第144話 狼祭り02
それから、数日。
宴会の準備でバタバタとした日々を送る。
しかし、その忙しさが楽しい。
ウキウキとした気分で各所を走り回った。
男衆は大工を中心に良く働いてくれているし、ご婦人方もやる気に満ちた顔をしている。
みんな楽しそうだ。
家から出す予定にしているメニューは、ピザとから揚げ、フライドポテト、そしてプリン。
他はみんなに任せる。
今のところ聞いているのは、アイザック曰く、世界一美味いというリーサのキッシュにベテラン勢の焼きおにぎりと草団子。
炭焼き連中はイノシシ汁を大鍋で作るというし、酒飲み連中はコッコの丸焼きを作るそうだ。
宿屋はシチューで肉屋はベーコン。
子供たちはきっとアップルパイとジャムたっぷりのクッキーに群がるだろう。
他にも手先の器用な連中は風車や竹トンボを配ると言っているし、マリーもメルやローズと一緒に端切れで小さな髪飾りを作ってくれるそうだ。
マリーに祭りのことを知らせに行った日、暖かい日が差し込むリビングで、
「だって、村のお祭りなんでしょ?私だけ仲間外れはいやですわ」
と言って、マリーは少しすねたようなふりをしたあと、
「うふふ。小さい頃、お母さまがよく作ってくださいましたのよ。みんな喜んでくれるかしら?」
と、どこか嬉しそうに微笑んだ。
(いつか、マリーもちゃんと参加できるようになる日がやって来る)
そう思った私も、
「ああ。きっと喜んでくれるさ」
と一緒になって微笑む。
「うふふ。来年はきっとご一緒しましょうね」
と言って笑うマリーに、
「ああ、きっとだ」
と言って、私も笑った。
マリーの笑顔はずっとここにある。
そして、みんなの笑顔も。
それは私の選んだ道の先にもきっとあるはずだ。
なぜだかわからないが、私の心の中にそんな確信めいた思いが広がった。
迷わず進もう。
きっとみんなが背中を押してくれるはずだ。
そう思うと、体の奥から穏やかに力が湧いてくる。
そんな力に後押しされて、私は村中を駆け回った。
そして、祭り当日の朝。
いつものように稽古に出る。
ローズに話を聞くと、どうやらマリーの髪飾りは村の子供たちに配るには十分な数が用意できたらしい。
「お嬢様はとても楽しんでいらっしゃいましたよ」
というローズの言葉に少し安心した。
どうやらマリーも楽しんでいてくれるらしい。
(来年はきっと)
と心の中でそう願う。
「ピザはお任せください!」
と言って張り切るシェリーの言葉でみんなが笑い、楽しい気持ちで稽古を終えた。
そんな楽しい気持ちのまま手早く朝食を終え、私はさっそく会場の広場に向かう。
現場に着くと、村人と冒険者が入り混じって、食材を運び入れたり、テーブルを並べたりしていた。
現場ではおそらく準備の最終段階に入っているのだろう。
私がそんな様子を頼もしげに見ていると、
「村長。おはようございます!」
と声を掛けられた。
振り返ってみると、『黒猫』と『青薔薇』の7人が酒樽や大鍋が積まれた荷車を押してこちらへやって来る。
「おう。おはよう。手伝いすまんな」
と私が声を掛けると、
「いえ、とんでもねぇっす。この程度のことで美味い飯にありつけるんならお安いもんっすよ」
とジミーが笑いながらそう言い、
「はっはっは。期待してるぜ、村長さん」
と『青薔薇』のリズが言った。
「しっかし、本当に村中総出って感じっすねぇ」
とジミーがしみじみと言うので、
「ああ。いい村だろ?」
と私が嬉しそうにそう言うと、
「ええ。本当にいい村ですね」
とザックが答えて、ドノバンもコクコクとうなずいてくれる。
「ああ。いい村だな」
とリズも同じように言うと、サーラが、
「うふふ。この村はご飯が美味しいからもう少し滞在することにしたんですよ」
とうれしいことを言ってくれた。
こうやって、少しずつ、村がやんわりと発展してくれればこんなにうれしいことはない。
焦ることも頑張りすぎることもなく、ただ自然にこの村の良さを伝えていければそのうち、もっといい村になるだろう。
そんなことを思いつつ、
「それはありがたい」
と笑顔で『青薔薇』に言った。
「じゃぁ、もうひと働きしてきます」
という『黒猫』を見送って私はいったんその場を離れると、今度はギルドへと向かう。
ギルドに着くと、いつものように執務室へは向かわず、ドン爺がいる解体場へ入っていった。
「すまん。終わったか?」
と声を掛けると、
「おう。どっかの誰かさんが急にアウルを5羽も持ち込みやがったからちょっと大変だったけどな。なんとか終わらせてやったぞ」
と言って、悪態を吐きながらもきれいに捌かれたアウルの肉が入った箱に目をやる。
「ありがとう。おかげでいいから揚げができそうだ」
と言って私が礼を言うと、ドン爺は、
「ふんっ。せいぜい美味いのを食わせろよ」
と言ってまた、悪態を吐いた。
「それは任せておいてくれ」
大急ぎで狩に行ってくれたリーファ先生とコハクとエリスに感謝しながら、私がなんとか持てるくらいの大きさのその箱を持ち上げてみる。
なかなかの重量だ。
これがすべてから揚げになると思うと、楽しみで仕方ない。
「宴会は昼からだ。遅れるなよ」
と私も笑顔で悪態を吐き返して、
「ふんっ」
と言って、さっさと奥に引き上げるドン爺の姿に苦笑いしながら、私はさっそく調理場へと向かった。
調理場に着くと、ご婦人方がせわしなく動いている。
だがみんな笑顔だ。
「アウルを持ってきたぞ」
と言って私が肉の入った箱を調理台の上に置くと、ドーラさんが、
「あらまぁ。きれいに捌いていただけましたねぇ。あとはお任せくださいな」
とニコニコしながら、アウルの肉を引き取ってくれる。
「ああ。頼んだ」
と言って、その場を去ろうとすると、調理場の隅に『青薔薇』のエリーとリーエがいるのが目に入った。
「どうしたんだ?」
と聞くと、
「…見学」
と短く答えが返ってくる。
なるほど、料理に興味が出てきたらしい。
これまたうれしいことだ。
こうして、世の冒険者の食事情が少しでも改善されるのならいくらでも見学して欲しい。
そんなことを思ったところで私はふとひらめいた。
「ああ。そうだ。ここではたまにギルドに卸す行動食や村の保存食なんかも作っているから時々手伝いにくるといい。おーい。この子達がたまに遊びにきてもかまわんか?」
とご婦人方に向かってそう言うと、
「ええ。いつでも構いませんよ。なんなら簡単なお料理くらいは教えられますんでねぇ」
と言って、世話役の奥さんが引き受けてくれる。
エリーとリーエは急なことでおどおどしていたが、
「はっはっは。みんないい人だ。心配いらん」
と私が言うと、
「「…お願いします」」
と言って2人同時に頭を下げた。
そんな様子を微笑ましく思いながら私は調理場を後にすると、今度は役場へ向かう。
役場ではアレックスが何やら書類仕事をしていた。
「ああ、村長。ちょうどよかったです。こちらの書類に決裁を」
と言って、1冊の書類を渡してくる。
それほど分厚い書類でも無いので、さっと目が通してみると、今回の祭りで仕入れたコッツからの請求書類だった。
(…わりと使ったな)
そんなことを思いつつも、
(まぁ、これだけみんなが楽しんでくれているんだから、安いものだろう)
と思って一応内容を確認して決裁した。
(こういう縁の下の力持ちがいてこそ、心置きなく祭りを楽しめるんだな)
と思いながら、
「アレックス。いつもありがとう」
と素直に礼を言うと、アレックスはきょとんとした顔で、
「…いえ」
とひとこと言うと、また書類に向かって目を落とした。
そんな様子を見て、私は一度屋敷に戻る。
いよいよだ。
祭りが始まる高揚感と少しの緊張を胸に抱きながら、手早く礼服に着替えた。
なんでも、こういう催し物の時は代表者が正装で挨拶をするものらしい。
そんなもの適当でいい、と一度は断ったが、世話役に是非と頼まれてしまったし、アイザックにも、
「たまには村長らしく挨拶の一つでもしろ。それが頑張ったみんなへの礼儀ってもんだ」
ともっともらしいことを言われてしまったので引き受けることにした。
いざとなるとやはり緊張するが、引き受けてしまったものはしょうがない。
何と挨拶したものかと考えもしたが、どう考えても浮かばないから、
(とりあえずその場で思いつくままにしゃべろう)
と考えて、ひとつ「ふぅ」と息を吐くと、覚悟を決めて広場へと向かった。
広場に着くと、なんとお立ち台が設えてある。
まるで小学校のグラウンドで全校集会をさせられたときに校長が偉そうに乗っていたあの台みたいなやつだ。
なんとも仰々しいことになったものだと思いながら、台の方へ向かうと、ズン爺さんが、
「乾杯の音頭ってやつをお願ぇします」
と言って、エールの入ったジョッキを渡してくれた。
うんとひとつうなずいて、台に上る。
みんなの視線が私に集まった。
「ごほん」
なんとなく、咳ばらいをしてみる。
「あー。なんだ。今回はありがとう。…なんというか。その…。みんなのおかげで戦えた。みんなのおかげで私は大切なものを見つけられた。私はやっと本当の意味でこの村の村長になれたような気がする。これからも一緒に歩もう。トーミ村はきっと、もっといい村になる」
私はいったんそこで言葉を切ると、みんなを見渡した。
みんな笑顔だ。
そう、これでいい。
そう思った私は安心して言葉を続ける。
「今日は狼をやっつけた記念のお祭りみたいなものだから、言ってみれば『狼祭り』だ。思う存分、飲んで食ってくれ。一緒に戦ってくれた冒険者のみんなと、トーミ村の全員の勇気と団結の勝利を祝して、乾杯!」
私がそう言ってジョッキを掲げると、
「乾杯!」
と一斉に声が上がって、拍手と歓声が巻き起こった。
同時に私の中にも嬉しさが込み上げてくる。
なるほど。
これが幸せというやつか。
そう感じて思いっきりエールをあおると、
「ぷはぁっ!」
と思いっきり息を吐いた。
「よっしゃ、肉だ!」
と誰かが言って、
「おおおっ!」
と歓声が上がる。
春の日差しに照らされて、『狼祭り』が始まった。
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