第133話 狼退治はみんなのお仕事03
1階に降りると、ちょうど治療を終えたリーファ先生と鉢合う。
「どうだった?」
と聞くと、
「とりあえず、大丈夫だろう」
と言うので、安心しつつも、
「今後は?」
と聞いた。
するとリーファ先生は、少し暗い顔で、
「…少し、時間が必要だね。もう一度冒険者になるかどうかは本人次第さ」
そう言う。
ケガで引退を余儀なくされる。
冒険者にはよくあることだ。
命が助かっただけマシだと考えるしかない。
(後はあの弓士の女性が支えてくれるだろうか?村でも何か支援ができればいいが…)
そんなことを考えつつ、すっかり暗くなった道をリーファ先生と一緒に歩いて屋敷へ戻った。
道すがらリーファ先生と話す。
「なぁ、リーファ先生。屋敷の警備についてなんだが…。どう思う?」
「ああ。マリーのことを考えたら離れだろうね」
「やっぱりそうか」
一応確認してみたが、やはりリーファ先生も同じ考えだったらしい。
私が続けて、
「リーファ先生にはエリスと一緒に村で遊撃を頼む」
と言うと、
「ああ、了解だ」
と言って、簡単に引き受けてくれた。
信頼する仲間がいる。
それが、どんなに心強いことだろうか。
少し前の私なら考えもしなかっただろう。
それが、今はこうして、誰かに遠慮なく頼っている。
私も少しは成長できたのだろうか?
そんなことを考えながら歩いていると、
「今日は甘いものが食べたいね」
とリーファ先生が言った。
「ああ、まったくだ」
私も苦笑いしながらそう答える。
「きっとドーラさんのことだ。用意してくれてるんだろうね」
と言って微笑むリーファ先生に、私が、
「この季節だから、草団子か…ああ、干し柿を練り込んだあれも美味いな」
とあれの甘さを想像して少し上を見ながらそう言うと、
「ああ、あれか。あれはいいね。緑茶によく合う」
と言って、リーファ先生は、ふと思い出したように、
「そう言えば、あれはなんて名前なんだい?」
と聞いてきた。
「そう言えば、聞いたことがなかったな…。きっとまだないんじゃないか?」
と私が答えると、
「そうなのかい?よし、とりあえずそいつを考えてみようじゃないか」
とリーファ先生が言うので、私たちはああでもない、こうでもない、と言って笑いながら屋敷へと戻って行った。
食後、予想通り出てきたその柿を練り込んだ求肥みたいなお菓子をみんなで食べながら命名の続きを話し合う。
結局名前は「柿もち」という見た目通りのものに決まった。
柿を使ったもちもち食感のお菓子だから「柿もち」。
どうやら、我が家にはネーミングセンスのある人間はいなかったらしい。
「うふふ。マリー様もお気に召したようですから、このお菓子もたくさん作っておきましょうかね」
と言うドーラさんの言葉に不思議と心が落ち着いた。
みんながこの様子ならきっとマリーもあまり怖がらずに済むだろう。
そんなことを考えながら柿もちの甘さをかみしめる。
やはりドーラさんの魔法にかなう者など我が家にはいない。
改めてそう実感した。
翌朝。
春霞の中、いつものように3人で稽古する。
2人ともやはり気合が入っているようだ。
早ければ明日には『黒猫』の連中が帰ってきて状況がわかるだろう。
こちらも最終的な詰めを行って準備万端で臨まなければ。
この刀を、村の剣を振るうのは今この時だ。
そう覚悟を決めて木刀を振る。
私もいつもより気合が入っていたようだ。
気が付くと、2人が驚いたような顔で私の方を見ていた。
(いい稽古だった)
そんな感想を抱きながら、役場へ向かうがアレックスの姿がない。
もしかしたら、役場についてアレックスがいなかったことなど初めてではなかろうか?
珍しいこともあるものだと思って執務机につくと、メモ書きがあって、
「世話役と調整。物品の確認。ご婦人方に依頼」
と書いてある。
どうやら朝から駆けずり回ってくれているらしい。
なんとも優秀な男だ、と思いながら目の前にある書類をめくった。
当然だが、書類の量は多くない。
緊急事態だ。
ただし、その緊急事態に際して執行する予算もあるから、最低限の決裁は必要になる。
そんな2,3通の書類に目を通すと、さっそくギルドへと出かけた。
ギルドに着くと、1階は物資とその運搬に駆り出された若い冒険者が出入りしていて、いつもより人が多く出入りしている。
運ばれている物資を見ると、弓矢に松明、呼子など、普段冒険者が使わないようなものもそろえられていた。
サスマタも置いてある。
いざという時のために備蓄しておいたが、まさか使うことになるとは思ってもみなかった。
私はそんな様子を横目に見ながらギルマスの執務室へ向かう。
部屋に入ると、
「よう待ってたぞ」
と言ってアイザックが無造作に書類を差し出してきた。
詳細な人と物資の配置計画が書いてある。
一通り読んだが、大きな問題は無さそうだ。
しかし、こればっかりは大雑把に済ませることはできないから、細かい点をいくつか確認する。
その結果、世話役の家の周りに設置を進めている竹の柵を、細い道にも設置してヤツらの侵入経路をある程度限定させようということになり、私が、
「おっちゃん連中に頼めばすぐだろう。あとで依頼しておこう」
と言うと、アイザックは
「ガキンチョを何人か遣いにやるからいい」
と言って、さっそく1階に降りていき、大きな声で若者たちに指示をし始めた。
その後もしばらくアイザックと、柵を置く前提で配置を少しだけ見直していく。
そうやって、なんだかんだと話し込んでいるうちに、昼時になった。
アイザックが、
「リーサが作った世界一美味いキッシュがたくさんあるが持って帰るか?」
と言ったが、
「いや、頑張ってる若者に食わせてやってくれ。なにせ、家にはドーラさんがいるからな」
と軽口を言ってギルドを出る。
(その世界一美味いキッシュの味もきっちり守らなければな)
と思いながら屋敷へ戻り、世界一美味いドーラさんの飯を食った。
午後、離れへと向かう。
いつものように玄関先にいるローズに声を掛けると、すぐに案内された。
リーファ先生も来ているという。
「うふふ。いらっしゃいませ、バン様」
といつものように微笑みながら迎えてくれるマリーだったが、目の奥にどこか緊張している様子がうかがえる。
(マリーは強い人だ。きっと私たちに余計な心配を掛けないように努めて明るく振舞ってくれているんだろう)
そう思ったから、私もあえていつも通り、
「ああ。お邪魔する。今日の飯はどうだった?」
と笑顔で挨拶した。
「うふふ。今日はラタトゥイユでしたのよ。あと、コッコのお肉もちょっとだけいただきましたの。とっても美味しかったですわ」
と言うマリーに、
「そうか。あのラタトゥイユは美味かった。シェリーが作ったそうだ」
と言うと、マリーはびっくりしたような顔で、
「まぁ、シェリーちゃんが?」
と言うと、
「お野菜にちょっとだけ歯ごたえがあったからいつもと違うなって思いましたけど、そうだったんですのね。うふふ。食べ応えがあったからお腹いっぱいになりましたって伝えておいてくださいますか?」
と微笑みながら言う。
「ああ、伝えておこう」
私はそう言って、少し間を置くと、
「聞いてると思うが、ほんの少しの間この家にみんなを泊めて欲しいんだ」
と言って、本題に入った。
「ええ、聞いております。うふふ。にぎやかになりますわね」
と言って、マリーはいつものように微笑む。
「はっはっは。そうだな。ルビーとサファイアもお泊りするから可愛がってやってくれ。ああ、そうだ、2人が最近気に入ってるおもちゃを持ってこさせよう。竹で編んだボール…村の子供らが蹴って遊んでいるやつらしいんだが、最近は、それを2人で転がして遊ぶのが楽しいらしい」
私があえて、そんな話題を持ち出すと、
「うふふ。それはとっても楽しそうですわね」
とマリーは楽しそうに笑ってくれた。
とはいえ、まだマリーの笑顔にはどことなく緊張感がある。
「心配ない」
私はそう言ってマリーを見つめるが、マリーは、
「バン様がお強いのはわかっておりますが、やはり心配ですわ」
と言って少しだけうつむく。
「心配ない」
私はそう繰り返し、
「そうだ。またあの組紐を作ってくれないか?あれは良く効く」
と言って、マリーに笑顔を見せた。
「うふふ。そうですわね」
と言って、微笑むマリーに、
「ああ。頼んだ」
とこちらも笑顔で返す。
「そう言えば、この前は、赤と白の2色でしたわね。今回はいろんな色を使ってとびっきり可愛いのをお作りしますね」
と楽しそうに言うマリーに、私が、
「おいおい。私みたいなおっさんがつけてられる程度のものにしておいてくれ」
と少し苦笑いしながらそう言うと、マリーは、
「まぁ。バン様だったらなんでも似合いますわ」
と微笑みながらそう返してきた。
その後も、他愛のない話をする。
最近は、庭に少しずつ花が咲き始めて毎日見ていても飽きないとか、お茶を飲んでいたら蝶が止まってびっくりしたとか、そんな話だ。
最近、マリーは庭の話をすることが多い。
外に出られるようになった喜びは私が想像しているより、何倍も大きいのだろう。
そんなマリーが大好きな庭を少し大きいだけの野良犬に踏み荒らされてたまるものか。
心の底からそう思った。
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