第129話 村にメイドがやってきた04
食堂にはすでにリーファ先生がいてお茶を飲んでくつろいでいる。
マリーの様子を訊ねると日に日に食欲も出てきて、順調に回復しているから、そろそろ肉類も考えていいかもしれないと言うので、ならばまずはレバーペーストなんかどうだろうか?と提案してみた。
すると、リーファ先生は、
「おお!そいつは盲点だった」
と言って嬉しそうな顔をする。
どうやらリーファ先生は、最初は小さく刻んだり柔らかく煮込んだりしたものから試してみようと思っていたそうだ。
しかし、それでも肉を消化するのは大変だし、量を食べられるようになるまでかなり時間かかるだろうから、長期戦を覚悟していたらしい。
しかし、レバーペーストなら胃を慣らす時間をずいぶんと短縮できそうだと言う。
私の食い意地もたまには役に立つものだ。
そう思って苦笑いしつつもマリーの回復を想像すると嬉しさが込み上げてきた。
昼はナメコことヌメタケおろし蕎麦と卵焼き。
当然美味い。
そんな飯を食いながら、リーファ先生に、
午後はギルドに顔を出すが、おやつ時にはマリーを訪ねられる。
その時シェリーも紹介するから先に話しておいてくれるか?
と頼むと、リーファ先生は快く引き受けてくれた。
さっさとギルドで用事を済ませてこなければと思って手早く蕎麦をすすり、食後の茶を飲みながらシェリーの準備が整うのを待つ。
やがてシェリーがメイド服に剣というなんとも言えない恰好でやって来ると、さっそくギルドへと向かった。
ギルドに着くと、いつものように受付で仕事をしているサナさんに声を掛ける。
「やぁ、こんにちは、サナさん。昨日からうちに来てもらってるメイドのシェリーを紹介に来た。ついでにアイザックと…あとできればドン爺にも話があるんだが、空いてるか?」
と言うと、サナさんは、
「こんにちは。村長。2人とも大丈夫です。あと、サナです。よろしくお願いします」
といつものように淡々と返し、
「先に上がってらしてください。すぐにドリトンさんを呼んでまいります」
と言って一礼するとさっさと奥の作業場の方へと行ってしまった。
「ずいぶん、淡々とした人ですねぇ」
とシェリーが驚いたようにそう言うので、
「ああ。しかし悪い人じゃない。ちょっと不器用なだけさ」
と軽く答えておく。
(まぁ、そのうちわかるようになるだろう)
と思いながら、いつものようにギルマスの執務室に入ると、アイザックはぼんやりと書類を眺めながら茶をすすっていた。
「よう。暇そうだな」
私がそう声を掛けると、
「てめぇに言われたくねぇよ」
と言ってアイザックはいつものように悪態を吐く。
「今日は昨日から家に来たメイドのシェリーを紹介しに来た。よろしく頼む」
と私が言うと、シェリーは、
「初めまして。エルフィエル大公国からまいりました、シェルフリーデル・エル・リード・ルシェルロンドと申します。シェリーとお呼びください。よろしくお願いします!」
と元気に挨拶をした。
「お、おう…」
アイザックのやつは少し面食らっている。
そんなアイザックを見て、私は苦笑いしながら、
「今日は例の訓練場の申請の件で来たんだが…」
と言ったところで、ドアの開く音が聞こえて、
「おう。バン。何の用だ?」
とやや不躾にドン爺が入ってきた。
私はまた先ほどと同じようにシェリーを紹介し、シェリーも元気よく挨拶をする。
「おう。こいつぁまた元気なお嬢ちゃんだな。ドリトンだ。バンのやつはドン爺とかいって人のことを老人扱いしているが、まぁ好きに呼んでくれ」
と言って、
「で、俺には何の用だ?」
と、せっかちらしくいきなり用件を聞いてきた。
「ああ。そうだな。ドン爺にはシェリーの木剣を拵えて欲しい。材料と職人は任せる。得物はこの細剣だ。今朝少し剣筋を見た感じだと少し硬めの木が良さそうだ。頼めるか?」
そう言って、私が簡単な注文をすると、
「わかった。得物を見せてくれ」
と言ってシェリーが差し出した剣を受け取り、少し眺めてから軽く振る。
そうして試したあと、おそらく魔獣の査定に使うのであろう巻き尺を何度か当ててはメモを取るというようなことを5分ほど行ってから、
「4,5日待ってくれ」
と言って、さっさと部屋を出て行った。
そんな様子に私は、
「相変わらずせっかちな爺さんだ」
と言って苦笑いをする。
シェリー少しあっけに取られていたが、そんな様子を見て私はまた、
(まぁ、そのうちわかるようになるだろう)
と気軽に考えて、
「じゃぁ申請の話をしようか」
と言って適当にソファーに座り、アイザックと仕事の話を始めた。
申請の話はサクサクと進む。
多少予算のところで折衝はあったが、要するにギルドとしては、自分たちの望むものが出来上がるし、福利厚生が充実すればより多くの冒険者を呼び込めるわけだから銭湯施設の拡充に反対する理由はない。
資材に余裕がある状況を考えて、ついでにサウナも提案しておいた。
工期と予算についてはボーラさんと相談だが、今のところ、そこまで負担は無いだろうと踏んでいる。
私は、
「後はアレックスに任せているから、概要が決まったら建設計画書を出して申請してくれ」
と言い、
(そのくらいの事務は頑張れよ)
と心の中で思いながらギルマスの執務室を後にした。
屋敷の玄関まで戻ってくると、
「直接離れへ行こう」
と言って、さっそく離れへ向かう。
シェリーは思ったよりも緊張していない様子だ。
きっと今朝ローズに会ったからだろう。
離れの玄関に着き、おとないを入れると、すぐにローズがやってきて私たちを招き入れてくれた。
「お待ちしておりましたわ、バン様」
と言って、マリーが朗らかに迎えてくれる。
どうやらリーファ先生と談笑していたらしい。
今日も体調が良さそうだと思って安心し、
「すまん。待たせたか?」
と言って、いつものようにマリーの向かいに腰掛けた。
「今日はこのシェリーの紹介に来た。聞いてると思うが、昨日から我が家に来てもらっているメイドだ」
と言ってシェリーの方に顔を向ける。
シェリーがまた、先ほどと同じように、
「初めまして。シェルフリーデル・エル・リード・ルシェルロンドと申します。シェリーとお呼びください。よろしくお願いします!」
と挨拶をすると、
「あらまぁ、可愛らしいメイドさんね。うふふ。マルグレーテ・ド・エインズベルです。マリーと呼んでね」
と言ってマリーが微笑んだ。
そこからシェリーもソファに座り、女性4人で話が弾む。
マリーがプリンの味を語ると、シェリーが興味深そうに聞き、シェリーがエルフィエル料理の話をした。
どうやらエルフィエルの西部には、いわゆるブルーチーズがあるらしく、初めて見る人はびっくりするかもしれないが、一度食べると濃厚な味が癖になるとか、他のチーズに少し混ぜたりすると奥行の味になるとかいう話をしている。
他にも、どんな洋服があるのかとか髪型の話だとかのいわゆるガールズトークで盛り上がる4人を微笑ましく見つめていると、
「そうそう。今朝聞いたのだけど、シェリーちゃんも剣術をするんですってね?」
とマリーが話題を変えた。
「はい。実家は代々騎士の家系ですし、魔導院の騎士科を出てます」
とシェリーが答えると、
「なんで剣ではなくて、お料理の道に進もうと思ったの?」
とマリーが率直な疑問をぶつけた。
(そういえば、なんでなんだろうか?)
私はまったく気にしていなかったが、言われてみれば不思議だ。
私も興味深く聞く。
「えっとですねぇ…。なんというか、小さい頃から騎士になるのが当たり前だと思って、きたんです」
とシェリーは少し考えながらそう言い、
「もちろん剣術は好きなんですけど、自分が本当にやりたいことはこれで合ってるのか?ってふと疑問に思った時期がありまして…。それでよく考えてみたんです。そしたら、小さい頃から母と一緒に料理をするのが好きだったこととか、初めて作った料理を美味しいっていって食べてもらった時の嬉しさとかが蘇ってきて…。もちろん騎士も素晴らしい仕事ですけど、私は笑顔を守るんじゃなくて、笑顔を作る方の人になりたいって気が付いたんです」
とはにかみながらそう答えた。
「まぁ素晴らしいことね。ちゃんと自分の好きに気が付いて、それをお仕事にしようって決断したんですもの。とってもすごいことだわ」
と言ってマリーは胸の前で手を合わせ、感動したような顔でシェリーを見つめる。
「いえ、そんなたいそうなことでは…」
と言って、恐縮するシェリーに、
「ううん。とっても素敵なことよ。うふふ。とっても羨ましいわ」
と言ってマリーは微笑んだ。
しかし、その「羨ましい」という言葉の中に、ほんの少しの寂しさがあったような気がして、私はついガールズトークに口をはさんでしまう。
「マリーは手芸の先生にでもなればいい。村のご婦人方に人気が出るだろう」
何気なくそう言って、私はハッとした。
それではまるで、マリーがずっとこの村にいることを前提にしているようではないか。
いや、それはうれしいことだが…。
いや、やはりそれはいかんだろう。
エインズベル伯爵はマリーの帰還を何よりも望まれている。
そんな伯爵の希望を打ち砕くことなどできない…。
そんな考えが頭の中をぐるぐる回る。
私がそうやって、一人で狼狽していると、
「まぁ!それは素敵。うふふ。私もトーミ村のお役に立てるんですのね」
と言ってマリーが嬉しそうに微笑んだ。
「ああ、そうさ。マリーはもうこの村の立派な一員だよ」
と言って、リーファ先生が嬉しそうにマリーを見つめる。
私の頭はまだ混乱していた。
しかし、
(マリーはこの先に目標を見つけられるまでに快復した。それを素直に喜べばいいじゃないか。先のことなんて誰にも分らない。もしその時がきたら、マリーにとって最善の選択、マリーが本当に望む道を応援してあげればいい。それが家族だ)
そう思って、私もマリーを見つめ、
「ああ、そうだな。広い意味ではもう家族の一員だ」
と言う。
「まぁ!とっても素敵な大家族ね」
と言ってマリーが笑った。
その笑顔を薄く差し始めた西日が照らす。
わがままだということはわかっている。
しかし、私は、
(こんな日々がずっと続けばいい)
そう思わずにはいられなかった。
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