第149話 村長、仕事に追われる03
やがて食後のお茶の時間になる。
食卓はまだ、ハヤシライスショックの余韻を引きずっていた。
「すまん…」
私はまたそう言って謝ると、リーファ先生が、
「人生に後悔は付き物さ…」
と寂しげにつぶやく。
そんな様子にドーラさんとズン爺さんは苦笑し、シェリーはまだ少ししょんぼりしつつも、なにか必死にメモを取っていた。
私は、そんな空気をなんとか変えようと考えて、ふと思い出す。
「そうだ。ゴルだ。ゴルがいたぞ!」
とリーファ先生に向かって勢いよくそう叫んだ。
「なにっ!?」
リーファ先生がそう叫ぶと、一気に食卓が色めき立つ。
「ああ。確かに見た」
と私が、真剣な目でリーファ先生を見つめてそう言うと、リーファ先生は、
「昔と違って今はコハクとエリスが荷を背負ってくれる…」
と言ってごくりと息を飲んだ。
「よし、いつだ?」
と聞くリーファ先生に、私は、顎に手を当てながら、
「…残念だが、今はギルドの手伝いが優先だ」
と言うと、また場に落胆が広がる。
(しまった…)
と思いつつも私は、
「安心しろ。ヤツは滅多に巣を変えない。まずは落ち着いてくれ」
とみんなをなだめるようにそう言った。
私も深呼吸をして気持ちを落ち着けると、なんとなく先の予定を組み立てる。
「まずは、今日も入れて3日で役場の仕事を片付ける。その後はまた森だ。おそらく10日を少し超えるくらいだろう。帰ってきたらまた役場の仕事があるからさらに4,5日…。おそらく1月後くらいか…」
気がつけば、食卓にいる全員の目が私たちに向けられていた。
「よし、とにかくそれぞれが自分の仕事をしよう。特にリーファ先生。マリーの状態を万全に頼む。…あれはマリーにも食わせたい」
私がいつにも増して真剣な表情でそう頼むと、
「任せてくれ」
とリーファ先生は力強くうなずく。
そんな頼もしい返事に私も強くうなずき返すと、気合を入れて役場へ向かった。
役場に入ると、帰還の挨拶もそこそこに、アレックスに向かって、
「すまん。3日後、また森へ入る。明後日までに仕上げるから急ぎの書類を持ってきてくれ」
と真剣な眼差しでそう告げる。
アレックスは一瞬ぽかんとしていたが、実質、2日半しかないと理解したとたん慌ただしく動き出し、大量の書類を持ってきた。
私はそんな書類の山を見て、
「ふぅ」
と一つ息を吐くと自然と気を練って、集中を高めていく。
例の魔力操作が事務処理能力にどう影響するかはわからないが、集中力が高まるという効果くらいはあるだろう。
そんなバカなことを考えつつも、いつもよりも早く、かつ、的確に書類仕事を進めていった。
「少し前に新しく試したいと言っていた野菜はモコか。これは、冬野菜だし、栄養価が高い。着実に進めてくれ。なんなら実験用の畑をもう一つ村の東側に作ってもいい」
とか、
「今年は冷害とまではいかないが、少し気温が低くなりそうだ。寒くなるのも早いかもしれん。米の不作に備えてソバと丸イモの栽培と備蓄状況はよく確認してくれ。現状では少し心もとない」
などと指示をし、アレックスの的確な補助を得ながらさくさくと仕事を進める。
そして、翌々日の午後にはなんとか終わりが見えてきた。
「ふぅ。最後は…。ん?コッツからの要望書か。めずらしいな」
と言いつつ、書類の中身を見てみると、村の木工品の製造を少し強化してくれないか?と書いてある。
欲しいものは、桶類と弁当箱や重箱などの箱類のようだ。
桶は大きさのバリエーションが欲しいとのことなので、量産化に必要な人手さえあれば問題ないだろう。
ただし、木箱については水や湿気に強い方がいいらしい。
(…ということは、漆か?いや、あれは今のところ村には無い。もしかしたらリーファ先生が知っているかもしれないが…。これはいったん保留だな)
と考えつつ、
「アレックス。このコッツからの要望書だが、箱は保留だ。すぐに新しい製品は無理だろう。桶の方は、当面の増産に問題はない。ただ、将来的なことを考えたら、担い手が心配だ…。なにかいい案はないか?」
と聞いてみる。
すると、アレックスは顎に手を当てて考えながら、
「あのルークという冒険者にあたってみましょうか?」
と言った。
私が、例のケガをした冒険者の事を頭に思い浮かべながら、
「ほう。冒険者の道はあきらめたのか?」
と聞くと、アレックスはいつものように淡々と、
「いえ。どうやら迷っているようです。なにやら体の動きに不安があるとか…。それで、今のところはギルドでドンさんの下について、武器や防具の整備を手伝っているようです。なかなか器用らしいですよ」
と現状を教えてくれる。
「…そうか。もし、冒険者に未練が無いようだったら、桶職人にならないかと誘ってみてくれ」
と言うと、アレックスは、
「わかりました。たしか、アイシャが今後のことについて、説得しているという話でしたから、おそらく乗って来るんじゃないですかね?」
と、なんとなく確信がありそうな顔でそう言った。
「…アイシャ?」
私は聞きなれない名前に疑問符を浮かべる。
「同じパーティーにいた、えっと…、弓を射る役の女性ですね」
と、アレックスが教えてくれたので、
(ああ、あの女性か。そうか…。支えてくれる人がそばにいてくれるんだな)
と思い、
「村を気に入ってくれればいいんだがな」
と微笑ましく思いながらそうつぶやいた。
そして、次の日。
さっそく森へ出かける。
エリスはご機嫌だ。
やはり森馬は森の中が一番落ち着くものらしい。
(コハクももう少し頻繁に誘ってやらねばならんな)
そんなことを考えつつも順調に進み、中層の入り口で野営を挟むと、前回とは違うエリアを目指して進んでいった。
(さて、今回はイノシシを少し狩っておいた方がいいだろうな…。あとは、チャンスがあればヒーヨとアウルも欲しい。ヌスリーはともかくゴブリンなんかに出会わなければいいが…)
と思っていたが、人生というのはそうそう上手くはいかないもので、その日から数日の間は、ヌスリーとゴブリン、ついでに猿としか出会わなかった。
どれも食えない。
ちなみに、猿はなかなか珍しいタイプのメリンバというヤツで、チンパンジーとゴリラの中間みたいな特徴をしている。
数は10くらいだったので、問題は無かったが、すばしっこいし時々物を投げてくるから面倒くさかった。
そんな序盤戦に辟易としながらもきっちりと仕事をこなしていく。
やはり、まじめに仕事をしていると良いことがあるもので、今度は少し大きめのイノシシの痕跡を見つけることができた。
(特殊個体というほど大きくはないようだが…)
と感じつつも、慎重に痕跡をたどっていく。
すると、エリスが先に気配を感じ取ってくれたらしく、迷いの無い足取りで森の中を進み始めた。
やがて、私も気配をつかむ。
(やはりエリスに出会えたのは幸運だった。改めてジードさんに感謝しなくてはいかんな)
と思いつつ、いつものように気を練り集中を高めていった。
勝負が終わり、
(とりあえず、今晩は鍋にしよう。明日は、串焼きもいいな)
などと思いながら、楽しく解体していく。
(けっこう脂の乗ったバラ肉だな。これは帰ったら角煮にしてもらおう。それに骨も立派だからきっとサファイアが喜ぶ)
そんなことを考えていると、少し離れたところにいるエリスにため息を吐かれてしまった。
(そんなに顔に出ていただろうか?しかし、久しぶりの新鮮な肉なんだ。このくらいの気の緩みはゆるしてほしい)
と思って苦笑いしつつロースの部分も取り分けていく。
一通り肉を取り終え、エリスの背に積ませてもらうと、
「さて、落ち着いて食える場所まで移動しようか」
と言って、近くの水場へと向かった。
それから数日。
単独で行動していた「はぐれ」のヒーヨを狩り、野生のわさびを発見してステーキを堪能したりしながらも着実に仕事をこなしていく。
(やはり、飯が充実すると、冒険が捗る)
そんなことを再認識し、充分に間引きも出来たし、肉も魔石もある程度とったからそろそろいいだろうと思って、最後にあのゴルがいる場所へ向かった。
今回もやはり偵察だ。
(村からの距離は3日くらい。途中でなにかに出くわしたり、現地でヤツを待ち伏せする時間を考えると全体で10日前後といったところか…)
と考えつつ、ヤツがいるであろう岩山を見渡せる辺りで待ち伏せる。
すると、夕方近くになってやっとヤツが戻ってきた。
ヤツは足で何かをつかんで飛んでいる。
(やはり、あそこに巣があったようだな…。ヤツはそうそう巣を変えないから、時間的には余裕がありそうだ)
そうやって現状を確かめると私たちは静かにその場を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます