第93話 バンとリーファ先生とゴブリンと04

帰りはそれなりに急ごうというリーファ先生の提案で、昼は簡単に済ませて、さっそく行動を開始する。

その日は考えていたよりも少し先まで進めた。

やはり気持ちが軽いと足取りも軽くなるものだ。


翌日、まだ日が昇らないうちからリーファ先生に灯りを頼んで出発する。

順調に行けば明日の昼には目的の村まで行けるだろうというペース。

進むにつれてだんだんと森が拓けてきた。

とはいえ、これまでの鬱蒼として、じめじめした森から普通の森に変わったという程度。

相変わらず周りは濃い緑に覆われている。

しかし、下草をかき分けたり、岩登りをしなくていい分楽に進める。

やがて、大きな岩が見えたので、その岩陰で昼にすることにした。


昼も簡単でいいだろうと思って適当に準備をしていると、遠くに不穏な声が聞こえた。

「おい。リーファ先生」

私がそう言うと、

「ああ。聞こえたよ」

とリーファ先生も私を見ながらうなずいた。

「ちっ!」

思わず舌打ちをする。

半日か1日予定が遅れるかもしれない。

しかし、放っておくわけにはいかない。

なにせ、ゴブリンだ。


「まずは急いで腹に入れよう」

そう言って、丸パンにチーズを挟んで適当に入れた薬草茶で流し込む。

私はスキットルを取り出して、王都で買ったキルシュワッサーことエリファイをちびりとやってからリーファ先生の方を見て、

「さて、どのくらいの規模か…だな」

と言い、リーファ先生は私に、

「ああ、多ければ面倒だね…。まずは慎重に偵察しよう」

と言って、さっそく行動を開始した。


戻ってギルドに報告しようにも数がわからなければ討伐隊を組めない。

それに、日数もかかる。

そうなれば近所の村が危なくなるかもしれない。

規模が小さければいいが…。

そう思って、私たちは慎重に、かつ急いで声がした方へと進んで行った。


しばらく進んだ先に痕跡を見つける。

狸でも狩ったんだろう。

少し血の跡もあるから、負傷したヤツがいるのかもしれない。

ヤツらに助け合いの精神なんてないからそのケガをした個体はその辺に置いて行かれているはずだ。

この血痕をたどって行けばヤツらの巣の方向くらいはつかめる。

そう考えてしばらく歩いていると、案の定、足を引きずるゴブリンがいた。


私が、リーファ先生に目で合図すると、うなずいた彼女は背嚢からすっと弓を取り外して一射。

過たずゴブリンの首元を射抜いた。

声も出せずに倒れたゴブリンには目もくれずその先に続く足跡を慎重に追いかける。

すると、遠くに岩肌が見えてきた。


「あそこらしいな」

私がそう言うと、

「ああ、上手い具合に開けた場所なら助かるがね」

とリーファ先生が答える。

私は、

「ああ」

と短く言って先行した。


やがてぽつぽつと雨が降り出す。

「すぐに本降りになりそうだよ」

とリーファ先生が言うので、急いで雨具を取り出した。

エルフは天候を読むのがうまい。

なぜかはわからないらしいが、私は、おそらく気圧の変化をヒトよりも敏感に感じられるからだろうと推測している。

ともかく、そんなエルフであるリーファ先生が言うのだからこれから雨が強まるのは間違いない。

雨の中だと戦いにくい。

ますます厄介だ。

また心の中で「ちっ!」と舌打ちをしながらも先を急いだ。


やがて問題の岩肌の近くまで来ると、少し高くなっている場所から見えた巣らしき場所を観察した。

「洞窟か。中が狭ければいいが…」

私は中が狭ければそう大きな集団じゃないだろうと思ってそうつぶやく。

私の視線の先、ほんの少し森が切れたところに崖があって、高さ3メートルくらいの入口がある。

入口の前には20メートル弱くらいの幅に開けた場所があって、踏み固められたようになっていた。

あそこが巣で間違いない。

私がそんな状況をみて、さてどうやって攻めようかとかんがえていると、リーファ先生が、

「おあつらえ向きだな」

と言ってニヤリと笑った。


どういうことだ?

私がその言葉に戸惑っていると、リーファ先生は、

「地図を見せてくれないかい?」

と言ってきた。

私は、

「ああ」

と言って腰に付けた小さなバッグから簡単な地図を取り出し、リーファ先生に渡す。

リーファ先生は地図と目の前の崖を見比べ、なにごとかつぶやくと「うん」と言って頷き、

「おそらく中はそれなりに広いだろうね」

と言った。


それを聞いた私は、

(それなら中に斬りこんで戦うか…いや、それだと地形がわからない分逆に不利だ。統率個体がいたらどうする?中がそれなりに広いならいると思って行動したほうがいい。と、なると数もそれなりに多いか…)

となんとなくイメージを固めていく。

(やはりいったん踏み込んでおびき出してから入口付近で迎え撃つか…。慎重に動かないとケガをしかねないな…)

と思って、その作戦を伝えようとしたら、リーファ先生は、

「地形的に考えて出入り口は事実上あそこ一つだろう。他に枝分かれしていたとしても水が流れているか狭いかしてゴブリン程度の知能じゃ使えないだろうからね」

と言って洞窟の地形を教えてくれた。


私はその情報を聞いて、

(そうするとやはり、私が一度中に突っ込んでおびき出し、入口手前の空き地で叩くのが最善だ。リーファ先生には遠距離から牽制を頼もう)

と判断し、

「じゃぁ、私がいったん中に入って…」

と言いかけたが、そんな私の言葉を手で制して、リーファ先生は一言、

「任せてくれ」

と言った。


「まずはいったん様子をみよう。他に外に出てるヤツがいるかもしれないから、そいつらが戻ってくるまで待った方が良い」

と言って、リーファ先生は、一端この場を離れることを提案してきた。

「おいおい、いくらなんでも…」

と私が抗議しようとすると、リーファ先生はまた私を手で制し、

「まぁ、落ち着きたまえよ。仮に統率個体がいたとして、そいつが狩りにでも出かけていたら後々面倒なことになるんじゃないかい?だったら今は待つべきさ」

と言った。


私はなんだか釈然としなかったが、リーファ先生の言うことも確かに一理ある。

それに、こう言ってはなんだが、経験という点においてはリーファ先生が一枚も二枚も上手だ。

しかもリーファ先生は思慮深く理論的な人だから適当な感覚で物を言わない。

だったらここは信じていい。

私はそう思って、自分の意見をいったん飲み込むと、リーファ先生に向かって軽くうなずき、

「わかった」

と言った。

すると、リーファ先生は、

「うん。任せておきたまえ」

と言って、余裕たっぷりに微笑み、

「さぁ行こう」

と言って、来た道を引き返していった。


先ほど昼を食った地点とゴブリンの巣のちょうど中間くらいの場所で雨宿りをする。

リーファ先生がお茶にしようというので、いつもの薬草茶を淹れた。

やがて、リーファ先生は、

「ゴブリンの統率個体は、普段は配下に狩りを任せているが、たまに狩りに出かけることがあるんだ。正確なことはわからないけど、自分の強さを示すためだとか言われているね」

と言って私が知らないゴブリンの生態を教えてくれた。

「だからああいう閉鎖的な場所で戦うなら奴らが巣に戻って来る夕方まで待って一気に殲滅するのが、一番効率的なのさ」

と言うと、

「まぁ、ゴブリン掃除としては楽な方だよ」

と、肩をすくめながら苦笑した。

私はどういう感じになるのか、全く想像がつかなかったが、リーファ先生が大丈夫だと言うのだからきっと大丈夫なんだろう。

いざとなったら、斬り込むだけだ。

そう思って、

「そんなものなのか…」

とだけ答えると、ひとまず、のんびりとお茶をすすった。


やがて、日が暮れ始める。

雨はまだ降っていた。

「さて、行こうか」

そう言って、リーファ先生は杖を取ると、

「ああ、どうせすぐ済む。荷物は置いて行こう」

と言って、さっさと先ほどの洞窟の方へ向かって歩き出した。

私も信じてついて行く。

ほどなくして、洞窟の入口に着くと、先ほどまでは無かった足跡と何かを引きずったような跡があった。

リーファ先生はそれを確認して、

「やっぱり統率個体が出ていたようだね」

と言い、

「さて始めようか」

と言って、何事かつぶやき始めた。

魔法言語というやつだろう。

ヒトには聞き取りが難しい。

私は、

(リーファ先生は今無防備だ。とりあえず万が一に備えるか)

と思って、リーファ先生のすぐ斜め後ろに立ち、いつものように魔力を練り始めた。


リーファ先生の声はまだ続いている。

やけに長い。

私の知っている魔法の詠唱というやつは、10秒もかからずに終わる。

…もしかして!?

私がそう思った瞬間だった。


「エピドス」

リーファ先生がそう言うと、洞窟の入口に向かってまばゆい光の線が飛んで行く。

そして、数舜後、熱気が襲ってきた。

「ドース」

とリーファ先生が続けてそう言うと熱気が収まる。

いや、熱気を防いだんだ。

洞窟の奥から赤い光が見える。

私がそんな光景をあっけに取られながら見ていると、

「そろそろもっと雨が強くなるみたいだね。おかげで森林火災にはならなさそうだ」

と言ってリーファ先生は「はっはっは」と快活に笑った。


私はあっけにとられて、ただただ茫然とする。

頭の中では、

(確かまだ魚の干物が残っていたよな?今日の晩飯はそいつで出汁を取ったトマトリゾットにしよう。デザートには干し果物を入れて甘くしたパンケーキを焼いてもいいかもしれない。…この人には優しくしよう)

と、そんなことを考えていた。


そんな出来事から3日。

私たちは無事東の公爵領と王都を隔てる川の河口付近の町までたどり着いた。

一応、私はこの数日間、平静を保てていた。

と思う。

ちゃんと会話はできていた。

はずだ。

あの衝撃はまだ残っているが、私は極力気にしないように努めていた。


そんな私の気持ちを知ってか知らずか、リーファ先生は、

「いやぁ、今回も世話になったね。とりあえず、新鮮なソルでも食わないか?さっき馭者からソルの美味い宿を聞いておいたんだ。いやぁ楽しみだ。なにせ、河口付近で獲れるソルは味の濃さが違うからね」

とはしゃいだような口調で、そう言い、

「ああ、金なら大丈夫だよ。あほな貴族からたんまりと巻き上げてきたからね。依頼の報酬とは別にここはおごってあげるよ。さぁ行こう!」

私の前を大股でズンズンと歩き始めた。

そんなリーファ先生の子供みたいに無邪気な様子を見ていると、あの衝撃的な出来事がまるで何かの冗談だったかのように思える。

(…そうだな。よし、食うか!)

そう思い、私はとりあえず、自分の中の衝撃を捨て去ることにした。


(なに、リーファ先生はリーファ先生だ。この人に驚かされるのは今に始まったことじゃない。そこにちょっと強い魔法が増えただけじゃないか)

そう思うと、私はやっと自分を取り戻し、

「久しぶりに刺身が食いたい」

と前を行くリーファ先生にそう言った。

「お。いいねぇ」

と言ってリーファ先生は、「はっはっは」と無邪気に笑う。

(うん。こういうのが一番だ)

「こういうの」というのがどういうのかは自分でもわからなかったが、とりあえず、「こういうの」が一番だと思って、私も笑いながら、大股で歩き始めた。

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