぱりした味だからマリーも食えるんじゃないかと思ったんだが…」
と身振り手振りを交えながらなんとなく説明してみる。
みんなを見渡すと、ドーラさんとシェリーは真剣な目でなにやら考えはじめ、リーファ先生は味を想像しているのか、目を閉じてやや顔を上に向けている。
ズン爺さんは、目を細めて、ひと言、
「そいつぁ、よさそうですなぁ」
とつぶやいた。
私は、
(村に…というか、この世界にゴマがあれば…)
と思いつつもなにか、その代わりになるものはないかと考え始める。
すると、ドーラさんが、
「あの唐辛子なんかの香辛料とニンニクなんかの香味野菜を油で煮たものもいいかもしれませんねぇ。途中で味に変化が出るから飽きずに食べられると思いますよ」
と言って、少し前に村で生まれたラー油っぽいものもいいのではないかと提案してくれた。
「ああ。それはいいな。あとは…なにか、こう、もったりとした、濃厚な感じのタレもあればいいんだが…」
と私が言うと、今度はシェリーが、
「軽く醤油漬けにした卵の黄身を潰してタレ替わりにしたり、お味噌やお醤油とマヨネーズをほんのちょっと出汁で緩めたものなんかもいけそうじゃないですか?」
と、提案し、それを聞いたドーラさんが一瞬目を見開いたあと、
「まぁ…。それはいいわねぇ。すごいわ、シェリーちゃん」
と言ってにっこり微笑みながらシェリーを褒める。
私が、
(こうして、お互いを認め合い、共に進化していく…。なんという好循環だろうか)
と思って感動していると、ようやく味の想像を終えたリーファ先生が、
「それは、霜降りでもいいが赤身も美味そうだ…。ちょうどその中間よりも少し霜降り寄りの肉があれば完璧だろうな…」
とつぶやいて、早くもしゃぶしゃぶに適した肉の正解に近づいていた。
そんなみんなの様子を見て、私は、
(まぁ、肝心のゴルをきちんと狩ってこないことには話は始まらないんだがな…)
と思って苦笑いしつつも、
「今から楽しみだな」
と言うと、みんなそれぞれに笑顔でうなずき、ルビーとサファイアもしゃぶしゃぶというのはわからないまでも、とにかく美味い肉の話だということは理解できたようで、2人して、
((お肉!))
と連呼しながらはしゃぎだす。
そんな2人の様子をみんなで微笑ましく見守り、その日の夕食は笑顔で終わった。
翌日からは夕方まで仕事に励む。
一昔前の方の記憶であろう24時間戦えそうなモーレツ社員だとか割と新しい方の記憶にある社畜のような働き方はしないが、それでも、朝から夕飯時までしっかり書類とにらみ合った。
マリーに会う時間が取れない寂しさが私の胸を突き刺してくるが、
(もう少し。もう少しの辛抱だ)
と言い聞かせてなんとか耐え抜く。
そして予定通り5日後の朝、出発にこぎつけた。
いつものようにご機嫌なエリスと、いつも以上にご機嫌なリーファ先生とコハクを伴っていつものように森へと入っていく。
どうやらコハクはエリスのことが羨ましかったらしい。
まるで鼻歌でも歌っているかのように鳴きながら、ずんずん進んで行くものだから、時々リーファ先生が苦笑いしながらなだめている。
私はそんな様子を微笑ましく眺めながらも、オーバーペースにならないように、時々休憩を入れつつ進んだが、それでも予定より少し早く、3日目の昼過ぎには、例の場所に到着した。
とりあえず薬草茶で一服し、様子を見に出かける。
草地に近づくと、
「ぶるる」
とエリスが何かに反応した。
私とリーファ先生はうなずき合って、比較的大きな岩陰にコハクとエリスを待機させると慎重に先へと進む。
まさか、こんなに早く接敵するとは思ってもみなかったが、逆に幸運だったのかもしれない。
2人とも油断なく気を練ると、いったん岩陰に隠れて、
「私が前に出てヤツの注意を引く。リーファ先生は後ろから弓で援護してくれ」
「…大規模魔法を使ってもいいが?」
「いや、今回の目的は肉だ」
「そうだね。わかった。なるべく翼を狙おう。被膜が取れないのは少し惜しいが、肉には代えられないからね」
と笑顔で簡単に作戦会議をする。
「よし、準備はいいか?」
「ああ」
という言葉でまたうなずき合うと、ヤツの気配が近づいてきたところで、一気にヤツの視界に入る所まで飛び出していった。
案の定、私の気配に気づいたヤツが急降下して襲って来る。
私も足を止めることなく、一直線にヤツに向かっていった。
やがて、そろそろ交錯するか、というタイミングで私の横を矢が通り抜けていく。
矢はヤツの翼の付け根の辺りの比較的柔らかい部分に的確に刺さった。
ヤツが一瞬バランスを崩す。
その隙をついて、私はすれ違いざまにヤツの足を一閃した。
硬い。
他の魔獣のようにスパっと斬れるような感覚ではなく、野球で言えば少し詰まったような感覚だ。
しかし、迷わず振り抜く。
浅い、と思ったが、それなりの手応えはあった。
「ギャァッ!」
と鳴いて、ヤツがさらにバランスを崩し地面に叩きつけられる。
そこへまたリーファ先生が矢を放った。
風魔法を乗せたその一射がまたヤツの翼を貫く。
さらにもう一射。
今度は首の辺りで鱗にはじかれるが、明らかにヤツは嫌がった。
私は素早く駆け寄ってまずはもがく翼の辺りを斬りつける。
(これでヤツは翼をもがれた)
返す刀で今度は首元を一閃。
浅い。
しかしあからさまに嫌がったヤツは避けようとしてのけぞりほんの少し腹を見せた。
胸のあたりをめがけ、迷わず刀を突き刺す。
少しひねって素早く引き抜くとヤツは一瞬ビクッと痙攣して、動きを止めた。
私は、
「ふぅ」
と息を吐く。
やがて、近寄ってきたリーファ先生が、
「あっけなかったねぇ」
と苦笑いしながらそう言った。
「まぁ、いいじゃないか。早く狩って帰るにこしたことはない。なにせ、ドーラさんとシェリーが待ってるんだからな」
と、私が笑顔でそう言うと、
「そうだね!」
とリーファ先生が飴をもらった子供のようにニッコリと笑う。
私もつられてさらに笑うと、2人して、
「「はっはっは」」
と大笑いした。
やがて駆け寄ってきたコハクとエリスを撫でてやったあと、さっそく解体に取り掛かる。
どうやら若い個体だったらしく、魔石はあまり大きくなかったが、やはり首元には霜降り肉があった。
慎重に捌いていくと、足の付け根の辺りで適度に脂がのった肉を発見する。
なぜ、こんなところの肉に脂がのっているかは謎だったが、あまり気にせずさっさと剥ぎ取った。
やがて、十分な量の肉を取り終えると、
「醤油と砂糖は十分かい?」
と当たり前のことを聞いてくるリーファ先生に、私は、
「もちろんだ」
と力強く答える。
すると、どちらからともなく、
「「ふっふっふ」」
と不敵な笑みを浮かべた。
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