第134話 狼退治はみんなのお仕事04
翌朝。
村で納豆は普及するだろうか?
いや、そもそもこの世界に納豆菌はいるのだろうか?
とか、
せっかくきれいな水が豊富にあるのだから、豆腐作りはできないだろうか?
いや、にがりの製法がわからないな。
しかし、豆乳だけでも喜ばれるかもしれない。
村のご婦人方の健康に一役買えるし、おからも普及させられる。
などと思いながら役場に顔を出す。
やはりアレックスはいなかったが、きっと各所を飛び回っているのだろう。
机の上に書類が無いことを確認して、ギルドへと向かった。
まずは、受付にいたサナさんに例の若い冒険者…ルークといったか…の様子を聞く。
サナさん曰く、
痛みはあるようだが、リーファ先生の薬が効いてよく眠れている。
食事もとれるようになったから回復も早いだろう。
とのことなので一安心して、いつものように遠慮なくギルマスの執務室へ入っていった。
執務室に入ると、見知らぬ女性がいる。
恰好からして冒険者だ。
所々金属で補強された革鎧に女性が使うにしては大振りな剣を背負っている。
「よぉ、アイザック。お客さんか?」
私が、いつものように気軽に声を掛けると、
「ああ。ちょうどよかった。紹介しておこう。『青薔薇』ってパーティーのリーダーでリズだ」
と、その女性を紹介された。
「バンドール・エデルシュタットだ。この村で村長をしている」
私が自己紹介をして、手を差し出すと、リズは、困ったような顔でアイザックを見る。
「はっはっは。そいつには気を遣わなくていい。普通でかまわんぞ」
と言ってアイザックが笑った。
私も、
「ああ。普通にしてくれ。変にかしこまられるとやりにくい。適当にバンとか村長とか呼んでくれ」
と言って苦笑いする。
すると、ようやくリズは私の手を握り返し、
「『青薔薇』ってパーティーのリズだ…です。よろしく頼む…ます」
と怪訝な顔をしながら自己紹介をしてくれた。
「はっはっは。慣れない敬語なんて使わなくていい。私も苦手だ」
と言って私が笑うと、リズは、
「そ、そうかい…。じゃぁ普通にさせてもらうよ」
とようやく冒険者らしい言葉遣いになる。
私が、装備の具合からして、中堅クラスであろうリズのような冒険者が今回の作戦に参加してくれるなら心強いものだ、と思っていると、リズは、
「しかし、なるほど。ギルマスの言うこともあながち嘘じゃないみたいだな」
と言い、
私が、「?」という顔をしていると、リズは、
「案内頼んだぜ」
と言って、部屋を出て行った。
「はっはっは」
と言って、いきなりアイザックが笑い出す。
「おいおい。なんなんだ?」
と聞くと、
「ああ、すまん。さっきまでちょいと文句を言われててな。自分たちがしとめ役じゃないのか?とか、お貴族様なんて邪魔だ、とかそんな感じだ。どうやらお前のことを冒険ごっこ好きのお貴族様だと思ってたらしい」
と言ってまた笑った。
私が、
「…。どうせお前のことだから適当な説明しかしなかったんだろ?」
と言っていわゆるジト目を向けると、アイザックは、
「いや。きちんと説明したぞ。れっきとしたお貴族様の家に生まれたくせに長いこと薬草集めをやってた変わり者だってな」
と言って慌てて顔の前で手を振る。
「はぁ…。そう言うのを説明不足って言うんだよ」
と言って私はため息交じりにアイザックの適当な説明に文句をつけてやった。
「だが、結果的にはわかってもらえたようじゃないか?なんでかわからんが、それなりに使えるやつだってわかってもらえたんだろ?」
と言って、アイザックは、「はっはっは」とまた笑う。
「まぁ、あのくらいの剣士になると、立ち姿と手の感触である程度はわかるもんだ…。それはともかく、あの『青薔薇』ってのはなんで村に?あと、どんなパーティーなんだ?」
と私が聞くと、アイザックは、
「ああ。あいつら、普段は北の辺境伯領に拠点を置いてるらしいんだがな、たまたまアレスの町に依頼で来たついでにちょいと回り道になるが、小遣い稼ぎでコッツの護衛を受けたんだとよ。で、たまたまこの騒動にぶち当たったってわけだ。もう10年近く4人でやってるらしいし、たまに名前は聞く。『黒猫』ほどじゃないかもしれんが、それなりに使えるはずだ」
と言って、ざっくりと『青薔薇』のことを教えてくれた。
「そうか。なら良かった。今回『黒猫』は追い込み役か?」
「ああ。あいつらなら間違いない。帰ってきたら一応打ち合わせておいてくれ。やり方は任せる。あと、『青薔薇』とも仲良くな」
と言って、アイザックはまたいつものように適当な指示を出してくる。
まぁ、それだけ私を信頼してくれているということなのだろう。
こんな適当な言い方だが、決して無謀な指示は出さないから、ギルマスとしては優秀な男だ。
そんな風に思って私は、
「わかった。どっちとも打ち合わせておく。『黒猫』が戻ったら知らせをくれ」
と言って、準備状況を確認すると屋敷へ戻っていった。
屋敷へ戻って昼を食う。
献立は、シェリーの卵焼きとドーラさんの蕎麦だった。
おにぎりも付いている。
どうやらドーラさん積極的に作らせて技術を磨かせるという教育方針らしい。
シェリーの作った卵焼きはどこか家庭的な味がした。
シェリーは何もドーラさんの味をマネする必要はないのかもしれない。
この素朴でどこか安心する味はシェリーの味だ。
ドーラさんもそれをわかっているのか、ニコニコと食べている。
きっと、自分とは違う味に新鮮味を感じているのだろう。
お互いが刺激し合って高め合う。
いい師弟関係だ。
そんなことを思って私はおもいっきり蕎麦をすすりこんだ。
午後は装備の確認をする。
念のための確認だったからすぐに終わって、今度は自分の体の確認をしようと、裏庭で木刀を振っていると、ギルドから遣いが来て、『黒猫』が戻ってきたと知らせてくれた。
急いでギルドへ向かうと、さっそくギルマスの執務室へ向かう。
執務室の中に入ると『黒猫』のザックとアイザック、そして『青薔薇』のリズが地図を眺めていた。
私は、
「待たせたな」
と言って、いつものように遠慮なくソファに腰掛ける。
そしてザックと目が合うと、
「いますよ」
と、短くそう言われた。
(ちっ!)
心の中で舌打ちしつつも、ザックに向かってうなずき、続きを促がす。
「最初にルークたちが襲われた場所に向かいましたが、その少し手前、歩きで1時間くらいですかね?その辺りで狩りをした形跡がありました。状況から見ておそらく4、50くらいだと思います。本体でしょうね。村に近づくのは時間の問題だと思いますよ」
とザックは淡々と、しかし、真剣な目で状況を説明してくれた。
他にも周囲の状況を聞くと、どうやら獣の気配が薄いらしい。
状況は切迫している。
ザックの言う位置を地図上で確認すると、村から西南西方向、中層よりもやや浅いか?といったところ。
(群れの規模は…6,70くらいだと考えておいたほうがよさそうだな…。獣の気配が薄いとなると…)
やはり当初の予想通り、村に向かって来そうだ。
他の魔獣はあまりにも放置し過ぎたりしないかぎり、そう簡単には森から出ない。
しかし、ヤツらは違う。
魔獣のくせに手あたり次第というよりも効率を求める。
森に効率よく狩れる鹿あたりの群れがいなくなったら、奥へ戻るのではなく、村に目をつけるはずだ。
人や家畜の方が簡単に狩れるとでも思っているのだろう。
怖気が走る。
(この美しい村を踏み荒らされてたまるものか…)
心の中でそうつぶやくと、沸々と怒りが込み上げてきた。
(…いかん。冷静になれ。感情に流されてはいけない。最善を考えろ)
「ふぅー」
と深呼吸をしながら、怒りに押し流されそうになった自分に言い聞かせる。
そうして、少し落ち着きを取り戻すと、再び地図に目を落とした。
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