第145話 狼祭り03

お立ち台から降りるとさっそく、みんなの輪の中に飛び込んでいく。

それぞれとまた乾杯して、労をねぎらい合う。

「おう。短けぇがいい挨拶だったじゃねぇか」

とアイザックにからかわれ、炭焼きのベンさんからは、

「村長はやっぱり村長ですなぁ」

と言われた。


それからも方々を回って、それぞれに挨拶をし、やっと料理にありつく。

最初は、アイザックご自慢のリーサのキッシュ。

茸とドライトマトがたっぷり入った具沢山のキッシュはチーズの香ばしさが絶品だった。

たしかに、これなら自慢したくもなるな、と思いつつ、次は何にしようかと思って辺りを見回すと、小さな女の子がから揚げにかぶりつきにっこりと笑っている。

その隣で、その子の兄だろうか?

少年が、ピザを頬張って「うめぇ!」と叫び、その母親らしき人が「こら、お行儀よく食べな」とお小言をいいつつも笑顔で口の周りを拭いてやっていた。

そんな様子を見て、

(ドーラさんもシェリーもいい仕事をしたみたいだな)

などと思いつつ、とりあえず炭焼きの連中特製のイノシシ汁をもらいにいき、ご婦人方特製の焼きおにぎりを手に取る。

炭焼き連中のイノシシ汁は普段彼らが食べているものよりも少し薄めの味だ。

力仕事で汗をかく炭焼き連中に合わせた味では普通の人は濃すぎるから加減してくれたのだろう。

野菜の甘みとイノシシの脂の甘さが程よく、美味い。

やはり大鍋で作ると美味くなるのだろうか?

とそんなことを考えつつも焼きおにぎりを頬張る。

なんとなく、適当に手に取ったが、どうやら味噌と醤油の2種類があるらしい。

醤油の方はシンプルながらも香ばしい香りがして美味いし、味噌の方はおそらく冬ミカンが入れてあるのだろう。

香ばしさの中に爽やかな香りがして、それがまた食欲をそそる。

イノシシ汁との相性も抜群だ。


とりあえず腹が落ち着くと今度はまたエールを少し飲む。

次はコッコの丸焼きだ。

タレをぬって豪快に串を通したコッコを炭の上で時々回しながらあぶり焼きにしている。

よほどじっくり焼いているのだろう、表面からは脂がしたたり、時折炭の上に落ちては「じゅっ」と美味そうな音を奏で、同時に香ばしい香りを回りに振りまいていた。

「あ、村長。これすげぇっすよ!」

とジミーが絶賛する。

私も切り分けてもらってかぶりつくと、皮目のパリッとした食感とジューシーな肉汁が口いっぱいに広がった。

なるほど、これはすごい。

周りを見れば冒険者連中が寄ってたかって食っている。

見れば『青薔薇』のリズもいた。


これはエールが進む。

タレの甘みと炭火の香ばしさが相まって口の中いっぱいに広がる、「これぞ肉」という味。

そこへ爽やかな苦みのエールが注ぎ込まれて生まれるコクが得も言われない。

(これは美味い。大胆な調理法ならではの味だ。しかし、惜しい。ここにレタスこと菜っ葉があれば完璧だ。そうすれば飽きずに食べられるし、菜っ葉のほのかな青みが加わるとエールだけじゃなく、酸味のあるシードルにも合わせやすくなるはずだ)

そんなことを思いつき、

「これは菜っ葉があった方がいいな。ご婦人方にお願いして、その辺で摘んできてもらうといい。そうすれば、エールだけじゃなく、シードルにも合うようになるぞ」

と助言すると、

「…さすがっすね、村長」

とジミーに感心されてしまった。


「はっはっは。肉だけじゃなく、野菜もしっかり食えよ」

と言い残して次に向かう。

次は宿屋のシチューだ。

鍛冶屋の奥さん特製のパンと合わせて食う。

茶色いそのシチューは宿屋のおやじお得意の鹿肉のシチューだ。

そのまま食べるには硬い部位をあえて使い、それをじっくりと煮込むことで肉本来のうま味を引き出している。

それに香味野菜や香辛料の使い方が上手いのだろう。

肉の臭みは全くない。

ほろほろと口の中でほどけていく肉の食感とうま味の溶け込んだソースを小麦の香りが際立つパンに塗りつけて、少し行儀悪く食べるのが最高だ。

シチューに溶けだした脂身の甘さが口の中に広がったあと、小麦の香りが鼻を抜け、味の奥行きが一気に広がっていく。

(これはワインだな)

と思っていたら、いつの間にか宿屋のおやじがワインを持ってきて、ドヤ顔で立ち去っていった。


そのワインはコッツが仕入れてきてくれたけっこういいワインで、やや重たい感じでしっかりした苦みがあるタイプのもの。

その苦みがシチューのこってりとした味を引き締め、後に広がるほのかな酸味がまた次のシチューを要求させる。

鼻腔に残る甘い香りもちょうどよく、シチューのうま味をより濃く感じさせているようだ。

(宿屋のやつもいい仕事をしている)

そう思って微笑みながらおやじの方へ視線を向けると、宿屋のおやじはまたドヤ顔を見せた。


その小憎たらしい顔に苦笑しながら少し胃を休めようと広場の脇へと移動する。

そこでは小さな子供たちがうちの子たちと戯れていた。

「わんわん。もっふもふ」

といって、笑う子供の相手をしながらサファイアが嬉しそうな顔で骨にかじりついている。

ルビーは揚げにかじりつきながらも、

「にゃんこ、すべすべー」

と言って撫でる子供たちに時折、

「にぃ!」

と鳴いて子供たちに顔を擦り付けていた。

コハクとエリスは膝をついて、子供たちから野菜や果物を食べさせてもらい、時々背中によじ登って来る子供が落ちないようにそっとバランスを取ってあげている。

(まるでふれあい動物園だな)

などと、どうでもいい前世の記憶を思い起こしつつも、

「はっはっは。優しく遊んでやってくれよ」

と子供たちに声を掛けると、

「はーい」

と元気よく返事をしてくれる子供たちに手を振って、うちの子達を順番に撫でてやってからその場を後にした。


少し離れたところで休憩していると、広場の隅で先ほどよりも少し大きな子供たちに囲まれているリーファ先生が目に入った。

「お姉ちゃんすげぇ!」

と言って、男の子が空を見上げている。

その先には、どこまでも高く真っすぐに飛んでいく竹トンボが見えてた。

(風魔法か)

と思って私も感心しながら見ていると、

「ねぇねぇ、こっちも!」

と言う女の子に向かって、そよ風程度の風魔法を使い、女の子たちが手に持っている風車をくるくると回してあげている。

(器用なものだなぁ)

とまたしても感心しながら見ていると、

「よし、次は自分の力でどこまでできるかやってみるといい」

と言って、今度は男の子たちにコツらしきものを教えながら竹トンボで遊ばせている。

女の子たちは駆け回りながら風車を回してなにやら競争らしきものをしだした。

よく見れば、女の子たちの髪にはきれいなリボンや花の形をした髪飾りが付いている。

きゃっきゃと笑いながら駆け回る女の子たちを、

(これはマリーに報告してやろう)

と思いながら笑顔で見守った。


(さて、次に行くか)

と思って腰を上げると、子供たちから解放されたリーファ先生がやってきて、

「はっはっは。ヒトもエルフも子供ってのは無邪気なものだね」

と言う。

「ああ。この村の宝だ」

と私が言うと、

「そうだね。あの子達が笑って暮らせる村にしてやってくれ」

と笑顔でそう言われた。

「ああ、任せてくれ」

と私も笑顔でそう返すと、リーファ先生が、

「はっはっは。そろそろから揚げが無くなりそうだよ。もう食べたかい?」

と言ってくれる。

「なに!?それは急がねば」

と言って私は、慌ててその場を離れると、さっそくから揚げを取りに向かった。


遠くから、

「にぃ!」(おかわり!)

とルビーの声が聞こえる。

私は苦笑いしつつ、

「ああ」

と、後ろ手に手を振りながら答えて、さっそくから揚げのもとへ向かった。


私がから揚げの盛られた場所へたどり着くと、けっこうな人が列を作っている。

「はーい。順番ですよ!」

と言って、シェリーがみんなにから揚げとフライドポテトを渡してやっていた。

ピザは品切れのようだ。

から揚げもフライドポテトも残りわずかと言ったところか。

けっこう用意したつもりだったが、やはりどの世界でもジャンクフードの魔力は絶大らしい。

私は自分の分をあきらめて、

「おーい。シェリー。すまんがルビーの分を一個だけもらえるか?」

と声を掛けた。

「はい!」

とシェリーが答えて一個だけ皿に入れてくれる。

「みんなすまんな。一個だけ分けてくれ。うちの子がもう少し食べたいらしくてな」

とその場にいたみんなに謝ってルビーのもとへ向かった。


「お待たせ。もうなくなるみたいだから最後の一個だぞ」

と言ってルビーにから揚げを渡すと、

「にぃ!」(ありがとう!)

と言ってルビーはさっそくから揚げにかじりつき始める。

「にゃんこってから揚げが好きなんだね」

と言う子供に、

「はっはっは。この子は特別だ。普通の猫には絶対にあげちゃいかんぞ?腹を壊すからな」

と頭を撫でながら教えてやった。

すると今度は別の子供が、

「わんわんの骨もだめ?」

と聞いてくる。

「はっはっは。味が付いていなければ大丈夫だぞ。猫も味が付いていなければコッコの肉を食わせても大丈夫だ」

と教えてやると、

「はーい。村長、わかりましたー」

とみんな笑顔で返事をしてくれた。


「よしよし、みんないい子だ」

とみんなの頭を撫でてやってから、私はまた酒と料理の方へと戻って行く。

ちょうどリーファ先生の隣が空いていたので、肉屋のベーコンとエールをもらって隣に座ると、リーファ先生は草団子をつまみながらワインを飲んでいた。

「合うのか?」

と思わずそう聞くと、

「はっはっは。これが意外といけるんだよ」

とリーファ先生が笑いながら答えてくれる。

「そうなのか?」

と言って私が驚いていると、斜め前に座っていた『青薔薇』のサーラが、

「あらぁ。それは興味深いですねぇ」

と言って、さっそく席を立って行った。


気が付けば、陽は傾き始めている。

(まだまだ続きそうだな)

と、にぎやかな祭りの雰囲気を全身で堪能しながら、私は肉屋のベーコンでエールを飲み始めた。


やがて、暗くなり、所々で松明が焚かれ始める。

子供やご婦人方の姿は少なくなってきていた。

どうやらうちの子達も屋敷に帰ったようだ。

「私たちもそろそろ帰るか」

と言うと、リーファ先生も、

「そうだね」

と言って、残った酒をくいっと飲み干す。

見ればずいぶん顔が赤い。

「大丈夫か?」

と聞くと、リーファ先生は、

「はっはっは。明日は胃薬の出番だろうね」

と言って笑った。


「さて、中締めの挨拶でもしてこよう」

と言って私もエールを飲み干すと、席を立ってお立ち台の方へと向かう。

「おーい。みんな。そろそろ中締めにするぞ。片づけは明日だ。あと、酒が無くなったら諦めて帰ってくれ。くれぐれも気を付けて帰ってくれよ」

と告げると、

「へい」

とか、

「うっす」

とか、ばらばらに返事が聞こえた。


(あとは世話役連中に任せるか)

と気楽に考えて私とリーファ先生は屋敷に戻っていく。

道すがら、

「やぁ、いい祭りだったね」

と、リーファ先生が楽しそうにそうつぶやいた。

「ああ。いい祭りだった。しかし、明日は大変そうだな」

と言って、私は苦笑いする。

「はっはっは。エルフィエルには『祭りの後のことは祭りの後で考えろ』って言葉があってね。今日のところは気分よく眠ればいいのさ」

そう言うリーファ先生の顔もどこか寂しげだ。

「来年もやろう」

私が笑顔でそう言うと、

「そうだね!」

と言ってリーファ先生も笑ってくれた。


(明日、マリーに会いに行ったら今日のことをたくさん話そう。女の子たちが髪飾りをつけて嬉しそうに駆け回っていたことを話したら喜んでくれるに違いない)

そんなことを考えつつ屋敷の門をくぐる。

いつもの様にルビーをサファイアが出迎えてくれたが、

「きゃん…」(バンお酒の匂い…)

とサファイアに少し嫌がられてしまった。


(飲み過ぎには注意せねば)

と思いつつ、ズン爺さんにお湯を頼むと、すでに盥に溜めてあるという。

さすがの気配りだ。

私はありがたくそのお湯を頂戴すると、わりとしっかり体を洗って、酔い覚ましにいつもの薬草茶を淹れてもらうと、早めに床に就いた。

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