閑話 冒険者たち01

第141話 『青薔薇』と『黒猫』

狼との戦いが終わった現場では冒険者たちが、それぞれに働き、魔石をあらかた取り終えていた。

あとは手先の器用な連中が毛皮の剥ぎ取り作業をしているくらいで、他の連中は死骸を焼いたり、剝ぎ終わった毛皮を背嚢に括りつけてさっそく村へ持ち帰る準備をしたりしている。

そんな中、『黒猫』たちは、ジミーが適当な倒木に腰掛けてスキットルをちびりとやり、他の2人もその辺りに腰を下ろして一服していた。

そこへ『青薔薇』の面々が近寄って声を掛ける。


「おい。えっと…、ジミーだったな?」

とリズが少しだけ遠慮がちに声を掛けると、ジミーは、

「ん?なんか用か?」

と気軽に答えた。

「あぁ、いや。用ってわけじゃないんだが…。なぁ、あの村長、本当に何者だ?」

とリズが聞くが、ジミーは、

「…何者って。村長は、村長だろ?」

と答えて「いったい何が聞きたいんだ?」という表情をリズに向ける。

そんなジミーの表情に、何を聞きたいのかが伝わっていないと感じたリズは、

「いや、そうじゃなくてだな…。あの村長ってのはいったいどこのどういう人なんだ?ていうか、何なんだ、あの剣は?…そのあたりのことを本人から何か聞いてないか?」

と、立て続けて疑問を投げかけた。


するとジミーは「はっはっは」と笑って、

「ああ、すっげーよな、あの剣。魔獣だろうが何だろうがスッパスパ斬れるんだもんなぁ。よほどの名剣ってやつなんじゃねぇか?」

とジミーはまた、少しずれた答えを返す。

すると、リズは少しいらだったような表情で、

「いやいや、そうじゃなくて、剣ってのはあの腕前の方だよ…。まぁ、あの剣そのものもすごいと思ったけどよ」

と少しため息を吐きながらそう問い直した。


「ああ。それなら考えるだけ無駄だぜ」

と言って、ジミーは笑う。

そして、

「村長は村長で、村長だからすげぇんだって答えしか出てこねぇ。それこそ、おとぎ話の剣聖様かっつー領域だからな、あの人の腕前は」

とさらに笑いながら答えた。


「…なんだいそりゃ」

と言って、リズがさらに呆れたような表情になる。

「ああ、すまねぇ。聞きたいことはなんとなくわかる。でもな、それが全くの謎なんだ」

とジミーは苦笑いしながらそう答えた。

「はぁ?たしか一緒に冒険したことがあるんだろ?その時、なんか聞かなかったのか?」

とリズは怪訝そうな顔でそう聞くが、ジミーは、

「いや、それが村長曰く、ずっとソロだったんだってよ。だからみんなすげぇってこと以外、何にも知らないんだ。まぁ、ご実家の…えっと、ああ、そうだ。エデル子爵様にでも聞けば何かわかるかもしれねぇが…、聞きに行けると思うか?」

と言って、やれやれと言った感じで首を振る。

「いや、そのあたりのことはなんとなく聞いたけどよ…。どんな訓練をしたとかなんで冒険者になったとかそういうの聞いてないのか?」

と呆れたようにいうリズに、ジミーは、

「はっはっは。まぁみんなそれは疑問に思うよな。俺も教えてもらえるもんなら教えてもらいたいぜ」

と言って、さらに、

「しかも、王都の学院まで出てるってんだからさらに驚きだよな」

と「もう、笑うしかない」という表情でそう付け加えた。


「はぁ!?学院ってあの学院か?…たしか、ありゃ、お城の文官とかになるいけ好かねぇ連中が行く学校だろ?」

と言って、リズは目を見開く。

「ああ、直接聞いたから間違いねぇ。村長のお屋敷にリーファ先生っていう美人でおっかねぇエルフさんがいるんだけどよ。その人の教え子だったらしい。たしか、魔獣とか草とかについてお勉強してたって話だ」

とジミーが言うと、リズは、

「…マジかよ…」

と言って絶句した。


そんなやり取りの横からサーラが、

「あらあら。それはますます興味深いですね」

と言って、ニコニコしながら話に加わってくる。

「…ああ、なんていうか…」

と言うリズはまだ頭が混乱しているらしい。

そんなリズをよそにジミーは、

「ああ、サーラっつったか?たしかにみんな興味があるな。でもよ、さっき言ったみたいに誰も聞けねぇし、本人は、別にたいしたことねぇって思ってるからあんまり詳しいことは話さないんだよ、これが」

とサーラに答えて、「ははは…」と苦笑いした。


「あらあら…。それはね、よっぽどね」

と言って少し呆れつつもサーラは少し目を細め、

「他に…、オークの話以外にどんな実績があるとかは聞いてないんですか?」

と何か少しでも情報を引き出そうとさらに質問してくる。

「うーん。噂程度ならいくつかあるけどよ…。ああ、そういえば、ちょっと前にペットの散歩がてら森に入ってついでにディーラを狩ってきたとかって聞いたな…。いや、ディーラを狩るついでにペットを散歩に連れていったんだったか?」

となんとなくの記憶を思い出しながらそう言うジミーに、サーラは、

「まぁ…」

と言って、リズ同様、絶句した。


「はっはっは。その辺は本当に考えるだけ無駄ですよ」

と今度は笑いながらザックが話に入って来る。

「ええ。なんだか、そうみたいですね」

とサーラが苦笑いで返すと、

「近くで見てわかったでしょ?あの人の強さは人が理解できる範疇を軽く超えてるんですよ。さっきのジミーじゃないですが、おとぎ話の剣聖様っていう例えがまさにピッタリですね。どう考えたって人が到達できる域じゃありません」

と言ってこちらも肩をすくめた。


「まぁ、そうですね。あれは理解不能でした」

と言って、サーラも肩をすくめると、

「…48」

とサーラの後ろにいたエリーとリーエのうちどちらかがそうつぶやく。

「ん?」

と言って、ザックが首をひねると、

「ああ、あの村長が倒した狼の数なんだってよ」

とようやく正気を取り戻したリズがそう言った。


「…相変わらずですねぇ」

と言ってザックが笑顔をひきつらせる。

「で。結局、全部で何匹いたんだ?」

とジミーが何気なくザックにそう聞くと、

「今のところ…統率個体を除くと72だな」

とザックが答えた。

そんな答えに、

「…まったく。結局、うちらには10くらいしか回ってこなかったからな。まぁ楽出来てよかったんだけどよ…」

と言ってリズがため息を吐く。

すると、いつの間にか近くにきていたドノバンが、

「…村長が狼程度でケガ。何があった?」

とリズに向かって少しだけ真剣な面持ちでそう聞いた。


「ん?ああ…。うちのサーラがドジってな…。一瞬つまづいて尻もちをついちまったんだ。もしかしたら、それが気になって、隙を作らせてしまったのかもしれねぇ」

と言って、リズはややうつむくが、

「つっても、ちょっとかすったくらいなんだろ?狼の群れに囲まれて隙をつかれたっつーのにその程度で済んじまうんだから、村長はやっぱり村長だな」

と言って、ジミーが笑う。

「まぁ、その程度で済んでくれたから、あたしらとしても安心したんだけどな…」

と言うリズだが、すぐに、

「しかし…」

と言って、何事か考え込むように少しうつむいた。


そんなリズの様子を見て、

「なにか気になることでもあったんですか?」

とザックが聞く。

「いや、なんというか…」

と言葉を探すリズの横から、

「なんだか途中から、人が変わった…というほどじゃありませんが、なんというか、一段階早さが上がって、剣筋の鋭さが増した感じだったんですよね…」

とサーラが言った。


「ああ。そんな感じだったな」

と、納得したようにそう言うリズに対して、ジミーは、

「はぁ!?ってことは、俺たちが知ってるあれよりも、もう一段階上がったってことか?」

と言って驚く。

しかし、その横で、ザックは、

「いや、村長だったらあり得るかもしれない。俺たちと一緒にいたときはたかがイノシシだったからその必要が無かっただけで、例えばオークなんかとやる時はもう一段階上がるのかもしれない…」

と顎に手を当てながら冷静にそう言った。


「ああ、そういや誰かさんと一緒にオークを11匹やったって話だったな…。いや、あれを見た後だし、ギルマスも断言したから嘘じゃないとは思うけどよ…」

と言ってリズはいまだに半信半疑といった表情でジミーに訊ねる。

「あー。それは例のリーファ先生ってエルフさんが一緒に行ったらしいぜ。あの村長がオークとやる場所に連れて行くほどだ。そっちも相当なんじゃねぇか?」

と言ってジミーが苦笑いをすると、ザックも、同じように、

「ああ。そうかもな」

と苦笑いしながらそう言った。


すると、ジミーが、

「はっはっは。もしかしたらリーファ先生は話に聞く大規模魔法ってのも使えたりしてな」

とザックに向かっていかにも冗談っぽく、言葉を投げかける。

それを聞いたザックは、一瞬驚いた表情を浮かべたが、

「はっはっは。おいおい。いくらなんでもそれはないだろう!それじゃ本当におとぎ話の世界みたいなことになっちまうぜ」

と腹を抑えて笑いながら、そう言った。


「あらあら…。もし、それが本当だったら、この村は王都の騎士団でも壊滅できちゃうくらいの戦力があるってことになっちゃいますね」

とサーラが笑いながらつっこむと、ジミーは、

「はっはっは。軍人だの騎士団だののことはよくわからねぇけどよ、ひょっとしたらそのくらいあるかもな」

と懸命に笑いをこらえながらそう言うが、結局こらえきれなくなって、「ぷっ」と吹き出し、それをきっかけにしてリズも加わり4人して大笑いした。


「まぁ、冗談はそのくらいにして、さっさと片づけて村に戻ろう。なにせ、あの村長主催の宴会が待ってるらしいからな」

とひとしきり笑い終えたザックがそう言うと、

「ああ。そうだな。なにせあの村長の所の飯が食えるんだ。今から楽しみでしょうがねぇ」

とジミーが目を輝かせる。

そして、エリーかリーエのどちらかが、

「…楽しみ」

とつぶやいた。


「お。お前らも村長んちの飯を食ったことがあるのか?」

とジミーが言うと、

「サンドイッチ」

と今度は先ほどと違う方のエリーかリーエがつぶやく。

「そうか。村長んちのドーラさんって人が作る飯はただの野菜でさえ信じられねぇくらい美味ぇからな。きっとまた驚くぜ」

と、なぜかジミーが自慢げにそう言い放った。


「へぇ。そいつは楽しみだね。あの宿屋のシチューより美味いのかい?」

リズが興味津々といった感じで聞くと、

「ああ。間違いねぇ」

とジミーがまた自慢げにそう言う。

「おいおい。なんでお前がドヤ顔なんだよ」

とザックは笑いながらつっこむが、

「まぁ。確かにレベルの違う美味さでしたね」

と言ってあの時の味を思い出すかのように空を見上げながらそう言った。


「お前らがそう言うってことは、相当なんだろうな…。ますます楽しみだ」

とリズが言うと、

「「「コクコク」」」

と、エリーとリーエとドノバンが勢いよくうなずく。

「よっしゃ!さっさと片付けてとっとと帰ろうぜ」

とジミーが腰を上げながら、気合を込めてそう言うと、ザックとリズが、

「「おう!」」

と勢いよく返事をした。

気が付けば狼の群れは跡形もなく処理されている。

『黒猫』と『青薔薇』の7人は、戦利品を適当に背嚢に括りつけると、来る宴会のことを思いながら意気揚々と村に戻って行った。

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