第92話 バンとリーファ先生とゴブリンと03
その夜、気配が動いた。
こちらの様子をじっとうかがっているが、まだ射程圏ではなさそうだ。
目を閉じたまま油断なく気配を読む。
(サルバンかヌスリー?…いやもう少しデカい。トラ型のジャール辺りの可能性の方が大きいな…)
そう思いつつ、
(このままどこかに行ってくれ…そうにはないな)
と心の中で苦笑して、私はゆっくりと魔力を練り始めた。
やがて藪の中から殺気が漏れてくる。
(来る!)
そう感じた瞬間、さっと身構えると、クラウチングスタートとは少し違うが、屈んだ姿勢から一気にそいつへ向かって飛び込んだ。
ソイツもちょうど飛び掛かろうとしたタイミングだったようで互いが交錯する。
一瞬で勝負は決まった。
私がソイツの左前脚の付け根から心臓辺りまでを一気に斬る。
さすがにデカいから胴体を真っ二つとはいかなかったが、人間の太ももよりもやや太いヤツの左前脚は綺麗に斬れていた。
「…まったく」
(睡眠のじゃまをしやがって)
そんな気持ちで一言つぶやき、さっさとソイツの魔石を取り出した。
ついでに腹を裂く。
そうやってなんとなく癖で解体しようとした時、ふと思った。
今回は魔獣討伐が目的じゃない。
たしかに、こいつの皮は売れるが…。
とりあえず、明日の朝にでもリーファ先生に相談してみるか。
そう思ってそのまま放置して寝ることにした。
リーファ先生を見ると、ぐっすり寝ている。
(…信頼されてるんだろうな)
そう思うと少しうれしいような、あきれたような変な気持ちになってとりあえず苦笑すると、またブランケットに包まった。
いつものように夜明け前に目覚める。
適当に湯を沸かし薬草茶を淹れていると、
「おはよう、バン君」
と言って、リーファ先生が起きてきた。
「ああ、おはよう」
私が気軽に挨拶を返すと、
「…で、あれは?」
とジャールの死骸の方を見ながらそう言った。
「ああ、昨日の夜襲ってきてな」
私がこれまた気軽に返すと、
「…相変わらずだね」
と言って苦笑いされた。
とりあえず、お茶を飲みながら話す。
「牙と尾くらいならたいして荷物にならないが、皮はどうする?持てないほどじゃないが、面倒くさい」
私が正直にそう言うと、
「そうだね…」
と言ってリーファ先生は少し考えてから、
「魔石は取ったんだろ?じゃぁそれで充分じゃないかい?」
と言ったので、牙も尾も含めてそのまま放置することにした。
虎の魔獣は食えない。
いや、食おうと思えば食えるらしいが、不味いらしい。
それに薬として使える部位も無いそうだ。
昔、ジャールの牙は薬になるという話を聞いたことがあるが?
とリーファ先生に言ったら「ただの迷信さ」
と言って鼻で笑われた。
食えないし、薬にもならないとは…。
まったく、面倒なヤツだ。
そう思ってヤツを一瞥すると、スープとパンの簡単な飯を食ってさっさとその場を後にした。
今日の目的地まで1時間もかからずたどり着くと、そこには目的の蔦が何本か生えていた。
リーファ先生が、
「うん。これなら十分だね。掘り出すのは任せていいかい?」
と言うので、私は、
「いや、護衛の任務は…」
と言いかけたが、
「なにちょっと周辺を探索するだけだよ。それにこの辺りはさっきのトラの縄張りの中だろ?だったら大丈夫さ」
と言って、後ろ手に手を振りながらその辺りを探索し始めた。
おそらく本来の目的物を探しているのだろう。
そう思って、私は地味に重労働な穴掘りを引き受け、採取に取り掛かった。
その蔦の根はそんなに深く張っているわけではなかったから、昼までには小袋1杯分は採れた。
やがてリーファ先生が戻ってきたので、
「こんなもんでいいか?」
と言って見せると、リーファ先生は、
「ああ、十分だ。このくらいの量があればあのエロオヤジが何人妾を抱えていようが一生使いきれないだろうよ」
と言った。
(なるほど、そういう類の依頼だったのか…。やっぱり貴族社会ってのはロクなもんじゃないな)
私がそう思って、げんなりしていると、
「それよりも見てくれ。少ないが採れたよ」
と言って、小さなシダのような植物を見せてくれた。
どうやらこれが目的の物らしい。
初めて見た。
私が興味深そうにそれを見ていると、
「それに胞子までついている。これはもしかしたら学院の温室で栽培できるかもしれん。まったく、幸運だよ」
と言って、喜色を浮かべながら大事そうに紙に挟んで採集用の木箱にそれを収める。
「よかったな。これで誰かの人生がいい方向に変わってくれることを願うよ」
私がそう言うと、
「…相変わらずだね、君は」
と言ってリーファ先生はさも嬉しそうに微笑んだ。
これで一応目的は達成したわけだが、茸をもう少し採っておきたいのと、そのシダもちょうど胞子を付ける時期ならもう少し欲しいということだったので、続けて3カ所目の候補地まで移動することにした。
そろそろ日が暮れる。
次の目的地もそんなに遠くはない。
今日はこの辺りまでだろう。
さて何を食おうか。
適当に野営の準備をしながら考えた。
ふと、緊急用に一応持って来た行動食が目に留まる。
ギルドでよく売っているチーズらしきものを練り込んだ乾パンみたいなやつだ。
こいつは不味い。
ぼそぼそしているし、うま味もなにもない。
しょっぱいだけの小麦粉の塊だ。
しかし、ふと思う。
こんな物でもうまくできないか、と。
確か、丸イモを少し持ってきていた。
干し肉もある。
そう思ってとりあえず、干し肉をお湯で戻しつつ丸イモを薄く切った。
干し肉が良い感じに柔らかくなったところで引き上げる。
その出汁に乾燥茸を入れてスープに仕上げた。
そしていよいよ乾パン。
適当な小袋に入っているのでそのまま叩いて細かく砕く。
次にスキレットを温めて薄目に切った丸イモを炒め、火が通ったところで先ほど戻した干し肉を細かく裂いてよく絡ませた。
適当に味を見て塩と胡椒で調整。
少し薄いくらいの味で抑えておいて、最後に砕いた乾パンを投入し軽く混ぜ合わせた。
さてどうだろうか?
一口味を見てみる。
少ししょっぱかったか。
それでもそのまま食うよりははるかにましな食べ物になった。
丸イモのホクホクした感じに乾パンのカリっとした食感がアクセントになっていてバランスが取れている。
普段の飯で食いたいほど美味いものではないが、あの小麦粉の塊をアレンジしたものとしては上出来な方だろう。
きっとそれなりに美味い物が出て来るに違いないと思って期待してくれているリーファ先生には悪いが、今日は私の実験の犠牲者になってもらおう。
申し訳ない。
そう思って出した丸イモと乾パンの炒め物は、やはり、それなりの評価だった。
「あの不味いものがまともに食えるものになったんだ、大成功…ではないが、実験結果としては十分だろうね。普段から食いたいものじゃないが…」
と言って、リーファ先生は、やや不満をこぼしながらもちゃんと食ってくれる。
すまん。
私は心の中で謝りながら、砕いてキッシュかパイの土台にすればどうだろうか?
いや、さすがにそれは野営では無理だな。
せいぜいパスタに振りかけるか、クルトン代わりにスープに入れるか、そんなところが関の山か…。
などと考え、
(まったく、使えない)
と内心グチをこぼしつつ、責任を持ってその丸イモと乾パンの炒め物を平らげた。
翌朝。
まともなスープで朝食をとると、さっそく最後の目的地へ向かって歩き始めた。
少し辺りを探索すると、杉の大木が何本か見つかって少量だが、目的の茸が生えていた。
蔦もあったが、リーファ先生がもういいだろうというのでそっちは無視する。
その日の役目は私が茸採りでリーファ先生がシダ探し。
護衛の役目は…とも思ったが、そんなに遠くに行くわけじゃないし、いざとなったら逃げられるから心配ない。
とリーファ先生が言うので、その言葉を信じた。
しばらくすると、リーファ先生が戻って来て、
「やはり胞子が付いていたよ」
と言って、ほくほく顔をしていたので、私もついついうれしくなって、また、
「良かったな」
と言い、無事に目的を果たせた安堵感からか、お互いに笑いあって、今回の冒険の大きな山を越えたことを喜びあった。
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