第91話 バンとリーファ先生とゴブリンと02

1日目と2日目は順調。

リーファ先生が適当に飯用の野草を摘んだり、この森になら良く生えている種類の薬草を少し採取したりしながらでも目的の距離に到達した。

心配していた雨にも降られず、微妙な気配を避けながら進んだから、魔獣に出くわすことも無かった。

この、気配を読むのというのは、私もリーファ先生も得意だ。

もちろん油断などしないが、森の比較的浅い場所ではそこまでの危険はない。


2日目の夜。

魚の干物で出汁を取ったショートパスタを堪能したあと、いつもの薬草茶を飲みながら明日からの行動予定を確認する。

「まず1つ目の候補地はこの辺り。明日の昼には着くだろう。目的の物があれば採取、なければ少し移動して次の候補地の少し手前で野営を挟む。次の日朝からその場所を調査してなければ午後は移動。また野営を挟んで最後の候補地を見てみるが…」

「ああ、そこにも無かった場合どうするか、だね」

「ああ。予定通り諦めるか?食料的な余裕は…2日ってところか。森で何か獲れば別だが」

「そうだね…」

といってリーファ先生は少し考えこみ、

「今回はできれば3の候補地全てを回りたい。余裕があればもう一か所くらいは回りたいところだね」

と答えた。

「ほう。そいつはなんでだ?」

冒険の基本は目的を達成したら即撤退だ。

欲をかくとろくなことにならない。

だから、理由次第では反対しようと思ったが、

「ああ、稀にだがそういう環境に生えている貴重な薬草がある。こいつは採りに来た薬の材料なんかと違って喘息なんかの呼吸器疾患によく効くからね。生息場所がわかって今後もある程度採取が期待できるようになるとすれば多くの人の役に立つ」

そう言うリーファ先生の目は真剣だった。


たぶんだが、こっちが本当の目標だったんだろう。

お偉い貴族さんから十分な費用をふんだくって、その金を本当の目的物を手に入れるための旅費に充てることにした。

そんな筋書きが見える。

「なるほどな」

私はそう言って、リーファ先生の思惑に付き合うことにした。

「すまんね」

リーファ先生はそう言うが、少し嬉しそうな顔をしている。

相変わらず優しい人だ。

私も学院から追い出されそうになるたびにこの人に助けられた。

私はただ冒険していただけだが、リーファ先生はいつもついでに薬草を採ってこい言っていた。

後から聞いた話だと、あれは「私の助手としてフィールドワークに行かせている」という言い訳作りのためだったらしい。

おかげで無事に卒業することができ、最低限だが実家の面目を保つことができた。

支援してくださった辺境伯様は渋い顔をしていたらしいが、お詫びに虎の皮と魔石を送っておいたからきっと許してくれたに違いない…と思う。


翌日は曇天模様だったが雨は降っていない。

ただし、湿度が高かった。

いつもより暗い森の中を慎重に歩かねばならないから、意外と体力を消耗した。

一応、大丈夫か?と思ってリーファ先生の様子を見てみたが、面倒くさいなという顔をしながらもしっかりとした足取りでついてきている。

さすがはエルフ。

森のプロだ。


しばらくするとさらに森が濃くなってきた。

先ほどよりも湿度が上がったように感じる。

(…地形的にはもうそろそろのはずだが)

そう思って歩を進めていると、やがて小さな谷の淵に出た。

おそらく昔は渓流が流れていたのだろうそこには大きな岩がゴロゴロしているし、太い杉もいくつか生えているのが見える。

「この辺だが、どうだ?」

私がそうリーファ先生に聞いてみると、

「ああ、いい感じだね。想像以上に好条件だ」

と言って、さっそく採取道具を取り出そうとした。

「おいおい。まずは少し腹に入れよう」

私が苦笑いしながらそう言うと、

「ああ、そうだね。すまん、つい興奮してしまったよ」

とこちらも苦笑いしながら、そう言う。


「で、飯はなんだい?」

そう聞くリーファ先生に、

「とりあえず…」

と言って、軽く辺りを見回し、

「ああ、あそこで水が湧いてるな、簡単にパンとスープでいいだろう」

そう言って私は水を汲みに行った。


私が戻ると、リーファ先生は適当な倒木に腰かけていたが、その足元には魔道具のミニストーブと小鍋が置いてある。

「お、すまんな。さっそく作ろう」

私はそう言うとさっそく調理に取り掛かった。


調理といっても簡単なものだ。

まずは鍋に小エビと乾燥トマトを入れて塩コショウとハーブで適当に味付けしたらスープが出来上がる。

それに硬パンを浸して食べるだけだ。

少量だがチーズも持って来たから、好みで入れてもいいだろう。

行動食としては上出来なほうだ。

「「いただきます」」

そう言って、食い始める。

「うん。エビの香ばしさがいいね」

「ああそうだな。やはり海が近い地方だとこういう簡単に出汁がでる食材があって便利だ。実家ではまず食えん」

私はそう言って、辺境辺りの食糧事情を少し憂えた。


海産物と塩、つまり海の恵みは王都と東西の公爵領が独占している。

塩は国の政策として内陸でも普通に買えるようになっているが、海産物はその政策の対象じゃない。

だから輸送コストがかかる分、王都と公爵領以外では割高だ。

辺境なんてその最たるもので、あまりにもコストがかかり過ぎる。

(この冒険が終わったら少し実家に持って行ってやるか…)

そんなことを思いながらさっさと飯を腹に詰め込むと、さっそく探索を始めた。


茸はあった。

意外と簡単に見つかったものだからさほど貴重なものだとは思えなかったが、採れた量は小袋1杯分。

小袋の大きさは4Aサイズくらいだから多いと言えば多いような気もするし、少ないと言われれば少ないような気がする。

「必要な分はこれで足りるか?」

とリーファ先生に聞いてみると、

「一応ね…。ただ、もうちょっとあってもいい。頻繁に採りに来させられるのは面倒だからね」

と言って、げんなりとした顔をし、

「ああ、根の方はそんなに量はいらないよ。せいぜいその小袋に半分もあれば十分さ」

と言った。

一体なんの薬なんだろうか?

そう思いつつも、仕事は仕事だと割り切って気にしないことにした。


「さて、ここら辺は十分だね。次の所まで少し移動しよう。どのくらいだい?」

「そうだな。4,5時間ってところか。余裕があるならここで野営したいが…」

私がそう言うと、

「大丈夫、灯りの魔道具があるからある程度暗くても進めるさ」

と言って、手に持った杖をポンポンと叩いた。

「ほう…。しかし、だったら松明でいいだろう。あいつは高くつく」

私が灯りの魔道具はコストパフォーマンスが悪いと思ってそう言うと、

「いや、この杖は特別製でね、本来は攻撃魔法の補助に使うんだが、おまけの機能として灯りも付くんだよ。そんじょそこらの灯りの魔道具とは比べ物にならないくらい明るいし、コストもほとんどかからないよ」

とちょっとドヤ顔でそう言った。

「へぇ、そいつは便利そうだな…。まぁどうせ買えないような値段なんだろうし、魔法に縁のない私には無用の長物だろうがな」

と言って、私は苦笑いしつつ、

「じゃぁお言葉に甘えて先に進もう」

と言った。


リーファ先生の言う通り、その杖は非常に明るい光を発した。

日本的な記憶で言えば性能のいい懐中電灯くらいはありそうだ。

そんな光に助けられて感覚的には8時か9時くらいには次の目的地のそばまで到達することができた。


「よし、さすがにこの辺でいいだろう。明日も早い。手っ取り早く飯にしよう」

昼が魚介だったから夜は肉だ。

と言っても、干し肉だが。

茸と牛の干し肉でスープを作り、そこにショートパスタを入れて煮る。

パスタを別に茹でないからスープに粉の臭いととろみがついてしまうが、そのとろみが汗で冷えた体にちょうどいい。

昼間ついでに採っておいたロットというセリのような野草を適当に切って乗せたら粉臭さが多少消えてさっぱりと食えた。


食後、薬草茶を飲みながら明日の予定を確認したりしたあと、少しだけ世間話をした。


「そういえば、この薬草茶はちゃんと飲んでるかい?」

というリーファ先生に、

「ああ。飲むと疲れが少し取れるような気がするからけっこう気に入ってる」

と言うと、

「ほう。そいつは良かった。どうやら体に合ったみたいだね」

と言うリーファ先生に、私は、

「ああ、いい物を紹介してもらった。ありがとう」

と言って、軽く頭を下げた。

するとリーファ先生は少し照れたようで、「いやいや」と言いながら顔の前で手を振り、

「礼を言われるほどたいしたことじゃないよ」

と言って、

「さぁそろそろ寝る準備をしようか。警護を頼むよ」

と言って、さっさと寝袋に包まった。

私はそんな様子を見て少し苦笑いをし、自分もブランケットを羽織ってさっさと寝た。

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