第132話 狼退治はみんなのお仕事02
とりあえず、1階のベンチでリーファ先生を待ちながら、アイザックと話をする。
「統率個体か…」
そう言うアイザックに、
「ああ、おそらく間違いないだろう。あの若者たちを襲ったのは、たぶん偵察役だ。群れの一部だと考えていい。なんでも1頭撃退したらすぐに退いたらしいからな。普通の狼なら取り囲んで執拗に攻め立ててくるはずだ。動きが戦略的すぎる」
と私の見立てを伝えた。
「となると…。大仕事だな」
そう言うアイザックに、
「ああ。空振りであってくれればいいが…。ともかく準備を急ごう。あいつらは集団がデカくなればなるほど人里に降りてきやすくなる。統率個体がいるとなればなおさらだ。しかも戦略的に動いてくるから厄介だ。おそらく村人総出になるだろう…。私は避難場所の確保に動く。そっちはできるだけ人を集めてくれ。炭焼きの連中にも避難を指示してこよう」
と言って、今後のことを少し打ち合わせていると、リーファ先生がやってきた。
「どうだ?」
と聞く私に、
「なんとかなったよ。しかし、当分の間は安静が必要だ。まぁ、その間の面倒はあの弓士の女の子がやってくれると思うがね」
と苦笑いしながらそう言う。
どうやら、あの弓士の女性はたまらず診察中の部屋へやってきたらしい。
「邪魔になる」
というリーファ先生に頭を下げて、なんでもするからそばにいさせてくれと頼んだとか。
(…なるほど、そういうことか)
と思った私は苦笑いしながら、リーファ先生に、
「わかった。すまんがとりあえず落ち着くまで頼んでいいか?私は炭焼きの連中に避難を指示してくる」
と言って当面の間、診てやってくれと頼んだ。
「ああ、それは大丈夫だが、そんなにかい?」
と聞くリーファ先生に、私が、
「ああ、統率個体がいるだろう。群れの規模はおそらく5,60だ」
と言うと、リーファ先生の目に緊張が走る。
「手は足りるかい?」
とリーファ先生は心配そうに聞いてきてくれるが、私が、
「まぁ、村人総出でなんとかするさ」
と苦笑いしながら答えると、
「わかった。私も準備しておくよ。なにせ、村人の一員だからね」
とリーファ先生は笑顔で答えてくれた。
リーファ先生の言葉をなんとも頼もしく感じながらギルドを出ると、いったん屋敷に寄って、ズン爺さんとドーラさんに簡単にことを伝える。
どちらもすぐに理解してくれて、備蓄やらを確認すると言ってくれた。
私も簡単に装備を整えると、またエリスに跨り、
「すまんが急ぎで頼む」
と言って、炭焼き小屋へと急いだ。
炭焼き小屋に着くと、ベンさんたちはいつものように働いている。
私が狼のことと、『黒猫』が調査に入ることを告げると、
「では、先に山菜取りなんかで森に入る連中へ声を掛けておきやす。『黒猫』の連中が戻ってくるまで何人か待機させておきやしょう」
と瞬時に役割分担をして、行動を開始してくれた。
「くれぐれも無理はするな」
という私の言葉にも素直にうなずいてくれる。
さすがは森のプロだ。
(ここは安心だな)
と内心思いつつ、私は村へ戻っていった。
途中、世話役の家に寄る。
とりあえず、明日役場へ集まってほしいと伝え、世話役の奥様にもご婦人方に保存食の用意を頼みたいと言ってから屋敷へ戻ると、すでに日が暮れていた。
暗闇の中エリスを厩舎に戻すと、コハクがすでに戻ってきている。
「ひひん」(リーファ泊まるって)
と伝えてくれたので、おそらく1人で帰ってきたのだろう。
「ありがとう。明日から忙しくなるかもしれんが、よろしく頼む」
と言って2人を撫でてから、屋敷へ戻った。
勝手口をくぐるとシェリーがいて、
「食堂におにぎりを用意してあります。リーファ先生にはこれから届けます」
と言ってくれる。
作業台の上を見ると、いくつかの竹で編んだ箱と鍋が置いてあるから、数人分のおにぎりとみそ汁を用意してくれたのだろう。
感謝しつつ私も食堂で握り飯とみそ汁に煮しめという簡単な食事を済ませた。
翌朝。
いつも通り稽古に出てきていた、ローズに簡単に事情を話す。
魔獣に詳しくないローズは少し緊張していたようだが、シェリーは、
「残党狩りくらいだったら問題ないです!」
と答えてくれた。
聞けば、エルフィエル大公国では騎士も魔獣狩りの訓練を一通り受けるらしく、狼との戦闘経験もあるらしい。
ある程度なら弓も使えるから、まずは屋敷の屋根から狙撃してある程度片付けたところで、近接に持ち込むと言っていた。
たしかに経験者らしい、いい作戦だ。
私が、
「そんなことにはならないようにするが、いざという時は頼む」
と言うと、
「お任せください!」
と言ってくれる姿がなんとも頼もしい。
いつもより少しだけ気合の入った稽古を終えると、食堂へ向かった。
朝食の席で戻ってきていたリーファ先生に話を聞く。
どうやら山は越えたらしい。
このあと、マリーの診察をしたらもう一度ギルドに戻って治療にあたってくれると言うので、私も安心して役場に向かった。
さっそく諸々の手配に動く。
世話役たちとの会議で、第一次的な避難場所は世話役たちの家になった。
それぞれに護衛の冒険者をつける。
そこが危ないと判断したら役場か私の屋敷、ギルドのいずれか近いところに避難させるよう頼んで、避難経路の確認と村人への周知徹底を頼んだ。
世話役たちの話では、昨日、数件回った感じだと、ご婦人方もおっちゃん連中も気合が入っているそうだから心配ないだろうということだったが、
くれぐれも無理はしないで欲しい。
安全第一だ。
と伝えて私たちはそれぞれの仕事に向かった。
昼前、ギルドに着くと、今度はアイザックと打ち合わせをする。
指令室はギルドで指揮はアイザック。
けが人が出たときのために、各所に荷車を用意して、運べる体制を整えるように指示した。
初心者冒険者はその運搬係と避難所の警備、ギルドとの連絡役もしてもらう。
中堅以上は森だ。
まずは人数と実力を確認してまとめておいてくれ、午後は配置を確認しようということにして、とりあえず、屋敷に戻る。
屋敷に戻ると今日の昼飯は、シェリーが作ったのだそうだ。
ドーラさんは行動食の量産に取り掛かっていてくれるのだとか。
ちなみにメニューはミートソーススパゲッティ。
シェリーのミートソースは、ドーラさんのように洗練された味わいではなかったが、少し甘みの強い味が、どこか喫茶店で出てくるものを想起させ、なんとも懐かしい気持ちになった。
私がそんな感想を抱きつつミートソーススパゲッティをすすっていると、少し遅れてリーファ先生がやってきて、私の皿を羨ましそうに見てくる。
私は苦笑いしつつ、今日のミートソーススパゲッティはシェリーの作だと教えてやると、すぐにシェリーがリーファ先生の分を持ってきた。
「お口に合えば…」
というシェリーに、
「むっ!これはこれで…」
と言いながら夢中ですすり込むリーファ先生の姿が面白い。
今、バタバタと動き回っている私たちにはこういう手軽に食べられてしかも炭水化物が多く摂取できる料理が最適の一品だ。
きっとドーラさんが指示してくれたのに違いない。
この場にいないドーラさんに感謝しつつ、私も負けじとすすり込んだ。
そんな美味い飯を食い終わり、リーファ先生と一緒にギルドへ向かう。
リーファ先生が患者のもとへ行くと、私は執務室へと向かった。
執務室に入ると、アイザックがサンドイッチ片手に、地図や書類を眺めている。
「急がせてすまんな」
私が一応軽く謝罪すると、アイザックはサンドイッチを飲み込みながら、
「いや、いいさ。今集められるメンツはこんな感じだ」
と言って、メモを渡してきた。
初心者、中堅、ベテランとおおよその区分けとそれぞれの得物が書いてあるそのメモを見ながら、私は、
「村に弓が少し少ないか…」
と感想を言う。
「ああ。サナとリーサにも頼むつもりだ。もちろん前線には無理だが、世話役の家の屋根なら大丈夫だろう」
「ほう。サナさんは弓が使えるのか…」
私が感心したようにそう言うと、
「ああ。ただし短弓を少しってところらしい。リーサは10年以上のブランクがあるから、2人で1人分以下の働きになるだろうがな」
とアイザックは教えてくれた。
「で、お前の屋敷はどうする?」
続けてそう言うアイザックに、私は、
「うちは十分だ。ローズとシェリーがいるからな」
と答える。
「そうか。助かる。いざという時は頼む」
そんな会話をしつつ、冒険者の配置を決めていった。
トーミ村は北と西を森に囲まれている。
南側はアレスに続く街道で東側は隣領との境界。
南側は村のメインストリートがギルドなんかのある中央部まで伸びている商業地区で最も人口が多い。
東側は田畑もあるが、果樹栽培が盛んな地区で、中央を除けば村で一番大きな集落がある。
そのどちらも、林に囲まれているから、実質トーミ村は森に囲まれていると言った方がいいのかもしれないが、魔獣がいるような深い森は北と西のみだ。
その北と西のうち北は果樹栽培もしているし、森の入り口は比較的浅い層が広く続いているから、見通しがいい。
そこから侵入してくることは考えにくいが、仮に侵入されたとしても、人家は村長屋敷くらいしかないし、役場という防衛拠点もあるから、リーファ先生がいれば少人数で対応できるだろう。
問題は西側だ。
西側は米の他に小規模ながら家畜の生産を行っている。
狼が狙うとすればここだ。
家畜はなるべく数か所に集めてもらえば3か所くらいになる。
そこには初心者を護衛につけることにした。
敵の数が多ければ家畜よりも自分の命を優先させ、最終的には1か所に集まって集団で防衛に当たってもらうよう、アイザックに指示する。
そして、森の中の討伐隊の動きは、南側から追い立てる役と、それに追い立てられたヤツらが村に入らないように横から森の中へ追い込む役、そして、北側で迎え撃つ役の3つにわけることにした。
北で迎え撃つ役は当然私だ。
しかし、今回は数が多い。
申し訳ないが、中堅どころを1組借りられないか?と頼むと、アイザックは、
「ああ。もちろんだ」
とすぐに了承してくれた。
その後も詳細を検討していく。
課題もあったが、概ねよさそうだ。
明日、最終的な詰めをすることにして、さっそく準備に取り掛かることにした。
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