閑話 エデルシュタット家の食卓 04

第62話 BLTロールと豚シードル煮そして角煮への道

イノシシ狩りから5日ほどたった。

先日、『黒猫』や炭焼きの連中の協力でやっと肉の運び出しが終わったところだ。

皮も牙もきちんと取れたからドン爺が喜んでいたらしい。

これでギルドも少しは潤うだろうか。

肉は主に肉屋に卸したが村人用に安値で販売するように釘を刺しておいた。

あの肉屋の主人はお人好しだから心配ないだろうが一応念のためだ。


肉屋のベーコンは美味い。

もちろんハムもソーセージも美味いが特にベーコンは絶品だ。

何が違うんだろうか?

おそらく何かあるんだろうが、そこは企業秘密。

あえて聞かないが、どうやら事前に漬け込む汁の配合と燻煙の仕方にコツがあるらしい。

私が望むのは、この村の食生活を豊かにすること、ただそれだけだ。

なので、肉屋にはこれからもいい仕事をしてほしい、


そんなわけで村に豚肉もとい、イノシシの魔獣肉があふれた。

普段、通常のイノシシより高価で流通量も少ないイノシシの魔獣肉がイノシシと変わらないか、少し安い値段で手に入るのだから、生肉はアッと言う間に捌けたらしい。

きっと各家庭でそれぞれの味になって、村人の笑顔に変わるんだろう。

そう思うと、ほんのちょっとだが、頑張って良かったと思える。


骨もスープ用に売れたとのこと。

宿屋の主人が、美味いシチューが安く作れると言って喜んでいたそうだ。

骨は余っても肥料にできるし、うちのサファイアのおやつにもなる。

肉屋に様子を見に行ったついでに買って来てあげたら、喜んでガジガジしていた。


そんなちょっとした肉祭りが開催されている中、家に『黒猫』の3人とドン爺を招いて昼食会を催すことになった。

きちんとした服を持っていないという『黒猫』に、

「うちは王都のレストランじゃないんだから気軽に来い」

と言ってやると、ドン爺も、

「こいつの家に行くのに気張る必要なんかねぇ。美味い飯を美味そうにたらふく食うのが一番の礼儀ってもんだ」

と言ってくれたので、『黒猫』の3人も少しほっとしたような表情で快く招待に応じてくれた。


そして当日、なぜかアイザックまで来ていた。

私が、

「リーサにはちゃんと断ってきたのか?」

と聞くと、すねたような顔をして、

「んなこたぁどうでもいいじゃないか。さっさと食わせやがれ」

と言って、いつものように悪態を吐いた。

私は、

(たぶんなにかあったんだろうな…。あえて聞かんが)

と思いつつ、苦笑いでアイザックも招き入れた。


さっそく食堂に入る。

食堂でエルフを見るのは初めてだというジミーがリーファ先生を見て、

「エルフさんは美人ぞろいだって聞いてたっすけど、本当だったんっすね」

と言ったらリーファ先生ににらまれたり、ドノバンがうちのペット2人に(たぶん)メロメロになったりしていると、さっそく料理が運ばれてきた。


「今日はシードル煮にしましたよ。ベーコンとトマトと菜っ葉の巻物もありますから、遠慮なく食べてくださいね」

ドーラさんはそう言うと、鍋からそれぞれにシードル煮を取り分けてくれた。


大ぶりの肉がいかにもほろほろに煮込まれているのが見た目でわかる。

付け合わせは蒸野菜。

ほのかに酸味のあるシードル煮に合わせてマヨネーズベースのややこってりとした味のソースも用意されている。


そしてBLTラップサンド。

クレープ状の生地にマヨネーズソースを塗り、ベーコンとレタス、トマトを乗せて巻いたやつだ。

私の記憶にあった、あそこのあれをイメージした。


みんな揃って「いただきます」と言い、和やかな昼食が始まった。

『黒猫』の3人が一口食った瞬間、一様に驚いた顔をする。

「なんすか、これ!?やわらかっ!」

「さわやかな酸味が魔獣肉をさっぱりさせていますが、肉のうま味もしっかりと残っている…」

「………(コクコクコク)」

ドノバンは相変わらず無口だが、その表情が「美味い!」と雄弁に物語っている。


『黒猫』の3人はさすがに若い、しかも冒険者なだけあって、よく食べる。

どうやらドノバンはBLTラップサンドがお気に召したようだ。

ザックは淡々と、しかし嬉々としながらシードル煮を食っている。

ジミーはシードル煮とBLTラップサンドを交互に口に運びガツガツと食っていた。


「おいおい。野菜も食えよ」

私がそういうと、

「うっす」

と言ってジミーが蒸野菜を食い、またびっくりする。

「…ただの野菜がうめぇ」

私は、

(それがドーラさんの魔法だ)

と思って少し得意げな顔になってしまったが、よく考えたら私が得意げになることじゃないなと思って苦笑すると、私も美味しく食べ進めた。


まずシードル煮。

シードルの爽やかな香りがほのかに漂い、優しい酸味が豚、もといイノシシの魔獣肉の脂を適度に流してくれている。

しかし、肉のうま味は消えていない。

むしろあっさりとしたソースがより肉の味を引き立てているようだ。

そこに適度に残った脂の甘さも加わっていくらでも食えそうな味に仕上がっている。


蒸野菜に添えられたソースは何だろうか?

マヨネーズが主体になっていることはわかる。

ほのかな辛みと複雑な香り…、塩味とコクの正体は、味噌か!

私がその味を熱心に探求していると、ドーラさんが、

「お野菜のソースには、味噌とほんのちょっとの辛子を入れてありますよ。あとはマヨネーズを作るときのお酢にスパイスの味を少し含ませてありますね」

と教えてくれた。

たかが付け合わせのソースにそんな手間を…。

いつもながら感心してしまう。


そして、BLTラップサンド。

野菜のみずみずしさと食感がいいアクセントだ。

肉のほろほろと蒸野菜のほっくり、そこへ新鮮な野菜のしゃきしゃきという食感が加わって完璧なアンサンブルを奏でている。


BLTに使われているマヨネーズは先ほどのソースと違って、爽やかだ。

甘みもある。

少し酢が多めなのだろうか。

砂糖の甘さもあるし、少しうま味があるようにも感じる。

ベーコンとは違ううま味だ。

おそらく、その辺りにもドーラさんの魔法がかかっているのだろう。

完全な調和が保たれ、完全にオリジナルを超えている。


「くっ。これで酒が飲めんとは…」

と言って、顔をしかめたのはアイザックだ。

「ったりめぇだ。この後も仕事だろうが」

といって、ドン爺に怒られている。

しかし、そう言って怒ったドン爺も、

「気持ちはわかるがな」

と言っているから、やはり似たもの親子だ。


そんな親子の会話を微笑ましく眺めていると、アイザックが、

「この…ラップサンドっていったか?こいつはぜひ村に広めたいな。普段野菜を食わない冒険者どものいい飯になるはずだ…」

と言ったので、私は、

「ああ、そうかもしれんな。ギルドか宿屋で売り出してみるか?私もかねがね冒険者の食生活の改善は必要だと思っていたからな。夏は葉物野菜とトマト、秋冬は細切りにした根菜…ゴボウとか赤根辺りをマヨネーズで和えたものなんかを挟めば多少は野菜不足解消の手伝いになるだろう」

と提案してやった。

すると、アイザックは、

「そいつはいい。手軽だし、軽食には持ってこいだな」

と言ってさっそくリーサか宿屋の主人に作り方を教えてやってくれと頼んできた。

もちろん私は了承して、ついでに、

「この具は丸パンに挟んでも美味いぞ。目玉焼きを挟めば完璧だな。あとソースもマヨネーズだけじゃなくて、ケチャップでもいいし、照り焼き風の少し濃いめのタレを合わせるだとか…。とにかくいろいろバリエーションがある」

と教えてやると、アイザックは、

「おいおい…。なんだその美味そうな食い物は…。お前の食道楽は知っていたつもりだったが、筋金入りだなぁ…」

と半ば呆れたような顔でそう言った。


私は、せっかく美味い物を教えてやったのに失礼なやつだ、と思って苦笑しながらも、

「村の食事が美味くなれば定着する冒険者も増えるかもしれんだろ?そうなるためならいくらでもアイデアを絞り出すさ。なんなら、私がいつも食っている美味い行動食のレシピを付けてもいい」

と言ってアイザックに「どうだ?」と目線を送ってみると、アイザックは、

「そいつぁありがたい。ドーラさん、よろしく頼む」

と言って、ドーラさんに頭を下げる。

すると、ドーラさんは少し慌てて、

「よしてくださいよ、アイザックさん。こんな簡単なものでよければいくらでもお教えしますから」

と言って、その仕事を請け負ってくれた。


(これでまたこの村の名物が増えるな。そのうち、国中に広まって冒険者飯撲滅の一助になってくれればいいが…)

私がそんなことを考えて微笑ましいような気持ちでこの食事会を終えようと思っていたら、そう言えばと言ってドーラさんが、話題を変えた。

「先ほど角煮を仕込んでおきましたけど、明日のお昼と晩のどちらにしましょうか?」

一同揃って目を見開く。

「おい…なんだよその豪華な…」

と言うアイザックの言葉を遮って、私は、

「今晩食おう!」

と勢い込んでそう言った。

しかし、ドーラさんから、

「あら、村長。それではお肉続きになってしまいますよ?それに角煮は一日寝かせた方がようございますからねぇ」

と窘められてしまった。


確かにそうだ。

私は角煮の破壊力の前に大切なものを見失っていた。

食事はバランスが重要だ。

一食のバランス、3食のバランス、そして中長期的な展望を踏まえたバランスだ。

私は肉が続いても平気で食えるが、ズン爺さん辺りはどうだろうか?

少し胃にもたれるかもしれない。

誰かを犠牲にして食う飯なんて美味くない。


それに、平気で食えるのと美味しく食べられるのとは全く違う。

ここはドーラさんが言うようにいったん箸休め的に肉以外を挟むべきだ。

そして、1日寝かせて育った角煮を思う存分味わう。

それこそ完璧なバランスと言えるのではないだろうか?

そう気が付いたとき、改めてドーラさんのすごさがわかった。

ドーラさんは、1食のバランスだけではなく、何日かの献立の流れまで計算の上で料理を作っている。

今が肉祭り期間中だからといって、むやみやたらとそのバランスを崩さない。

先の流れを読み己を律して平静を貫く。

なかなかできることではない。

やはりこの人は達人だ。

料理と剣、道は違えど目指すべき境地は一緒。

いつか私もこの境地にたどり着けるんだろうか?

そんなことを考え、苦渋の決断ではあったが、明日の夜、ドーラさんの魔法が発動するのを楽しみに待つことにした。


ちなみに蛇足として、この日の昼食のデザートは焼きリンゴで、晩飯は茸とソルのリゾット。

次の日の朝食はヤナの塩焼きが付いた和食で、昼は蒸したコッコを添えたサラダうどんであったことを追記する。

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