19章 狼祭り

第143話 狼祭り01

師匠の夢を見た翌朝。

いつものように夜明け前に起きて稽古に出る。

妙にすっきりとした気分だ。

私が裏庭で木刀を振っていると、なんだか、慌てたような様子でシェリーがやってきた。

「村長!こちらでしたか…」

と言うシェリーの息が少し上がっている。

いつもの稽古着ではなく、メイド服だ。

もう、ずいぶんと着慣れてきたようだったが、今朝は例のひらひらの付いたカチューシャが少しずれている。

私は、はたと気が付いて、

「ああ…。もしかして、心配をかけてしまったか?すまん。見ての通り、元気になった。ありがとう」

と言って、シェリーに謝罪と礼を言った。


「いえ。お元気になられたのであればよかったです」

そう言ってくれるシェリーの笑顔がなんともうれしい。

(もうすっかり我が家の一員だな。よかった)

そんなことを思って思わず顔をほころばせる。

そんな表情を見て、シェリーは一瞬きょとんとした顔をしていたが、

「はっ!さっそくドーラさんに伝えてきます。今朝はおかゆじゃなくて普通のごはんですね!」

と言ってさっそく勝手口の方へ向かっていった。

私はそんなシェリーの様子を見て微笑むと、また木刀を振り始める。

(そうだ。こんな日常の先に私の道が続いているんだ)

そんなことを考えながら振る木刀はいつもより少しだけ軽く感じた。


いつものように井戸で顔を洗って勝手口をくぐると、ドーラさんが、

「おはようございます、村長。ようございました」

と言って微笑んでくれる。

「ああ。心配をかけた。いろいろとありがとう」

私は礼を言って食堂へと向かうと、そこにはいつものようにリーファ先生が来ていた。


「やぁ、おはようバン君。もう、いいみたいだね」

「ああ。ありがとう。心配をかけた」

いつものように気軽に挨拶をかわす。

「で、なにか今回のきっかけになるようなことに心当たりはあるかい?」

と聞くリーファ先生に、

「…うーん。よくわからん。ただ、師匠のことを思い出した」

と言うと、リーファ先生はきょとんとした顔をして、

「なんだいそりゃ?」

と言った。


「…どう説明したらいいのかわからないんだが、とにかくいろんなことを思い出して、すっきりしたというか…」

私はどう説明したものか迷ってしまう。

「まぁ、その辺は夕方にでもゆっくり聞こうじゃないか」

とリーファ先生は苦笑いしながらそう言ってくれた。

「ああ、そうだな。すまん。私もちょっと頭の中を整理しておくよ」

私もそう言って苦笑いをする。

そんな会話をしていると、ドーラさんとシェリーが朝食を運んできてくれた。


「今朝はベーコンエッグですよ」

と言ってドーラさんがカートを押しながら食堂へ入ってきた。

そんな風に何気なく言われると、いかにもありふれたメニューに聞こえるが、ドーラさんのベーコンエッグは隠れた絶品メニューだ。

なにせ、各人の好みに合わせて焼き加減を微妙に変えてくれている。

その焼き加減が絶妙だ。

私はトロトロの半熟派でリーファ先生はどろっとする程度の半熟派。

ドーラさん自身は黄身の中心に少し火が入りきっていない程度のどちらかと言えば固焼き派で、ズン爺さんは絶滅危惧種の両面焼き派。

シェリーは、どうやらよく焼き派らしい。


私は少し行儀悪く、皿にこぼれた黄身をパンですくって食べるのが好きだし、リーファ先生は白身を少し食べてから黄身をパンに乗せて食うのが好きだ。

ドーラさんとシェリーはそのまま食べ、ズン爺さんはパンに挟んで食べる。


ちなみに、私はハーブ塩で、リーファ先生は当然ケチャップ派。

無ければ醤油がいいらしい。

ドーラさんとシェリーは完全な醤油派で、ズン爺さんはシンプルに塩派だ。


目玉焼きという食べ物は実に面白い食べ物で、好みがしっかり分かれる。

しかし、どれも美味しく、正解が無い食べ物だ。

いつものように美味しくいただき、それぞれがそれぞれの笑顔を見せる。

何気ない朝食だが、実にいい朝食だった。


食後、

「さて、宴会の準備だな」

お茶を飲みながら私がぽつりとつぶやくと、

「何を出す予定なんだい?」

とリーファ先生の目が輝く。

「はっはっは。何がいいかな?どうせなら村のみんなで持ち寄ろう。きっとそれぞれの味が楽しめる」

私がそう言うと、

「それはいいね!」

とリーファ先生の目がさらに輝き、

「師匠以外の料理も楽しみです!」

と言って、シェリーも目を輝かせた。


そんなやり取りの後、いつものように役場に向かう。

これから宴会の段取りだと思うとついつい浮かれてしまった。

宴会にかかる費用の書類をまとめた書類の決裁が楽しくてしょうがない。

そんな様子にアレックスは苦笑いしながらため息を吐くが、どこか楽しそうな目をしている。

私はさっさと書類仕事を終わらせると、

「よし、さっそくギルドに会場設営の手伝いを頼んでこよう。世話役への連絡は頼む」

と言って、役場を出て行った。


ギルドへ着くと、いつものようにサナさんが迎えてくれる。

アイザックは執務室にいるというので、遠慮なくギルマスの執務室へと入って行った。

「よぉ。暇そうだな」

私がからかうようにそう言うと、

「ばか言うな。魔石と毛皮の出荷先の調整で大忙しだよ。いってみりゃ狼祭りだ」

とため息交じりに悪態を吐いた。

「お。いいな、それ。よし、今回の宴会は狼祭りって名前にしよう」

私が乗り気でそう言うと、

「ふんっ。いい気なもんだな。まぁ、一応感謝くらいはしておいてやるよ」

といつもの悪態を交えつつ礼を言われた。


「まぁ、いいさ。それでその準備に人を借りたいんだが、余裕はあるか?」

大丈夫だろうとは思ったが、念のため聞いてみる。

「ああ。みんな楽しみにしてるみてぇだ。いくらでも手伝うだろうよ」

と言って、アイザックは、

「リーサも張り切ってる。大量のキッシュが届くぞ」

と笑いながらそう言った。


「そいつは楽しみだ。今回は広場に屋台みたいな感じで調理場なんかを設えてみんなで料理を持ち寄ろうと思ってたからちょうどいい。これからご婦人方にも頼みに行くところだ。設営はそれなりの規模になるから、そのつもりで人数を集めてくれ」

と私が適当に頼むと、アイザックは、

「おう。人手はまかせとけ。設備は…、焼き台と…窯もいるか?」

とこれまた適当に確認してくる。

「そうだな。適当に設置しておいてくれ。あとで現場で世話役連中と調整すればいいだろう。その辺は任せる」

私がそう言うと、

「了解だ。美味いもん出せよ」

と言って、いつものように、

「はっはっは」

と豪快に笑うので、私も、

「もちろんだ」

と答えて同じように笑った。


その後、いったん屋敷に戻って昼を食い、世話役の連中の所を回ってそれぞれに概要を伝える。

みんな張り切って準備を進めてくれるそうだ。

(これはいい祭りになるな)

と思いながら、夕方前には屋敷へ戻った。


リビングに入ると、ルビーとサファイアが駆け寄って来る。

どうやらさっきまでリーファ先生と遊んでいたらしい。

「ただいま」

と言って、抱え上げると、2人とも頭を擦り付けてきた。

「やぁ。おかえり」

薬草茶が入ったカップを置きながらそう言うリーファ先生に、

「ああ、ただいま」

と返しながらソファに腰掛けると、タイミングよくシェリーがお茶を持ってきてくれた。

偶然にしてはタイミングがいい。

きっとドーラさんの指示だろう。

そんなことを考えつつ、

「昨日の話だったな」

と言って、薬草茶をひと口すする。

「ああ。詳しく聞かせてくれ」

とリーファ先生も薬草茶を口に運びながらそう言って、私に話を促がしてきた。


私は、ひとつひとつ、昨日のことを振り返りながら、師匠との思い出や、これまで、師匠の名前や顔を思い出せなかったこと、まじないをかけてもらってから例の魔力操作を教えてもらったことなんかをかいつまんで話す。

「その時、師匠に言われたんだ。まずはまっすぐに進め。そのうち自分の道が見つかる。そしたら迷わず進むんだ、とな」

そう言って、いったん話を区切ると、リーファ先生は、

「そうか…」

と言って、顎に手を当てながらしばし考え込んだ。


私は黙って、その様子を見守る。

すると、しばらくして、リーファ先生は、

「…そのまじないと言うのがどうにも気になるね。おそらく何かの術式だとは思うが…。全く聞いたことがない。たしか、そのユークという師匠は人とエルフの間に生まれたと言ったね?」

と私に確認を求めるようにこちらに顔を向けてきた。

「ああ。たしかにそう言っていた」

と言って私はうなずく。

「それなら、その人物を特定するのはそう難しいことじゃないだろう。なにせ、そういう人物はそう多くはないし、冒険者をしていたというなら何かしらの記録も残っているはずだ。父上に手紙を出せば調べてくれるよ。そうしたら、そのまじないってやつの手がかりもつかめるかもしれない」

そう言うと、さっそくその手紙を書きに自室に戻って行った。


「きゃん?」

「にぃ!」

と鳴いて、ルビーとサファイアが、

(お話終わった?)

(遊んで!)

と言ってきたので、私は、

「よしよし。何がいい?ボールか?」

と笑いながら聞いて、しばし2人と戯れる。

師匠のことは気になるし、そのまじないのことも気になるが、同時に知らなくてもいいのではないか?という気持ちにもなった。

(きっと師匠のそのまじないは私の魔素欠乏気味だと言われた体質に関わっているのだろうし、あの突然熱を出したことにも関係しているのだろう…。だが、そのおかげで私は自分の進むべき道を見つけられた。きっとそれは師匠が私に託したものを得るために必要なものだったんだ。あれが何だったのか、知っておくにこしたことはないのかもしれない。しかし、知らなければならないことでもないような気もする)

そんなことを考えて少しボーっとしていたのだろうか?

いつの間にか、私の足元に来ていたルビーとサファイアが、私を見上げながら、

「きゃん?」

「にぃ?」

と鳴いて、

(大丈夫?)

(お腹すいたの?)

と聞いてくる。

「はっはっは。すまん。ちょっと考え事をしていただけだ。心配してくれてありがとう。さぁ、もうすぐ飯の時間だ。今日の飯は何だろうな」

と言うと、2人が、

「きゃん!」

「にぃ!」

と鳴いて、

((今日はシチュー!))

と教えてくれた。

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