第146話 狼祭り04
翌朝。
少し重たい体を引きずって、いつもの様に稽古に出る。
裏庭には、すでにローズとシェリーがいて木剣を振っていた。
「すまん。遅くなった」
と謝ると、
「いえ。さすがに昨日の今日でお疲れでしょう。お休みになってもよろしかったのではないですか?」
とシェリーが気を遣ってくれた。
「いやいや。そこまでたくさん飲んでいないから大丈夫だが、さすがに剣筋は鈍るだろうがな」
と言って笑いながらいつもの様に木刀を構える。
やはり剣筋はいつもより鈍かったが、それでも清々しい気持ちで稽古ができた。
剣には心が表れるとはよく言うが、体の疲れよりも心の軽さが勝ったのだろう。
これはこれでいい稽古だったと思いながら井戸で顔を洗い、勝手口をくぐった。
卵粥におしんこというなんとも優しい朝食で胃をいたわってから役場に向かう。
役場に着くと、いつものようにアレックスがすでに仕事を始めていた。
「おはよう」
と明るく挨拶をすると、アレックスは、
「おはようございます」
と普段通りに素っ気なく挨拶を返してくれる。
そこでふと、そう言えば昨日会場でアレックスを見かけなかったなと思い、
「昨日はちゃんと楽しめたか?」
と聞いてみると、
「ええ。部屋でゆっくりと堪能させていただきました」
と言われた。
こういう時、ノリが悪いとか、もっと社交性を持て、と言うのは違う。
人にはそれぞれの楽しみ方があるのだから、アレックスが楽しいように楽しんでくれればそれでいい。
そう思って私は、
「そうか」
とひと言だけ言うと、
「今日の書類はなんだ?」
と聞いてさっそく執務に取り掛かった。
アレックスが渡してきた書類には昨日消費した食材や材木なんかの数量と村の備蓄量が書いてある。
竹や木材は問題無さそうだったが、炭と肉が予想よりも多く使われていた。
さりとて、備蓄に影響が出るほどでは無かったから問題は無いが、炭焼きの連中に少し調整してもらうのと、ギルドに依頼して積極的に魔獣を狩ってもらうよう依頼してくれと指示をだす。
(時間があれば私も森に行くか)
と考えつつ、他の書類にも目を通していった。
その後もいつも通り業務をこなしていると、一枚の書類に目が留まる。
それは普通の収量予測の報告書で、特に問題のある内容ではなかった。
なんでも、今年はポロの生育が順調で品質のいいポロが取れるだろうとのこと。
「なぁ、アレックス」
「はい。なんでしょう?」
いつもの通り淡々と書類に目を落としながら返事をするアレックスに、私は、
「いや、もしかしたら勘違いの可能性もあるが、ポロの生育が順調な年は夏の気温が低くなることがあるらしい。昔何かの本で読んだ記憶がある。万が一そうなったら大変だ。一応世話役と調整しておいてくれないか?」
とまじめな口調でそう言った。
「…。それは、重大事ですね。一応、過去の記録を当たってすぐに話を持って行きます」
とアレックスもさきほどとは打って変わって真剣な表情になると、さっそく席を立って行こうとする。
私は、そんなアレックスの背中に向かって、
「ああ、アレックス。ついでに救荒作物の調整も頼む。私ではソバと丸イモくらいしか浮かばんが、世話役連中ならもっと候補をあげられるかもしれん。種や苗なんかの仕入れが必要なら遠慮なくコッツに頼んでくれ」
と付け加えると、また残りの書類を片付けていった。
そんな気がかりを残しつつも、
(後のことはアレックスと世話役に任せておけば大丈夫だろう)
と優秀な部下を信頼して任せようと考えながら屋敷に戻る。
今日の昼は蒸したコッコに酸味の効いた醤油にネギの入ったタレがかかったものだった。
料理名はなんだろうか?
と思いつつ食べるが、
(そう言えば、チキン南蛮とか油淋鶏はまだだったな)
と、ふと思いつき、
「なぁ、ドーラさん。このタレはから揚げに絡めても美味しいかもしれん。あと、から揚げの衣を小麦粉と卵にしてこのタレをもっと甘酸っぱい感じにしたものをたっぷりとくぐらせたものもいいんじゃなかろうか?タルタルソースをつければ完璧だ」
と何となく提案してみる。
「あら。それはようございますねぇ。さっそく研究してみましょうかね」
と言って微笑むドーラさんと、やる気に満ちた表情でコクコクとうなずくシェリーを頼もしく思いながら、
「ああ、頼む」
と言い、私の横で、
「やはり恐ろしい男だよ、君は…」
と言って絶句するリーファ先生に苦笑いをしながら、楽しく昼を終えた。
いつものように薬草茶で一息入れたあと、
(これからマリーに会いに行くが、さて何から話そうか)
と考えながら離れへ向かう。
離れへ着くと、ローズから、
「本日は、お庭にどうぞ。皆さんも来ていますよ」
と笑顔で言われた。
「バン様、リーファちゃん、いらっしゃい」
庭に入ると、微笑みながら4人と戯れるマリーに出迎えられる。
「うふふ。今日はアップルパイをいただいておりますの」
と言って、微笑むマリーを見ると、話したいことが次から次へとあふれ出してきた。
「昨日はありがとう。女の子たちが大喜びだった」
と、まずはそう言って、髪飾りの礼を言うと、マリーは、
「あら!良かったですわ。うふふ。村の女の子たちがより一層かわいくなりますわね」
と胸の前で手を合わせながら喜ぶ。
「ああ。村にはそういうものが少ないからな。無粋な私ではなかなか気が付かないところだ。感謝している」
と私が素直に礼を述べると、マリーは少しきょとんとしたような顔で、
「あら。バン様はそういうところによく気が付く方だと思っておりましたわ。だって、あんなに素敵なブローチをくださったんですもの」
と言った。
そんな過大評価気味のマリーの言葉に、私は少し照れてしまい、
「いや、あれは…、たまたまだ。元来、私はそういうのに疎い。だから…その、これからも助言してもらえると助かる」
としどろもどろになりながら、弁解する。
すると、今度はマリーが少し照れたような顔になって、
「まぁ。私、これからもバン様のお役に立てるんですのね…」
と言って少し顔を伏せた。
「おいおい。お茶が冷めてしまうよ」
と苦笑いしながらそう言うリーファ先生の言葉で、さらに照れてしまった私は、さっさと席につくと無言で紅茶をひと口すする。
(何をしているんだ…)
と自分を情けなく思いながら、そばに寄ってきたルビーを撫でて心を落ち着けた。
「いやぁ、昨日は実に楽しい祭りだったよ。途中で子供たちにせがまれて魔法を使って竹トンボを飛ばしてやったりしてね。それに、4人もなかなかの人気者ぶりだったよ。ねぇバン君」
とおそらく気を遣ってくれたリーファ先生がそう言って私に話題を振ってくれる。
「ああ。そうだな。他にもシェリーの焼いたピザはあっと言う間に無くなっていたし、冒険者の連中はコッコの丸焼きに夢中になっていた。私も、食ったが、あれはなかなかのものだった。他にも宿屋のシチューもワインと合わせると絶品だったし、ああ、ワインと言えばリーファ先生は草団子にワインを合わせていたな。あれには驚いた」
とやっと落ち着きを取り戻した私がそう言うと、
「うふふ。バン様ったら相変わらずですのね」
と言ってマリーが笑った。
「はっはっは。たしかに、いつもバン君だね」
と言ってリーファ先生も笑う。
私も私で、また食い物の話ばかりしてしまった、と思ったものだから、わざとおどけて、
「ああ。私から食い気を取ったらただの剣術バカだからな」
と言って苦笑した。
それからも話は弾む。
から揚げを頬張りながら笑顔になる子供。
はしゃいで歌い出す冒険者。
夫の愚痴を言い合って笑うご婦人方にその話を聞いて気まずそうに小さくなる男衆。
そんな村人の飾らない姿の話がマリーにとっては新鮮だったようだ。
「来年はもっと楽しい祭りになる」
私が、
(マリーが一緒なら)
という言葉を飲み込みつつそう言うと、
「うふふ。バン様とご一緒にお祭りなんて、今からとっても楽しみですわ」
と言ってマリーが笑った。
「はっはっは。そんな楽しい祭りに『狼祭り』なんて恐ろしい名前をつけるんだから、バン君はセンスが良くないね」
とリーファ先生がからかうように笑うと、
「まぁ。それはちょっと怖い名前ですわね」
と言って、マリーも同じように笑う。
「うーん…。自分ではうまい名前だと思ったんだが…。来年からは変えた方がいいだろうか?」
と私がいかにもバツが悪そうにそう言うと、リーファ先生は、
「いや。もうきっと村中に定着してしまっているよ。はっはっは」
と言って、今度は文字通り腹を抱えながら笑い、
「うふふ。そうですわね」
と言ってマリーも顔を伏せて笑っていた。
楽しい時間が過ぎていく。
日はいつの間にか暮れかかっていた。
この楽しい時間に終わりを告げる夕日は相変わらず恨めしい。
しかし、来年も一緒だと言ってくれたマリーの言葉は私に希望をくれた。
そう思うと、自然と笑顔がこぼれる。
ふいにマリーと目があった。
「うふふ」
と微笑むマリーの少し照れたような笑顔が美しい。
(ああ、そうか。これが恋というものか…)
私はようやく自分の気持ちに気が付いた。
いや、ようやく自分の気持ちを認められた。
なぜだろう。
なぜか、心が清々しい。
もっと狼狽したり、ぐじぐじと悩んだりするのかと思っていた。
(いや、そういうのはこれからするのかもしれないな)
そう思って、苦笑いしながら足下のルビーとサファイアを抱き上げる。
「にぃ?」(ごはんの時間?)
とルビーが言うので、思わず笑いながら、
「ああ。今日は何だろうな?」
とルビーを撫でながらそう聞いてみた。
するとみんなが、
「うふふ。ルビーちゃんったら、バン様そっくりね」
「ああ、一番飼い主に似ているよ」
「きゃん!」(鳥さんだといいね!)
「ひひん!」(あはは!)
「…ぶるる」(…まったくもう)
と、それぞれがそれぞれの感想を言って笑う。
「明日もまた来る」
と私が笑顔でマリーに言うと、マリーも笑顔で、
「はい。お待ちしております」
と微笑んでくれた。
「うふふ。きっと明日も晴れますわね」
と言うマリーの視線の先を見つめると、沈みかけの日に照らされて薄雲が金色に染まっている。
「ああ。いい日になりそうだ」
と目を細めながら私もそう言うと、私たちは笑顔で離れを後にした。
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