第128話 村にメイドがやってきた03

離れへの挨拶は明日にしようと言って、屋敷に戻ると、シェリーはさっそく台所へ向かっていった。

夕飯まではまだ少しだけ時間がある。

稽古をするというほど時間があるわけではない。

お茶でも飲んでぼーっとするのもいいが、さっきシェリーを介抱してくれたおっちゃんの家に礼でも届けに行こうかと思い、納戸からアップルブランデ―を一本取り出すと、散歩がてらおっちゃんの家へと向かった。


おっちゃんの家に着くと、おっちゃんはまだ畑仕事だという。

奥さんにさっきの礼だといってアップルブランデ―を渡すと恐縮がられ、こんなものしかないが、と言って、キューカやポロをたんまりともらってしまった。

こちらこそ逆に申し訳ないとも思ったが、これがこの村の良さでもある。

私は少し恐縮しながらも遠慮なく受け取り、わざわざ見送ってくれる奥さんに向かって後ろ手に手を振りながら屋敷へと戻って行った。


もらった野菜を抱えて台所に入ると、さっそくシェリーは野菜を剥いたりしてドーラさんと一緒に作業をしていた。

「とってもお上手よ」

と言ってほめるドーラさんの手元を見ながら、

「師匠にはかないません」

と言ってシェリーは驚いたような、打ちひしがれたような顔をしている。

きっとたどり着くべき頂の高さを見て驚いたのだろう。

頑張ってほしいものだと思いつつ、ドーラさんにさっきもらった野菜を渡すと、

「あらあら。こんなに。まぁ、どうしましょう。そうだわ、エリスちゃんはキューカが好きみたいですからお裾分けしましょう。あとポロは浅漬けと…辛みそ炒めと…ああ、揚げ出しもいいですわね」

と言って、嬉しそうに野菜を受け取ってくれた。


もうすぐできますからね、とドーラさんに言われたので食堂へ向かう。

食堂にはすでにリーファ先生がいてお茶を飲んでいた。

椅子に座り、じゃれついてくるルビーとサファイアの相手をしながら夕食を待つ。

しばらくすると、お待ちかねの夕食が運ばれてきた。


「お待たせしましたねぇ」

と言いながらドーラさんが食卓に並べてくれたのは、ポテトサラダといくつかの葉物野菜を付け合わせにしたハンバーグ。

そしてミネストローネのような見た目の具沢山のスープだった。

「パンじゃなくってご飯を用意しましたよ」

と言ってくれるのがうれしい。

いただきます、と言ってみんな揃って食べ始める。

私はまずスープに手を付けたが、ふと違和感を持った。


(美味い。美味いが…)

「なぁ、ドーラさん。いつもと何か変えたか?」

私がそう聞くと、

「すみません!お口に合わなかったでしょうか!?」

と言って、シェリーが立ち上がって頭を下げる。

「あらあら。気にしなくってもいいのよ?」

と言ってドーラさんは、シェリーを慰めながら、

「きょうのスープはシェリーちゃんに作ってもらいましたの」

と微笑みながら私に目を向けた。


「ああ、そういうことか。いや、美味いぞ。ただ、いつもと違ったから聞いてみただけだ。気にしないでくれ」

私はそう言ってシェリーに笑いかけ、またスープをひと口すすり、ハンバーグを食べる。

微妙な違いだが、ドーラさんの味を優しいと表現するなら、シェリーが作ったというこのスープは元気な感じだ。

夏野菜の生命力みたいなものがほんの少しの青さと共にはっきりと感じられ、そのどこか爽やかな野菜の香りがハンバーグからあふれる肉汁の濃厚さとよく合って互いを引き立て合っている。

(なるほど、いいハーモニーだ)

私がそんな感想を持っていると、

「懐かしいね。昔よく食べた味だよ」

と言って、リーファ先生がスープを眺めながら目を細めた。


「リーファ先…様は東部のご出身でしたか?」

「ははは。先生でいいよ」

「はっ。ありがとうございます」

「私は、公都の出身だよ。ただ、料理を作ってくれてた人が東部出身らしくてね。たまに作ってくれてたんだ」

「そうだったんですね。うちの母が東部出身なので、その味なんです。喜んでいただけてうれしいです!」

とシェリーはどこかほっとしたような表情で明るくそう言うと、座って自分も食べ始め、また、

「んふぉっ!」

と声を上げた。

そんな様子をみんなして笑いながら見つめ、シェリーは少し恥ずかしそうにはにかみながらも目を輝かせて食べ進める。

我が家の食卓にまた新しい景色が増えたことを喜びつつ、その日も楽しく食事を終えた。


翌朝。

いつものように稽古に出ると、ローズとシェリーが挨拶をかわしていた。

「今日にでも挨拶に行こうかと思っていたんだが、昨日からうちに手伝いに来てもらっているメイドのシェリーだ。これから一緒に稽古することになるだろうからよろしく頼む」

私がそうローズに告げると、

「はい。師匠。シェリーさんも改めてよろしくお願いします」

「いえ!こちらこそよろしくお願いします」

と言って、またお互いに頭を下げていた。

初々しい感じが微笑ましい。


「さっそく始めよう。…シェリー、まずは見ていてくれ」

そう言って、私はいつものように気を集中させ、型の稽古を始めた。

深く。

ひたすら深く、意識を沈め、感覚を研ぎ澄ます。

目の前の敵に向かって刀を振り、捌いてはまた斬りつける、という動作を繰り返した。

最後に裂ぱくの気合を込めて一撃を放つ。

ふと意識を戻して、汗を拭いシェリーの方を振り返る。

今日はローズも見ていたようだ。


「だいたい、いつもこんな感じで型を何度か繰り返す。なにか参考になったか?」

とシェリーに聞くと、

「お、恐れ入りました!」

と言って、頭を下げられた。

「ははは…。最初は驚きますよねぇ」

と言って、ローズが苦笑いしている。

「なに。時間はかかるが、そのうち2人もできるようになるさ」

と私が言うと、

「がんばります!」

「精進します!」

とそれぞれの返事が返ってきた。


(この2人、気が合うかもしれないな)

などと思いつつ、稽古用の木剣が無いというシェリーに後でギルドに行って調達しようと言い、試しにローズの木剣を振ってもらった。

昨日、チラリと見た感じでは細剣を使っているようだったから、慣れない形状に苦労している様子だったが、なかなかの剣筋をしている。

これなら少しコツをつかめばかなり上達するだろうと思い、次にローズの剣を見せてもらうと、シェリーは感心したように見入っていた。


やはり王国式とエルフィエル式とでは違う点があるのだろう。

お互いにいい刺激になったようで良かった。

それぞれが、それぞれに満足のいくいい稽古だった。


そんな稽古と朝食の後、いつものように役場に向かう。

上がってきている報告書はいつもの通り、野菜や果物の生育と稲の作付け状況。

他にも、材木や竹材、炭や紙の備蓄状況などがあった。

それらの書類に順次目を通していく。

ポロは傷がついたのが少し多めだと言うが、漬物にでもすればいいので特段問題はない。

おおよそ片付け終わって最後の書類を見てみると、珍しいことにギルドからの申請書類だった。

内容は訓練場の拡充と銭湯の新設。

特に弓の訓練をする場所が欲しいらしく、簡単な図面が書いてある。


予算の半分はギルド持ちなので、村の財政にそれほど大きな負担はないが、せっかくなら村民も利用できるようにできないかと考えて午後はまずギルドへ話をしに行くことにした。

(せっかくなら挨拶と木剣の依頼も兼ねてシェリーを連れて行くか)

ふとそんなことを思いつく。

「アレックス、このギルドからの申請だが、アイザックと少し詰めてくる。現状の予算状況を確認しておいてくれ。おそらく余裕はあると思うが、ボーラさんとの打ち合わせも必要だろうから前もって確認を頼む」

そう言うと、さっさと残りの書類を片付けて昼を食いに屋敷に戻った。


いつものように勝手口から屋敷に入るとドーラさんとシェリーが何やら談笑している。

どうやらすっかり打ち解けたようだ。

「おかえりなさいまし、村長」

「おかえりなさいませ」

「ああ。ただいま。うん、いつもながら美味そうな匂いだ」

私がそう言って笑うと、

「うふふ」

と言ってドーラさんも笑う。

「ああ。そうだドーラさん。午後ちょっとシェリーを借りてもいいか?ギルドに紹介しに行こうと思ってな」

「ええ。それはかまいませんよ」

とにこやかにドーラさんが許可を出してくれたので、

「と、いうわけだからすまんが午後は空けておいてくれ。ついでに木剣もちゃんと作ってもらおうと思っているから剣も持ってきてくれるか?」

と言うと、シェリーは、

「はい!」

と元気に答えてまた調理に取り掛かった。

ドーラさんの手元を真剣なまなざしで見るシェリーと、うふふと笑いながら楽しそうに料理をするドーラさん。

良い師弟関係だ。

そんな2人を見て、なんとも微笑ましい気持ちで食堂へ向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る