18章 村長、ちょっとだけ熱を出す
第142話 村長、ちょっとだけ熱を出す
狼を退治から帰ってきたその日の夜。
シェリーが作ったハンバーグとドーラさんの茸汁という組み合わせのハンバーグ定食を心行くまで堪能した。
シェリーの作ったハンバーグはやや肉が粗目に挽いてあるらしく、肉肉しい食感がある。
それはドーラさんのきめ細やかでしっとりとした食感のハンバーグとはまるで違うが、これはこれで素晴らし味だった。
そして、そのやや強い味が繊細な味のドーラさんの茸汁に不思議とよく合っている。
私の横でリーファ先生が、
「ケチャップが無いのは残念だと思っていたが、このハンバーグにはこういう茶色いソースが最適だ。うん。なんとも甲乙つけがたい」
と言ってバクバク米を食べていた。
しかし、私はどうやら疲れていたらしい。
どうにも体が重たく、1杯しかお替りできなかった。
残念で仕方ない。
そんな様子を見て、みんな心配してくれたが、私は、
「なに。少し疲れているだけだろう。心配ない。そんなことより明日から宴会の準備が始まる。みんな心してくれ」
と言って笑いながら自室に戻って行った。
翌朝。
なんとか起き上がったが、やはり体が重たい。
いつものように裏庭に出るがどうにも剣筋がぶれる。
それはローズやシェリーにも伝わったらしく、
「今日はおやめになった方がいいと思いますよ」
と言われてしまった。
「そうか…。自分でも調子が悪いと思っていたが、2人にそこまで言われるのなら相当悪いんだろうな…。仕方ない。今日の稽古はこの辺りでやめておこう。すまん。心配をかけた」
私がそう言うと、まずはローズが、
「師匠、今日はゆっくり休んでください。村のことは私も手伝います」
と言ってくれる。
「すまん、ありがとう」
と私が頭を下げると、ローズは恐縮していたが、なぜか少し嬉しそうだった。
「村長。まずはリーファ先生に診てもらいましょう。無理は禁物です」
と言ってシェリーが、
「今朝はおかゆですかねぇ」
と寂しいことを言ってくる。
いや、たまにはおかゆも悪くはないが、なんとなく寂しい。
せめてなにかしらの肉をつけてもらえないだろうか、とそんなことを考えつつも井戸で顔を洗っていったん自室に戻った。
普段着に着替えようかとも思ったが段々頭がボーっとしてくる。
もしかして、これは本当に風邪でもひいたんじゃなかろうか?
と思っていると、シェリーがいつもの薬草茶を持ってきてくれた。
しかし、私があまりにもぼんやりとしている様子をみるとすぐに、
「リーファ先生を呼んできますね」
と言って部屋を出ていく。
とりあえず、私は薬草茶をすすりながら、リーファ先生が来るのを待つことにした。
「やぁ、おはようバン君」
と言ってリーファ先生が部屋に入って来る。
「すまんな。朝早くに。どうにも頭がボーっとする。体も重たい。どうやら風邪でもひいたらしい」
と私がそう言うと、
「うーん。ただの風邪ならいいが、一応、傷口が化膿していないかも診てみよう」
と言って、リーファ先生はさっそく包帯を外して、傷を診てくれた。
「…化膿はしていないけど、熱が高いね。…一応魔素の流れも見てみよう」
と言って、リーファ先生は例の魔力循環を始める。
すると、しばらくして、
「おいおい。こいつは魔力症じゃないかい?ごくごく軽いようだが、ともかく、今日は一日安静だね。シェリー、ドーラさんに言っておかゆを作ってもらってくれ。私はすぐに薬の調合にかかるよ」
と言って2人とも部屋を出て行った。
私は魔力症、薬、と聞いて嫌な予感を覚える。
そして、嫌な予感ほど当たるもので、一人寂しくおかゆを食べたあと、例の苦い薬を飲まされた。
段々と意識が遠のいていく。
私は、
「宴会の準備を…」
と、なんとか言葉を発することができたようだが、その直後、深い眠りに落ちていった。
久しぶりに夢を見たような気がする。
私の目の前に師匠がいた。
普段の睡眠でも、冒険の時のあの浅いようで深い睡眠の時も、寝ている途中に何か映像が浮かぶことなど無い。
なんとも珍しいこともあるものだ、と思って師匠の顔をじっと見ていると、師匠が、
「すまんな…」
と言った。
なぜそんなことを言われたのか、私にはわからない。
しかし、そう言う師匠の目はとても優しかった。
そして、また師匠が口を開く。
「バンドール。お前はこのまま真っすぐ進め。そして、その先の道を選ぶ時が来たら迷うな。それがお前の道だ」
そう言う師匠の目はやはり優しいが、少しだけ悲しそうにも見えた。
私は師匠にどういう意味なのか聞こうとするが、なぜだか声が出ない。
「バンドール。お前には自由がよく似合う。まずはまっすぐ進むんだ。お前が本当の道を見つけるまで」
師匠は先ほどと同じような言葉を繰り返した。
師匠が何を言っているのかはわからない。
わからないが、わかったような気がした。
「私にできることは少ない。せめて道を踏み外さないように少しだけまじないをかけよう。すまんな。だが、祈っているぞ。お前がお前の道を見つけてくれることを」
そう言って、師匠は私の頭をくしゃりと撫でる。
いつの間にか子供になっていた私は、そこで意識を手放した。
ふと、意識が戻る。
周りを見ると、真っ暗だ。
少し首を横に向けると、星灯りに照らされて、見慣れた部屋の景色が見える。
(ああ、現実か…)
そう思った次の瞬間、私の頬を何かが伝った。
(涙?)
なぜか私は泣いている。
なぜだろう?
目元を拭うと、少しだけ重たい体をなんとか起こしてぼんやりとした意識の中で先ほどまで見ていた夢を振り返った。
(師匠だったな…。なぜ、師匠の夢など見たのだろうか?いや、違う。なぜ、今まで思い出さなかった?私は、あれほど長い間一緒にいたはずの師匠の顔すら思い出せずにいた…。思い出すのは、言葉だけ。しかも刀を振れという言葉だけだった…。なぜだ?)
疑問が頭の中をぐるぐる巡る。
(落ち着け)
まずは自分にそう言い聞かせた。
一つ息を吐く。
そうやって少し落ち着きを取り戻すと、一つずつ丁寧に自分の記憶を探っていった。
(まず、師匠は…。ああ、そうだ。ユークという名前だった。いや、確か長ったらしい名前だったからユークでいいと言われたんだった。まるでエルフさんたちのような長ったらしい名前で…)
それを思い出した瞬間、
(ああ、そうだ。たしか師匠はエルフと人の間に生まれたとか言っていた。そして、突然うちにやってきて…)
そんな記憶が段々と蘇ってくる。
(そうだ。確か、父を助けたとか言っていたな…。父が当時の辺境伯様のところに行った帰りに魔獣に襲われた所を助けられたと言っていたか。それで、しばらく我が家に逗留していて、そのうち衛兵たちに剣を教え始めて…)
そこまで思い出すと、一気にいろいろな記憶が飛び出してきた。
(そうそう。変わり者で、ずっと裏庭の納屋で暮らしていた。なぜ屋敷で暮らさないんだと聞いたら「屋根があるだけ贅沢だ。冒険者に家はいらない」と言っていた…)
そんなことを思い出して思わず笑ってしまう。
(…そんな変わり者でしかもぶっきらぼうだから、兄も姉も気味悪がって近づかなかった。しかし私はそんなこと気にならなかった…)
私にはそんなぶっきらぼうな師匠がとても優しい人に見えていた。
(そうだ。師匠は優しい人だった。納屋に住んでいたのだって、おそらく我が家の団らんを邪魔しないためだったんだろう。本当に不器用な人だった)
また思わず笑みがこぼれる。
そして、
(ああ、あの時か…)
私は重要なことを思い出した。
(そう。雨が降っていた。雨の中稽古に出た私に師匠はこう言った。「お前は剣が好きか?」と。私が好きだと答えたら、「少し危うい」と言って少しだけ悲しそうな顔をした。そして、優しく微笑みながら『まじない』をかけてくれたんだった…)
あの時師匠は何をしたんだったか?
そこはよく思い出せない。
(たしか、くしゃくしゃと頭を撫でられて、師匠が何かつぶやいたら急に眠たくなった。その後は…、ああ、そうだ。少し寝込んだんだった。そして、起きられるようになってからも妙に体が重たくて…)
また、少し頭が混乱してきた。
私はまた息を吐き、気を落ち着ける。
(そうだ。まじないだ。さっきの夢の中で見たような感じで、師匠はあのまじないをかけてくれた。そして、そのあと、師匠があれを教えてくれたんだ。それで、だんだん剣に集中できるようになって…)
そうやってやっと徐々に記憶を取り戻した私はまた、いつのまにか涙を流していた。
(そう。師匠は言った。私に刀を預ける時「今はただ、真っ直ぐ振れ。驕らず、弛まず、阿らず、ただ自分の信じた道を行け。いずれ刀が答えてくれる。お前の道に刀が答えてくれる時がきっとやって来る。精進を怠るな」と)
そう言う師匠の優しい眼差しがありありと蘇ってくる。
「お前に私と同じ道を歩ませるのはすまないと思う。だが、お前はきっとお前だけの道を見つけて進めるはずだ。バンドール。私の想い、お前に託そう」
その当時、まだ子供だった私はその言葉の意味をよく理解していなかった。
ただ単に、師匠が認めてくれたのだろうと思ってうれしかった。
しかし、今なら何となくわかる。
師匠は長い旅の最後に私を見つけて託してくれた。
きっと、師匠も同じように誰かに託されたのだろう。
そして、「奢らず、弛まず、阿らず」ただ、自分の信じた道を歩み、師匠の師匠から託されたであろうその道の先を私に委ねてくれたんだ。
(そうか。私はやっと師匠の道を受け継ぐに足る所までやって来られたのか。…そうか。これでやっと師匠の想いに応えられる。これからだ。これからが私の道なんだな…。私は過たず進めるだろうか?いや、進まねばならん…)
そう思った瞬間、私の中で何かがはじけた。
不思議な感覚だが、悪い気はしない。
なんだろうか?
まるで、花が咲くような、水滴が水面に波紋を広げるような、どこまでも心が広がっていく、解放されていくような、そんな感覚だ。
(ああ、これが私の道の始まりか…)
そんな言葉が頭に浮かぶ。
おそらく私は笑っていただろう。
肩の力がすっと抜けていくような感覚を覚えて、私はまた眠りについた。
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