17章 狼退治はみんなのお仕事

第131話 狼退治はみんなのお仕事01

シェリーが来てから初めての春先。

つまり、私があと数か月で39歳になろうかという頃。

トーミ村ではやっと雪が溶けて、またマリーが時々庭に出られるような気候になってきた。


マリーはレバーペーストをかなり気に入って、今ではすっかり朝食の定番になっているらしい。

それに、最近では普通の肉も柔らかく煮込めば食べられるようになった。

生クリームを使ったお菓子も気に入ったらしく、リーファ先生が「ほどほどに」と言うと、少し残念そうな表情をするという。

どうやら「食いしん坊」という我が家の家風はマリーにも伝染してしまったらしい。

だが、そのおかげでずいぶんと元気になって、初めて会った頃とはまるで別人のように見える。

体つきもしっかりとしてきたし、血色もずいぶんとよくなった。

こんなにうれしいことはない。


きっと、冬に入ってすぐの頃、大工のボーラさんに頼んで歩行練習用の平行棒を作ってもらったのが良かったのだろう。

おかげで冬の間も運動不足になることはなく、むしろ体力がついて、最近ではその平行棒を一人で何往復かできるようになっていた。


一度見せてもらった時の光景は今でも鮮明に覚えている。

「もう少しですわね」

と言って汗を流しながら、微笑むマリー。

その言葉を聞き、その姿を見て私は、

「ああ」

と言うことしかできなかった。

あの感情をなんと表現すればいいのだろうか?

どんな表情をするのが自然な解答だったのだろう?

今でも全くわからない。

わからないが、きっと私は知らず知らずのうちに、正解を導き出していたのだろう。

「うふふ」

と微笑むマリーの笑顔がそれを証明してくれているように思えた。


そんなうららかな春の日。

いつものように役場で仕事をしていると、

「村長さーん!」

と表から私を呼ぶ声がする。

そのただならぬ様子に急いで表へ出てみると、炭焼きの若者が息を切らしながら、

「若い冒険者さんがケガしてたんで、ギルドへ運んだら、ドリトンのおやっさんが村長さんのところのエルフ先生に来てもらえって言ったんで呼びにまいりやした」

と言ってきた。

「ひどいのか!?」

私がそう聞くと、その若者は、

「ええ。ちょいと深い傷に見えやした」

と真顔でうなずく。

私も真剣な顔でうなずくと、

「わかった。すぐに向かう」

と言って、離れへと走った。


この村にちゃんとした医者はいない。

いるのは産婆くらいだ。

リーファ先生が来てから薬の質はずいぶんとよくなったが、普段、内科は、昔薬の行商をしてた爺さんが診るし、外科は手先の器用な連中かドン爺が診ている。

そのドン爺が自分の手に余ると判断したということは、けっこうな重症なんだろう。

(…辺境の弊害が出てしまったか)

そう思ったが、今考えても仕方がないと、頭を切り替え、離れの玄関を叩いた。


応対に出てきてくれたローズに、

「すまん。村で急患が出た。診察が終わっているならリーファ先生を呼んできてくれないか!?」

と言うと、ローズは、

「かしこまりました!」

と言って急いでリビングへと向かってくれる。


じりじりしながら待っていると、すぐにリーファ先生が出てきてくれた。

「どんな患者だい?」

と真剣な表情で聞くリーファ先生に、

「冒険者がケガをした。深いらしい」

と簡潔に伝える。

「わかった。いくつか道具がいる。すぐにそろえるから表にコハクを呼んでおいてくれ。急いだほうがいいだろう」

そう言って、リーファ先生は屋敷に走り、私は厩へと走った。


裏庭に出ると、

「コハク、エリス!いるか!?」

と声を掛ける。

すると、すぐに、

「ひひん!」

とコハクの声が聞こえ、エリスと一緒にこちらへ駆けつけてくれた。

「すまん。私とリーファ先生をギルドまで頼む」

と言うと、2人は、

「「ぶるる」」

と鳴いて了承してくれたので、私はエリスに乗り、3人で玄関へと向かう。

ほんの少し待っていると、

「待たせたね。いくよ」

と言って診療器具が入っているであろう鞄を抱えてリーファ先生がやってきた。


「頼む」

サッとコハクに跨ったリーファ先生は、

「任せろ」

と頼もしくうなずいてくれる。

(治療の成否はその冒険者の将来にかかわる。間に合ってくれよ)

と思いながら私たちはギルドへ急いだ。


「どこだ!?」

ギルドへ着くなり私はそう叫ぶ。

すると、奥からサナさんが駆けつけてきて、

「こちらです!」

と言って案内してくれる。

さすがにいつものように淡々とはしていない。

ギルドには、こうしてけが人が出たときや、行商人を泊めてやったりするのに使っている個室が3つほどあって、その一番奥の部屋へ入っていくと、ドン爺が傷口を抑えて止血しているのが目に飛び込んできた。


「すみませんな」

と言うドン爺に、リーファ先生は、

「かまわん」

とひと言返して、

「とりあえず、湯を沸かして、なるべく多く包帯を用意してくれ。足りなければうちにもある」

と言って、リーファ先生はさっそく治療に取り掛かる。

見ると、胸と太ももの辺りに大きな傷があるようだ。

(熊か…狼か…)

そんなことを考えながら、

「そっちは任せた。私はアイザックに状況を聞いてくる」

と言って、私は執務室へと上がって行った。


私が遠慮なく執務室に入っていくと、

「すまんな。ちょうど今話を聞き始めたところだ。一緒に聞いてくれ」

とアイザックが言い、見るとそこには3人の若者がソファに座っている。

みんなどこかしらに包帯を巻いていた。

意気消沈したような顔で、目が赤い。

私を見た瞬間、立ち上がって挨拶をしようとする若者を「かまわん」と手で制して、私は、

「熊か?狼か?」

と、いきなりそう聞いた。

「狼です」

と装備からして索敵役の弓士らしい女性がそう答える。

まだ若い。

「そうか。数は?」

続けて私が質問すると、

「…わかりません。おそらく10はいなかったと思います。…気が付いた時には囲まれていて…」

とその若い女性は悔しそうに歯噛みしながらそう答えた。


「わかった。アイザック、地図をくれ」

私がそう言うとすぐにアイザックは手近にあった地図を差し出す。

それを広げながら、私は、

「どのあたりだ?」

とその若者たちに聞いた。

しばらくその地図を眺めたあと、やはり索敵役だろうと思われるその女性が、

「この辺りにある沢沿いの野営地です。いつも使っている場所だから…」

と地図を指さす。

おそらく先ほどの言葉の続きは「油断してしまった」と言いたかったのだろう。

今にも泣き出しそうなのをなんとかこらえているのがはっきりと伝わってきた。


「その辺りなら覚えがある。中層だが、比較的安全な場所だ。野営地に使うという判断は間違いじゃない」

私がそう言うと、

「ああ、よく聞く場所だな。よし、さっそく調査に向かわせよう。確か、『黒猫』が空いてたはずだ」

と言って、アイザックは執務室を出て行く。

後は私に任せれば大丈夫だと信頼してくれているのだろう。

そんなアイザックを見送り、私は、

「よし、その時の状況を詳しく話してくれ」

と言って、さっそく3人に状況の聞き取りを始めた。


話をまとめると、襲われたのは夜明け前、一番気が緩む時間帯。

だが、聞く限りではそれなりに経験のあるパーティーらしく、中堅とまではいかないが、少なくとも初心者ではないらしい。

それに狼討伐も数頭程度なら経験があるらしく、痕跡くらいはわかるという。

もちろん、見落としがあったことも否定できないが、それでも狼の方がよほど巧妙に行動しているらしいことがなんとなく見えてきた。


3人のケガの状態を聞くと、弓士の女性はかすり傷程度、他の2人も捻挫と打ち身、あと少々のかすり傷程度ということで、ひとまずは安心する。

後で、リーファ先生に診てもらうといい、と言って、執務室を出ようとすると、

「あ、あの!ルークのやつは大丈夫なんでしょうか!?」

とその弓士の女性が聞いてきた。

おそらくずっと気がかりだったのだろうが、なかなか聞けずにいたという雰囲気だ。

「あいつ、私のことかばって…」

という女性の目には涙がはっきりと浮かんでいる。

「心配するな。全力を尽くしてくれている。信じて今は休んでおいてくれ」

私はそう言って、肩を軽くたたきながら慰めたが、おそらくあまり効果は無かっただろう。

打ちひしがれるような3人を促がして、一緒に執務室を出て行った。


1階に降りて、3人をサナさんに託すと、ちょうどアイザックが戻ってきた。

「今、『黒猫』に話をしてきた。すぐに向かってくれるそうだが、2,3日かかるだろうな。…で、そっちは?」

と言うアイザックに、私は真剣な顔を向け、

「やっかいだ」

とひとこと言ってから、

「おそらく統率個体がいる」

と告げた。

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