第61話 イノシシ狩りも村長の仕事07

その後、私は3人に見送られ出発する。

夕方前に炭焼き小屋に着くと、ベンさんがほっとしたような表情で出迎えてくれた。

「やぁ、ベンさん。終わったぞ」

と私が気軽に声をかけると、ベンさんは、

「ありがとうごぜぇやす」

と言って深々と頭を下げてくる。

私はそんなベンさんに軽く顔の前で手を振りながら、

「いや、なにたいしたことじゃない。ともかくこれで一安心だ。早めにドン爺さんたちに合流してやってくれ」

と答えながら、応援を要請した。

場所は大体わかるというベンさんに、イノシシは全部で17だったと告げると、ベンさんは、

「そんなにいやがったんですかい…」

と驚きの表情を浮かべ、そばにいた連中に大きな声で、

「おい、手の空いてるやつはイノシシが優先だ。なるべく急いでドンのおやっさんを手伝ってやってくれ」

と指示を出し、

「すいやせん。まさかそんなに多いとは思っておりやせでした。ドンのおやっさんも大変でしょうから、すぐに解体の上手いやつを差し向けます」

と言って頭を下げてくる。

そんなベンさんに私は、軽く、

「ああ、よろしく頼んだ。くれぐれも気を付けてくれよ」

と一応念を押すように言って、その場をすぐに発った。


帰りは少し急ぐ。

私の腹は美味い晩飯を求めていた。

さて、今日の晩飯はなんだろうか?

ルビーとサファイアも土産の肉を待ちわびているだろう。

久しぶりの新鮮な魔獣肉だ。

2人が、がっつくように食べる姿が目に浮かぶ。

私はそんなことを考え少し微笑みながら、家路を急いだ。


やがてとっぷりと日が暮れたころようやく屋敷に着く。

私が玄関をくぐるとそこにはルビーとサファイアがいて、

「きゃん!」(おかえりなさい!)

「にぃ!」(お肉!)

と言って、はしゃぎながらじゃれついてきた。

どうやら、ずいぶん前から私が帰って来る気配を感じていたらしい。

私はそんな2人に向かって、

「ただいま。肉はすぐにドーラさんに切ってもらおう。生でいいか?」

と聞く。

すると、すぐにルビーが、

「にぃ!」(生!)

と反応し、続いてサファイアが、

「きゃん!」(私も生でいい!)

と答えた。

おそらくサファイアはルビーの好みに合わせてくれたんだろう。

ずいぶんとお姉さんになったものだ。

私はそんな2人の成長をうれしく思いなが2人を抱き上げ、ひと撫でしてやる。

すると、奥からドーラさんもやって来て、

「村長おかえりなさいまし。この子達ったらさっきからうずうずしっぱなしだったんですよ。よっぽど村長の帰りが待ち遠しかったんですね」

と私の腕の中にいる2人を軽く撫で、「うふふ」笑いながらそう言った。

私は、待ち遠しかったのは私よりも土産の肉だったんじゃないかと思って少し苦笑する。

しかし、それでもこうして出迎えてもらえるのはうれしいものだと思い直して、

「そうか、そいつは嬉しいな」

と言うと、また2人を「よしよし」といって撫でてやった。


「そうだ。ドーラさん、すまんが2人に肉を切ってやってくれないか?」

そう言って、私は2人を下ろすと背嚢の中から肉を取り出し、

「夜遅いから食い過ぎには注意してやってくれ」

と笑いながら言って、ドーラさんに渡す。

「きゃん!」(お肉!)

「にぃ!」(お肉!)

と言って、うちのお嬢様方は興奮してドーラさんの足元をグルグルと駆け回るが、

「あらあら、2人とも、今晩は少しだけですよ。夜中にお腹が痛くなったら困るでしょ?明日の朝はたっぷり用意してあげますからね」

とドーラさんに言われ、

「…きゃん」(はーい)

「…うなぁ」(…うん)

と少し意気消沈したような感じで鳴いた。

私はその様子がおかしくて、

「はっはっは。肉は逃げないさ。たっぷりあるからゆっくり食うといい」

と言って2人をなだめてやる。

そして、ドーラさんも仕方ないわね、という表情で微笑みながら、

「さぁお台所へいきましょう」

といって、2人を連れて、奥へと下がっていった。


2階の自室へ入り一息ついて、旅装を解き、装備の点検を始める。

刀に異常は無い。

防具の返り血は帰りに少し流してきたから問題ないが、念のために手入れ用の脂を塗り込み、ベルトの締め具合なんかを念入りに確認した。


そんな作業をしていると、ドーラさんがやって来て、

「村長、とりあえずお茶をどうぞ。さぞお疲れでしょうからごゆっくりなさってください」

と言って、いつものように薬草茶を淹れてくれる。

いつもの味が心地いい。

そんなお茶の味にほっとしながら、私は、

(ああ、帰ってきたんだな。待ってる人がいる家に帰るということは、こんなにもほっとするものなのか…。この村に来るまでそんなこと思いもしなかった。私も歳をとったな)

と、思って私はひとり苦笑いを浮かべた。


私が一人、遅めの夕食の席につくと、そこへリーファ先生がやってくる。

「やぁおかえりバン君」

「ああ、ただいま」

「どうだった?今回の冒険は」

「まぁいつもの通りさ」

と、簡単に帰還の挨拶を交わすと、リーファ先生は、

「まぁ、そうだろうね。私はバン君のことだから心配ないとは思っていたけれど、マリーは少し心配していたよ。なにせ、魔獣なんてまったく縁のない所で生活していたんだからね」

とやや苦笑い気味の顔でマリーが心配していたことを教えてくれた。

私はなんとも申し訳ないような嬉しいような変な気持ちになり、とりあえず、

「そうか…。明日にでも心配をかけてすまんと伝えておいてくれ」

とやや軽い口調で答える。

すると、リーファ先生は顎に手をあてて少し考えるようなそぶりをしてから、

「もしよければ明日マリーに今度の冒険の話を聞かせてやってくれないかい?」

と意外なことを言ってきた。


私は若い女性が血なまぐさい冒険話を聞きたがるとは思えなかったので、

「ん?ああ、それは構わんが、マリーにそんな話をしても面白くないだろう」

と言うと、リーファ先生は、

「いやいや。マリーはあれで好奇心の強い子だからね。ちょっとびっくりするかもしれないが、きっと面白がってくれるよ。それに冒険の様子がわかればこれからは少し安心するだろうからね」

と言って、私にその理由を説明してくれる。

私は何となく理解できない感じもあったが、

「なるほど…。そういうものなのか?まぁリーファ先生がそう言うならそうしよう」

と、とりあえずそう答えると、そこからは、マリーの容体のことや、私が留守中の話なんかを話しながらゆっくりと飯を食った。


そして、食事が終わる頃。

ドーラさんが、

「今日のデザートはアマイモようかんですから、緑茶にしてみましたよ」

と言うと、リーファ先生が目を輝かせ、

「ほう、そいつはいい!よし、私も食おう」

と言って、さっそく私の皿から1つ横取りして口に放り込む。

ドーラさんが「あらあら」と笑い、奥に下がると追加のアマイモようかんを持ってきてくれた。


すると、風呂の準備を済ませたズン爺さんの後ろから、ルビーとサファイアも食堂に入って来る。

そして、やたらとドーラさんに甘え始めた。

どうやらアマイモようかんを要求しているらしい。

女性にとって、甘いものは別腹だというが、どうやら家のお嬢様方もその例に漏れないようだ。

私はそんな光景を微笑ましく眺めながら、自分もアマイモようかんを一口食って、緑茶をすすりながら、

(私が日本人だったかどうかは知らない。だが、この至福の瞬間はおそらくどの世界でも共通だろう。気の置けない仲間、他愛のない会話に美味いお茶とデザート。我が家の食堂には今、間違いなく温かい空気が流れている)

とそんな感慨にふけった。

ドーラさんが2人の分のアマイモようかんを「少しだけですよ」と言って小さく取り分けてあげている。

きっと今この家の皆が私と同じようにささやかな幸せを噛みしめているに違いない。

私はそんな柔らかい空気を感じ、今回の冒険が終わったことを実感した。

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